「投資読み物」カテゴリーアーカイブ

「40兆円の男たち」 マニート・アフジャ(著)

 

世界で今もっとも活躍し影響力のある、ヘッジファンドのマネジャーの素顔に迫ります。成功する投資家の戦略を学べる本です。

成功しているヘッジファンドマネジャーは十人十色ですが、共通点もあります。

強い目的意識、優れた管理能力、向学心、何になぜどのように投資するかを深く考える、持続可能な形で他人と違うことをする、不快な感情に対応する、失敗から学び軌道修正する、といった特徴を9組のインタビューから発見できるでしょう。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

市場に勝ち続けてきたヘッジファンドマネジャーに興味がある人。

 

要約と注目ポイント

市場に勝ち続け成功している、特別な存在となった、ヘッジファンドマネジャーの投資人生を紹介する。

レイ・ダリオ

グローバルマクロ戦略を採る、世界で最も大きく最も成功したヘッジファンドがブリッジウォーター・アソシエイツである。レイ・ダリオが創設した。

「失敗や大変な経験から学ぶ」、「真実を追及する」、「自分自身を進化させる」、「現実に対処する」ことに断固として集中する。

彼のレポートは、各国の中央銀行や国際機関、大企業、年金基金等で読まれており、強い影響力を持つ。

マーケットと無相関のアルファを追求し、運用ではアルファとベータを分離する。

歴史から学ぶことで、普遍的な投資法や危機管理の原則を確立する。

環境が変わると、各マーケットのベータはそれぞれ異なった影響を受ける。

複数の相関性のないアルファをポートフォリオに入れることで、期待リターンを保ったままリスクを減らす。

リスクパリティと呼ばれる手法を、理論的に構築する。(ポスト・モダン・ポートフォリオ・セオリー)

ピエール・ラグランジュとティム・ウォン

マン・グループとGLGパートナーズの合併により誕生した、世界最大級のヘッジファンドの主要幹部である。

長期の結果を重視し、大きなトレンドから利益を得る。

リスク管理が重要で、勝率を高めることと資金を守ることが基本である。

優秀なマネジャーの自主性を尊重するが、投資のプロセスやリスクは管理する。

ジョン・ポールソン

イベントの裁定取引を基本事業とする。

一流ファンドとなることをめざし、キャリアを積み、好業績を続けてファンドを成長させた。リスクとリターンが不釣り合いな、有利な取引を一貫して追求してきた。

そしてその経歴が、名高いサブプライム市場の空売りにつながった。150億ドルの利益をもたらしたサブプライム証券の空売りで、一躍トップに立つ。その後も大規模な裁定取引を続ける。

マーク・ラスリーとソニア・ガードナー

破綻のおそれがある企業や再建後の企業などの、過小評価された債券や株式に投資するディストレス戦略を行う。

豊富な経験と保守的な運用で、有力なディストレス戦略ファンドに拡大する。その冷静な投資戦略は、金融危機後のフォードの取引でも発揮され、2009年には60%のリターンをあげた。

デビッド・テッパー

信用アナリストとして出発し、ゴールドマン・サックスで債券部門のトレーダーとして大きな利益をあげる。

独立後は、他社に先駆けた積極果敢な投資で、好パフォーマンスを連発する。これは、市場がパニックに陥ったときにも冷静でいられるので、誰よりも早くリスクをとって投資ができるからだ。

ウィリアム・A・アックマン

有力なアクティビストとして知られる。投資先の企業に働きかけ、長期的な企業価値を高めることで利益を得る。

楽天主義者であり、自信満々な態度のため、攻撃的ととられることも多い。

ロックフェラーセンターへの投資、シアーズへの投資、ウェンディーズやマクドナルドへの投資、破産したリートへの投資などで成功する。しかし、検事や証券取引委員会に目をつけられ、取り調べを受けたこともある。

ダニエル・ローブ

自信家で自己主張が強いことで有名である。アクティビストというイメージがあるが、債券取引や裁定取引、ディストレス戦略やイベントドリブン戦略などもこなす。

金融危機前のサブプライム市場の空売りと、2009年の大底での大胆な投資に成功する。ヤフー経営陣へ、積極的な提案も行った。

ジェームズ・チェイノス

空売り専門のファンドマネジャー。早くから、大企業だったエンロンやタイコの巨額不正会計に気付く。決算書を読み込むファンダメンタル分析を核に、ボトムアップの手法をとる。

