対外的に膨張する中国を見て、中華思想は困ったものだと思っていました。
そんな折、ネットで宮家氏のコラムを読んでいたら、「中華思想は別に中国独自の価値観ではない、ワシントンでも中東でも自分が世界の中心と考えて疑わない人々がいる」というようなことが書かれていて(うろ覚えです)、なるほどと思いました。
というわけで中国(と日本)を考える本です。
おすすめ
★★★★★☆☆☆☆☆
対象読者層
中国、そして日本の将来について考えたい人。
要約と注目ポイント
既存のパワーが君臨する領域で新興パワーが台頭すれば、対立と衝突が起こる。衝突が起きた後、両者は新たな均衡点に向かう。
歴史の動的プロセスの観点から米中衝突を見たとき、その間で埋没しかねない日本はどう生き残るべきか。本書では、東アジア・西太平洋で新たなパワーシフトが起きたときの将来シナリオ、および日本が進むべき道を検討する。
世界の覇権の推移
18世紀末から、4回パワーシフトは起きてきた。
1回目のパワーシフトは18世紀末の英国の伸長で(パクス・ブリタニカ)、19世紀は英露抗争の時代(第一次グレート・ゲーム)となった。
2回目のパワーシフトは19世紀末からの新興国台頭(露・米・独・日)で、ロシア革命後に英露抗争が再び激化した(第二次グレート・ゲーム)。
3回目のパワーシフトは、第二次大戦終結後のパクス・アメリカーナの始まりである。米ソ冷戦は第三次グレート・ゲームと言えるだろう。
現代が4回目のパワーシフトであり、第四次グレート・ゲームは米中の間で戦われることになる。
中国共産党の戦略
2013年5月、人民日報は「琉球処分問題は歴史的に未解決」と主張する論文を掲載。同月、環球時報は「琉球処分問題の再提起は可能であり、日本の対応次第では、中国は実力で琉球国回復勢力を養成できる」と主張した。
このような議論を中国共産党機関紙に掲載することは、中国が西太平洋の海上権益に長期的な戦略を持っていることを示す。2004年、人民解放軍は(国境だけでなく)国家利益の境界を守るという「新歴史的使命」を与えられた。これが中国海軍拡大の理論的根拠となった。
中国が接する陸上国境は、現在概ね安定している。中国の安全保障上の脅威は、西太平洋方面となりつつある。中国近接領域への米軍の接近を認めないことを目的として、中国が長期的戦略を進めていると考えるべきだ。
現在の中国の行動原理
共産党イデオロギーや中華思想などでは説明できない。漢族中国人の思想と世界観を理解する必要がある。
「天」と「地」という概念があるが、「天」は政治指導者に必須のものである(政治権力者が徳を失い天に見放されれば、易姓革命が起こる)。「地」は一般大衆の現実の世界である。
「天」は19世紀より西洋文明からの挑戦を受けてきた。この危機に対し中国人は改革で対抗しようとしたが、ほとんど失敗してきた(太平天国の乱、洋務運動、変法自強運動、義和団事件、辛亥革命)。
約100年間の失敗の末に、1949年共産主義革命成功に至る。こうして政治体制(「天」)が変更され、1978年には鄧小平が改革開放政策を始めた。
しかしいまだにアヘン戦争以来の西洋文明からの挑戦に対し、中国は最終回答を出していない。最終的な答えを出すまで、中国は西洋文明の象徴である東アジア・西大西洋における米軍プレゼンスに挑戦し続ける。
中国人の思考
「中華思想」は中国人に特有なものではない。基本的にあらゆる民族は自民族中心主義であるし、中国人は「中華思想」を意識していない。
古代より「華夷思想」はあるが、アヘン戦争後から、前提である中華の文化的優越が崩れ「華夷思想」は変容していった。漢族という民族に執着する、普遍性に欠ける「華夷思想」をいまだに克服できず、また西洋文明への解消されない劣等意識が中国政治を停滞させる原因ではないか。
中国に「中華思想」的傾向をもたせる統治システムとして、伝統的農耕文化が考えられる。伝統的農村共同体は「地」の世界だが、この共同体を統治するのは人治による専制君主となる。
皇帝を頂点とする国家観では、国内の対等な政治権力組織や国外の対等な外交関係などは想定されない。「民主」は欧米人には「手段」にすぎないが、中国人にとっては「理想」である。
中国と中華、漢民族と他民族の概念が整理されない限り、中国は国民国家にはなれない。
