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「上海36人圧死事件はなぜ起きたのか」 加藤隆則(著)

 

中国で事故や災害が起きても、犠牲者は見捨てられ、真相は隠される。それはなぜなのか。それは中国社会の何を示しているのか。中国を深く知る、読売新聞編集委員を務めた方のレポートです。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国社会に関心がある人。

 

要約

・2015年1月1日、上海の観光名所、外灘(バンド)で雑踏のなか36人が圧死するという惨事が起きた。しかし事件への関心は、時間の経過とともに急速に薄れていった。ビルからドル札に似たクーポン券が撒かれたため、事故が起きたという解説が流布した。だが、事実は異なる。

・犠牲者36人の、それぞれ個別の背景。
36人のうち、地方出身者(外地人)が27人。ほとんどが10~20代で、若い年齢層。上海の戸籍を持てない地方出身の貧しい若者が多い。学歴、職、人脈などで上海人より不利な立場にあり、都会にあって孤独を感じやすい。低い水準の給料から、実家の両親など家族へ仕送りしている。仕事に忙しく、消費を楽しむお金はなく、上海に帰属意識を持てない若者たちが、無料で上海の良い思い出がつくれると、カウントダウンイベントに集まったのも理解できるだろう。

・前年まで行われていた外灘のイベントは、2015年は行われていない。しかし、イベント中止の告知は不十分だった。イベントは上海市のブランド力を上げようと、市政府が後援してきたが、2015年は場所を移して、小規模に予定されていた。
市政府としては、毎年のイベントに箔をつけるため、2015年も楽しいイベントがあるかのごとく報道していた。だが実際は、関係者2000人ほどに限定されたイベントに変わっていた。チケットがなければイベント会場には入れず、一般大衆はチケットを手に入れる手段はない。そのような詳細は報道されていなかった。
また野次馬根性の強い国民性、携帯端末を通じた(誤った)イベント情報の拡散も原因となった。ネットによる情報の伝播は、習近平も世論操作の面から非常に重視している。

・例年なされていた交通規制や、地下鉄駅の閉鎖は行われなかった。関係者限定のイベント警備は厳重だったが、外灘の警備人員は少なかった。イベント縮小化の背景には、習近平指導部の反腐敗運動がある。何か行動すると批判される可能性があるので、今は官僚にリスクを避けたがる風潮がある。腐敗の摘発は、政治闘争として行われている。

・現場では、一般人の危険回避の行動や救助などの美談があった。しかし市政府の責任は、現場の区政府担当者に限定され、それ以上メディアで追及されることもなかった。報道は制限され、犠牲は地方出身者が多かったので公的な追悼行事も行われなかった。国家指導者の面子に関わる事案では、責任追及や原因の報道がなされることはない。事故に際し、教訓を汲み取るよりは政治的利益が優先される。

・犠牲者の遺族が抗議したり陳情したりするのを防ぐため、公安が遺族を監視する。司法も党の指導下にあり、行政の責任を司法で明らかにすることも不可能だ。習近平は、公安部門の責任者だった周永康を粛清している。周永康時代より治安が悪化することは許されず、外灘圧死事故もなかったことのように黙殺された。江沢民、胡錦濤、習近平の最高指導者たちは、反腐敗運動の摘発範囲などで、一定の取引があると思われる。

・習近平は大国を意識し、ソフトパワーを高めることに力を入れている。世界で存在感を増し、国際的なルール作りにも参画しようとしている。だが現在の党の正当性は、軍事力により建国した歴史と、大きくなった経済力という、ハードパワーに頼っている。ソフトパワーには、公平性、開放性、透明性が必要である。習近平の掲げる「中国の夢」は、国家が個人に優先されており、公平性や透明性を欠く。

・死傷者が出る雑踏の転倒事故は繰り返され、そのたびに公衆道徳の向上が叫ばれる。中国人の行動原理は、制度やルールを守ることではなく、複雑な人間関係や面子にある。自律した個人の権利と責任を尊重する社会でなければ、公共心は広がらないだろう。しかし習近平は、国民が成熟した主体的な公民になることを望んでいない。

・経済大国化した自信、西洋文化が浸透することへの反発、格差という社会不安の増大から、伝統(儒教など)に回帰する動きもみられる。腐敗の蔓延は当初、西洋資本主義の悪弊のためとみなされたが、最近は中国の政治体制に原因があるとの認識も生じてきた。そのため、ますます中国独自の優越性を強調せざるをえない。
中国共産党では、政治体制が動揺する時期に「敵対勢力」のレッテル貼りが行われやすい。習近平体制では、「敵対勢力」への言及が増えている。

・歴史的に上海は、日本と交流の深い都市である。最近は訪日観光の中国人が増えるのに対し、上海を訪れる日本人は減っている。上海駐在の日本人の仕事も、中国の低賃金労働力を目的とした投資から、中国市場を相手にしたビジネスへと変わってきている。中国は各地方で大きな差異があるので、その多様性を理解することが重要である。

・2015年3月、全人代での李克強首相の活動報告。事前原稿にはない、習近平の方針に沿った文言が加えられた。その直前、李克強と習近平が会話を交わした。権力が習近平に集中していることは明白だ。メディアを使い、強い指導者かつ庶民派というイメージ構築に余念がない。
習は毛沢東の手法をまね、党と国家の統治体制を死守しようとしている。中国の国家指導者の任期は10年だが、習の長期政権説も囁かれている。その前哨戦として、盟友である常務委員の王岐山が、定年の慣行を破り常務委員を続けるかに注目が集まっている。
反腐敗運動は経済の停滞を招き、恨みを買い敵も増やす。その対策のひとつが国威発揚だが、社会問題の解決にはならないし、台頭してきた中間層にはあまり効果がない。

 

書評

前回、「習近平の権力闘争」を紹介しましたが、今回も現代中国事情の本です。こちらも非常に興味深い内容です。私は読売新聞を読んでいないので著者のことは知らなかったのですが、著者の序文から引き込まれました。

36人圧死事件について、「中国は人が多いし、事故も頻発するのでよくあることだ」程度の関心しか持たれないのではないか、と危惧しています。この惨事に、表向き心を痛めているといったポーズをとらず、いきなり直球勝負で来ることに感心しました。

上海在住の日本人ですら、クーポン券原因説をそのまま信じ、何の疑問も興味も持たないことに、著者は懸念を表明します。インターネットを洪水のように情報が流れるなか、本当のことに関心を持たない。日本人は、中国への関心や理解力を失いつつあるのではないか、と。高杉晋作が幕末に上海を訪れて以来、戦前戦中に、数多くの知識人や文人が上海を訪れています。現在は羽田から3時間ですが、戦前ほどにも中国を理解できていないのではないか。序文にある著者の危機意識の高さで、ぐっと引きつけられました。ひとつひとつの小さな事象を分析することで、うしろに中国の政治が浮かんできます。

私もこの事故について、そんなこともあったな、としか記憶していませんでした。原因にも関心はなく、本書をきっかけに、クーポン券がどうとか言っていたな、と思い出した程度です。実際には、例年とイベントの形式が変わったこと、交通規制や警備がなかったこと、などは習近平指導部の反腐敗(倹約)運動の影響を受けていました。偶発的に見える事故にも、国家の政治方針が関係していることが印象深いです。