企業の年次決算書を3回読んでも理解できないときは、詳細を調査せよ。逆に買いの投資家なら、逃げること。

流動性のある大型株か中型株で、空売りを行う。

アナリストは調査に専念し、ポートフォリオマネジャーやパートナーが投資判断を下す。

決算が改竄される可能性はかなりあるので、知的好奇心や疑問を持つことが大切だ。

バブルのような過剰評価や、ある流行がいつまでも続くといった誤認のあとに、空売りのチャンスが生まれる。

2011年以降、中国に対し最大の空売りポジションをとっている。

ボアズ・ワインシュタイン

若くしてドイツ銀行の幹部となり、自己勘定取引で利益を出し続けていた。独立後も、金融危機のさなかに大きな利益をあげる。デリバティブ取引を得意とする。

登場する投資家は、皆すごい能力を発揮し、抜群の成績を残しています。長年の研究、実践、経験。すぐにまねできることはないです。ただ凡人であっても、日々経済と市場を冷静に観察し、勉強するのはムダではないでしょう。

 

書評

成功しているファンドマネジャーにインタビューする本ということで、「マーケットの魔術師」に似た企画です。勝ち続けるファンドマネジャーから学びたいと考え、読んでみました。

ただ登場する人たちが凄すぎるので、個人投資家のトレードや投資には、それほど役立たないような気もします。

素人の意見ですが、私は2007年から始まった金融危機を境に、その前と後では世界が変わったと考えています。リーマンショックに象徴される危機は去ったような風潮ですが、後始末は済んでいないと思います。

日米欧の中央銀行が金利をゼロにして、それでも足りずに莫大なリスク資産を買いっ放しです。危機から7~8年経ちますが、金利を上げることも、買い入れた資産を処分することも、とてもできそうにありません。

中央銀行や政治家が、あからさまにマーケットに介入し、リスク資産の価格形成に関与しています。そういった意味で、金融危機前後でゲームの進め方が少し変わったように感じます。

ですから投資の本では、金融危機後の内容まで含んだものを読みたいと思っています。優秀な成功している投資家が、金融危機後の世界をどのように見て、どう考えているのか、それを知りたいからです。

本書は、金融危機のあとで超トップレベルのマネーマネジャーが何を考えているか語るので、有意義な本だと感じました。

とはいえインタビューは2012年ごろまでに行われたようです。アメリカの利上げ、中国経済の減速とそれに伴う新興国の低迷という、2015年現在の重大事項をどう見ているのか、教えてほしいものです。

「続マーケットの魔術師」「リスク・テイカーズ」などを読んで楽しめる人には、面白い本でしょう。
(書評2015/09/12)

「続マーケットの魔術師」 ジャック・D・シュワッガー(著)

 

「マーケットの魔術師」シリーズの第4作です。リーマンショック後に書かれており、今の市場環境で生き残ったトレーダーたちについて知ることができます。

おすすめ

★★★★★★★☆☆☆

 

対象読者層

マーケットに勝ち、大きな利益をあげたい人。

 

要約と注目ポイント

主に1990年代から2000年代に成功している、ヘッジファンドのマネージャー15人にインタビューした。それぞれのトレード手法や投資哲学、相場観などが語られる。

リーマンショックを乗り越え、勝ち続けるトレーダーたち

スティーブ・クラーク

高卒で証券会社の雑用として仕事を始め、マーケットメーカーや裁定取引の経験を積む。イベントドリブン戦略のヘッジファンドを創設し、大成功する。

「得意なトレードに専念して、苦手なトレードはしない。」
「トレードサイズが重要。起きたときに気になるようでは、ポジションが大きすぎる。」
「自分の考えを柔軟に変えられる。」
「興奮した感情的なトレードをしない。」
「常に資産管理をする。」

トレードを始めると、調子に乗っていろいろな市場で売買したくなります。ですが、やはり相性と言うか、得手不得手はあります。得意なトレードに専念せよ、起きたときに気になるのはポジションが大き過ぎ、などはすごく納得です。

マーティン・テイラー

東欧株式ファンドを運用する。完璧にロシアのデフォルトを予測して、好パフォーマンスをあげる。そのあと新興国ファンドを設立し、高いリターンを出し続ける。

「ファンダメンタルズが最も良い国(市場)で、長期的に良い経済環境にあり、将来の成長と予想利益が素晴らしく、妥当な株価の会社を選ぶ。」
「暴落時も、自分が安心できる水準の買いポジションは保持する。すべて手仕舞うと、焦りから不適切な場面で買いに走る。」
「長期的な視点で、投資判断する。」

