「歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学」 マーク・ブキャナン(著)

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複雑系に関する科学読み物です。私は特に金融の話(市場の暴落を予測できない)に興味があって読みました。話の展開は広く、山火事、大地震、進化、歴史と飽きさせません。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

複雑系科学に興味がある人。

 

要約

・歴史学では、時間をさかのぼって考察と解釈がなされる。第一次世界大戦の原因についてもさまざまに解釈されてきた。しかし1914年当時、第一次世界大戦勃発直前に破局を予測できた歴史学者はいなかった。(ソ連の崩壊や、それに続く世界中での民族紛争も同様である。)
地震学では長い年月にわたり、非常な努力をもって地震予知に取り組んできたが全く成功していない。イエローストーン国立公園では時折山火事が発生し監視活動がとられているが、1998年の爆発的な山火事を防ぐことはできなかった。1987年のブラックマンデーでは、暴落を予測することもできなかったし、暴落の理由もわからなかった。
これらは何を意味しているのだろう?

・国際関係のネットワーク、地殻や森林の構造、投資家の期待や行動といったシステムの組織構造は、小さな衝撃がシステム全体に広がりうるようになっている。このような予測不可能な激変を起こす臨界状態の組織化は、この世界にはありふれたものとして存在する

・カオス理論は単純な予測不可能性を説明できる。複雑性の概念は、平衡状態にない臨界状態で起こる激変を扱う。そしてこの世界は、成り立ってきた歴史を調べなければ理解できないと認識されるようになってきた。(雪の結晶は、凝結し成長してきた歴史を追跡しなければ説明できない。)今起こっていること、今その場所にあるという事実は、決して消え去ることなく未来全体に影響を与え続ける。

・地震が起こりやすい地域を知ることはできる。しかし地震に前兆はない。地震はマグニチュードが2倍になれば発生頻度は4分の1になるという、べき乗則に従う。べき乗則に従う世界では、典型的な(起こりやすい一般的な)ものは存在しない。大地震と微弱な地震との間に違いはない。大地震も微小な振動も同じように起こる。大地震に固有な原因はない。

自然界に見られるフラクタルは、成長や進化の過程で自然に現れる。ある偶然の出来事の上に偶然が付け加わって、成長や進化が積み重なる。ある偶然が起こるとその近くの偶然が起こりやすくなるが、この成長の仕方は不安定であらゆる些細な出来事に左右される。凍結された偶然の累積である歴史は、繰り返し実験しても決して同じにはならない。しかし似たような形になる。生じた複雑な構造は同じある予測可能な性質を持ち、べき乗則を満たす。偶然の裏に明白な規則的な過程があり、それは統計に現れる。

・科学者たちの研究により、地震発生過程のモデルをある程度は考えることができるようになった。地殻の断層の構造は、フラクタルの性質を持っている。臨界状態にある地殻で、ごくわずかな滑りが起こる。この滑りがどれほどの規模にまで広がるかは、ただはじめに滑った場所がどこかだけで決まる。微小な滑りがどこでいつ起こるかを予測することは不可能だろうし、地震の規模がどうなるかも実際に滑り始めなければわからない。
そして、フラクタルとべき乗則を背景とし、臨界状態を想定するこれらの地震をめぐる考察は、この世界の他の出来事を理解するのにも役立つのである。

・科学者たちは、さまざまな相転移の臨界状態の臨界値を調べるなかで、対象とする物体が存在する空間の物理的次元と物体の形状のみが重要であることを発見した。それ以外の詳細(質量や電荷や分子間相互作用)は、臨界状態の組織化には何ら影響を与えない。臨界状態では物体の物理的次元と基本的形状だけが重要であることを、臨界状態の普遍性という。
全ての物理的システムは、必ずいずれかの普遍性クラスに分類される。臨界状態の普遍性の特徴は、同じクラスに属する物体はそれが現実のものでも想像上のものでも、どれほど似ていないように見えても、正確に同じ臨界状態へと組織化することである。ひとつのクラスのあるシステムがとる臨界状態を理解できれば、そのクラスに含まれるすべてのシステムが理解できる。同じ普遍性クラスなら、とても大雑把なモデルでも現実のシステムの挙動と一致する。地震発生過程モデルがどれほど荒削りでも(岩石の性質や摩擦や断層の形状を完全に無視していても)、地殻の本質的な仕組みは理解できる。
臨界状態にあるシステムはどれも似たような組織構造を形成する。その組織構造はシステムの特有な詳細や要素からは生じず、より深遠な基本的幾何や論理構造から生じる。臨界状態にあるシステムは、システムが何物であるかに関係なく、その本質的な性質を理解できる。

・臨界状態を作り、保つには調整が必要である(核反応など)。しかし、みずから臨界状態へ発展することもある。このような自己組織的に臨界状態に至る場合、系が非常にゆっくりと平衡状態から逸脱することと、系が相互作用に支配されていることが調整として働くようである。
森林火災やバッタの大発生、麻疹の流行などは自己組織的臨界の例である。自己組織的臨界はべき乗則に従う。イエローストーン国立公園も臨界状態にあった。あらゆる小さな山火事を人為的に消したことで、臨界状態が超臨界状態となり、すさまじい大火災を発生させやすくした。