「習近平の権力闘争」にも書かれているのですが、習近平は通例の10年を超えて、長期政権を狙っているという説があります。私は、これから中国経済はかなり停滞すると考えています。権力闘争の内実はわかりません。ですが、今までのように高成長で社会の矛盾を隠せないときに、習近平が権力を維持できるのか。けっこう危ういことが起こる予感もします。嫌中の雰囲気があっても、中国のことは横目で見ておこうと思います。
(書評2015/10/01)

「習近平の権力闘争」 中澤克二(著)

 

21世紀の超大国に台頭した中国。その最高権力者は何を考えているのか。激しい権力闘争を勝ち抜いた、習近平の実像に迫ります。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国の最高実力者、習近平に興味がある人。中国の権力構造に関心がある人。

 

要約と注目ポイント

・最高権力者となった習近平は、どのように権力を手にし、何をめざしているのか。
中国をアメリカに並ぶ地位に上げることで、毛沢東には及ばないものの、鄧小平レベルの格の指導者になろうとしている。そのためには政敵を叩き、党史の創作と世論操作も辞さない。

江沢民を封じる

2015年3月の全人代。習に運ばれてくるお茶を、警護要員がずっと監視していた。この事例に象徴されるように、習は暗殺を恐れている。軍や公安の内部の腐敗を、徹底的に摘発したためだ。

反腐敗をキーワードにして、習は権力闘争を仕掛けている。地方視察で鎮江を訪れたことにも意味がある。江を鎮める、すなわち江沢民を抑えるという隠喩である。それまで有力者たちは、江沢民に遠慮して鎮江を訪問したことはなかった。

江は反撃に出る。海南島の東山嶺に行き、肉声を発した。これは東山再起の故事を暗示する。江蘇省の王朝(江沢民)が、陝西省の王朝(習近平)に戦いで勝利した故事である。さらに、東山嶺に流刑になった無錫出身の将軍(周永康)が、都に戻るという故事も含めている。

江沢民は胡錦濤時代に院政を敷いた。引退後の安泰を願って、海南島に巨大な観音像も建立していた。反腐敗の虎狩りで習は攻め、江派は防戦に努める。党内抗争で不満も鬱積している。

だが習も、江一族を直接叩く意思はない。周永康を無期懲役にとどめることで、習指導部と長老たちの間にも、一定の手打ちがあった。

周永康・薄熙来を倒す

2012年3月18日。胡錦濤の側近、令計画の息子がフェラーリで事故死するというスキャンダルが起きた。このスキャンダルを江沢民は最大限利用し、2012年11月の人事では、最高指導部7人の過半を江派が占めるという、大勝利を収めた。また令計画は、習近平の昇進を阻止しようとしたことがあり、この事故は2014年の令計画の失脚にもつながる。

薄熙来の父の力添えで、令計画は出世した。令計画は薄一族に恩があり、習近平より薄熙来に権力を持ってもらいたかった。その薄熙来は、習近平との抗争に敗れ、2012年3月15日に重慶市書記を解任された。2012年2月6日、薄熙来の腹心の王立軍が、成都のアメリカ総領事館に逃げ込むという事件が起きていた。王立軍は薄熙来の秘密を知る男。薄熙来を粛清したい胡錦濤や習近平と、薄熙来を守りたい周永康で、王立軍の身柄を確保しようと争った。

2012年3月19日。中国の権力中枢である中南海で、銃声が響いた。周永康側の武装警察と、胡錦濤側の軍が対峙したとの情報が流れた。胡錦濤、温家宝、習近平らとの対決に敗れた周永康・薄熙来は失脚した。

当局と何らかの取引をしたと推測される、周永康や王立軍は死刑にならなかった。薄熙来は全面否認したため、さらし者の裁判となり無期懲役となった。判決時、薄熙来は大声で無罪を主張した。これも、死後に歴史に名を残そうという、中国人独特の思考によるものだろうか。

過去の最高指導者や有力者を、闘争によって退ける習近平氏。

権力掌握への道

2012年9月、習近平は約2週間、謎の入院をする。腹腔鏡手術を受けたとされるが、入院期間を利用し、多くの太子党と会って密談していた。のちに軍内部の腐敗を摘発していく、下準備である。

習近平が信頼し要職に充てるのは、古くからの「お友達」が多い。反腐敗運動を指揮し、実質的に政権No.2の実力者の王岐山をはじめ、党や軍の重要ポストには信頼のおける長い付き合いの人間を置く。

習は毛沢東の手法をまね、権力を自身ひとりに集中させてきた。鄧小平のつくった集団指導体制の伝統が、崩されつつある。習はメディアを最大限利用し、世論操作を試み、まるで皇帝のようにふるまうこともある。これは、一刻も早く権力基盤を確立したいという、習の焦りでもあろう。

習は左派の手法で統治している。共産党一党独裁を永遠のものとするため、自由な言論は徹底的に封殺される。南方週末事件、ネットの検閲、憲政など7つの禁句、天安門事件の抹消、民主派の弁護士や知識人の弾圧、四川大地震の被害実態の隠蔽。

習の父は、副首相を務めた党幹部だが、文化大革命の影響で一時失脚している。習近平は、父の人生を教訓としている。本音を隠して権力をとり、手段を問わず権力を固める。正直は大切だが、正直だけでは最後に敗れる。

地方幹部から国家のトップまで昇りつめた習近平だが、地方にいる間は爪を隠していた。血筋と性格が良く、凡庸で扱いやすい人物として、江沢民と曽慶紅に引き上げられたのだ。

数十年前の地方幹部時代から、最高権力者をめざしていた習近平氏。ついにその地位に昇りつめました。

悲願の覇権国家と、障害となる米国

習は、中国をアメリカと並び立つ国家にしたい。既存の国際秩序を崩し、アメリカと新しい形の大国関係を築く。東シナ海、南シナ海への進出は、その第一歩である。習近平は衝突を恐れてはいない。現在、外交上の決断は、習単独によってなされると言われる。

東への進出は、アメリカが邪魔になる。そこで、新シルクロード構想やアジアインフラ投資銀行(AIIB)で、西にも進む。明の臣、鄭和の艦隊が15世紀にアフリカまで往来した事実を、海のシルクロード構想と絡めて宣伝する。ここで人民元を国際通貨としたい。中国を中心とする秩序づくりで国力を高め、アメリカと対等になろうとしている。香港と台湾の支配にも、力を背景に自信を深めている。

2000年代から、大規模な反日デモが数回発生した。世界2位の経済大国になった自信、反日教育、海洋進出という国策が原因となっている。中国の歴史研究は、外交戦、宣伝戦の一環にすぎない。権力者にとって、中国の外交は内政の延長上にある。安倍と習の日中首脳会談も、北京APEC成功の一部分である。中国の夢を語る習は、偉大な指導者として名を残すつもりである。

反腐敗キャンペーンは、権力闘争でもある。周永康を超える、次の大虎はいるのか。江沢民の側近、曽慶紅がターゲットとされる。曽は、習近平を中央に取り立てた恩人でもある。2017年の党大会人事が注目される。

当初、習と総書記の座を争うとも見られた李克強首相。2015年3月全人代での演説中の訂正で、李は習に屈服したことが明白となった。だが李の出身母体、共青団も2017年の人事で巻き返しを狙うはずだ。

巨大国営企業の腐敗を摘発し、人事に介入するのは、最高指導部内の経済閥への牽制である。経済閥の最終的な親分は、江沢民になる。

国家主席の任期は最大10年。総書記も慣例では10年。習近平は、前例を破り長期政権を狙っているのではと囁かれている。自らを皇帝になぞらえることがある。人事制度も都合よく変更されている。次の最高権力者は誰になるのか。