暴落時も買いポジションを少し残せ、と言うのは共感できます。全部売ると、焦って買いたくなります。

トム・クローガス

化学会社の役員の地位を捨て、ヘッジファンドを創業する。手法は平均回帰の考え方に基づく逆張り。株式の銘柄選択にも独自性がある。

「将来収益が期待されるが、現在の株価に織り込まれていない銘柄を買う。」
「トレードは結果では評価できない。勝率の高いトレードが良いトレードで、それを続けること。」

将来の利益から見て割安の株を買え、トレードは確率で有利な売買を続けるべき、も良い教えです。

ジョー・ヴィディッチ

ファンダメンタルズ分析で大局観を作り、個別銘柄を選択する。そしてイベントに対する値動きを参考に、マーケットのセンチメントを察知してトレードを行う。

「損切りは少しずつ行う。含み益があれば、下げ始めるまで売らない。」
「恐れに支配されて判断しないように、ポジションサイズを限定する。」
「考えを柔軟に変える。」
「損切りによる損失に慣れる。リスク管理には必要だから。」
「割高だからという理由だけで空売りし、割安だからという理由だけで買うのは危険。」

こちらも名言です。損切りはリスク管理に必要。割高だから空売りし、割安だから買うというだけでは危険。

ケビン・デーリー

株価が事業の本質価値を大きく下回っている会社を探す。ウォーレン・バフェットの投資哲学に従い、高いリターンを継続する。しかも、投資環境を判断し、現金化して損失を低く抑えることができる。

「本質価値に比べて割安な会社を買う。」
「割安でも、キャッシュフローを増やし本質価値を大きくできない会社は避ける。」

本質価値より安い株を買う、というのも全くその通りです。

ジミー・バロディマス

トレンドに逆らい、上昇相場で空売りし、下落相場でナンピンする。それでも15年間利益をあげ、損失は出していない。

ジョエル・グリーンブラッド

バリュー投資で長年にわたり、市場平均を大きく上回るパフォーマンスを達成する。企業分割や合併などのイベントを利用していた。近年は独自の指標に基づく、システマティックなバリュー投資に力を注いでいる。

「収益利回りで割安かどうか、有形資本利益率で良い会社かどうか判定する。割安かつ良い会社に長期投資する。」
「バリュー投資は儲かるが、短期的にはうまくいかないときもある。それは機関投資家が、ますます短期のパフォーマンスを重視するようになったからだ。」

バリュー投資は効果的な方法だと思います。ただ、時間がかかることがあるというのは、おっしゃる通りです。自信を持って値上がりを待てるかです。

コルム・オシア

低リスク水準のトレードで損失を最小限にとどめながら、20年間好パフォーマンスを続ける、グローバルマクロ戦略のマネージャー。

「ファンダメンタルが重要。ファンダメンタルがマーケットを動かすが、人々が気づき始めるまでトレンドは発生しない。」
「バブルの時期は、バブルを信じ切っている人が必ず勝つ。流動性のある投資対象でバブルに乗りながら、相場が転換するまでひたすら待つ。」
「今何かが起きていると気づいたら、それに従ってトレードはできる。」
「トレードのアイデアよりも、トレードを適切なやり方で実現することが重要。利益が大きくなり、判断を誤っても損失が限定されるトレードをする必要がある。」
「マーケットで重要なのは、成長率ではなく変化率。楽観主義者の力を過小評価してはならない。」
「自分の個性にあったトレード手法を使うのが大切。世界の変化をありのままに理解して、考えを柔軟に変える。」
「自分の仮説が間違いとわかる価格に、損切り注文をおく。」

個人的には、この方の話が本書で最も勉強になりました。先進国の中央銀行がつくった金融緩和バブルも、そろそろ終わりが近いです。このような投資の考え方が必要な局面が来ると、個人的には思っています。

レイ・ダリオ

世界最大のヘッジファンド、ブリッジウオーターの創設者。40年間、市場で勝ち続ける。
「間違いからは、将来の間違いを減らす原則が学べる。」
「各マーケットは、それぞれの決定要因に従って動く。決定要因の異なる、相関関係のない資産でポートフォリオを構成するのが良い。」
「自分のトレード戦略が、異なる相場環境でも通用するか検証する。」

