「習近平の権力闘争」 中澤克二(著)

 

21世紀の超大国に台頭した中国。その最高権力者は何を考えているのか。激しい権力闘争を勝ち抜いた、習近平の実像に迫ります。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国の最高実力者、習近平に興味がある人。中国の権力構造に関心がある人。

 

要約と注目ポイント

・最高権力者となった習近平は、どのように権力を手にし、何をめざしているのか。
中国をアメリカに並ぶ地位に上げることで、毛沢東には及ばないものの、鄧小平レベルの格の指導者になろうとしている。そのためには政敵を叩き、党史の創作と世論操作も辞さない。

江沢民を封じる

2015年3月の全人代。習に運ばれてくるお茶を、警護要員がずっと監視していた。この事例に象徴されるように、習は暗殺を恐れている。軍や公安の内部の腐敗を、徹底的に摘発したためだ。

反腐敗をキーワードにして、習は権力闘争を仕掛けている。地方視察で鎮江を訪れたことにも意味がある。江を鎮める、すなわち江沢民を抑えるという隠喩である。それまで有力者たちは、江沢民に遠慮して鎮江を訪問したことはなかった。

江は反撃に出る。海南島の東山嶺に行き、肉声を発した。これは東山再起の故事を暗示する。江蘇省の王朝(江沢民)が、陝西省の王朝(習近平)に戦いで勝利した故事である。さらに、東山嶺に流刑になった無錫出身の将軍(周永康)が、都に戻るという故事も含めている。

江沢民は胡錦濤時代に院政を敷いた。引退後の安泰を願って、海南島に巨大な観音像も建立していた。反腐敗の虎狩りで習は攻め、江派は防戦に努める。党内抗争で不満も鬱積している。

だが習も、江一族を直接叩く意思はない。周永康を無期懲役にとどめることで、習指導部と長老たちの間にも、一定の手打ちがあった。

周永康・薄熙来を倒す

2012年3月18日。胡錦濤の側近、令計画の息子がフェラーリで事故死するというスキャンダルが起きた。このスキャンダルを江沢民は最大限利用し、2012年11月の人事では、最高指導部7人の過半を江派が占めるという、大勝利を収めた。また令計画は、習近平の昇進を阻止しようとしたことがあり、この事故は2014年の令計画の失脚にもつながる。

薄熙来の父の力添えで、令計画は出世した。令計画は薄一族に恩があり、習近平より薄熙来に権力を持ってもらいたかった。その薄熙来は、習近平との抗争に敗れ、2012年3月15日に重慶市書記を解任された。2012年2月6日、薄熙来の腹心の王立軍が、成都のアメリカ総領事館に逃げ込むという事件が起きていた。王立軍は薄熙来の秘密を知る男。薄熙来を粛清したい胡錦濤や習近平と、薄熙来を守りたい周永康で、王立軍の身柄を確保しようと争った。

2012年3月19日。中国の権力中枢である中南海で、銃声が響いた。周永康側の武装警察と、胡錦濤側の軍が対峙したとの情報が流れた。胡錦濤、温家宝、習近平らとの対決に敗れた周永康・薄熙来は失脚した。

当局と何らかの取引をしたと推測される、周永康や王立軍は死刑にならなかった。薄熙来は全面否認したため、さらし者の裁判となり無期懲役となった。判決時、薄熙来は大声で無罪を主張した。これも、死後に歴史に名を残そうという、中国人独特の思考によるものだろうか。

過去の最高指導者や有力者を、闘争によって退ける習近平氏。

権力掌握への道

2012年9月、習近平は約2週間、謎の入院をする。腹腔鏡手術を受けたとされるが、入院期間を利用し、多くの太子党と会って密談していた。のちに軍内部の腐敗を摘発していく、下準備である。

習近平が信頼し要職に充てるのは、古くからの「お友達」が多い。反腐敗運動を指揮し、実質的に政権No.2の実力者の王岐山をはじめ、党や軍の重要ポストには信頼のおける長い付き合いの人間を置く。

習は毛沢東の手法をまね、権力を自身ひとりに集中させてきた。鄧小平のつくった集団指導体制の伝統が、崩されつつある。習はメディアを最大限利用し、世論操作を試み、まるで皇帝のようにふるまうこともある。これは、一刻も早く権力基盤を確立したいという、習の焦りでもあろう。

習は左派の手法で統治している。共産党一党独裁を永遠のものとするため、自由な言論は徹底的に封殺される。南方週末事件、ネットの検閲、憲政など7つの禁句、天安門事件の抹消、民主派の弁護士や知識人の弾圧、四川大地震の被害実態の隠蔽。