経済発展後の中国人心理
文化大革命により文革以前の精神文化は失われ、文革後は毛沢東思想も失われた。空洞となった中国人の心は、鄧小平と趙紫陽の時代に生活向上と自由や民主への期待で埋められようとしたが、天安門事件で期待は失われた。
生活が向上し拝金主義が蔓延しても、現在の中国人の心は真空状態のままではないか。
中国人のとっての宗教は、安定感覚や永遠感覚を与える教えである。儒家思想と二元論が根底にあり、祖先崇拝の世界では一神教や神との契約、戒律といった思考は根付かない。
既存の分析の限界
中国ではすべてに政治的意味があり、政経分離は不可能である。また経済規模の拡大と生活水準の向上は、必ずしも政治環境を変化させるものではない。
巷間語られる中国経済モデルは、
①経済が発展をつづけ、政治体制も民主化される。
(→実現しないシナリオである。)
②経済は発展を続けるが独裁は強化され、
a)軍事大国化する。
b)軍事大国化はしない。
(→共産党の統治能力を過大評価している。)
③経済的に衰退し政治体制が弱体化し、
a)民主化が進む。
b)無政府状態になる。
(→実現性は低い。)
④経済的に衰退するが独裁は継続する。
(→長期には持続できない。)
であるが、これらの分析では限界がある。
巨大国有企業への富と権力の集中が、市場経済の発展を阻害し深刻な腐敗を生んでいる。当面は中成長を維持できるだろうが、10年程度で3%ほどの成長率に低下する。社会不安を高成長で懐柔することができなくなる。
中国の外交
米中関係は1972年の正常化以降、戦略重視の秘密外交で友好的にスタートした。天安門事件を経て、1990年代より台湾・民主・人権の要素が絡み、米中関係は変化していく。
1999年のベオグラード中国大使館誤爆事件や、2001年の米軍偵察機と中国軍戦闘機の衝突事故など、相互に不信と警戒心を持つようになる。2001年同時多発テロ事件で米中関係は一時改善するが、一貫して中国は軍拡を続ける。
なお、ブッシュ、オバマ、安倍など各新政権発足直後に、人民解放軍が軍事的挑発を行い、新政権の対応をテストする事例がみられる。
工作
中国人は戦わずして勝つことを考え、政治工作を得意とする。また、米中のサイバー戦はすでに始まっている。中国の対米サイバー攻撃に対し、2013年6月オバマは習近平に警告した。
中国のサイバー戦の目的は、紛争初期に米国やその同盟国の指揮統制機能を低下させ、重要インフラを麻痺させることで、敵戦闘部隊の能力に悪影響を与えることである。
今後10~20年、東アジア・西大西洋で米中の摩擦は続くだろう。ただし、全面戦争になる可能性は低い。むしろ懸念されるのは偶発的な戦闘が発生した場合などの、中国国内の政治環境の変化である。外交的孤立、経済への打撃、指導部内の権力移行、一般庶民の反政府意識の高揚などがありうる。
中国共産党の統治の正当性は、中国統一(台湾やチベット)、抗日戦勝利、経済発展による生活向上という3要素にある。しかし腐敗や格差のため、生活向上は実感できなくなる。残る要素の台湾、チベット、尖閣などでの妥協は不可能となる。そして現指導部にはカリスマ性はない。
米中(短期)衝突後の7つのシナリオ
中国分裂シナリオでは、人民解放軍内の分裂が必須の条件である。シナリオ①b)の可能性が最も高い。
①中国統一・独裁維持
a)覇権争いで米国に勝利
米軍のプレゼンスが第一列島線の外まで後退。当面は中国軍の完勝の可能性は低い。
b)現状維持レベル
中国は国内政治的に、敗北を発表したり非を認めることはできない。米国の対応次第となる。
c)米国に決定的な敗北
敗北した指導部は責任を問われ、強硬な左派が独裁体制を強化する可能性がある。
②中国統一・民主化
米国に敗北し共産党が統治の正当性を失う。穏健な中間層が民主化を達成する。民主国家となった中国は東アジアと東南アジアを影響下に置く。巨大独裁国家の民主化は困難と思われる。
③中国統一・民主化に失敗し再独裁化
シナリオ②の民主化が短期間で挫折し、再度独裁体制に近づく。現在のロシア(プーチン)の体制に近いイメージとなる。実現の可能性は考えられる。
④中国分裂・民主化
a)漢族中心の統一民主国家と、少数民族の高度な自治区(あるいは国家)に分裂