知る人ぞ知る、金融業界の巨人です。この方の制作した、「30分でわかる経済の仕組み」という動画は面白いです。

ラリー・ベネディクト

平均回帰の考え方に基づき、短期トレードを繰り返す。20年間、損失を小さくしながら利益をあげてきた。

スコット・ラムジー

ファンダメンタル分析でマクロの見方を決め、テクニカル分析に基づきトレードする。リスクと損失は低く抑えられ、好パフォーマンスを維持している。

ジャフリー・ウッドリフ

トレンドフォローでも平均回帰でもない、コンピュータを使う独自のシステムトレードを開発する。プログラムで運用する資産は50億ドル以上になっている。

エドワード・ソープ

数学の力でカジノに勝つ。オプションとワラントの市場でも勝ち、世界初のクオンツファンドを創立した。

ジェイミー・マイ

サブプライムローンの破綻に賭けた男として、「世紀の空売り」に登場する。だが実際は、もっと知的に洗練されたトレーダーである。創業したヘッジファンドの成績は、9年間の年平均純利益が40%に達する。

「既知のリスクに不確実性があると、マーケットは株価を割り引き過ぎることが多い。逆にマーケットは、はっきりと確認されていないリスクを過小評価しがちだ。」
「ある銘柄のボラティリティが非常に低いときは、ボラティリティの買いを検討するのに良い時期だ。」

「世紀の空売り」では素人のような扱いでしたが、本書を読んだら完全なプロでした。この方の戦略もすばらしいです。

マイケル・プラット

裁量によるトレードと、システマティックなトレンドフォローのトレードを行う。リスク管理は徹底しており、裁量のトレードでも最大損失(ドローダウン)は5%以下である。

「トレードするセクターと戦略を分散化する。運用単位の最大損失を3%に限定する。日々、トレードの方法、相関関係や戦略、ポジションの見直しをする。これらによりリスク管理を行う。」
「マーケットでは、どんなことも起こる可能性がある。マーケットが間違っていると考えてはならない。マーケットは常に正しく、損をするなら自分が間違っていると認識する。」
「相場で利益を出すために3つの必要なこと。ファンダメンタルズに関するまともなストーリー。今後も続きそうな良いトレンド。ニュースを自分の考えと同じように扱う市場。」

マーケットが間違っていると考えてはならない。これはその通りだと思います。安過ぎるとか高過ぎると自分が思っても、そのようにマーケットが反応しないことはよくあります。それを受け入れないと、大損害を食らいます。

 

書評

読んだ感想は、「マーケットの魔術師」とだいたい同じです。この本を読むだけでは儲かりません。日々相場の研究をし、自身のトレードの検証を行い、努力を続けている人が読むと、ヒントが見つかるかもしれません。

ただ2冊を比べると、本書の方が読みやすくて有益だと、個人的には思いました。難易度も上がっている印象ですが。

読みやすくなっているのは、単純に4作目で著者も慣れてきて、インタビューの内容や文章表現、解説やまとめが整理されているためかと推測します。最後にある40の教訓も、よくまとまっています。

有益と考えるのは、やはり情報として1作目の「マーケットの魔術師」は古く、4作目の方が新しいためです。トレーダーの話は、1作目だと30~40年前の内容になりますが、4作目では3~4年前までフォローされています。

「マーケットの~」では、登場するトレーダーはいかにブラックマンデーが悲惨だったかを話していました。しかし今考えると、ブラックマンデーは世界の終わりではありません。

株式市場が1日で20%以上下落するというのは、大惨事です。ただ1980年代から1990年代は、全体では幸せな上昇相場でした。ブラックマンデーの傷もすぐに回復します。長期の上昇相場で何回か起こりうる、大規模な調整と位置付けられるでしょう。

「続~」では、1997年からの新興国金融危機、2000年前後のITバブル崩壊、2008年のサブプライムローン危機をトレーダーは経験しています。このうちITバブルは、インターネットを材料にした典型的なバブルと言えます。

しかし1997年の金融危機は、グローバルに投資や投機の資金が動くことで起きました。現在、世界中の中央銀行が金融緩和を行い、マネーがじゃぶじゃぶです。アメリカの利上げなど、金融政策の変更で世界のマネーの動きが変われば、重大な事態を引き起こす可能性があります。その意味で、参考になる出来事です。

