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「日経平均トレーディング入門」 國宗利広(著)

 

30年間トレーダーとして過ごした著者が、日経平均の本質を語ります。日経平均とは何か、勉強できる本です。

 

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

今後の日本株式市場が気になる人。難易度は、初級者レベル以上。

 

要約と注目ポイント

日本株式市場を代表する指数といえば、日経平均。日本経済とも深く関係するように思われ、国民にも馴染みのある日経平均だが、その実態を知る人はとても少ない。

日本株に投資をするなら、日経平均についてもっと知るべきだ。

 

日経平均の特徴

ボラティリティが高い。

時価加重平均でもNYダウ式単純平均でもない、ハイブリッド指数である。

先物の売買シェアは、外国人が7割。外国人の動きで方向が決まる。

 

日経平均とアベノミクス

2012年末以降の日経平均は、株価をきわめて重視する安倍政権のリフレ政策アベノミクスと、日銀の異次元緩和の影響が大きい。

だが株価が上がるかどうかは、リフレ政策が理論的に正しいかどうかは関係なく、ヘッジファンドの投機的資金が集まるかどうかで決まる。(2兆ドル以上の資産にレバレッジがかかる。)

FRBが金融緩和を止めたあと、ヘッジファンドが日本の株を買うのか?

 

日経平均を動かす外国人の力は、非常に強いです。そして異次元緩和以降は、中央銀行相場ともなっています。これらの相互作用の結末はいかに?

 

日経平均とバブル

バブルは、壮大なテーマ、大きな投資主体、便乗する欲深い投資家の群れ、という要素の相互作用で発生する。

 

1980年代後半のバブル

テーマ:低金利と豊洲の再開発

投資主体:経験の浅い機関投資家と営業特金(事業法人の資金を証券会社が運用)とファントラ(信託銀行が運用)

バブル崩壊のきっかけ:不動産融資の総量規制と営業特金の廃止

 

現在進行形の相場

テーマ:デフレからの脱却

投資主体:外国人投資家

値動きの激しい日経平均先物は、外国人投資家の大好物となっている。歴史上、バブルは何度でも繰り返してきた。現在の相場も、バブルに至る可能性はある。

 

先進国の中央銀行が金融緩和を続けているため、資産価格にバブルの疑いがあります。

 

日経平均の歴史

日経平均株価指数、誕生から現在までの歴史を解説。

日経平均の性質は、銘柄入れ替えを境に変わった。

2000年に30銘柄の一斉入れ替えが行われた。このとき1週間の準備期間をおいたために、除外銘柄が極端に売られ、採用銘柄が極端に買われた。存続する195銘柄の合計株価より、新規30銘柄の合計株価の方が高かった。

このような歪みのため、入れ替え前後で日経平均は2000円下落し、存続銘柄の指数への寄与度はいきなり半減した。

2005年には、みなし額面方式へ移行した。これによって、分割銘柄の指数寄与度が上がり、除数も低下しなくなった。日経平均は上がりにくい、特殊な指数になってしまった。

 

日経平均には225も銘柄がありますが、指数に与える寄与度としては、一部の銘柄が突出しています。

 

日経平均の先物を理解する

(信用取引を含む)現物市場は株券が存在する有限の世界だが、先物市場は資金さえあれば無限に取引できる。

信用残は主体的な取引の結果なので分析の対象となるが、裁定残は裁定業者の受動的な結果なので分析の対象にはならない。

先物取引は短期トレードである。短期トレードで最も大切なのは、正しい思考法である。

『どちらに動くかわからないが、不定期にトレンドが発生するので、可能性があれば乗り、間違ったらすみやかに降りて、適切な期間トレンドに乗り続け、適切に資金管理を行う。』

はじめに身につけるべきは規律(損切り)。

 

日経平均先物で勝つ

短期トレーディングの鉄則は、弱いヤツを探し、彼らの行動を予測してその逆を行くこと。弱いヤツとは、決断が遅く行動が遅く、過去の実績やコンセンサスを求め、未来を見ず主体的に動けないため、窮地に陥っている人である。

外国人は素直にシンプルに考え、大胆に動く。市場を動かす外国人が大きく動き、弱いヤツが出遅れているときに、思い切って行動できるかが勝負だ。

市場パターンや外部環境の変化について経験を積み、機械的にトレードして規律を守りながらも、それらをすべて包括する直感を使うことが相場では必要。

先物市場では、時間枠で投機と実需を区別して考えるのが重要だ。反対売買できなかった投機が、新たな実需にぶつかるまで値が動く。需給を自分で見抜く力が要求される。

大口の投資家は、隠密に行動する(買い上げたり売り叩くことはない)。夜間は、裁定取引や国内機関投資家の実需が少なく、より投機で動く。

 

ゼロサムゲームの先物市場では、勝者と敗者がくっきりと分かれます。

 

市場に関する解説で、よくある誤り

裁定残が多いと要注意で、少ないと好需給。

金利が上昇すると、解消売り。

外資系の決算期末には、解消売り。

市場の急変動はアルゴが原因。(順張り系アルゴが連鎖することはあまりない。)

オプション建玉の多い方に、相場が動く。

幻のSQは、相場の転換点。

VIXで相場の流れがわかる。

大口の手口情報。

 

新聞やネットのよくありがちな解説記事を、うのみにするのはやめた方が良いかもしれません。

 

そのほかの解説事項

裁定取引やレバレッジETFなど。

 

書評

日経平均の知識を得るために読みましたが、面白かったです。金融市場の現場にいる人にありがちな、ちょっと斜に構えたような、皮肉っぽい表現も多いのですが、面白いし、知らなかったことがたくさんありました。日経平均指数の性質の解説は、勉強になりました。

とはいえ、実戦の先物短期トレーディングは私にはさっぱりわかりません。そのため、需給を読めとか、板から情報を読み取れと言われても、どうにもなりません。そういうものなのか、としか言えないので、おすすめ度は★5個の普通にしてあります。

著者は金融市場(トレード)の世界で30年やってこられたようなので、あらゆることを考え体験し、一周回ってきたという感じです。淡々と市場を冷めた視線で眺めているような印象です。
(書評2015/05/29)

「いつも出遅れる人の株講座」 太田忠(著)

 

アナリスト、そしてファンドマネジャーとして日本株を知り尽くす著者が、アベノミクス相場を解説します。「株が上がっても下がってもしっかり稼ぐ投資のルール」と合わせて読めば、効果倍増です。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

アベノミクス相場に乗れず、悔しい人。難易度は、初級者向けレベル。

 

要約と注目ポイント

個人投資家は、株価が相当上昇してから市場に参加し、売らずに下落相場に巻き込まれることが多い。「買い」も「売り」も遅れがちな個人投資家に、株式投資の基本を伝えるのが本書の目的である。

株式市場では、社会的常識が通用しない。自分に都合のよい仮定や、判断の遅れ、乗り遅れたという焦りは失敗のもと。投資について無知ならば、人生を失うことすらある。

投資の結果は、「気づく」か「気づかない」かで大きく変わる。

相場の循環というのは、何を買っても儲かる上昇相場から始まります。それが慢心を生み、最後に大損失につながります。まずは相場の歴史をよく学びましょう。

株式投資をはじめる前に覚えておくこと

投資で利益をあげるには、安く買って高く売る、高く売って安く買い戻す、のふたつしかない。

高値や安値を、正確にとらえることは不可能。投資では、時間も分散せよ(資金の余力を残せ)。

株は、安値をつけたら割安で高値をつけたら割高、とは限らない。(新安値はさらに下がりやすく、新高値はさらに上がりやすい。)

含み益は、売らない限り現実の利益ではない。含み損は、今すでに存在する損失である。

ポートフォリオのうち、含み益のある銘柄は残し(買い増し)、含み損のある銘柄は損切りするべきだ。

自分の投資行動パターンを認識し、誤りを修正せよ。

信用取引や先物取引は、レバレッジのかかったゼロサムゲームと認識せよ。

損失限定のリスク管理と、着実な利益確定のため、逆指値注文を利用する。

マネー雑誌などの大儲け話を、真に受けない。大儲けした人の裏側には、大損した人が多くいる。

投資を始めるときは、まず投資をする目的を考える。そして、お金を安定運用資金と長期運用資金に分ける。安定運用資金は、予定されている支出のためのもので、預金などで運用する。長期運用資金は、複利で殖えるように運用していく。

利益は必ず確定させ、常に危機を想定して、投資資金を守ることが大切だと伝わってきます。

株価が上下する理由を知る

マーケット全体が上昇する理由(景気拡大、世界経済好調、景気刺激策、金融緩和策、円安、金利低下、市場の売買が活発)。下落はその逆。

個別銘柄が上昇する理由(業績拡大、業績回復、増配、自社株買い、ブームやテーマに該当)。下落はその逆。

銘柄の選び方

①会社四季報や日経会社情報を読む。

②気になる会社のホームページを見る。

③会社説明会資料を読む。

④決算短信を読む。

⑤PERとPBRで、投資判断をする。競合他社や、自社の過去の水準と比較する。

投資してはいけない会社の特徴

業績が不安定、業績見通しが甘い、ビジネスモデルが崩壊、事業計画が迷走、株主軽視、頻繁な社名変更や監査法人変更。

2015年現時点で有望な銘柄

インフラ(建設・不動産)、売上増(インバウンド関連)、値上げできる(食品など)、円安メリット(輸出関連)、原油安メリット(電力・運輸)、全国や世界に展開(小売など)、株主還元やROE改善、革新的新事業、新高値更新、忘れられている銘柄。