・地球の生物の歴史では、5回の大量絶滅があった。多くの生物学者は、継続的に起きる目立たない絶滅のほかに、特別な原因による特別な大量絶滅があったと考えてきた。しかし、絶滅した生物の科の数と経過した年数は、べき乗則を満たすことがわかってきた。
これは地球規模の生態系が臨界状態へと組織化されていること、通常の進化によってまれに大量絶滅が起きること、短期的な生態系だけでなく長期的な進化的振る舞いにも自己組織的臨界の性質があること、を暗示しているのかもしれない。ただし、生態系に外部から衝撃が加わることで、自己組織的臨界の状態になる研究もある。

・経済学者たちは、経済を誘導できるという信念を抱きながらも、経済予測を誤り続けてきた。効率的市場仮説によれば、株価は速やかに適切な価格に均衡する。構造的な脆弱性や基礎条件の変化がなければ、暴落は起きないはずだ。しかし市場は平衡状態にはない。株価変動の大きさとその頻度はべき乗則に従う。効率的市場仮説の仮定とは異なり、金融市場では人間には心理があり、相互に影響し合う。その相互作用は、スモールワールドのネットワーク(世界の全人口60億人の誰とでも6人の知り合いを介してつながれる)によるものなのかもしれない。

人間は自由意志に基づいて選択するが、集団行動は規則性をもつ。各個人が自由に移動するなかでの都市の成立過程や、各個人の所持する資産の分布に、べき乗則が現れる。

・歴史学者は、革命や戦争の前には、社会に不調和が蓄積していると考える傾向にある。トーマス・クーンは、パラダイムをまとめ上げて科学が進歩していくことを通常科学、学説間の矛盾など不調和が限界に達し、パラダイムが再構築されることを科学革命と呼んだ。
パラダイムを学説のネットワークと考えると、このネットワークの変化の性質を調べることは可能である。科学論文では、引用される回数とその論文の数はべき乗則に従う。これは、大規模な科学革命と小規模な科学革命には質的な差はないことを示しているようである。科学的知識のネットワークは臨界状態のようだ。しかし偉大な科学者は、自身の学説を大きな影響を及ぼせるような場所に置くことができるのだろう。

科学に限らず、あらゆる分野の人間活動において、相互作用するアイデアのネットワークがある。これらにも、臨界状態を表すべき乗則が見い出せるのではないか。
臨界状態はあるきっかけで崩壊するが、その崩壊は臨界状態直前の状態で止まる。科学でもパラダイムは、理論に歪みが生じ必要とされる最小限度だけ破壊され再構築される。システムは、現状を保とうという摩擦力を伴いながら内部の要素が相互作用するとき、臨界状態へと自己を組織化する。
政治的革命は、権力者の抑圧がありながらも、既存の機構がみずから作り出した状況のもたらす問題に、適切に対応できなくなったと広く認識されたときに起こる。戦争も、国家間の相互作用と各国家の国力の推移に歪みが生じ、解放される過程で発生すると考えられる。人口比の戦死者数と戦争の数との間には、べき乗則が成立する。社会構造は臨界状態へと組織化されやすく、戦争もべき乗則に従うのではないか。それならば、大戦争と小規模な紛争は始まり方に違いはない。

・偉人が歴史をつくるわけではない。社会システムの特有な組織構造が、大きな社会変動を引き起こす。歴史上の偉人は、大きな社会的な力の衝突する接点に存在するだけだ。歴史的な大事件の原因が臨界状態の組織構造にあるとすると、歴史では偶然性がきわめて強い力を持つということになる。我々の世界、そして歴史は、偶然と秩序が入り混じっているのだ。

 

書評

純粋に楽しく読めました。さすがにプロのサイエンスライターです。
「え?それってどういうこと?」とか、「これは何と関係するの?」などと興味を持続させながら最後まで読めました。私がべき乗則や、ネットワークの本を読んだことがないこともありますが。

システムが臨界状態にあるなら、非常に簡単な仮想モデルの結果が、現実世界と一致するというのは驚きです。地震も森林火災も生物種の絶滅も、感染症の広がりも金融市場も同じように議論できるとは。

本書を読みながら考えていたのは2点で、戦争と金融市場のことです。
第一次世界大戦の話から本書は始まるのですが、歴史学者の間でも原因について合意されることはありません。遅れて台頭してきたドイツと覇権国家であったイギリスの葛藤に、周辺国家の国際関係が絡み合っていました。各国の国内政治状況も影響したのでしょう。歴史を動かす原因は何かという疑問は、21世紀の不安定な国際情勢を背景にすると気になるところです。

筆者は歴史の展開が予測できたり、個人の力で歴史を変えたりという議論には否定的です。偶然性が重要であることには私も同意します。しかし話は結構飛んで、人間の社会システムが臨界状態へ組織化されやすいなら、奥深くに統計的な規則性が発見できるかも、となります。そこまでくるとよくわからないので、ちょっと保留かなと思います。

金融市場については日頃から考えていることもあり、特に新しく感じることはなかったです。まあ本書とは関係ないですが、経済を予測したり誘導したりすることは人智を超えるような気がしますが、異例の金融緩和政策をとる各国中央銀行は自信をみせています。どういうところへ着地するやら。
(書評2014/07/23)

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