サブプライムローン危機は、典型的な不動産バブルとも言えますが、劣悪な資産を金融工学で最上級の資産と取り繕い、レバレッジで超巨額に膨らませたところが新しかったです。

あまりにもやりすぎたので、7年経った今も経済にダメージが残っています。7年経っても先進国がゼロ金利、マイナス金利という異常な状態のままです。サブプライムローン危機の後は、世界が低成長の時代に変わったようです。サブプライムローン危機が、長期上昇相場と長期停滞相場の境になったかもしれません。

これから投資やトレードを考える人は、サブプライムローン危機で何が起きたかを知るべきだと思います。中央銀行がゼロ金利の世界をつくり、債券バブルが発生しています。量的緩和の効果に限界が見えてきており、債券バブルの行く先が怪しくなっています。

またここにきて、世界第2位の経済大国である中国の様子が変です。中央銀行の債券バブル、中国のバブル、崩壊した場合はどちらも、サブプライムローン危機の規模を超えそうな予感です。

内容の難易度が上がっている、という印象も持ちました。「マーケットの~」は、プロのトレーダーに学んで個人投資家も億万長者になろう、というノリも感じます。

「続~」は、ヘッジファンドのマネージャーばかりなので、かなり理屈っぽいです。私が本書を買った目的はレイ・ダリオ氏のインタビューでしたが、これも難しいです。いろいろなマネージャーの理論を理解できれば、勉強になると思いますが。

「マーケットの魔術師」と「続マーケットの魔術師」は、両方とも文章量が相当多いです。どちらか1冊読むなら、私は上のような理由で、「続~」をおすすめします。
(書評2015/07/08)

「マーケットの魔術師」 ジャック・D・シュワッガー(著)

 

トレードに関する名著とされる「マーケットの魔術師」シリーズ。原点となる第1作です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

マーケットに勝ち、大きな利益をあげたい人。

 

要約と注目ポイント

敏腕トレーダーである著者が、非常に優れたパフォーマンスのトレーダー18人にインタビューし、トレードの秘密に迫った。

聖杯を見つけた偉大なトレーダーたち

マイケル・マーカス

商品先物トレーダー。

ブルース・コフナー

主に為替取引を行うトレーダー。

リチャード・デニス

商品先物取引から出発し、成功を収めたトレーダー。

ポール・チューダー・ジョーンズ

長年にわたり、驚異的なリターンをあげ続ける先物トレーダー。

ゲーリー・ビールフェルド

穀物相場で集中的に取引し成功する。そののち債券取引を行う。

エド・スィコータ

開発したトレーディングシステムで、最高のパフォーマンスを出す。

ラリー・ハイト

役者と脚本家から転職し、徹底したリスク管理を特徴とするファンドを創設する。

マイケル・スタインハルト

株式市場を特異な洞察で見るファンドマネージャー。

ウィリアム・オニール

独自の手法で急騰する成長株を発掘する。

デビット・ライアン

ウィリアム・オニールの弟子で、成長株投資を行う。

マーティ・シュワルツ

10年間負け続けたあと、圧倒的なリターンを生むトレード手法を編み出した。

ジム・ロジャース

ジョージ・ソロスと設立したクオンタム・ファンドで、最高のパフォーマンスをあげる。その後は自身の資産を運用している。

マーク・ワインスタイン

徹底したテクニカル分析、多くの経験と優れたセンスにより、ほぼ100%の短期トレード勝率を誇る。

ブライアン・ゲルバー

ブローカー出身の、市場心理を読むのに長けたトレーダー。

トム・ボールドウィン

個人で巨額の資金を動かす、超短期トレーダー。

トニー・サリバ

巨額の利益をあげるオプショントレードを成功させながら、安定的なパフォーマンスも長く維持する。

バン・K・タープ

トレードで成功するための心理学を研究している。

エドワード・ソープ

確率の力でカジノに完勝した数学者。世界初のクオンツ・ヘッジファンドを創設。

勝利を収めてきたトレーダーたちは、何を考え、どのようにトレードしてきたのか。貴重なインタビュー集です。

 