投資期間別の銘柄3分類

長期トレード銘柄:3年以上。景気とはほぼ無関係に、業績が安定して成長する。小売りやサービス業で、一般消費者相手に徐々に規模を拡大する会社。例はユニクロ。

スイングトレード銘柄:数カ月から数年。景気敏感株や市況連動株。大半の銘柄が該当する。例はコマツ。

デイトレード銘柄:デイトレードは専業でやらないと無理。テーマ株やブーム株はマネーゲームと心得る。

銘柄選択や分類では、著者の長年の経験が学べます。

上昇相場での投資

パターンとして、マーケット全体が2~3段階にわたって上げる。

①初期:(景気で循環する)景気敏感株を買う。金融や不動産株を買う。

②中~後期:国策に売りなし。国策銘柄を買う。好業績(特に営業利益が伸びている)や上方修正銘柄を買う。

下落相場での投資

こちらもパターンとして、2~3段階下げるパターンが多い。下落相場でこそ、投資家として生死が分かれる。リスク管理が必須。ほとんどの投資家は対応できない。

下落相場では休むのが賢明だが、積極的な投資家なら、日経平均株価などのインバース型ETFを買うのもよい。必ず逆指値をつけて、個別銘柄を信用取引で売るのもあり。保有銘柄をつなぎ売りする方法もある。

景気は循環し、相場は繰り返します。著者の見解は参考になります。

投資における金言の紹介。

時間は運用の武器。分散投資の重要性。売買も時間的に分散する。リスク管理の大切さ。相場は循環する。バブルは繰り返し起こる。過去の好パフォーマンスは繰り返さない。大化け銘柄の特徴。などなど。

気に入った金言があれば、自分への戒めに使いましょう。

 

書評

読んでみると、そうだよなと感じることが多い内容です。でも、なかなか実行できません。利益を大きく損失を小さくするトレード、投資というのは簡単ではありません。買いから売りまで、会心の出来というのはほとんど記憶にないです。

本書の中身は結構「株が上がっても下がってもしっかり稼ぐ投資のルール」と被っていますが、本書の方が軽く読める仕上がりです。教訓的な話が多くなっています。

どちらを読んでもいいですが、自分で投資ルールをつくりたい場合は「株が上がっても~」が良いかと思います。こちらは今から市場に参加するなら、注意喚起として役立つかもしれません。

アベノミクス相場は終盤戦と思いますが、現時点でまだ終わりではないと考えています。まだバブルは膨らみきっていないと思っています。バブルは最後に大きく伸びるそうなので、欲深く日本株をまだまだ買っていますが、いきなりはしごを外されないように損切り覚悟です。本書にある、光通信を最高値で買った話などを聞くと、本当に怖くなります(そのあと20日連続ストップ安)。

投資は考え始めると本当に難しいです。長年プロとしてやってきた方の経験が詰まった本なので、自分で投資するときに助けとなる、良い「気づき」に遭遇するかもしれません。
(書評2015/05/25)

「橘玲の中国私論 世界投資見聞録」 橘玲(著)

 

中国の不動産バブル・信用バブル・株バブルは、いつどのように崩壊するのか?世界経済、そして日本経済にも悪影響が必至の事態です。本書は中国の不動産バブルを通し、中国経済と中国人、中国社会を考察します。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国事情(特に経済と国民性)に興味がある人。

 

要約

中国の不動産バブル現地レポート。
10大鬼城(ゴーストタウン)の紹介。内モンゴル自治区オルドス、天津浜海新区、海南島三亜、河南省鄭州、安徽省合肥、内モンゴル自治区フフホト、内モンゴル自治区清水河、河南省鶴壁、浙江省杭州、上海松江区。

・中国のゴーストタウンは、どこも同じかたちをしている。これは何故だろうか。このような現象が起きる背景には、中国には「人が多すぎる」という外的要因があるからだ、と考える。

・中国人の特徴として、冷酷な合理主義者で、国家や同じ中国人を信じない。しかし家族や血縁、侠気などは大切にするようだ。朋友(幇)はとても大事だ。

・アジアは米の多毛作が可能であり、食糧が豊富で人口が多かった。ヨーロッパは小麦が連作できず、人口が増えなかった。ペストによる人口の激減と、産業革命による工業化を契機に、ヨーロッパで人権思想が誕生した。

・イギリスの産業革命は、少ない労働者でより多く生産する、資本集約型の生産革命。江戸時代の日本は、多くの労働者を効率的に配置する、労働集約型の生産革命。

・18世紀の中国(清朝)では、人口が1億から4億に増えた。しかし中国では、日本のように細かく分配された土地に固定化されて働くという、勤勉革命は起きなかった。大規模な人口移動が始まり、内陸部や辺境、さらには東南アジアへ移住した。

・日本の人口は3000万人で、中国は4億人だった。行政機能の届かない村落は、中国で圧倒的に多い。行政機能のない移住先で自衛のため頼りになるのは、郷党と宗族という人的ネットワークだ。

・日本では場所がはじめにあり、そこで協調して生きる方法が求められた。(流動性が低く、一生をその場で送る。)中国では移動が前提なので土地は基準にならず、人的ネットワークが利用されることになる。この人的ネットワークは関係(グワンシ)と呼ばれる。

・日本は古代より中国文化の影響を受けてきたし、近代以降は中国が日本を通して西洋を学んだ。そのため、互いに相手のことが「わかる」気がするが、実際の行動原理は大きく異なる。このずれが、現在の不信感の原因だろう。

・日本では、安心は共同体に保障されるから共同体を重視する。中国では、安心はグワンシにもたらされるからグワンシを重視する(法治より人治となる)。中国人は血縁と朋友は信頼するが、その外側の人間とは裏切り合うことも想定内。

・中国人は組織でなく個人単位で考えるので、合理主義的で競争や信賞必罰を受け入れる。中国人にとっては、日本企業より欧米企業で働く方が働きやすい。

中国の秘密結社や宗教結社は、身を守るための相互扶助の共同体だった。中国共産党(毛沢東)が中国史上初めて、末端まで支配体制を固めたため、中華人民共和国では秘密結社が衰退した。中国共産党が唯一の秘密結社となった。

・秘密結社は平等主義である。中国共産党の統治下で不正と格差が目立つようになって、再び中国社会に秘密結社が生まれてきた。

・中国を理解するには、中国はうまくいかないだろうといった先入観を持たずに、現実を見ること。理解しておくべき点は、
①特異な社会主義。
②組織がそれぞれ自己完結している(諸侯経済)。
③過剰な人口。
④共産党の支配。
⑤地域の独自性。
⑥中国人の価値観。
各地方が豊かになりたいと、互いに競争しながら中央政府の指示や法律を無視して猛進したことが、高成長につながった(各地で同じような不動産バブルが発生した)。

・中国の掟破りのビジネスモデルは、世界の膨大な貧困層のマーケットを捉える可能性がある(格安携帯電話の例)。

中国は実質金利をマイナスにし、貸出金利を低く保ってきた。これが公共投資や不動産投資を促進した。また理財商品や融資平台といった、影の銀行による融資が増大した。この投資が経済成長を支え、富裕層と中間層をつくった。だが農民から土地を収奪することが困難になり、不動産価格も低迷し、利益をあげられなくなってきた。

中国の権力構造では、中央政府の指示に地方政府は従わず、地方政府の指示に下部の組織は従わない。

・中国共産党は(皮肉ではなく)腐敗に対し厳しいが、腐敗は構造的になくならない。公務員の数が多すぎ、給料が安すぎるため、賄賂を受け取らなくては生活できない。グワンシ的に贈り物を拒絶することは許されず、贈り物への返礼(便宜供与)は義務である。

・中国の人口構成が今、人口ボーナスから人口オーナスの時期に転じつつある。老化と人口減少は、経済成長を止め、不動産価格を下落させるかもしれない。

・現在、日中相互の国民感情は悪化しているが、日本人個人が中国に住んだり、旅行したりして困ることはほとんどない。反日教育が反日の原因とする意見があるが、日本の中国侵略は歴史的事実であるし、抗日が建国の歴史そのものなので、そのような批判にはあまり意味がない。

・ナショナリズムは虚構であるが、異文化コミュニケーションの前提は、民族自決の理念となるナショナリズムは肯定し、ウルトラナショナリズムを否定することである。

・中国では親日はタブーだが、知日はタブーではない。現在の共産党指導者たちにはカリスマ性がないので、国民感情に逆らう外交判断はできない。日本は感情的に中国を批判するよりは、知日派と連帯するべきだろう。

人権は普遍的な権利であり、その概念はグローバルスタンダードである。これに反するローカルな論理は通用しない。好き嫌いはともかく、前提として認識すべき

・ドイツは自国の戦争責任について、ナチスやヒトラーと、ドイツ人を分離するレトリックを使っている。国家として被害者に責任を負い謝罪するが、関与していない個人には責任はない。日本の場合も、日本という国家には責任があるが、日本人という個人には罪はない、というのがグローバルなルールだ。国家と民族(個人)を同一視して、感情的になるのは避けた方がよいだろう。