毛沢東、鄧小平と並ぶ絶対権力者を狙っている習近平氏。中国経済減速と米国の妨害のなか、中国を世界一の国家とし、皇帝のように君臨する日は訪れるのでしょうか。

 

書評

本書に出てくるエピソードのいくつかは、日経新聞の連載記事にありました。記事がかなり面白かったので、この本を買ってみました。中国の政治権力はどのように動いているのか、少し知ることができました。

それにしても、江を鎮めるとか、海南島に一族で行って故事を暗示するとか、いかにも中国らしい話で楽しめました。しかし、薄熙来の仕掛けた政変の話あたりは、死人が出まくっているし、怖すぎです。(本書ではあまり書かれていませんが、薄熙来は重慶にいたとき、無実の人をガンガン死刑にしたらしいです。)令計画の息子の事故死も、政変の時期に重なっているし、フェラーリは誰かに尾行されていたらしいとか、陰謀てんこ盛りです。

李克強首相の演説が、事前原稿と異なっていたという事例も非常に興味深いものです。事前原稿では、習の路線をあえて無視していたのですが、演説直前に李首相がひよって、習におもねる部分を口頭で付け加えたそうです。共産圏の政治指導部の権力構造の分析って、このようにするのかと思いました。

21世紀前半は、覇権国家のアメリカと、新たな覇権国家を目指して台頭してきた中国の勢力争いになりそうです。超大国2国による、ジャイアニズムの競演になるのですが、とりあえず世界一の覇権国家は、最低でも民主主義国家であってほしいものです。

アメリカ大統領選挙は、世界最大の権力闘争と言えます。しかし共和党予備選で、トランプさんがトップでご機嫌でも、少なくとも死人が出たり、誰かが軟禁されたり死刑判決を受けたりはしません。大統領選もネタにされるくらい、余裕があって成熟している国が超大国だといいです。中国もそのように成熟してくれればいいのですが。
(書評2015/09/30)

「橘玲の中国私論 世界投資見聞録」 橘玲(著)

 

中国の不動産バブル・信用バブル・株バブルは、いつどのように崩壊するのか?世界経済、そして日本経済にも悪影響が必至の事態です。本書は中国の不動産バブルを通し、中国経済と中国人、中国社会を考察します。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国事情(特に経済と国民性)に興味がある人。

 

要約

中国の不動産バブル現地レポート。
10大鬼城(ゴーストタウン)の紹介。内モンゴル自治区オルドス、天津浜海新区、海南島三亜、河南省鄭州、安徽省合肥、内モンゴル自治区フフホト、内モンゴル自治区清水河、河南省鶴壁、浙江省杭州、上海松江区。

・中国のゴーストタウンは、どこも同じかたちをしている。これは何故だろうか。このような現象が起きる背景には、中国には「人が多すぎる」という外的要因があるからだ、と考える。

・中国人の特徴として、冷酷な合理主義者で、国家や同じ中国人を信じない。しかし家族や血縁、侠気などは大切にするようだ。朋友(幇)はとても大事だ。

・アジアは米の多毛作が可能であり、食糧が豊富で人口が多かった。ヨーロッパは小麦が連作できず、人口が増えなかった。ペストによる人口の激減と、産業革命による工業化を契機に、ヨーロッパで人権思想が誕生した。

・イギリスの産業革命は、少ない労働者でより多く生産する、資本集約型の生産革命。江戸時代の日本は、多くの労働者を効率的に配置する、労働集約型の生産革命。

・18世紀の中国(清朝)では、人口が1億から4億に増えた。しかし中国では、日本のように細かく分配された土地に固定化されて働くという、勤勉革命は起きなかった。大規模な人口移動が始まり、内陸部や辺境、さらには東南アジアへ移住した。

・日本の人口は3000万人で、中国は4億人だった。行政機能の届かない村落は、中国で圧倒的に多い。行政機能のない移住先で自衛のため頼りになるのは、郷党と宗族という人的ネットワークだ。

・日本では場所がはじめにあり、そこで協調して生きる方法が求められた。(流動性が低く、一生をその場で送る。)中国では移動が前提なので土地は基準にならず、人的ネットワークが利用されることになる。この人的ネットワークは関係(グワンシ)と呼ばれる。

・日本は古代より中国文化の影響を受けてきたし、近代以降は中国が日本を通して西洋を学んだ。そのため、互いに相手のことが「わかる」気がするが、実際の行動原理は大きく異なる。このずれが、現在の不信感の原因だろう。

・日本では、安心は共同体に保障されるから共同体を重視する。中国では、安心はグワンシにもたらされるからグワンシを重視する(法治より人治となる)。中国人は血縁と朋友は信頼するが、その外側の人間とは裏切り合うことも想定内。

・中国人は組織でなく個人単位で考えるので、合理主義的で競争や信賞必罰を受け入れる。中国人にとっては、日本企業より欧米企業で働く方が働きやすい。

中国の秘密結社や宗教結社は、身を守るための相互扶助の共同体だった。中国共産党(毛沢東)が中国史上初めて、末端まで支配体制を固めたため、中華人民共和国では秘密結社が衰退した。中国共産党が唯一の秘密結社となった。

・秘密結社は平等主義である。中国共産党の統治下で不正と格差が目立つようになって、再び中国社会に秘密結社が生まれてきた。

・中国を理解するには、中国はうまくいかないだろうといった先入観を持たずに、現実を見ること。理解しておくべき点は、
①特異な社会主義。
②組織がそれぞれ自己完結している(諸侯経済)。
③過剰な人口。
④共産党の支配。
⑤地域の独自性。
⑥中国人の価値観。
各地方が豊かになりたいと、互いに競争しながら中央政府の指示や法律を無視して猛進したことが、高成長につながった(各地で同じような不動産バブルが発生した)。

・中国の掟破りのビジネスモデルは、世界の膨大な貧困層のマーケットを捉える可能性がある(格安携帯電話の例)。

中国は実質金利をマイナスにし、貸出金利を低く保ってきた。これが公共投資や不動産投資を促進した。また理財商品や融資平台といった、影の銀行による融資が増大した。この投資が経済成長を支え、富裕層と中間層をつくった。だが農民から土地を収奪することが困難になり、不動産価格も低迷し、利益をあげられなくなってきた。

中国の権力構造では、中央政府の指示に地方政府は従わず、地方政府の指示に下部の組織は従わない。

・中国共産党は(皮肉ではなく)腐敗に対し厳しいが、腐敗は構造的になくならない。公務員の数が多すぎ、給料が安すぎるため、賄賂を受け取らなくては生活できない。グワンシ的に贈り物を拒絶することは許されず、贈り物への返礼(便宜供与)は義務である。

・中国の人口構成が今、人口ボーナスから人口オーナスの時期に転じつつある。老化と人口減少は、経済成長を止め、不動産価格を下落させるかもしれない。

・現在、日中相互の国民感情は悪化しているが、日本人個人が中国に住んだり、旅行したりして困ることはほとんどない。反日教育が反日の原因とする意見があるが、日本の中国侵略は歴史的事実であるし、抗日が建国の歴史そのものなので、そのような批判にはあまり意味がない。