書評

たくさんの成功者が出てきて、それぞれのトレード手法や投資哲学を語ります。知らない人もいますが、有名人もいます。

ジム・ロジャースは、日本のメディアにもよく登場します。私が書評を書いた本と、関わりのある人たちもいました。

「オニールの成長株発掘法 第4版」の著者ウィリアム・オニール。「ヘッジファンドⅠ・Ⅱ 投資家たちの野望と興亡」で取り上げられた、マイケル・スタインハルトとポール・チューダー・ジョーンズ。

18人のトレーダーが、成功の秘訣を語ります。なるほど、役に立つ教訓だと思うことはあります。

1回のトレードでの最大損失を限定する。ポジション全体のリスク管理。損切りは早く、利食いは遅く。感情的なトレードをしない。トレードがうまくいかないときは、トレード額を落としていく。規律を守る。などなど。

大成功するトレーダーは個性が強い人が多いので、インタビューでも面白い言い回しや例えなどをします。奥深いような発言をたくさん読んでいくと、自分も何かすごいことがわかったような気持ちになりやすいです。

しかしトレードを始めたばかりの人が、この本を読んでうまくいくとはあまり思えません。こういう本を読むと、自分も大儲けできるような気になりますが、読んだだけでは勝てません。

本書が役に立つのは、毎日相場の研究を重ね、自分のトレード結果をずっと検証しているような人でしょう。そんな人なら、多種多様なトレーダーの話の中に、自分の売買手法に合うヒントを見つけることもあると思います。

各トレーダーで手法が違うので、教訓も異なります。

損切りの基準を決めている人もいれば、損切りポイントを決めていない人もいます。1つのトレードを、必ず資産全体の一定比率以下に限定する人もいます。チャンスと考えたトレードに、とても大きな比重をかける人もいます。

そのようなわけで、かなり分量のある本ですが、各読者にとって有益な部分はそれほど多くないような気もします。
(書評2015/07/02)

「相場師一代」 是川銀蔵(著)

 

日本を代表する相場師、是川銀蔵氏の自伝です。相場師としての人生と考え方をまとめました。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

是川銀蔵氏に興味がある人。

 

要約と注目ポイント

ブラックマンデーと1980年代末のバブル相場

至極真面目に株を扱い、着実な方法を取れば利殖となるが、大金持ちになりたいという目的でやれば失敗する。借金をせず、余裕資金で買え。

商店の小僧、天下取りを夢見る

商店の小僧だったが、天下取りを夢見て、勤め先の倒産を機にロンドンをめざす。しかし第一次大戦が勃発しロンドン行きは不可能となり、山東半島へ出兵した日本軍の御用商人となるべく、青島まで歩く。行き倒れて日本に送還されそうになるが、何とか軍の経理の手伝いとして働き口を得る。

現地で中国人から食品を仕入れ、軍に売る商売を始める。商売は急拡大するが、同業者に疎まれ、軍高官への贈賄で逮捕される。無罪釈放となるが、正道を歩もうと決意し帰国する。

帰国したが仕事がないので、半年もせずに青島に戻る。非鉄金属が高騰していたので、中国通貨の一厘銭を集め溶解し、延べ棒を日本へ輸出し始める。通貨の改鋳は死刑だが、日本人は治外法権ということでこれを回避する。

輸出禁止措置については、日本の税関長を脅迫して黙らせる。大儲けに成功したが、そのあと日本軍に金を貸して踏み倒され、非鉄金属も暴落し、無一文となって日本へ帰る。

日本で再起

南方へ行って一旗揚げたいので、細工をして徴兵を回避する。実家の仕事を押し付けられるがすぐに飽き、大阪で金属加工と販売の会社を興す。好景気で大いに儲けたが、過労で入院する。

入院中、健康について思索し、自然食(粗食)を続け、アルコールと女遊びを避け(もともとしていなかったが)、100年生きようと考える。

やると決めたことはとことんやり、やってはいけないことは絶対にやらないという意志の強さが、相場師として成功した理由だ。

関東大震災で大儲け、昭和の恐慌で倒産

関東大震災の第一報の号外で、トタン板や鉄板、釘を全力買いする。直後に高騰したので、工場の借金を返し、寄付までした。工場経営も順調だったが、昭和二年の金融恐慌に巻き込まれ、倒産する。

債務はきれいに清算して、京都の嵐山に隠棲した。この金融恐慌が資本主義の終末なのか考えるためだ。三年間、貧窮生活を送りつつ図書館にこもり、経済関係の資料を読みつくす。そして資本主義は崩壊せずという結論に達した。