・日本人の祖先の多くは、中国南部や朝鮮半島に由来する。また「日本という国」は、白村江の戦の敗北で受けた衝撃を機に、誕生した。隋や唐に知識や思想を学び、日本神話も中国史書に影響を受けた。当初はグローバル思想である仏教が優越していたが、鎌倉・南北朝時代あたりで神道の地位が高まってきた。幕末から昭和までも、志士やナショナリストの思想は、儒学や陽明学の枠内にあった。近代まで日本は中国の強い影響下にあった。
中国の行動原理は華夷思想であると言われるが、アヘン戦争や日清戦争の敗北をもとにする弱国意識だという指摘もある。中国は日本に影響を与え続けたが、日本も中国を変化させた。中国の民族主義は日本に亡命した孫文ら知識人が主導したし、中国人に民族意識を芽生えさせたのも、日本の侵略と抗日運動だった。

・皇帝を頂点とし、各地方を派遣された官僚が治める。官僚には地盤がないので、地元の宗族の族長と協力して徴税する。官僚と族長は私腹を肥やすため重税を課すようになり、農民は疲弊して流浪し、反乱を起こす。王朝が農民の反乱から崩壊するという歴史を、中国は三千年繰り返してきた。
共産党政権でも、地方幹部と有力者の腐敗は極まっている。ただ歴史と異なるのは、軍や警察が強力なこと、農民の働き口が都市にあること、沿岸部の中産階級が混乱を嫌うことだ。腐敗を防ぐには民主化するしかないが、民主化は中国人自身が望んでいない。全土で完全な民主化が行われれば、豊かな沿岸部から貧しい内陸部へ富の移転が伴うからだ。

・人権と民主主義を旗印とするワシントンコンセンサスは、イラクとアフガニスタンで惨めに失敗した。人権や政治体制を問わず中国の利益を重視した途上国支援、北京コンセンサスこそが正しいと、リーマンショックののち中国は考えた。
中国の開発援助の結末は、
①経済成長せず、融資が不良債権となるがインフラは残る
②中国自体の経済成長が鈍化し、中国の援助資金が枯渇する
③被援助国が経済成長し、中国企業と先進国企業の間でその国の市場を巡り競争となる
のいずれかだろう。中国が途上国支援に成功したら、日本はそれに便乗すればよいだけで懸念することではない。地政学的リアリズムにより、中国の冒険主義的行動を封じることの方が重要だ。

・現在の中国は、ソフトパワーを欠く大国である。中国がそのかたちを保つには、現代においても中世的支配体制をとる以外に方法はない。この不安定な帝国の隣国であり続けることが、日本の宿命なのだ。

 

書評

はじめに書きましたが、ダイヤモンドオンラインのコラムがかなり元ネタになっているので、それを読んでいた人は既読の感覚を持つかもしれません。単行本の中身を無料で大盤振る舞いしていただけなので、別に悪いことではないですけど。コラムを読んだことがあっても、結局はそれらのネタをどう構成するかに価値があるので、面白く読めるとは思います。

本文でも少し出てきますが、本書のタイトルは小室直樹氏の「小室直樹の中国原論」を意識しているのは間違いないでしょう。読んでいないのでどうなのかわかりませんが、小室直樹という人は凄いらしいので、小室先生の本も読んでみますか。

本書の前半は、中国とはどういうものか、中国人(中国社会)とは何なのか、ということを考えます。後半になってくると、これから中国とどうつきあうべきか、歴史問題をどう考えるか、という話になってきます。政治的な歴史の話は、娯楽としての読書になりにくいのですが、昨今の状況から考慮せざるをえない問題です。

橘玲氏はガチの個人主義者なので、感情を排した論理的で合理的な思考に基づく行動を勧めています。感情が先に立って決断するとロクなことがないと思うので、私もだいたい同意します。ただ世論は感情に引きずられるので、難しいところです。

嫌いだとか脅威に感じるというのは別によいのですが、敵視すると相手のことを見なくなるのは、悪い癖ではないでしょうか。アメリカと戦争したときは、英米文化や英語を取り締まったりしたわけです。国力で格段に勝るアメリカは、開戦後、日本文化や日本語を研究したというのに。敵と己を知るのは基本です。

それから本書では、中国人を中国人たらしめるのは過剰な人口である、としています。なかなか面白い視点だったのですが、そうするとインドはどうなるのでしょう。インドの広さ、人の多さ、カオスっぷりも相当なものです。21世紀は中国とインドが大国になると言われますが、人口が多いといろいろなことが起きそうです。
(書評2015/04/30)

「スラスラわかるCSSデザインのきほん」 狩野祐東(著)

 

CSSが基礎から学べるテキストです。シリーズの「スラスラわかるHTML&CSSのきほん」と同じく、とても読みやすいです。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

CSSの基本を勉強したい人。

 

要約と注目ポイント

既存のWebサイトのCSSを手直ししていく実習と、HTMLに合わせてはじめからCSSを書く実習がある。

・HTMLの基礎知識。

・CSSの基礎知識。

・テキスト周りのCSS。

・ボックスモデルの解説。

・コンテンツのスタイル、テーブルなど。

・フロートとポジションについて。

・ページのレイアウト。

HTMLの知識を復習してから、CSSを学んでいきます。ふたつの実習があるので、既存のブログの手直しにも、自分でWebサイトをつくるのにも活用できます。

 

書評

解説が丁寧なので、CSSを基本から勉強するには良い教科書と思われます。

ブログなど、すでにあるサイトのデザインを改良したいという、ありがちな希望に対応した実習があります。また、もとになるHTMLに合わせてCSSを書いていくという実習もあり、実際に作業することでCSSの知識が身につきやすくなっています。

教材をダウンロードして解説を読みながら作業をしていきますが、易しめの課題を少しずつ進めることになります。なぜそのようになるのかが理解しやすく、独学しやすい本だと思います。

過去に「よくわかるHTML5+CSS3の教科書」を読み、
ドットインストールでHTMLとCSS、ウェブサイト制作などの動画を視聴し、
今回「スラスラわかるHTML&CSSのきほん」と本書を読んで、
ようやくWebサイトの成り立ちが薄く理解できました。

練習のために自作のしょっぱいサイトをつくってみましたが、質の向上を目指してこれからもいろいろと勉強しよう。
(書評2015/04/03)

「スラスラわかるHTML&CSSのきほん」 狩野祐東(著)

 

HTMLとCSSの超基本を学ぶ本です。はじめてWebサイトを制作したい、という人などに向いています。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

HTMLとCSSの基本を勉強したい人。

 

要約と注目ポイント

サンプルサイトを解説に沿って実際に作ってみることで、HTMLとCSSを学ぶことができる。

・Webサイト制作前の基礎知識。

・HTMLの基礎。
見出し、段落、リスト、リンク、テーブルなど。

・CSSの基礎。
背景、余白やスタイルの調整、ブロックとインライン表示、フロート、2コラムなど。

・フォームの作成。
プルダウンメニュー、ラジオボタン、チェックボックス、テキスト、ラベルなど。

・Webサイトを公開する。

基礎知識を勉強したうえで、実際の作業としてHTMLとCSSを学んでいきます。本書をひととおりこなせば、webサイトをつくって、公開するところまで行けます。

 

書評

サンプルのサイトを少しずつ作っていくことで、HTMLとCSSが学べます。私は以前に他の入門書を読んでいたので、聞いたことのある事柄が多かったですが、復習になりました。はじめてWebサイトをつくる人や、HTMLを基礎から知りたい人に最適だと、本書の背表紙に書いてあります。確かにそのような用途の本です。

本書の解説に従って作業をしていくと、すてきなカフェのホームページを公開するところまでいけます。おしゃれなカフェの紹介サイトを公開までこぎ着けたときは、私もちょっと嬉しくなりました。

まあセンスの良いサイトになったのは、用意されている画像やイラストなどの素材が良質で、サイト全体のバランスも整うように指示があるからです。自分の感性のおかげではありません。

でもまあそれでも、きれいなサイトができると、やればできる!という気持ちになります。Webサイトをつくる流れがひととおりわかるのが、この本のよいところだと感じました。
(書評2015/03/26)

2014

(当ブログで)今年もっとも検索された投資本・ビジネス書ランキング2014

このブログの記事は、SNSなどで紹介されて数多くの人に読まれる、ということはほとんどありません。ほぼすべてが、検索エンジンから来ていただく方です。

当ブログの書評記事については、書名や著者名、関連キーワードを検索することで訪問していただいております。そのためページビューのランキングは、関心の高さに比例すると考えてよいと思います。

2014年1月1日から2014年12月30日の間の、ページビューによるベスト10です。なお、すべての書評記事が対象ですので、古い記事の方が有利です。2014年12月に紹介した本などは当然不利になりますが、その点は無視して集計しています。

第1位

書評はこちら

「新・投資信託にだまされるな! 買うべき投信、買ってはいけない投信」 竹川美奈子(著)

栄光ある第1位は、投資信託の解説本でした。昔ベストセラーになった本の改訂版で、初心者でも読める良識的な内容です。こちらは、年前半は全くアクセスがなかったのですが、年後半に検索数が増えてきました。

「今買うべき 投信」「買うべき 投資信託」のような語句での検索が多かったです。NISA口座の今年の非課税枠が年末で締切となるので、年末にかけページビューが増えたのかと推測します。

第2位

書評はこちら

「投資で一番大切な20の教え 賢い投資家になるための隠れた常識」 ハワード・マークス(著)

こちらも年前半はさっぱりで、年後半にかけて検索が増えた本です。どこかで取り上げられたのでしょうか。書名そのままの検索か、「投資で一番大切」のような語句で検索されている印象です。