・ナショナリズムは虚構であるが、異文化コミュニケーションの前提は、民族自決の理念となるナショナリズムは肯定し、ウルトラナショナリズムを否定することである。

・中国では親日はタブーだが、知日はタブーではない。現在の共産党指導者たちにはカリスマ性がないので、国民感情に逆らう外交判断はできない。日本は感情的に中国を批判するよりは、知日派と連帯するべきだろう。

人権は普遍的な権利であり、その概念はグローバルスタンダードである。これに反するローカルな論理は通用しない。好き嫌いはともかく、前提として認識すべき

・ドイツは自国の戦争責任について、ナチスやヒトラーと、ドイツ人を分離するレトリックを使っている。国家として被害者に責任を負い謝罪するが、関与していない個人には責任はない。日本の場合も、日本という国家には責任があるが、日本人という個人には罪はない、というのがグローバルなルールだ。国家と民族(個人)を同一視して、感情的になるのは避けた方がよいだろう。

・日本人の祖先の多くは、中国南部や朝鮮半島に由来する。また「日本という国」は、白村江の戦の敗北で受けた衝撃を機に、誕生した。隋や唐に知識や思想を学び、日本神話も中国史書に影響を受けた。当初はグローバル思想である仏教が優越していたが、鎌倉・南北朝時代あたりで神道の地位が高まってきた。幕末から昭和までも、志士やナショナリストの思想は、儒学や陽明学の枠内にあった。近代まで日本は中国の強い影響下にあった。
中国の行動原理は華夷思想であると言われるが、アヘン戦争や日清戦争の敗北をもとにする弱国意識だという指摘もある。中国は日本に影響を与え続けたが、日本も中国を変化させた。中国の民族主義は日本に亡命した孫文ら知識人が主導したし、中国人に民族意識を芽生えさせたのも、日本の侵略と抗日運動だった。

・皇帝を頂点とし、各地方を派遣された官僚が治める。官僚には地盤がないので、地元の宗族の族長と協力して徴税する。官僚と族長は私腹を肥やすため重税を課すようになり、農民は疲弊して流浪し、反乱を起こす。王朝が農民の反乱から崩壊するという歴史を、中国は三千年繰り返してきた。
共産党政権でも、地方幹部と有力者の腐敗は極まっている。ただ歴史と異なるのは、軍や警察が強力なこと、農民の働き口が都市にあること、沿岸部の中産階級が混乱を嫌うことだ。腐敗を防ぐには民主化するしかないが、民主化は中国人自身が望んでいない。全土で完全な民主化が行われれば、豊かな沿岸部から貧しい内陸部へ富の移転が伴うからだ。

・人権と民主主義を旗印とするワシントンコンセンサスは、イラクとアフガニスタンで惨めに失敗した。人権や政治体制を問わず中国の利益を重視した途上国支援、北京コンセンサスこそが正しいと、リーマンショックののち中国は考えた。
中国の開発援助の結末は、
①経済成長せず、融資が不良債権となるがインフラは残る
②中国自体の経済成長が鈍化し、中国の援助資金が枯渇する
③被援助国が経済成長し、中国企業と先進国企業の間でその国の市場を巡り競争となる
のいずれかだろう。中国が途上国支援に成功したら、日本はそれに便乗すればよいだけで懸念することではない。地政学的リアリズムにより、中国の冒険主義的行動を封じることの方が重要だ。

・現在の中国は、ソフトパワーを欠く大国である。中国がそのかたちを保つには、現代においても中世的支配体制をとる以外に方法はない。この不安定な帝国の隣国であり続けることが、日本の宿命なのだ。

 

書評

はじめに書きましたが、ダイヤモンドオンラインのコラムがかなり元ネタになっているので、それを読んでいた人は既読の感覚を持つかもしれません。単行本の中身を無料で大盤振る舞いしていただけなので、別に悪いことではないですけど。コラムを読んだことがあっても、結局はそれらのネタをどう構成するかに価値があるので、面白く読めるとは思います。

本文でも少し出てきますが、本書のタイトルは小室直樹氏の「小室直樹の中国原論」を意識しているのは間違いないでしょう。読んでいないのでどうなのかわかりませんが、小室直樹という人は凄いらしいので、小室先生の本も読んでみますか。

本書の前半は、中国とはどういうものか、中国人(中国社会)とは何なのか、ということを考えます。後半になってくると、これから中国とどうつきあうべきか、歴史問題をどう考えるか、という話になってきます。政治的な歴史の話は、娯楽としての読書になりにくいのですが、昨今の状況から考慮せざるをえない問題です。

橘玲氏はガチの個人主義者なので、感情を排した論理的で合理的な思考に基づく行動を勧めています。感情が先に立って決断するとロクなことがないと思うので、私もだいたい同意します。ただ世論は感情に引きずられるので、難しいところです。

嫌いだとか脅威に感じるというのは別によいのですが、敵視すると相手のことを見なくなるのは、悪い癖ではないでしょうか。アメリカと戦争したときは、英米文化や英語を取り締まったりしたわけです。国力で格段に勝るアメリカは、開戦後、日本文化や日本語を研究したというのに。敵と己を知るのは基本です。

それから本書では、中国人を中国人たらしめるのは過剰な人口である、としています。なかなか面白い視点だったのですが、そうするとインドはどうなるのでしょう。インドの広さ、人の多さ、カオスっぷりも相当なものです。21世紀は中国とインドが大国になると言われますが、人口が多いといろいろなことが起きそうです。
(書評2015/04/30)

「イスラム 中国への抵抗論理」 宮田律(著)

 

強大な国家となって、外国との摩擦が増える中国。国内にも少数民族問題があります。イスラム原理主義が今、世界を揺るがしています。それとも関連する、ウイグルがわかる本です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

新疆ウイグルに関心がある人。

 

要約と注目ポイント

本書では、中国中央政府に対し強い不満と民族的欲求を持つイスラム系ウイグル族の現状を概観し、中国や東アジアのリスクについて検討する。

新疆ウイグル自治区

新疆ウイグル自治区では、抗議活動やデモ、爆発事件やウイグル族と治安機関の衝突が繰り返し起きている。ウイグル人が社会的に抑圧されていることが原因にある。

衝突の背景

漢人との経済的な格差

要職は漢人が占め社会的地位が期待できないこと

漢人が文化や宗教に無理解であること

漢人が移住してきて自治区内の漢人の人口比率が高まり故郷が奪われるという感覚

逆にウイグル人の中国東部への強制移住

自治区内の資源を漢人が独占していること

漢人のウイグル人への差別意識

中国の少数民族政策

ソ連が少数民族のナショナリズムの高揚から崩壊していったため、中国中央政府は少数民族による独立の動きを極めて憂慮している。

また東欧共産主義体制の瓦解にはカトリック教会が大きな力を及ぼしたため、宗教も脅威と見ている。

ウイグル族への中国政府の対応は、一貫して強硬である。デモや暴動への弾圧、拘留、逮捕や処刑が行われている。

宗教活動も妨害(礼拝・断食・スカーフ着用の禁止、モスクへの立ち入り制限など)している。

ただし宗教の抑圧は、自治区内では厳しいが中国の他の地域では緩い。

ウイグル族とは

ウイグル族はトルコ系なので、ウイグル人への弾圧にはトルコ政府は抗議している。宗教的にはパキスタンとの関係も深い。

キルギスやカザフスタンは、同じトルコ系民族としてのつながりがある。アフガニスタンからは、イスラム過激派勢力の新疆ウイグル自治区への浸透が窺われる。

ウイグル人の起源は、8~9世紀のウイグル帝国(トルコ系遊牧民族)と考えられることが多い。自治区には9世紀の西ウイグル帝国や、13世紀までの高昌国(漢族)の仏教遺跡がある。