形を変えながら経済は変動を繰り返す。利潤を追求するため、経済は不規則だが一定のリズムで変動するのが自然である。資本主義から共産主義には移行しない。

相場師誕生

経済の法則を発見したので、株式市場で勝負する。売買で勝ち続けると人が集まってきたので、経済研究所を設立する。とにかく自分で確信を持てるまで、観察し研究し分析することが大切だ。アメリカの金本位制停止も、データから予測できた。

経済を研究すると、国際情勢も理解できるようになる。対米英戦が不可避と確信し、軍備増強の必要性を講演しているうちに、憲兵隊と特高警察の監視対象になる。

軍備力増強に貢献するため、自分も朝鮮半島で鉱山開発をする。小磯国昭朝鮮総督の知遇を得て、猛烈に事業を拡大するが、敗戦に至る。

財産は没収。逮捕され、処刑されそうになるが、朝鮮人社員を日本人と平等の待遇にしていたので解放される。

戦後、また復活

再び無一文で日本に帰るが、マッカーサーの占領政策に激怒する。日本の農業生産量を向上させるため、米の二期作の研究に邁進する。多くの人の協力もあり、米の二期作に成功する。資金も尽きたので、成功を機に株式市場へ復帰する。

株式投資の奥義

株式投資の基本は、カメ三則。

①株価が水面下の優良銘柄を選び、じっと待つ。

②経済、相場の動きを常に観察し、勉強する。

③過大な欲を持たず、手持ち資金で投資。

戦後の大勝負

土地の高騰を予測し、堺市近郊の土地を購入する。ニュータウン構想が持ち上がり、土地を売却すると三億円になった。三億円を元手に、大規模な公共事業政策を見込んで、日本セメント株を買い占める。

「もうは、まだなり。まだは、もうなり。」高値で株を手仕舞うことに成功し、三十億円を儲ける。腹八分目で手仕舞うことが大切だ。

次は銅価格が上昇すると読み、同和鉱業を買い占め、仕手戦となる。予想通り銅は値上がりし、同和鉱業株は高騰する。

しかし連日の急騰に欲ボケし、当初の手仕舞い予定を変更し、さらに高値で売ろうとする。株価は天井を打ち下落を始めたが、こうなると持ち株が多過ぎて売れない。安値を切り下げるなか、命からがら処分した。

隠居、でも最後の大勝負

株式市場から足を洗い、子供たちのため奨学金援助を行う財団をつくる。福祉事業を運営して平穏な生活を送っていたが、日経新聞の金鉱脈発見の記事を読み、興奮が抑えられなくなる。超優良な金鉱脈の存在を確信し、住友金属鉱山株で大勝負に出る。

「踏み出し大切なり。」買い出動の時期が決定的に重要である。仕手戦は一進一退となるが、「必ず強欲を思わず、無難に手取りして商仕舞に、休むこと第一なり。」、一時休むことにする。相場道は、売り、買い、休み、の三筋道である。

住友金属鉱山の金鉱開発実施という公式発表により、ついに株価は暴騰する。「相場は天井において最も強く見え、底において最も弱く見えるもの。」「売りは迅速、買いは悠然。」、高値での手仕舞いに成功した。

翌年、高額所得者番付で一位となる。一生のうち、二度や三度のチャンスはある。それを活かすには、日常の努力と精進、理論と実践、日々の思考の訓練、真剣勝負の経験と勝負勘が必要だ。

個人投資家への助言

①銘柄は自分で勉強して選べ。他人の話や、新聞・雑誌の勧めで選ぶな。

②二年後の経済の変化を自分で予測し、大局観を持て。

③株価には妥当な水準がある。値上がり株の深追いは禁物。

④株価は最終的に業績で決まる。腕力相場は敬遠する。

⑤不測の事態があることを覚悟しておく。

積極性、研究熱心、行動力、リスクを取りにいく胆力。これらは学びたい点です。

 

書評

著者の波乱に満ちた人生がわかる、熱い本です。すらすら読めて、まあ面白い本と言えます。若いときから行動力があり、いろいろなことによく気が付く人だ、鼻の効く人だなと思いました。

自分で書いた伝記ですし、同時代に生きていないので、本当のところ(事実関係)はよくわかりません。善悪などは微妙な感じです。正しく生きると決意した後、硬貨を改鋳して不法に輸出しているし。