長年成功してきた投資家の著作です。内容は、金融商品の本質的価値を見抜き、市場の熱狂から離れることの重要さを説いています。ウォーレン・バフェット氏も推薦しています。

第3位

書評はこちら

「中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ」 遠藤誉(著)

これはかなり異色ですが、突発的にアクセスが増加してランキングに入った本です。具体的には、薄熙来氏の裁判直後や、周永康氏逮捕前後で急激に検索が増え、そのあと急減していました。

投資やビジネスの本ではないですが、日中関係は、日本の将来と日本経済に重大な影響を与えるので、気にして時々読んでいます。

本書にはアリババ創業者の馬雲氏が登場しますが、中国の巨大企業はますます国際的影響力を増大させますのでこちらにも注目です。

急速に成長している小米(シャオミー)の雷軍CEOは穏健な性格らしいのですが、小米に関しては、利用者の個人情報を当局に知らせているというニュースがあったり、日本メーカーの知的財産権を侵害しているという噂が立ったりしています。

中国の巨大企業は中国共産党の意向と無関係ではいられないので、英米の伝統的な巨大国際企業とは違う論理で行動するかもしれません。

第4位

書評はこちら

「コークの味は国ごとに違うべきか」 パンカジ・ゲマワット(著)

こちらは渋い経営戦略の本です。年間を通して、ばらつきなく関心を集めていた印象です。年央に何回かに分けて、日経新聞で取り上げられていたことが、かなり寄与したものと思われます。

エリートビジネスパーソンが、国を跨いだ経営戦略を考えるような本です。書名も優れていると思います。

第5位

書評はこちら

「ミネルヴィニの成長株投資法」 マーク・ミネルヴィニ(著)

自分で銘柄を選んで株式投資をアクティブに行う場合、大まかに割安株投資と成長株投資に分かれます。本書は成長株投資を扱います。成長株投資でも細かい取引のルールは人それぞれとなりますが、土台には成長株という考え方があります。

本書は、成長株投資の手法としては標準的な部類のように思われます。著者は外国人ですので、日本株式で成長株を探すときは、日本の株式市場に合わせて微調整も必要かもしれません。

第6位

書評はこちら

「資本主義の終焉と歴史の危機」 水野和夫(著)

今年かなり売れた本です。ベストセラーなので、当ブログにもその恩恵が及んだ形です。私がこの本を読んだきっかけは、なぜこれほど金利が低いのかという疑問からでした。あらゆる先進国で、これほどの低金利が継続するのはなぜか、それが知りたかったわけです。

しかし頭の半分では、米国がQEを終了すれば、さすがに金利も上がってくるだろうとも考えていました。ところが現在も全く金利は上がりません。

年初ドイツの長期国債は2%弱でしたが、現在は0.6%です。ヨーロッパは、デフレに陥る確率が相当高まっていると思われます。それに加えて、中国の経済成長率が低下しつつあることと、それでも過剰な生産設備の調整が進んでいないことは、世界経済の強烈なデフレ要因になるのではと危惧されます。

第7位

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「ワーク・デザイン これからの<働き方の設計図>」 長沼博之(著)

今の社会での働き方を考える本です。社会構造、産業構造、雇用環境を分析し、そこから個人はどう働けばいいのかを、自分の問題としてとらえています。

当ブログとしては珍しく、私の知らないところでSNSにより紹介されたため、ページビューが増えました。著者ご本人にも、ツイッターで触れていただきました。

社会は大きく動きつつも、個人の生活に関わる制度は、その変化に対応できていないところがあります。そのずれに足を取られても、個人は社会の変化に目配りして、適応への努力を怠ってはならない状況のようです。

第8位

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「金融機関がぜったい教えたくない 年利15%でふやす資産運用術」 竹川美奈子(著)

とても有利な制度である、確定拠出年金を解説した本です。第1位も竹川氏の本ですが、竹川氏は投資のトピックを、良識的でわかりやすく手堅い入門書に仕上げるプロだなと感じます。

今日の日経新聞が、確定拠出年金の加入資格を主婦や公務員にまで政府は広げる方針だ、と報じています。国家が国民全員の社会保障を担うのも、これから厳しくなってくるだろうと思われます。徐々に社会保障制度が貧弱になるでしょうから、徐々に自己防衛の準備を厚くした方がよさそうです。

第9位

書評はこちら

「相場の上下は考えない「期待値」で考える株式トレード術 サヤ取り投資が儲かる理由」 増田圭祐(著)

ほかではあまりランキングに入りそうにない本ですが、9位です。時期にばらつきなく、低位安定で検索にヒットしていました。

サヤ取りとはロングショート戦略の一部です。何かを買い、同時に何かを空売りすることで、その価格差から利益を得る戦略です。相場環境がどうであっても利益が得られる、絶対リターンを掲げます。

ヘッジファンドに関係する本をいろいろ読むうちに、ロングショート戦略は超基本であることがわかりました。しかし買うべきと売るべきを判断する基準は、投資の生命線です。今後とも、永遠に議論されていくのでしょう。

第10位

書評はこちら

「国債リスク 金利が上昇するとき」 森田長太郎(著)

こちらも年間を通して、地味に検索された本です。日銀の追加緩和直後に、少し増えたりはしましたが。アベノミクス開始後、日本財政の持続可能性について書かれた本です。将来の経済指標や政治決定により、シナリオが分岐し、発生イベントとその生起確率を考察した面白い本です。

書かれてから約1年が経ちましたが、その間に、日銀の追加緩和と消費税増税延期という大きな出来事がありました。これらは財政破綻の可能性を高める要素と思われます。今回の記事を書くため、あらためて本書の将来シナリオを確認してみました。

すると、私が最もありそうと思う経路、実質GDP成長率がマイナス1~プラス1%で、消費者物価指数2%以上、2020年の消費税率が10%のシナリオの結末は。デフォルトかハイパーインフレーションの2択でした。うーん。(消費者物価指数が安定またはデフレでも、結末は「財政が劇的に悪化」です。)

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ユナボマーと寂しい国の殺人、あいまいな楽観主義とアベノミクス

最近読んだ本から思いついたことと、昔考えていたことをつなげてみました。(2014年12月に投稿した記事です。)

今回の記事のまとめ

1、ユナボマーは、挑戦すべき目標が社会から失われたと考えた。挑戦すべき目標を再びつくるため、既存の社会を破壊しようとした。

2、現代を被う寂しさは、近代化という国家的な大目標が消えたためだ。(「寂しい国の殺人」村上龍)

3、1980年代以降、アメリカをあいまいな楽観主義が支配した。社会にビジョンは存在せず、金融バブルが発生した。リーマン・ショック以降も、ビジョンがないため危機対応は金融緩和策に終始した。(「ゼロ・トゥ・ワン」ピーター・ティール)

4、日本では、危機打開のビジョンをアベノミクスに決めた。

5、信用不安(債務危機)による大不況の解決には、①支出削減、②債務縮小、③富の再分配、④中央銀行の資金供給、を同時に行う。(「30分でわかる経済の仕組み」レイ・ダリオ)

6、アベノミクスは失敗し、日本株式を買い上げた外国人が日本売りに転じる可能性がある。円資産しか持たない日本人は、円資産の一部を外国資産に振り分けるべき。

1、アメリカには努力に値する目標がない?

1978~1995年にかけて、アメリカにユナボマーという爆弾を送り付ける犯罪者がいました。ずいぶん昔に名前を聞いたぐらいで、私は全く忘れていましたが、前回書評で紹介した「ゼロ・トゥ・ワン」の中に、いきなり登場します。

ユナボマーは1996年に逮捕されますが、その前年に犯行声明文を報道機関に送っています。犯行に及んだ理由について、「ゼロ・トゥ・ワン」によると、アメリカには努力に値する目標がなくなったから既存の社会を破壊しようとした、のだそうです。

ユナボマーの理屈ですが、
『人間が幸せになるには、(達成するのに努力を要するような)目標が必要である。
目標には3種類ある。
①最低限の努力で達成できる目標。
②真剣に努力しないと達成できない目標。
③どれほど努力しても達成できない目標。
現代社会はテクノロジーが発達しすぎたので、努力が必要な目標②はすべてなくなった。
残っているのは①と③なので、現代人は鬱屈と生きるしかない。
したがって、②をつくりだすため、既存の社会制度とテクノロジーを破壊する。
ゆえに、人々に爆弾を送る。』

こんなことで爆弾を送られてはたまりません。
ですが、1970年代になると、もはや努力して達成すべき目標はない、と考える人が現れるような社会状況になったようです。

2、日本からも、めざすべき目標が消えた。

1997年に村上龍は「寂しい国の殺人」で、ひたすら近代化をめざしそれを達成した日本は、国家的な大目標を失い、寂しさに被われている、と指摘しました。豊かになりたいと欧米諸国を手本にただ近代化だけに集中し、ついに近代化がなされると、目標が消え喪失感に沈むことになったのです。

しかも、近代化を達成したことによる喪失感は、近代化以前には存在しないものです。現在抱えたこの喪失感は、過去を振り返っても決して解消する方法は見つかりません。この問題の答えは、過去にはありませんでした。

1990年代には、経済が低迷して閉塞感がありました。おそらく、バブル崩壊という失敗は何だったのか、という問いかけが人々の意識の底にあったとは思います。無意識レベルですが。
(でも実は、バブル崩壊はただの不況で、また好景気が来ると考える人も多くいました。日本経済の実態が明らかになり、さらにどん詰まりの閉塞感が充満するのは、失われた20年になってからです。)