15世紀半ばには仏教からイスラムへの改宗が完了した。1450年から1935年までは、ウイグルという名称は一つの民族を指して使われることはなかった。

イスラムは普遍的な宗教であったためウイグルという民族意識は薄かったが、1931年の中国の侵攻を受けてウイグル人としてのナショナリズムが高まった。

ただ中国に編入された過去3世紀、新疆のムスリムと漢人は宗教的相違により摩擦は絶えなかった。

新疆ウイグル自治区の主要都市について。ウルムチ、トルファン、カシュガル。

圧政下での鬱屈した心情のため、ウイグル人の間には強い権力やカリスマへの憧れが見られる(天安門事件の指導者のひとりでウイグル人のウアルカイシ、あるいはヒトラー)。

ウイグル人の漢人への優越を示すため、神話も創作された(ウイグル人は8000年前にタリム盆地にやってきた)。

中国政府とウイグル

中国政府は、漢王朝の時代からウイグルを支配していたとしており、漢族の移住もウイグルを経済発展させるものとしている。

中国にとって自治区の豊富な資源は貴重であり、さらに中央アジア諸国の資源を得るためにも自治区は地理的に必要である。また、ミサイル基地や核実験場も存在する。

国家の統一を維持するためにも、独立運動を容認することはない。

中国政府はウイグル人による爆発事件や襲撃事件を、ウイグルの脅威として訴えている。

アメリカの対テロ戦争と協力する形で、ウイグル族の独立運動組織をテロ組織と位置付けている。近隣諸国へ避難したウイグル人を強制送還するよう、中国政府は近隣諸国に圧力をかけている。

チベットとの比較

チベットは20世紀初頭に清朝の侵攻を受けるが、事実上1951年までは独立を維持していた。

中国共産党は1950年10月にチベットを軍事侵攻し、強圧の下でチベット代表団と交渉し、中国軍の進駐と外交権の委譲を受け入れさせた。

ダライ・ラマの存在や欧米人のチベット体験などのため、国際社会ではチベットの方が問題として取り上げられやすい。ダライ・ラマは自治のみで独立を求めていないが中国は軟化せず、ダライ・ラマの指導力にも限界がある。

中国政府は、人々を奴隷化していたチベットの神政政治から農奴を解放した、として支配を正当化している。共産党のチベット支配は、中国の主権と領土保全を守り、チベットの経済を発展させるとする。

チベットにおいても寺院の破壊をはじめとする信仰の禁止、経済格差、漢人の流入や強制移住、漢人の資源の独占と環境破壊などがみられる。

現在まで多くのチベット人が焼身自殺をしており、チベットでも民族問題は改善していない。

ウイグルの民族意識の高まり

ソ連からの中央アジア諸国の独立は、ウイグル人の民族意識を高めることになった。

中央アジア諸国のウイグル人やムスリムとの交流により、麻薬や武器、過激思想が新疆ウイグルに入ることを中国は恐れるようになった。

中国政府は上海協力機構を利用したり、経済力を背景にして、中央アジア諸国などでのウイグル人の活動を抑えるよう各国政府に要求している。

「東トルキスタン・イスラム運動」(米国と国連もテロ組織と指定)をはじめとするテロ組織の脅威を、中国政府は訴えている。

中国政府はほかに解放党も警戒している。解放党とは中央アジアや南アジアなどに影響力を広げるイスラム運動で、近代の国民国家を否定し統一イスラム国家建設を唱える組織である。キルギス、ウズベキスタン、タジキスタンなどでは、腐敗した現政権と戦う組織として支持が広がっている。

しかし、中国政府の抑圧がウイグル人のムスリムとしての意識を呼び起こしてはいるものの、現状ではイスラム原理主義よりは独立国家を目的とする活動が主流である。

中国の内政の展望

中国では腐敗、環境汚染、経済格差と貧困、未発達な社会福祉制度、東西地域の経済格差などにより国内の不満は高まっている。

しかし、問題を民主的に解決しようとする気配は全くない。そして辺縁の民族問題も、中国の現体制を脅かす要因となっている。

中国の政治的動揺は日本の経済や安全保障に重大な影響をもたらすため、ウイグル等の民族問題を注視する必要があろう。

イスラム原理主義の運動は、国民国家を超えた共同体の建設をめざしています。これから長い間、アジアから中東、北アフリカまで、影響を受けるでしょう。ウイグル問題を知っておくことも、有意義と思われます。

 

書評

現実は厳しいと、読むと少し暗い気持ちになる本です。

ウイグルやチベットにおいて、全く人権が保障されておらず、今後もまるで改善する見込みがないのはどうなっているのかと感じます。

しかし政治的抑圧は、少数民族に限らず漢族の民主派に対しても容赦がないわけです。抑圧の原点は漢族の民族的意識よりも、中国共産党の体質にあるように思います。

中国共産党の目的というのも謎で、これほどまでに中国共産党が民主制や自由に敵意(恐怖?)を持つ理由がよくわかりません。

予備知識がまるでないので、初見のことが多く本書を読んでいろいろ勉強になりました。

ただ同じような記述があまりまとまりなく繰り返され、その内容にずれがあったりもするので、ややわかりにくく感じました。

(新疆ウイグル自治区には天然資源が豊富と解説するが、油井が枯渇したというエクソンモービルの報告をひいて、期待したほど資源が多くないと述べたりもしている。)

事実関係を整理して項目ごとに分析し、最後に分析に基づき考察したらもっと読みやすいと思われるのが残念です。
(書評2014/07/07)

「中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ」 遠藤誉(著)

 

中国が台頭してきて、日本も地政学的に困難な状況になってきたと感じますが、中国にも問題は山積のようです。中国にとても造詣の深い遠藤誉氏の、新刊を読んでみました。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国の社会状況を知りたい人。

 

要約

・2013年12月26日に安倍総理が靖国神社を参拝したが、中国では反日デモは起こらなかった。格差拡大は毛沢東への支持を呼び戻しているが、毛沢東賛美は容易に現政権への攻撃に転化するため、反日デモは容認できなかった。本書では、2014年1月1日に中国のネット空間に掲示された「中国人クズ番付」を手掛かりに、中国人の民意と腐敗の構造を明らかにする。

・薄熙来事件は、薄熙来が政治的野心から不満を持つ民衆を扇動し、中国共産党中央委員会政治局常務委員会委員(序列9位内)をめざした事件である。このとき薄熙来は毛沢東を持ち出し、文化大革命以降タブーとなった、個人崇拝と大衆運動扇動を手段として用いた。個人崇拝と大衆運動扇動は、中国の集団指導体制を危険に晒すため、タブーとなっている。

・しかし習近平も、貧富の差や環境汚染による人民の不満をかわすため、毛沢東路線に半身だけ回帰している。党幹部の腐敗は極限に達しており、腐敗問題を解決できなければ共産党政権は崩壊する。腐敗した党幹部処分の最終ターゲットは、公安と石油閥を牛耳っていた周永康である。

・中華人民共和国建国より、エネルギー源確保(油田開発)は国家の課題であった。石油技術者として出発した周永康は、巨大化する国有石油企業の幹部を歴任し、江沢民とも関係をつないだ。江沢民は法輪功を弾圧する際、周永康を公安の要職につけ、手駒として使った。