習の父は、副首相を務めた党幹部だが、文化大革命の影響で一時失脚している。習近平は、父の人生を教訓としている。本音を隠して権力をとり、手段を問わず権力を固める。正直は大切だが、正直だけでは最後に敗れる。

地方幹部から国家のトップまで昇りつめた習近平だが、地方にいる間は爪を隠していた。血筋と性格が良く、凡庸で扱いやすい人物として、江沢民と曽慶紅に引き上げられたのだ。

数十年前の地方幹部時代から、最高権力者をめざしていた習近平氏。ついにその地位に昇りつめました。

悲願の覇権国家と、障害となる米国

習は、中国をアメリカと並び立つ国家にしたい。既存の国際秩序を崩し、アメリカと新しい形の大国関係を築く。東シナ海、南シナ海への進出は、その第一歩である。習近平は衝突を恐れてはいない。現在、外交上の決断は、習単独によってなされると言われる。

東への進出は、アメリカが邪魔になる。そこで、新シルクロード構想やアジアインフラ投資銀行(AIIB)で、西にも進む。明の臣、鄭和の艦隊が15世紀にアフリカまで往来した事実を、海のシルクロード構想と絡めて宣伝する。ここで人民元を国際通貨としたい。中国を中心とする秩序づくりで国力を高め、アメリカと対等になろうとしている。香港と台湾の支配にも、力を背景に自信を深めている。

2000年代から、大規模な反日デモが数回発生した。世界2位の経済大国になった自信、反日教育、海洋進出という国策が原因となっている。中国の歴史研究は、外交戦、宣伝戦の一環にすぎない。権力者にとって、中国の外交は内政の延長上にある。安倍と習の日中首脳会談も、北京APEC成功の一部分である。中国の夢を語る習は、偉大な指導者として名を残すつもりである。

反腐敗キャンペーンは、権力闘争でもある。周永康を超える、次の大虎はいるのか。江沢民の側近、曽慶紅がターゲットとされる。曽は、習近平を中央に取り立てた恩人でもある。2017年の党大会人事が注目される。

当初、習と総書記の座を争うとも見られた李克強首相。2015年3月全人代での演説中の訂正で、李は習に屈服したことが明白となった。だが李の出身母体、共青団も2017年の人事で巻き返しを狙うはずだ。

巨大国営企業の腐敗を摘発し、人事に介入するのは、最高指導部内の経済閥への牽制である。経済閥の最終的な親分は、江沢民になる。

国家主席の任期は最大10年。総書記も慣例では10年。習近平は、前例を破り長期政権を狙っているのではと囁かれている。自らを皇帝になぞらえることがある。人事制度も都合よく変更されている。次の最高権力者は誰になるのか。

毛沢東、鄧小平と並ぶ絶対権力者を狙っている習近平氏。中国経済減速と米国の妨害のなか、中国を世界一の国家とし、皇帝のように君臨する日は訪れるのでしょうか。

 

書評

本書に出てくるエピソードのいくつかは、日経新聞の連載記事にありました。記事がかなり面白かったので、この本を買ってみました。中国の政治権力はどのように動いているのか、少し知ることができました。

それにしても、江を鎮めるとか、海南島に一族で行って故事を暗示するとか、いかにも中国らしい話で楽しめました。しかし、薄熙来の仕掛けた政変の話あたりは、死人が出まくっているし、怖すぎです。(本書ではあまり書かれていませんが、薄熙来は重慶にいたとき、無実の人をガンガン死刑にしたらしいです。)令計画の息子の事故死も、政変の時期に重なっているし、フェラーリは誰かに尾行されていたらしいとか、陰謀てんこ盛りです。

李克強首相の演説が、事前原稿と異なっていたという事例も非常に興味深いものです。事前原稿では、習の路線をあえて無視していたのですが、演説直前に李首相がひよって、習におもねる部分を口頭で付け加えたそうです。共産圏の政治指導部の権力構造の分析って、このようにするのかと思いました。

21世紀前半は、覇権国家のアメリカと、新たな覇権国家を目指して台頭してきた中国の勢力争いになりそうです。超大国2国による、ジャイアニズムの競演になるのですが、とりあえず世界一の覇権国家は、最低でも民主主義国家であってほしいものです。

アメリカ大統領選挙は、世界最大の権力闘争と言えます。しかし共和党予備選で、トランプさんがトップでご機嫌でも、少なくとも死人が出たり、誰かが軟禁されたり死刑判決を受けたりはしません。大統領選もネタにされるくらい、余裕があって成熟している国が超大国だといいです。中国もそのように成熟してくれればいいのですが。
(書評2015/09/30)

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