さてそんな1990年代ですが、そのころメディア(新聞・雑誌・テレビ)では、
「もういちど戦後直後のように、焼け野原の状態からやり直せばいい。焼け野原の何もない状態から始めれば、すっきりする。」
のようなことをいう評論家の類が結構いました。
こういった発言は、阪神大震災やオウム真理教事件、神戸の児童殺傷事件、金融危機(長銀破綻など)のような、どう考えればよいか難しい問題に対し頻繁に出現しました。
今はいませんけど、当時は本当にそんなことをいう知識人がそこそこいました。

馬鹿かと。
メディアにそんなコメントが掲載されるたび、私はいちいち怒っていました。(まだ若かったので。)

このコメントを噛み砕くと、
『日本は戦後、ひたすら豊かになりたい、お腹いっぱいご飯が食べたい、ぼろぼろでない服が着たい、快適な家に住みたい、たくさん電化製品が欲しい、車が欲しい、いい学校に通いたい(学歴)、いい会社に入りたい(地位)、着飾るブランド商品が欲しい、海外旅行に行きたい、と言ってそれしか考えず突き進んできた。』
『ついに物質的に豊かになり、欲しいものがなくなった。欲しいものがなくなったら、何をしていいかわからなくなった。どこに向かえばいいか、どう生きればいいか、何が大切か、何をしたいのか、何に価値があるのか、すべてわからない。』
『寂しく不安で満たされない。』
『今持っているものを捨て、空腹で裸で住む家のない状態に戻ろう。そうすれば、お腹いっぱいご飯が食べたい、ぼろぼろでない服が着たい……、何をすればいいかわかる!』

馬鹿かと。
物がないので物欲全開で生きて、物を集め終わったらやることが見えない。だから物をすべて捨てて、再び物欲全開で生きる。

マズローの欲求段階説ってありますが。それで例えれば、生理的欲求と安全の欲求が満たされたらどう生きればよいかわからなくなったので、衣食住を捨て、生理的欲求の段階から再開するってことです。

いやしくも評論家や知識人を名乗るなら、先進国並みの生活水準に達したあとは何が大切なのか、(間違っていても)提示してみろと思ったものでした。

今になって考えると、1990年代はまだ日本経済に余力があったので、もう一度焼け野原になればよいなんて言えたわけです。もうそんなことを言う人がいないのは、2014年の日本経済に、もはや余力がない表れでしょう。
日本は高度経済成長後、近代化を達成しましたが、そのあとの目標を見つけられませんでした。バブル期も、バブル崩壊後の停滞期も、やっぱり目標(大切なこと)はわかりませんでした。

3、あいまいな楽観主義。ビジョンはないが、きっと幸せになれる。

(3、は前回紹介の「ゼロ・トゥ・ワン」を参考にしています。)
1982年以降、アメリカは株式相場が右肩上がりとなり、人々は金融が明るい未来を約束すると考えました。あいまいな楽観主義の始まりです。

あいまいな楽観主義は、『未来は予測できないが、未来は今より良い』です。
なぜ予測できないのに未来は明るいのか。こういう認識が生まれた背景には、ベビーブーマー世代があります。ベビーブーマー世代に生まれれば18歳になるまで、自分とは全く関係なく、何もしなくても生活は良くなっていきました。

何もしなくても、具体的な計画を持たなくても、テクノロジーは進歩し自動的に生活は年々良くなりました。そうすると、計画を軽視し偶然を重視するようになります。ビジョンとそれを実現させるための計画が、必要とは思えません。

何もしなくても未来は明るいなら、何も探す必要はありません。この世界でまだ発見されていない本質的なこと(隠れた真実)も、別に必要ない。必要ないと思っていると、最後にはその存在の可能性すら忘れてしまいます。

この世界に隠れた真実は残っていないと考えると、この世界にあるのは既知の定説か、知ることが不可能な謎だけになります。

あいまいな楽観主義の世界では、金融は最高です。
未来は明るいから投資します。でも本質的なことはわからないから、何に投資していいかわかりません。だから選択肢を増やし、分散投資します。そこで各企業に金が集まりますが、企業も投資先がわからないので、自社株買いと配当に使います。すると投資家は儲かります。でも儲かった金の使い道がわかりません。だから分散投資します……

未知の本質的なことは市場に存在しない、と考えるのが効率的市場です。効率的市場では、価格はすべて正しいと考えます。どんな価格でも正しいと考えるので、バブルが発生します。(割高な資産など存在しないと考え投資する。しかし資産価格の高騰は歴史上何度もあった。)効率的市場への信仰は、金融バブルをより大きくし、バブル崩壊の破局を深刻なものにします。

市場は効率的なのに、隠れた真実はないはずなのに、サブプライムローン危機とリーマン・ショックが発生しました。100年に1度の危機です。どうしよう。ビジョンはなく、具体的な計画もなく、どうすればよいかわからないときの解決法は、金融緩和策です。

何をめざせばよいかわからないので、バブル崩壊による含み損を、緩和策で資産を買い上げ再び含み益まで持ち上げることで、解決することにしました。

4、皇国の興廃、このアベノミクスにあり。国民は一層、消費・投資せよ。

アメリカでは目標がなくなったので金融が栄え、金融バブル崩壊のツケは金融緩和策で払うことにしました。日本でも目標が消えたあとに金融バブルが発生し、崩壊後は低迷しています。

さて、日本の低迷・衰退をどう解決するのか。バブル崩壊後もずっと、目標や大切なことはわからないままだったのですが、割と切羽詰まってきました。失われた20年ということなので、平成5年度と25年度を比較してみます。

平成5年度 税収54兆円 公債残高193兆円

平成25年度 税収43兆円 公債残高750兆円

これは財務省の資料の数字で、まあ、いろいろあるかと思います。国の借金は1000兆円以上だし、GDP比で240%だと言う人もいるでしょう。逆に、日本国債は国内で消化されているし、民間の金融資産は1600兆円だし、自国通貨建ての国債でデフォルトはないと言う人もいるでしょう。今年度の税収はもう少し高いです。

しかし20年間、税収が右肩下がりで歳出が右肩上がり、債務残高は指数関数の曲線みたいに増えています。歳出の半分しか税収で賄えず、債務残高が年々積み上がるのを見ると、何らかの決着が近いように思います。

そこで日本国民は、アベノミクスを最後の解決策に決めました。

いやいや、別に最終手段をアベノミクスに決めてないよ、と言う日本国民は多いと思います。ですが、もう決まりました。財政状況的には土俵際ですし、そもそも日銀の異次元緩和には出口はありません。

日銀はすでに国債を200兆円保有しており、これから1年に80兆円ずつ買います。日本の株式も8兆円保有し、毎年3兆円ずつ買います。これほどの額を、真っ当な方法で縮小できるとは思えません。日銀が国債の購入をやめるとか、保有証券を市場で処分するとか、もはや言うことはできません。言った瞬間に、円と株式と国債は暴落です。アベノミクスは、日本男児らしく片道燃料で出撃です。

デフレマインドは日本の敵であり、消費と投資は国民の義務です。贅沢は、素敵です。

5、世界最大のヘッジファンド創業者が発見した答え。

アベノミクスを選び、異次元緩和が始まった以上、行き着くところまで行くでしょう。日本に住んでいる限り、日本国民はその結末から生じる影響を避けられません。

ところでアベノミクスの復習をすると、3本の矢です。
第1の矢:金融政策(異次元緩和)でインフレ率を(2%まで)上げる。
第2の矢:財政出動で景気を刺激し、短期的に経済を持ち上げる。
第3の矢:成長戦略で潜在成長率を上げ、長期的に経済を成長させる。

アベノミクスが成功すると、長期で3%程度の経済成長が持続的に達成され、財政も健全化するはずです。

国民としては、備えるのは失敗した場合です。失敗したらどういう状況になるのでしょうか。それを考える前に、レイ・ダリオ氏の『30分でわかる経済の仕組み』と言う動画を参考にしてみます。金融バブル崩壊後に訪れる大不況への対策を考える動画です。1990年代の日本や2008年以降の欧米に、適応できそうです。
(レイ・ダリオ氏については、以前の記事「リスク・テイカーズ」に言及あり。)

レイ・ダリオ氏によれば、巨額の債務による信用不安下の大不況では、解決策は
①支出の削減。
②債務の縮小。
③富の再分配。
④中央銀行が紙幣を印刷して資産を買う。
となります。債務負担の増加率より、所得の増加率を高くする必要があります。いかに①~④をバランスよく組み合わせられるかが、政策立案者の腕の見せ所です。また、ここで重要なのは、
❶債務より所得が速く増えること。
❷所得より生産性が速く増えること。
❸生産性の向上に努めること。
です。

これをアベノミクスに当てはめてみると、
④は合格、③は微妙、①、②は不合格。❶、❷、❸も不合格です。

内閣官房参与の浜田名誉教授も、金融政策はA、財政政策はB、成長戦略はEとアベノミクスを採点していました。アベノミクスは、金融政策と財政出動のみにとどまり、成長戦略(特に規制緩和・構造改革)は進まないと思われます。