・公安は、公安・検察・司法・武装警察を司る。公安・検察・司法が一体となり、(腐敗した)党幹部を守り、党幹部に都合の悪い人民を冤罪で逮捕する。周永康は江沢民人脈として、公安と石油で巨大な権力と利権を握った。

・2014年1月1日に現れた「中国人クズ番付」は、大陸の中国人が書いたものと推測される。個人は理由も含め100位まで、集団(組織)も27位まで列挙されている。

・集団には、中央テレビ局や機関誌のニュース、買収した地方議員、都市で取り締まりを行う城管、国有石油企業など。

・個人には、アリババの創業者である馬雲(天安門事件弾圧を肯定したため)、李鵬の娘の李小琳(利権を貪っているため)、国防大学教授の戴旭と軍事科学院研究員の羅援(対日・対米強硬派)、ほかに広東省の党委員会宣伝部長(南方周末検閲のため)、人民解放軍報副編集長(狂信的な党礼賛記事のため)、新生児を人身売買業者に売った産婦人科主任、冤罪を多く起こした公安関係者、中国に腐敗はないと豪語する規律委員、全人代報道官や外交部報道官など。

・元鉄道部部長の劉志軍を例に、共産党幹部の腐敗と利権をみてみる。
劉志軍は少年まで極貧の生活だったが、鉄道の保線工になるチャンスを得た。仕事に励み文書係に抜擢され、また共産党に入党した。上司に気に入られ上司の娘と結婚し、出世のきっかけとした。働きながら学校へ通い、学歴を高めた。しかし出世すると妻は用済みとなり離婚し、あらたに有力者の娘と結婚した(のちに離婚する)。有力者の人脈を活用し、国家鉄道部の幹部に昇進した。機会を見て江沢民に接近し、知己を得た。江沢民の腹心となって鉄道部部長となり、また江沢民の息子に莫大な便宜を供与した。独立した権益を持つ鉄道部で権勢をふるい、巨額の賄賂を受けた。盟友の政商から金銭・愛人を提供され、蓄財に励むが、鉄道省の腐敗と高速鉄道事故の責任から失脚した。

・中国の腐敗の温床となっている国有企業は、鉄道、石油、通信である。鉄道(劉志軍)と石油(周永康)には捜査が及んだが、通信(江沢民の長男)はまだ時間がかかるだろう。

・中国は国家から地方の細部に至るまで、共産党が支配している。司法、検察、公安のほかさまざまな許認可権を党幹部が握っているので、党幹部が腐敗するのは必至である。
許認可に関わる賄賂、架空プロジェクトでの横領、公費の横領、官位売買、愛人を囲う(愛人は海外に不正蓄財を送るときにも利用できる)などなど。1年あたり40兆円程度の不正資金が海外流出している?

・想像を絶する腐敗に対しては、人民の怒りも臨界点に達しようとしている。各地の暴動や抗議活動、少数民族問題について。

・中国の歴代王朝は腐敗により滅んできた。習近平は腐敗を撲滅しようとしているが、その腐敗はそもそも共産党一党支配が原因である。共産党一党支配を維持するため、習近平は毛沢東を利用している(毛沢東に似た大衆運動をする、毛沢東をまねて包子を食べる、虎もハエも同時に叩く)。新公民運動も弾圧しているが、貧しい若者がネットを通じ共闘するのを抑えるのは困難だろう。

・習近平は中共中央総書記、中共中央軍事委員会主席、国家主席、中央全面深化改革領導小組組長、中央国家安全委員会主席という5大権力のトップに就いた。
習近平政権は腐敗が共産党支配体制を脅かすことを知っており、現指導部の共通の敵は利益集団である。旧来の利益集団(江沢民系など)と戦う態勢をとろうとして、5大権力のトップ就任(組織改編)となった。そのために毛沢東路線にも回帰するが、あくまでも官制の毛沢東礼賛のみが容認され、ボトムアップの毛沢東礼賛は許容されない。党に服従する人民のみが求められる。

・中国の将来を決める要素に、対米関係がある。アメリカは尖閣諸島の領有権について、どちらかの立場に立つことはない(施政権は日本)としているが、これを足掛かりに中国は日米分断を図っている。しかし日米同盟があり、また国内の安定が必要な現在は、日本との武力紛争は望んでいない。

 

書評

私はチャイナウォッチャーではないので詳しいことはわかりませんが、中国の体制が行き詰まりつつあるように思われます。とは言え、日本の反中派の人たちが望むように簡単に体制が崩れるとも思われません。強大な軍事力と経済力、海外への影響力がありますので、これから何度も波乱がありそうです。

個人的に驚いたのは、番付の1位がアリババ創業者の馬雲であることでした。近々アメリカで上場するそうですし、何となくネット企業経営者なので、自由主義的な開明派かと勝手に思っていました。天安門事件で弾圧したことは正しいと発言したそうですが、ちょっと引いてしまいます。
(書評2014/05/21)

「中国台頭の終焉」 津上俊哉(著)

 

最近は新興国の不調、特に中国経済減速のニュースを耳にします。本書では、中国経済の厳しい先行きを予想しています。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国経済に興味のある人。

 

要約

・中国経済は今後も、7%以上の成長を続けると信じられているが、すでに潜在成長率5%程度の中成長期とみるべきだ。

・短期的に(2015年頃まで)、リーマンショック後に実行された4兆元投資という、過剰投資の後遺症が現れる。

・中期的に(2020年頃まで)、ルイスの転換点を過ぎた中国は、賃金と物価上昇にみまわれるため、生産性や付加価値の向上が求められる。これには、既存の社会構造を変える政策が必要となる。

・長期的に(2020年以降)、少子高齢化のため潜在成長率は5%を下回る。2010年の合計特殊出生率は全国で1.18、北京や上海等で0.7強と、従来の予測よりはるかに低く、少子高齢化は急速に進む。

・中国の潜在的成長率は5%と見込まれ、これをうまく達成できたとしても、米国も2%では成長しているだろう。中国の現在のGDPは米国の半分。3%の成長差では、2020年でも米国の三分の二にとどまり、その後中国の成長はさらに鈍化する。GDPで米国を上回る日は来ないだろう。
人民元がドルに対して上昇を続けるということは、共通認識となっている。しかし、中国が公式統計で成長率を嵩上げし続けた場合、為替レートが変動することになろう。

・中国経済の成長を過大に見積もることは、東アジアの安定に悪影響がある。
中国人は侵略を受けたことで、欧米列強や日本に屈辱を受けたと感じている。ただ現在の経済成長で、中国が欧米日に対し優勢にあると考え始めており、これは過去の屈辱を晴らし大国としてふるまうべしという、対外強硬路線の原因ともなっている。日本の対中強硬派は、中国が今後どこまで強大化するかわからないという恐怖感から、反中の感情的な言動を行っている面もあるだろう。
中国も諸外国も、このままでは中国の成長は続かないと認識し、中国が諸外国と協調しながら内政問題を解決するよう、行動するべきである。

 

書評

中国でビジネスをしている専門家の本なので、さすがに詳しく考察も深いです。要旨では書けませんでしたが、論拠として多くのデータを提示しています。興味があれば、本書を直接お読みください。悲観的な立場の見解ですが、これも勉強になります。

中国破綻論は、当初は北京オリンピック後に崩壊するとか、上海万博後に崩壊するなどでした。これらは、反中的思考の人が主張することが、多かったように思います。要するに、著者と読者がともに中国が嫌いで、中国が滅びる話をして快感を得るというものだったのでしょう。