b)地域ごとの複数の漢族民主国家と、少数民族自治区(国家)に分裂
c)分裂した各民主国家群による連邦制
いずれも可能性はかなり低い。
⑤中国分裂・民主化に失敗し再独裁化
民主化が進みシナリオ④のように分裂したあと、各国の民主化が失敗し独裁化する。これも現在のロシアに近い体制が想定される。
a)漢族中心の統一国家と少数民族の自治区(国家)
b)地域ごとの複数の漢族中心国家と少数民族自治区(国家)
c)分裂した国家群による連邦制
考えにくいが、民主化が想定されないだけシナリオ④よりも可能性はある。
⑥中国分裂・一部民主化と一部独裁の並立
地域によって民主的な漢族国家と独裁的な漢族国家に分裂する。各地で独自の動きが発生する可能性はある。
⑦漢族・少数民族完全分裂
大混乱の群雄割拠モデルである。
各シナリオにおける日本への影響
①日米同盟を基軸とする外交が日本国民に支持される。戦況および日本の関与の度合いにより、日米同盟の有効性や対中融和論・強硬論が議論されるだろう。
②民主化した新中国は台湾と統一し、朝鮮半島と東南アジアを影響下に置く。新中国では反日ナショナリズムが先鋭化する可能性がある。中国が民主化した場合、東アジアから米軍が撤退する可能性がある。
米国にとって日本の価値は低下し、日本国内でも日米同盟に価値を見出さなくなるかもしれない。日本は孤立化したり、中国の衛星国となるおそれがある。
③民主化が一時的に進行しても、再独裁化するおそれは十分にある。注意を怠らず、再独裁化の可能性が完全になくなるまでは、現行の政策(日米同盟)を維持すべきだ。
④少数民族の独立には、強力な亡命政府の存在とそれを支援する外部勢力、さらに民族の武装組織が必要となる。現在のチベットやウイグルの状況には当てはまらない。民主化が完全に達成されれば、民族問題も平和的に処理される可能性がある。
海洋国家の日本にとっては、大陸での力の均衡が望まれ、チベットとウイグルの民主化は日本の安全保障に好ましい。
⑤シナリオ③と同様に、警戒を怠らず現行政策を維持するべきだ。
⑥と⑦島国(海洋国家)は、大陸に単一の強大な勢力が出現しないよう勢力の均衡を図り、大陸に深入りせず、海上交通を確保し貿易に励むべきだ。
中国の結末と日本の戦略
中国は外からの圧力では変わらない。中国人が内部から変革する以外に中国は変わらない。中国は徐々にではあるが必ず変化するので、中国人の性質をよく理解して待つ必要がある。
東アジアで起こりうるパワーシフトの時代に適切に対処し、平和愛好国家として歴史的な名誉を回復する努力を続けなければならない。
日本は国際法、国連憲章、普遍的価値(自由・民主・人権・人道)を尊重し、パワーシフトで生じるかもしれない新たな国際秩序に最初から関与すべきだ。地政学的発想、サイバー戦の研究、対韓関係の改善などが必要となる。
現在中国は大陸国境に不安を感じておらず、脆弱性は海洋にあると考え海軍を増強している。日本は中央アジア地域で政治的発言力を高めることを考えるべきだ。
尖閣問題では中国側からの挑発に乗らず、日本から先に手を出さないこと。そして中国側の挑発があった場合、米国より先に日本が犠牲を払う覚悟で戦うこと。
日本は東アジアで初めて近代化した国家だが、それは西洋の普遍的価値を受容しつつ伝統的価値との共存を成し遂げたことを意味する。
中国がいまだ西洋文明との折り合いをつけられず不安定化している今、ヒントとなるのは日本の経験と言える。普遍的価値と伝統文化を並立させる、日本の保守主義の進化が日本の生存のために必要である。
書評
中国が政治経済や軍事の面でますます強大化しながら、不安定さも増すという困難な時代がやってきます。そんな状況下で日本が生き残っていく方法を考察した本です。
胡錦濤や習近平といった指導者がどうと言うより、中国人の思想、歴史観、社会状況などから今後の展開を考えています。
中国にカリスマ的な指導者は不在で、集団指導体制となっていること。そして中国人民の世論の動向が(不満が高まってきているのでよりいっそう)重要となっていること。
そういった環境なので、西洋文明へのトラウマ、漢族中国人の世界観、文化大革命の社会(中国人の心理)への影響などが、今後の中国を動かすという著者の指摘は興味深く感じられます。
(書評2014/05/25)