ここまでアベノミクスに批判的な記事を書いてきましたが、私は金融緩和策には消極的賛成でした。異次元緩和を始めたときは消極的賛成であり、今から振り返っても消極的賛成です。私としては、金融政策は単なる時間稼ぎなので、中央銀行が時間を稼いでいる間に、政権が責任を持って構造改革をやれ(規制緩和と社会保障制度改革)と思っていました。

私の意見はどうでもいいのですが、もう成長戦略は成し遂げられないでしょう。

選挙で自民党が大勝すれば、政権基盤が強化され、政策実行期待が高まる(ので株価が上がる)と言う人がいます。選挙で自民党が勝利すれば、しばらく株価は堅調でしょうが、成長戦略という政策が実行されるとは、私にはまったく思えません。

安倍総理は、2012年12月の総選挙で300議席弱の大勝利を収めました。内閣発足後は高い支持率をずっと保ち、2013年5月まで株価は上昇を続け、国民の間でも景気が良くなるという明るい雰囲気が感じられていました。政権としては、政策を実行するのに絶好機でした。

しかしこれだけチャンスがあった、2012年12月から2014年12月までの2年間で実行したのは、靖国神社参拝だけです(あとオリンピック招致?)。TPP参加、法人税減税、雇用規制緩和、医療規制緩和、農業規制緩和、社会保障費抑制、カジノ立法、といった政権発足時に挙がっていた事案は全く何もなされていません。

ここでは靖国参拝やTPPなどの事柄の、政治的正誤や倫理的善悪を論じません。ただ安倍総理は、靖国参拝はきわめて重視するが、規制緩和や構造改革には関心が低いことがわかります。第一次安倍内閣の躓きも、郵政民営化に反対した造反議員の復帰からでした。たとえ総選挙で300議席を獲得しても、憲法改正には動くでしょうが成長戦略には動かないと予想します。

というわけで、安倍政権はお金はばらまくが、痛みを伴う支出の削減はやらないし、生産性も向上できない。とまとめられます。

6、アベノミクスは失敗する可能性が高い。円資産しか持たない人は、外国の資産を持つべき。

これまではずいぶん大きな天下国家の話でしたが、この節は資産防衛という小物の臭いのする話です。私の器が小さいので、最後の結論はみみっちいお話です。

さて、債務に押し潰されそうになったときは、支出と債務を削減し、紙幣を刷って所得を上げ、生産性を向上させることが必要でした。アベノミクスで達成したのは、紙幣を刷ることだけです。財政再建も潜在成長率底上げも、やりませんでした。

ところでアベノミクスの好循環として、資産効果(トリクルダウン)が指摘されます。確かに資産価格が上昇すると、富裕層の消費活動が活発になり、景気を刺激します。2013年の半ばまでは効果がありました。しかし日本では株式投資をする人が少ないので恩恵は広がらず、また実質所得がずっとマイナスだったことから、消費は息切れしてしまいました。

そもそも、現在、日本の株式を買っているのは、
外国人(2013年は15兆円、2014年は2兆円ぐらい)
日銀(毎年1兆円、来年から3兆円)
年金(保有比率が12%から25%に)
だけです。

外国人は、バイ・マイ・アベノミクスに応えて買ってきました。しかし、アベノミクスが旧来の自民党的バラマキと見切ったら、買わなくなります。年金と日銀の買いに限界が来た段階で、外国人は売りに転換します。そうなったら、日本株を買う人は存在しません。

日本買いポジションの人が消滅したとき、怒涛の日本売りが始まります。ジョージ・ソロスがイングランド銀行を打ち倒したように、世界中の投機家が全力で攻撃してくるでしょう。

もう日経新聞にも、
『万が一、金利の急騰やハイパーインフレが起きたとき、(増税を延期した)すべての政党が責任から逃れられないことを意味する。既存の政党が国民の信を失い、極端なナショナリズムや耳に心地よい政策だけを掲げる新たな政治勢力が表舞台に出てきてもおかしくない。ドイツでナチスが台頭したときはそうだった。』(2014年11月23日朝刊2面コラム風見鶏)、
『多くの経済専門家の関心は今や、財政破綻や高インフレが「来るかどうか」ではなく「いつ、どんな形で来るか」に移っている』(2014年11月24日朝刊4面コラム核心)
などと連日書かれる始末です。

バブル崩壊や金融危機発生の時期を、ピンポイントで予測するのは不可能ですが、もうそろそろ限界が近いようです。アベノミクスは持ってせいぜいあと1~2年。本丸の国家財政も、5年か10年で限界が見えるでしょう。対策はひっそりと進めるべきです。危機が露わになってからでは、冷静な行動はとれません。2012年12月以降、自分の金融資産を日本株や外貨に大きく変換できましたか?普通の人には、機を見て素早く投資行動を変えることは難しいです。あらかじめ、外国の資産を含んだポートフォリオをつくっておくべきです。

アベノミクス失敗後に何が起こるか。大きくは2つに分けられると思います。
①誰の目にも明らかな破綻。国債の債務不履行やハイパーインフレ。
②長く続く気付きにくい破綻。金融抑圧。第二次世界大戦後の英国。

①は誰にでもわかるような、大騒ぎになります。円預金の価値が急激に失われるので、外国の資産や実物資産を保有することで、資産価値を守る必要があります。
②では物価上昇率が高くなりますが、名目金利は低く抑えられます。気付きにくいですが、インフレによりじわじわ円預金の価値が低くなります。長い年月をかけて、債権者から債務者へ富が移転します。国民の預金で国債を買っているので、ここでは国民が債権者で、日本政府が債務者です。円預金はインフレ税として国家に徴収されます。この場合も外国の資産や実物資産で、資産の価値を保つことが必要です。

要約すれば、どういう形で破綻しようが円預金の価値は低下するので、外国の資産か実物資産を持ちましょうという話です。破綻の間際になると、破綻するぞ詐欺も増えると思います。平時より落ち着いて、外国資産や実物資産を組み込んだポートフォリオをつくっていきましょう。投資で大儲けを考えるよりは、長期投資(資産防衛)の観点で考えましょう。

敗戦直後、日本でハイパーインフレや預金封鎖があったようですが、体験して覚えている人はほとんどいません。天災は忘れたころにやってきます。備えあれば患いなしです。

「貨幣という謎 金と日銀券とビットコイン」 西部忠(著)

 

貨幣について深く考察した1冊です。ビットコインについても学べます。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

貨幣、市場、価格、ビットコイン、資本主義などに興味のある人。

 

要約

・経済は数字でカッチリと形が決まるようなものではなく、人間の認識や行動を通じて生じる、動きのあるシステムである。進化するシステムである経済を理解するため、貨幣について考える。

貨幣は「もの」なのか「こと」なのか。硬貨や紙幣のような「もの」であり、プリペイドカード利用時のデータ信号のような「もの」でもあり、クレジットカード利用時のお金を借りる信用通貨のような「こと」でもある。

・現在、価格の決まり方は新古典派経済学の「一般均衡理論」を根拠としている。これは貨幣の存在を無視し、すべての需要と供給のギャップが解消されるようにあらかじめ価格を完全に調整してから、全参加者が全取引を一度に行うような市場を想定している。
このようなすべてに一物一価が成立し、すべての取引が同時に瞬間的に行われるという仮定は現実的ではない本書では、貨幣の存在する現実の市場を考察する。

・市場には、需要と供給により価格が決定される「伸縮価格市場」と、生産者や当局が価格を決める「固定価格市場」がある。「伸縮価格市場」は、「組織化された市場(競り市場)」と「組織化されない市場(商人媒介市場)」とわけられる。
現在は、いくつかの分野に「競り市場」がみられるが、大部分は「固定価格市場」である。本書では、一般均衡理論に基づく市場を「集中的市場」、「組織化されない市場」と「固定価格市場」を合わせて「分散的市場」と呼ぶことにする。

現実の市場のほとんどは、相対取引が集積した「分散的市場」である。オークションのみ、「集中的市場」に似ている。株式市場は競争の要素はあるが、無数の相対取引の集合である。一般消費財もほとんどが定価販売であり、需要の短期的変動には、生産者は価格調整ではなく数量調整で対応する。また、一物多価が成立している。売り手は適切な価格が市場で決められてから売買するのではなく、自ら定価を提示し、短期的には数量調整を、長期的には価格調整をする。

現実の世界では、貨幣が存在して市場が成立する。貨幣が存在するから物が商品となり、商品が売買される場が市場となる。

・物々交換の際、多くの人に欲しがられるものが交換に便利なので貨幣となった(貨幣商品説)。そして、貨幣は他者が欲しがるから自分も欲しいという、欲求の模倣によって制度が強化される。したがってどんなものでも貨幣になりうる。

貨幣の動態と人間の欲望は循環構造にあり、市場経済を考察するのに貨幣を無視してはならない。経済の本質が、所与の目的を達成するために希少な資源を最適に配分することならば、経済に貨幣は必要ない。だが多くの独立した個人が分業する社会では、貨幣なくして市場は存在しない。

・市場は共同体の外にあるが、経済は共同体の中にもある。経済(エコノミー)の語源は家政術(オイコノミア)である。市場原理は、共同体の原理(贈与原理や互酬原理)を脅かす。

貨幣の機能。
①交換手段。
②価値尺度、購買手段。(貨幣で物は買えるが、物で貨幣は買えない。)
③蓄積手段。
④支払手段。(「信用」は貨幣を節約するための仕組み。)
貨幣の機能は、貨幣に購買力があると皆が信じるか予想するために、観念が自己実現することで支えられている。