最近の傾向として、中国で長くビジネスをしている日本人から、中国の将来を懸念する意見が出るようになった印象があります。こういう人たちは、わりと本心から、日中の友好関係や両国の健全な発展を願っている立場です。このあたりの人が心配を始めているのは、気になります。

投資にせよ、国際関係にせよ、感情にまかせて行動すれば、最終的に敗北します。マネーゲームでもパワーゲームでも、冷徹な分析で感情を克服する必要があると考えます。
(書評2013/07/14)

「語られざる中国の結末」 宮家邦彦(著)

 

対外的に膨張する中国を見て、中華思想は困ったものだと思っていました。

そんな折、ネットで宮家氏のコラムを読んでいたら、「中華思想は別に中国独自の価値観ではない、ワシントンでも中東でも自分が世界の中心と考えて疑わない人々がいる」というようなことが書かれていて(うろ覚えです)、なるほどと思いました。

というわけで中国(と日本)を考える本です。

 

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国、そして日本の将来について考えたい人。

 

要約と注目ポイント

既存のパワーが君臨する領域で新興パワーが台頭すれば、対立と衝突が起こる。衝突が起きた後、両者は新たな均衡点に向かう。

歴史の動的プロセスの観点から米中衝突を見たとき、その間で埋没しかねない日本はどう生き残るべきか。本書では、東アジア・西太平洋で新たなパワーシフトが起きたときの将来シナリオ、および日本が進むべき道を検討する。

 

世界の覇権の推移

18世紀末から、4回パワーシフトは起きてきた。

1回目のパワーシフトは18世紀末の英国の伸長で(パクス・ブリタニカ)、19世紀は英露抗争の時代(第一次グレート・ゲーム)となった。

2回目のパワーシフトは19世紀末からの新興国台頭(露・米・独・日)で、ロシア革命後に英露抗争が再び激化した(第二次グレート・ゲーム)。

3回目のパワーシフトは、第二次大戦終結後のパクス・アメリカーナの始まりである。米ソ冷戦は第三次グレート・ゲームと言えるだろう。

現代が4回目のパワーシフトであり、第四次グレート・ゲームは米中の間で戦われることになる。

 

中国共産党の戦略

2013年5月、人民日報は「琉球処分問題は歴史的に未解決」と主張する論文を掲載。同月、環球時報は「琉球処分問題の再提起は可能であり、日本の対応次第では、中国は実力で琉球国回復勢力を養成できる」と主張した。

このような議論を中国共産党機関紙に掲載することは、中国が西太平洋の海上権益に長期的な戦略を持っていることを示す。2004年、人民解放軍は(国境だけでなく)国家利益の境界を守るという「新歴史的使命」を与えられた。これが中国海軍拡大の理論的根拠となった。

中国が接する陸上国境は、現在概ね安定している。中国の安全保障上の脅威は、西太平洋方面となりつつある。中国近接領域への米軍の接近を認めないことを目的として、中国が長期的戦略を進めていると考えるべきだ。

 

中国の海洋進出は国家戦略のようです。それはすなわち、日米の勢力圏とのぶつかり合いになります。困ります。

 

現在の中国の行動原理

共産党イデオロギーや中華思想などでは説明できない。漢族中国人の思想と世界観を理解する必要がある。

「天」と「地」という概念があるが、「天」は政治指導者に必須のものである(政治権力者が徳を失い天に見放されれば、易姓革命が起こる)。「地」は一般大衆の現実の世界である。

「天」は19世紀より西洋文明からの挑戦を受けてきた。この危機に対し中国人は改革で対抗しようとしたが、ほとんど失敗してきた(太平天国の乱、洋務運動、変法自強運動、義和団事件、辛亥革命)。

約100年間の失敗の末に、1949年共産主義革命成功に至る。こうして政治体制(「天」)が変更され、1978年には鄧小平が改革開放政策を始めた。

しかしいまだにアヘン戦争以来の西洋文明からの挑戦に対し、中国は最終回答を出していない。最終的な答えを出すまで、中国は西洋文明の象徴である東アジア・西大西洋における米軍プレゼンスに挑戦し続ける。

 

中国人の思考

「中華思想」は中国人に特有なものではない。基本的にあらゆる民族は自民族中心主義であるし、中国人は「中華思想」を意識していない。

古代より「華夷思想」はあるが、アヘン戦争後から、前提である中華の文化的優越が崩れ「華夷思想」は変容していった。漢族という民族に執着する、普遍性に欠ける「華夷思想」をいまだに克服できず、また西洋文明への解消されない劣等意識が中国政治を停滞させる原因ではないか。

中国に「中華思想」的傾向をもたせる統治システムとして、伝統的農耕文化が考えられる。伝統的農村共同体は「地」の世界だが、この共同体を統治するのは人治による専制君主となる。

皇帝を頂点とする国家観では、国内の対等な政治権力組織や国外の対等な外交関係などは想定されない。「民主」は欧米人には「手段」にすぎないが、中国人にとっては「理想」である。

中国と中華、漢民族と他民族の概念が整理されない限り、中国は国民国家にはなれない。

 

中国人の統治思想や、優越感と劣等感の混在などは、実感としてよくわかりません。どういうことか理解しておいたほうが、日本の将来のためにもよいとは思います。

 

経済発展後の中国人心理

文化大革命により文革以前の精神文化は失われ、文革後は毛沢東思想も失われた。空洞となった中国人の心は、鄧小平と趙紫陽の時代に生活向上と自由や民主への期待で埋められようとしたが、天安門事件で期待は失われた。

生活が向上し拝金主義が蔓延しても、現在の中国人の心は真空状態のままではないか。

中国人のとっての宗教は、安定感覚や永遠感覚を与える教えである。儒家思想と二元論が根底にあり、祖先崇拝の世界では一神教や神との契約、戒律といった思考は根付かない。

 

既存の分析の限界

中国ではすべてに政治的意味があり、政経分離は不可能である。また経済規模の拡大と生活水準の向上は、必ずしも政治環境を変化させるものではない。

巷間語られる中国経済モデルは、

①経済が発展をつづけ、政治体制も民主化される。
(→実現しないシナリオである。)

②経済は発展を続けるが独裁は強化され、
a)軍事大国化する。
b)軍事大国化はしない。
(→共産党の統治能力を過大評価している。)

③経済的に衰退し政治体制が弱体化し、
a)民主化が進む。
b)無政府状態になる。
(→実現性は低い。)

④経済的に衰退するが独裁は継続する。
(→長期には持続できない。)

であるが、これらの分析では限界がある。

巨大国有企業への富と権力の集中が、市場経済の発展を阻害し深刻な腐敗を生んでいる。当面は中成長を維持できるだろうが、10年程度で3%ほどの成長率に低下する。社会不安を高成長で懐柔することができなくなる。

 

普通の分析では、所得が中進国レベルになると、国民が民主制や自由を求め始めます。生活水準が向上した中国人が、国内の民主化や自由を要求するのか、謎です。

 

中国の外交

米中関係は1972年の正常化以降、戦略重視の秘密外交で友好的にスタートした。天安門事件を経て、1990年代より台湾・民主・人権の要素が絡み、米中関係は変化していく。

1999年のベオグラード中国大使館誤爆事件や、2001年の米軍偵察機と中国軍戦闘機の衝突事故など、相互に不信と警戒心を持つようになる。2001年同時多発テロ事件で米中関係は一時改善するが、一貫して中国は軍拡を続ける。