・観念の自己実現は、昨日と同じように今日も貨幣が使えると慣習的に考えることで成り立つ。あるいは、次に貨幣を受け取る人がいると予想することで成り立つ。大多数の慣習的思考と予想が崩れると、観念の自己実現は失われる。

ビットコインについて。その成り立ち、仕組み、特徴。公開性やP2Pという、自由主義的で非中央集権的な設計思想に基づく。マイニングは、通貨発行や管理業務を行うインセンティブをユーザーに与え、ユーザーを増やすことに寄与する。
集権性の国家通貨に対し、P2P型分散的ネットワークの民間通貨が競合する世界が、フィクションではなくなってきた。(ハイエクの「貨幣の脱国営化論」。)

・貨幣は、穀物や家畜から貴金属、鋳貨、紙幣、手形、電子マネーと変化し、「もの」から「こと」へと近づいてきた。また、鋳貨から兌換銀行券、不換銀行券と、信用貨幣へと変化した
通貨には、市中に存在する現金通貨と、銀行に預けられている預金通貨がある。民間銀行は、要求払預金の一部を支払の準備として残すほかは、貸付で信用創造することができる。

貨幣が信用貨幣化していることは、現代の貨幣の本質が、価値の移転や債務を記録する債務証書であることを示す。市場は、無数の売り手と買い手が貨幣という価値情報を媒介にして、相対取引を行う分散的ネットワークである。

・手っ取り早く儲けたい、自分だけ乗り遅れたくない、という心理から資産価格が異常に高騰するバブルは、歴史上繰り返し発生してきた。バブルには、価格が上がると皆が信じることによって実際に価格が上昇するという、観念の自己実現の性質がある。

・ジョージ・ソロスは、バブルを「再帰性」という概念で説明した。人間は自分の生きる世界を理解しようとする(認知機能)と同時に、世界に影響を与え自分に都合よく変えようとする(操作機能)。
認知機能と操作機能は同時に干渉し合いながら社会現象に作用するので、参加者の思考と社会現象の間には双方向性が生じる。ソロスはこの双方向性を「再帰性」と呼んだ。

ソロスによれば、「支配的トレンド」と「支配的バイアス」によってポジティブフィードバックループが作動してバブルが生成し、転換点でループが逆回転するとバブルは崩壊する。
「支配的トレンド」とは、ある時代において支配的な世界への働きかけの方法、すなわち操作機能である。「支配的バイアス」とは、ある時代において支配的な認識の方法、すなわち認知機能である。

ソロスのバブル8段階説。
①初期:支配的トレンドは認識されていない。
②加速期:支配的トレンドが広く認識され、支配的バイアスにより強化される。株価は上昇。
③試練期:株価が一時的に下落。
④確立期:試練期を越え、支配的トレンドと支配的バイアスは強化される。株価は著しく上昇。
⑤正念場期:高騰した株価に現実が追い付かなくなる。
⑥黄昏期:危険に気付きながら参加者はゲームを続ける。
⑦転換期:支配的トレンドと支配的バイアスが一気に逆転する。
⑧暴落期:破局に至る。

・貨幣がなくては市場や信用といった制度は存在せず、市場や信用がなければバブルも発生しない。資本主義市場経済の長所は、競争により価格が下がり消費者の利益になること、イノベーションが促されること、契約や売買の自由は政治的自由の基盤となることである。短所には、景気の変動が大きくなること、社会環境や自然環境への悪影響に歯止めがかからないこと、人間関係や共同体を弱体化させることがあげられる。現在は、資本主義市場経済の短所が大きく現れている。

・グローバル資本主義には、貧富の格差という問題がある。だがそれ以上に重大な問題は、個人には自己責任が厳しく問われるのに、巨大な企業や金融機関は危機に陥っても金融システム維持の大義名分で救われ、経営者や富裕層が責任を逃れることにある。資本主義の競争原理や自己責任原則というルールが実は失われており、グローバル資本主義は根本的に不公正であるということが、広く認識されつつあるようだ。
現在行われているインフレ目標を伴う金融緩和政策は、失敗したとしても次の手段はない。今の金融政策は貨幣の量の視点のみで、質に注目することはない。新たな思想に基づく質の高い貨幣の出現が望まれる。

 

書評

貨幣について考えたことなどなかったので、新しい視点を勉強することができました。貨幣がなければ市場は存在しない。需要と供給の均衡から価格が決まるのではなく、市場は無数の相対取引の集積である。などなど。著者は新古典派経済学に批判的なので、こういった主張は主流ではないらしいですが。

貨幣はそのものに価値があるのではなく、皆が価値があると信じるから貨幣になるということは知っていましたが、順序立てて解説されるとよくわかりました。将来も貨幣が使われると慣習的に考えることと、次に別の人が受け取ると予想することが貨幣を成立させるようです。

個人的には株式市場に関心が高いので、ジョージ・ソロスの再帰説は興味深く読めました。ソロス自身の著作も読んだことがありますが、あの人の本は理解しにくいので少しすっきりしました。まあ私は単純に、市場は行き過ぎることがあるし(バブル発生)、逆方向に揺り戻しが来ることもある(バブル崩壊)と一言で済むように思うのですが。

最後に著者はグローバル資本主義の限界を指摘し、コミュニティ再生のような議論もするのですが、そのあたりは若干よくわかりません。強欲な資本主義で人間関係が希薄になると述べていますが、資本主義的関係にもいいところはありますよ。後腐れがないですし。昔ながらのしがらみにまみれた共同体の、永遠に変わらない閉鎖的な相互監視の空間はかなりキツいです。全面的に共同体に没入できれば楽になるのでしょうけど。理想的なコミュニティってできるのでしょうか。
(書評2014/08/05)

「歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学」 マーク・ブキャナン(著)

 

複雑系に関する科学読み物です。私は特に金融の話(市場の暴落を予測できない)に興味があって読みました。話の展開は広く、山火事、大地震、進化、歴史と飽きさせません。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

複雑系科学に興味がある人。

 

要約

・歴史学では、時間をさかのぼって考察と解釈がなされる。第一次世界大戦の原因についてもさまざまに解釈されてきた。しかし1914年当時、第一次世界大戦勃発直前に破局を予測できた歴史学者はいなかった。(ソ連の崩壊や、それに続く世界中での民族紛争も同様である。)
地震学では長い年月にわたり、非常な努力をもって地震予知に取り組んできたが全く成功していない。イエローストーン国立公園では時折山火事が発生し監視活動がとられているが、1998年の爆発的な山火事を防ぐことはできなかった。1987年のブラックマンデーでは、暴落を予測することもできなかったし、暴落の理由もわからなかった。
これらは何を意味しているのだろう?

・国際関係のネットワーク、地殻や森林の構造、投資家の期待や行動といったシステムの組織構造は、小さな衝撃がシステム全体に広がりうるようになっている。このような予測不可能な激変を起こす臨界状態の組織化は、この世界にはありふれたものとして存在する

・カオス理論は単純な予測不可能性を説明できる。複雑性の概念は、平衡状態にない臨界状態で起こる激変を扱う。そしてこの世界は、成り立ってきた歴史を調べなければ理解できないと認識されるようになってきた。(雪の結晶は、凝結し成長してきた歴史を追跡しなければ説明できない。)今起こっていること、今その場所にあるという事実は、決して消え去ることなく未来全体に影響を与え続ける。

・地震が起こりやすい地域を知ることはできる。しかし地震に前兆はない。地震はマグニチュードが2倍になれば発生頻度は4分の1になるという、べき乗則に従う。べき乗則に従う世界では、典型的な(起こりやすい一般的な)ものは存在しない。大地震と微弱な地震との間に違いはない。大地震も微小な振動も同じように起こる。大地震に固有な原因はない。

自然界に見られるフラクタルは、成長や進化の過程で自然に現れる。ある偶然の出来事の上に偶然が付け加わって、成長や進化が積み重なる。ある偶然が起こるとその近くの偶然が起こりやすくなるが、この成長の仕方は不安定であらゆる些細な出来事に左右される。凍結された偶然の累積である歴史は、繰り返し実験しても決して同じにはならない。しかし似たような形になる。生じた複雑な構造は同じある予測可能な性質を持ち、べき乗則を満たす。偶然の裏に明白な規則的な過程があり、それは統計に現れる。

・科学者たちの研究により、地震発生過程のモデルをある程度は考えることができるようになった。地殻の断層の構造は、フラクタルの性質を持っている。臨界状態にある地殻で、ごくわずかな滑りが起こる。この滑りがどれほどの規模にまで広がるかは、ただはじめに滑った場所がどこかだけで決まる。微小な滑りがどこでいつ起こるかを予測することは不可能だろうし、地震の規模がどうなるかも実際に滑り始めなければわからない。
そして、フラクタルとべき乗則を背景とし、臨界状態を想定するこれらの地震をめぐる考察は、この世界の他の出来事を理解するのにも役立つのである。