なお、ブッシュ、オバマ、安倍など各新政権発足直後に、人民解放軍が軍事的挑発を行い、新政権の対応をテストする事例がみられる。

 

工作

中国人は戦わずして勝つことを考え、政治工作を得意とする。また、米中のサイバー戦はすでに始まっている。中国の対米サイバー攻撃に対し、2013年6月オバマは習近平に警告した。

中国のサイバー戦の目的は、紛争初期に米国やその同盟国の指揮統制機能を低下させ、重要インフラを麻痺させることで、敵戦闘部隊の能力に悪影響を与えることである。

今後10~20年、東アジア・西大西洋で米中の摩擦は続くだろう。ただし、全面戦争になる可能性は低い。むしろ懸念されるのは偶発的な戦闘が発生した場合などの、中国国内の政治環境の変化である。外交的孤立、経済への打撃、指導部内の権力移行、一般庶民の反政府意識の高揚などがありうる。

中国共産党の統治の正当性は、中国統一(台湾やチベット)、抗日戦勝利、経済発展による生活向上という3要素にある。しかし腐敗や格差のため、生活向上は実感できなくなる。残る要素の台湾、チベット、尖閣などでの妥協は不可能となる。そして現指導部にはカリスマ性はない。

 

最終的な戦略目標が何なのか、どうやって意思決定しているかも、よくわかりません。

 

米中(短期)衝突後の7つのシナリオ

中国分裂シナリオでは、人民解放軍内の分裂が必須の条件である。シナリオ①b)の可能性が最も高い。

 

①中国統一・独裁維持

a)覇権争いで米国に勝利
米軍のプレゼンスが第一列島線の外まで後退。当面は中国軍の完勝の可能性は低い。

b)現状維持レベル
中国は国内政治的に、敗北を発表したり非を認めることはできない。米国の対応次第となる。

c)米国に決定的な敗北
敗北した指導部は責任を問われ、強硬な左派が独裁体制を強化する可能性がある。

 

②中国統一・民主化

米国に敗北し共産党が統治の正当性を失う。穏健な中間層が民主化を達成する。民主国家となった中国は東アジアと東南アジアを影響下に置く。巨大独裁国家の民主化は困難と思われる。

 

③中国統一・民主化に失敗し再独裁化

シナリオ②の民主化が短期間で挫折し、再度独裁体制に近づく。現在のロシア(プーチン)の体制に近いイメージとなる。実現の可能性は考えられる。

 

④中国分裂・民主化

a)漢族中心の統一民主国家と、少数民族の高度な自治区(あるいは国家)に分裂

b)地域ごとの複数の漢族民主国家と、少数民族自治区(国家)に分裂

c)分裂した各民主国家群による連邦制

いずれも可能性はかなり低い。

 

⑤中国分裂・民主化に失敗し再独裁化

民主化が進みシナリオ④のように分裂したあと、各国の民主化が失敗し独裁化する。これも現在のロシアに近い体制が想定される。

a)漢族中心の統一国家と少数民族の自治区(国家)

b)地域ごとの複数の漢族中心国家と少数民族自治区(国家)

c)分裂した国家群による連邦制

考えにくいが、民主化が想定されないだけシナリオ④よりも可能性はある。

 

⑥中国分裂・一部民主化と一部独裁の並立

地域によって民主的な漢族国家と独裁的な漢族国家に分裂する。各地で独自の動きが発生する可能性はある。

 

⑦漢族・少数民族完全分裂

大混乱の群雄割拠モデルである。

 

各シナリオにおける日本への影響

①日米同盟を基軸とする外交が日本国民に支持される。戦況および日本の関与の度合いにより、日米同盟の有効性や対中融和論・強硬論が議論されるだろう。

②民主化した新中国は台湾と統一し、朝鮮半島と東南アジアを影響下に置く。新中国では反日ナショナリズムが先鋭化する可能性がある。中国が民主化した場合、東アジアから米軍が撤退する可能性がある。

米国にとって日本の価値は低下し、日本国内でも日米同盟に価値を見出さなくなるかもしれない。日本は孤立化したり、中国の衛星国となるおそれがある。

③民主化が一時的に進行しても、再独裁化するおそれは十分にある。注意を怠らず、再独裁化の可能性が完全になくなるまでは、現行の政策(日米同盟)を維持すべきだ。

④少数民族の独立には、強力な亡命政府の存在とそれを支援する外部勢力、さらに民族の武装組織が必要となる。現在のチベットやウイグルの状況には当てはまらない。民主化が完全に達成されれば、民族問題も平和的に処理される可能性がある。

海洋国家の日本にとっては、大陸での力の均衡が望まれ、チベットとウイグルの民主化は日本の安全保障に好ましい。

⑤シナリオ③と同様に、警戒を怠らず現行政策を維持するべきだ。

⑥と⑦島国(海洋国家)は、大陸に単一の強大な勢力が出現しないよう勢力の均衡を図り、大陸に深入りせず、海上交通を確保し貿易に励むべきだ。

 

著者も将来シナリオは頭の体操としています。予測して対策を考えるのは有意義です。ただ、絡んでいる要素が多すぎて、予測は難しいです。

 

中国の結末と日本の戦略

中国は外からの圧力では変わらない。中国人が内部から変革する以外に中国は変わらない。中国は徐々にではあるが必ず変化するので、中国人の性質をよく理解して待つ必要がある。

東アジアで起こりうるパワーシフトの時代に適切に対処し、平和愛好国家として歴史的な名誉を回復する努力を続けなければならない。

日本は国際法、国連憲章、普遍的価値(自由・民主・人権・人道)を尊重し、パワーシフトで生じるかもしれない新たな国際秩序に最初から関与すべきだ。地政学的発想、サイバー戦の研究、対韓関係の改善などが必要となる。

現在中国は大陸国境に不安を感じておらず、脆弱性は海洋にあると考え海軍を増強している。日本は中央アジア地域で政治的発言力を高めることを考えるべきだ。

尖閣問題では中国側からの挑発に乗らず、日本から先に手を出さないこと。そして中国側の挑発があった場合、米国より先に日本が犠牲を払う覚悟で戦うこと。

日本は東アジアで初めて近代化した国家だが、それは西洋の普遍的価値を受容しつつ伝統的価値との共存を成し遂げたことを意味する。

中国がいまだ西洋文明との折り合いをつけられず不安定化している今、ヒントとなるのは日本の経験と言える。普遍的価値と伝統文化を並立させる、日本の保守主義の進化が日本の生存のために必要である。

 

1930年代から敗戦まで、日本は対中国戦略で大失敗しました。21世紀はしくじらないように、冷静に行動する必要があります。

 

書評

中国が政治経済や軍事の面でますます強大化しながら、不安定さも増すという困難な時代がやってきます。そんな状況下で日本が生き残っていく方法を考察した本です。

胡錦濤や習近平といった指導者がどうと言うより、中国人の思想、歴史観、社会状況などから今後の展開を考えています。

中国にカリスマ的な指導者は不在で、集団指導体制となっていること。そして中国人民の世論の動向が(不満が高まってきているのでよりいっそう)重要となっていること。

そういった環境なので、西洋文明へのトラウマ、漢族中国人の世界観、文化大革命の社会(中国人の心理)への影響などが、今後の中国を動かすという著者の指摘は興味深く感じられます。
(書評2014/05/25)