・科学者たちは、さまざまな相転移の臨界状態の臨界値を調べるなかで、対象とする物体が存在する空間の物理的次元と物体の形状のみが重要であることを発見した。それ以外の詳細(質量や電荷や分子間相互作用)は、臨界状態の組織化には何ら影響を与えない。臨界状態では物体の物理的次元と基本的形状だけが重要であることを、臨界状態の普遍性という。
全ての物理的システムは、必ずいずれかの普遍性クラスに分類される。臨界状態の普遍性の特徴は、同じクラスに属する物体はそれが現実のものでも想像上のものでも、どれほど似ていないように見えても、正確に同じ臨界状態へと組織化することである。ひとつのクラスのあるシステムがとる臨界状態を理解できれば、そのクラスに含まれるすべてのシステムが理解できる。同じ普遍性クラスなら、とても大雑把なモデルでも現実のシステムの挙動と一致する。地震発生過程モデルがどれほど荒削りでも(岩石の性質や摩擦や断層の形状を完全に無視していても)、地殻の本質的な仕組みは理解できる。
臨界状態にあるシステムはどれも似たような組織構造を形成する。その組織構造はシステムの特有な詳細や要素からは生じず、より深遠な基本的幾何や論理構造から生じる。臨界状態にあるシステムは、システムが何物であるかに関係なく、その本質的な性質を理解できる。

・臨界状態を作り、保つには調整が必要である(核反応など)。しかし、みずから臨界状態へ発展することもある。このような自己組織的に臨界状態に至る場合、系が非常にゆっくりと平衡状態から逸脱することと、系が相互作用に支配されていることが調整として働くようである。
森林火災やバッタの大発生、麻疹の流行などは自己組織的臨界の例である。自己組織的臨界はべき乗則に従う。イエローストーン国立公園も臨界状態にあった。あらゆる小さな山火事を人為的に消したことで、臨界状態が超臨界状態となり、すさまじい大火災を発生させやすくした。

・地球の生物の歴史では、5回の大量絶滅があった。多くの生物学者は、継続的に起きる目立たない絶滅のほかに、特別な原因による特別な大量絶滅があったと考えてきた。しかし、絶滅した生物の科の数と経過した年数は、べき乗則を満たすことがわかってきた。
これは地球規模の生態系が臨界状態へと組織化されていること、通常の進化によってまれに大量絶滅が起きること、短期的な生態系だけでなく長期的な進化的振る舞いにも自己組織的臨界の性質があること、を暗示しているのかもしれない。ただし、生態系に外部から衝撃が加わることで、自己組織的臨界の状態になる研究もある。

・経済学者たちは、経済を誘導できるという信念を抱きながらも、経済予測を誤り続けてきた。効率的市場仮説によれば、株価は速やかに適切な価格に均衡する。構造的な脆弱性や基礎条件の変化がなければ、暴落は起きないはずだ。しかし市場は平衡状態にはない。株価変動の大きさとその頻度はべき乗則に従う。効率的市場仮説の仮定とは異なり、金融市場では人間には心理があり、相互に影響し合う。その相互作用は、スモールワールドのネットワーク(世界の全人口60億人の誰とでも6人の知り合いを介してつながれる)によるものなのかもしれない。

人間は自由意志に基づいて選択するが、集団行動は規則性をもつ。各個人が自由に移動するなかでの都市の成立過程や、各個人の所持する資産の分布に、べき乗則が現れる。

・歴史学者は、革命や戦争の前には、社会に不調和が蓄積していると考える傾向にある。トーマス・クーンは、パラダイムをまとめ上げて科学が進歩していくことを通常科学、学説間の矛盾など不調和が限界に達し、パラダイムが再構築されることを科学革命と呼んだ。
パラダイムを学説のネットワークと考えると、このネットワークの変化の性質を調べることは可能である。科学論文では、引用される回数とその論文の数はべき乗則に従う。これは、大規模な科学革命と小規模な科学革命には質的な差はないことを示しているようである。科学的知識のネットワークは臨界状態のようだ。しかし偉大な科学者は、自身の学説を大きな影響を及ぼせるような場所に置くことができるのだろう。

科学に限らず、あらゆる分野の人間活動において、相互作用するアイデアのネットワークがある。これらにも、臨界状態を表すべき乗則が見い出せるのではないか。
臨界状態はあるきっかけで崩壊するが、その崩壊は臨界状態直前の状態で止まる。科学でもパラダイムは、理論に歪みが生じ必要とされる最小限度だけ破壊され再構築される。システムは、現状を保とうという摩擦力を伴いながら内部の要素が相互作用するとき、臨界状態へと自己を組織化する。
政治的革命は、権力者の抑圧がありながらも、既存の機構がみずから作り出した状況のもたらす問題に、適切に対応できなくなったと広く認識されたときに起こる。戦争も、国家間の相互作用と各国家の国力の推移に歪みが生じ、解放される過程で発生すると考えられる。人口比の戦死者数と戦争の数との間には、べき乗則が成立する。社会構造は臨界状態へと組織化されやすく、戦争もべき乗則に従うのではないか。それならば、大戦争と小規模な紛争は始まり方に違いはない。

・偉人が歴史をつくるわけではない。社会システムの特有な組織構造が、大きな社会変動を引き起こす。歴史上の偉人は、大きな社会的な力の衝突する接点に存在するだけだ。歴史的な大事件の原因が臨界状態の組織構造にあるとすると、歴史では偶然性がきわめて強い力を持つということになる。我々の世界、そして歴史は、偶然と秩序が入り混じっているのだ。

 

書評

純粋に楽しく読めました。さすがにプロのサイエンスライターです。
「え?それってどういうこと?」とか、「これは何と関係するの?」などと興味を持続させながら最後まで読めました。私がべき乗則や、ネットワークの本を読んだことがないこともありますが。

システムが臨界状態にあるなら、非常に簡単な仮想モデルの結果が、現実世界と一致するというのは驚きです。地震も森林火災も生物種の絶滅も、感染症の広がりも金融市場も同じように議論できるとは。

本書を読みながら考えていたのは2点で、戦争と金融市場のことです。
第一次世界大戦の話から本書は始まるのですが、歴史学者の間でも原因について合意されることはありません。遅れて台頭してきたドイツと覇権国家であったイギリスの葛藤に、周辺国家の国際関係が絡み合っていました。各国の国内政治状況も影響したのでしょう。歴史を動かす原因は何かという疑問は、21世紀の不安定な国際情勢を背景にすると気になるところです。

筆者は歴史の展開が予測できたり、個人の力で歴史を変えたりという議論には否定的です。偶然性が重要であることには私も同意します。しかし話は結構飛んで、人間の社会システムが臨界状態へ組織化されやすいなら、奥深くに統計的な規則性が発見できるかも、となります。そこまでくるとよくわからないので、ちょっと保留かなと思います。

金融市場については日頃から考えていることもあり、特に新しく感じることはなかったです。まあ本書とは関係ないですが、経済を予測したり誘導したりすることは人智を超えるような気がしますが、異例の金融緩和政策をとる各国中央銀行は自信をみせています。どういうところへ着地するやら。
(書評2014/07/23)

潮が引いたら裸

(2014年7月に書いた記事です)

株は割高な時期に入ってきたが

アメリカの株価がずっと高値圏です。PERは15~16倍あたりで割安感はもうありません。2014年7月15日の日経夕刊の記事では、「S&P500は現時点で1928年以降の平均比で30~45%過大評価されている」とありました。

「投資で一番大切な20の教え」という本を読んでいます。とてもいい本で書評も書きますが、すぐれた教訓がいろいろあります。実はこのブログを始める前に一度読んでいたのですが、再読すると以前わからなかったことがわかりました。

株高のときにはリスクを忘れる

リスクの話があるのですが、リスクに対して適切なリスクプレミアムが乗せられていないときに高リスクだという解説がなされます。

例えば、リスクとリターン(リスクプレミアム)の関係は以下のようになります。
MMF 4%
5年物米国債 5%
10年物米国債 6%
高格付け債 7%
S&P銘柄株式 10%
ハイイールド債 12%
小型企業株式 13%
不動産 15%
企業買収ファンド 25%
ベンチャーキャピタルファンド 30%

ところが金利水準が低くリターンが平坦化すると、
MMF 1%
5年物米国債 3%
10年物米国債 4%
高格付け債 5%
S&P銘柄株式 6-7%
ハイイールド債 7%
小型企業株式 7-8%
不動産 8%
企業買収ファンド 15%
ベンチャーキャピタルファンド 20%
のように変化し、投資家がリスクを低くとらえ高リスク環境を生み出します。

少しでも高い利回りを求めていると

著者は顧客向けレターで、
「投資家は低リスク・低リターンの投資を避けようとしゃかりきとなっている」
「投資家はリスクがきわめて限定的だと考えている」
「伝統的で安全性の高い投資では雀の涙ほどのリターンしか得られそうにない」
「ほとんどの人がリスクの高い投資を進んで行っている」
「プラス材料で上昇し、マイナス材料が生じてもすぐに回復する」
「価格は高騰し、リスクプレミアムはきわめて小さくなっている」

と述べています。

いかがでしょうか。まったく現在のことを言い表しているようです。しかも、このレターは2004年や2007年に書かれたものです。2004年や2007年当時と比較しても、現在は圧倒的な低金利と超金融緩和状態です。

ゼロ金利下で投資家はリターンの得られる投資先を必死で探しています。南欧諸国の国債も、世界中の低格付け債券も低金利です。各国の株価は高値を更新しています。

中央銀行が金利を低く保つだろう。
中央銀行が金融緩和により株価を上昇させるだろう。
中央銀行が欧州の債務危機を収束させるだろう。
中国政府が不動産バブルのハードランディングを防ぐだろう。

全部他人任せなのですが、リスクは適切に評価されているのでしょうか。

最後はバフェットの言葉で。
「潮が引いて初めて、誰が丸裸で泳いでいたのかがわかる。」