肝心の相場師としてですが、相場以外の話が多く、実際の株取引についても、内容が少し古く感じられます。今日の市場に対して、何か教訓となるだろうかと考えると、残念ですがそれほどないような気もします。

しかし相場の天井や底についての考察、景気循環などは、現在でも通用しそうです。

本書から、是川氏がとても勉強し、研究熱心であることはわかります。図書館に三年間通って独学したなどのエピソードもありますが、晩年90歳近くで遭遇したブラックマンデーについて、これはコンピュータのシステム売買が原因の一時的な暴落だから買うべきと述べたりしています。

一生を通じて、ずっと好奇心を持ち研鑽を続けたことがうかがえます。このような姿勢は、成功のために必要な条件と感じました。
(書評2015/03/09)

「ブーメラン 欧州から恐慌が返ってくる」 マイケル・ルイス(著)

 

リーマンショック以降、ヨーロッパは新たな金融危機の震源地とみなされています。ギリシャを筆頭として、ヨーロッパの抱える危険性を感じられる本です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

欧州経済に関心のある人。金融危機に興味がある人。

 

要約と注目ポイント

カイル・バスの警告

サブプライムローン危機で大きく儲けたヘッジファンド経営者のカイル・バスは、金融危機はまだ終わっていないと言った。先進国の信用力によって、一時的に覆い隠されただけだと。2000年以降の先進国の経済成長は実はまやかしで、返済能力のない人が借金をして起きた現象に過ぎない。

債務を返済することが不可能な主要国が、いくつかある(候補はギリシャ、アイルランド、イタリア、スイス、ポルトガル、スペイン、フランス、日本)。問題は、先進国の債務不履行が起きるのが、いつなのかだ。

アイスランド

2008年10月にアイスランドは破綻した。累積債務は対GDP比で850%、銀行の損失1000億ドルを人口30万人で負うことになった。

アイスランドは漁業で成り立つ孤立した大家族のような島国だったが、2000年代前半のアメリカ型金融に倣い、極端なレバレッジと軽率な借り入れによる買収に明け暮れた。その原因は、男性的で冒険主義的な国民性(漁師そのもの)にあったのかもしれない。

ギリシャ危機

ギリシャの国家予算は、使途が不明瞭きわまりなかった。無駄な支出、公務員の高い給与と賄賂、公共部門の非効率。歳入にも問題があった。徴税されることがなく、国民も納税する気がなかった。

財政が破綻しかけたのも無理はない。そもそもユーロ参加のため帳簿を細工し、ドイツ並みの金利で借金できるようになったことが、間違いのもとだった。

腐敗はギリシャ人相互の不信を生み、相互不信がギリシャ人に利己的行動をとらせ、ますます腐敗は深刻になった。腐敗の象徴となった修道院には共同体が存在したが、ギリシャ国民の中には共同体への意識は存在しないようだ。

アイルランド

アイルランドもアイスランド同様に、謎の急激な経済成長と、極端な金融危機を体験した。アイルランドでは、自国の不動産への過剰な投資が行われた。分別のない融資により、1000億ユーロ前後の不良債権が発生した。

思わず大金を手にしたり、あるいはその大金を失ったときにこそ、国民性が表れるようだ。奇妙なことに、アイルランドの銀行債務を政府は補償することに決めた。

ギリシャ人とは異なり、1000億ユーロの負債をアイルランド人はまるごと背負うことにした。何も言わず黙ったまま。

ドイツ

ドイツ人は糞や肛門に執着するが、それは清潔な体裁と汚い実情という二面性を示しているようだ。ギリシャのような破綻国家を救えるのはドイツだけだが、実施には救済される国が支出削減と構造改革に努めることが条件である。堅実なドイツでは信用バブルは発生せず、バブルに熱狂した国々に規律を強いるが、ギリシャでは反発も強い。

ただ、国内ではバブルは生じなかったが、諸外国にバブルを生むような金を貸したのは、ドイツの銀行である。ルールに従って、リスクの高い資産にも粛々と融資し、莫大な不良債権を築き上げた。ここにドイツの二面性がある。

アメリカ

アメリカの地方自治体には、債務が積み上がっていた。住民たちが公共サービスを求めつつ、その対価の支払いを拒否してきた結果だった。公務員の高給と年金が、税収と全く釣り合わなかった結果でもある。長期の利益を犠牲にして目先の利益を欲する、アメリカ人の姿がそこにあった。

2010年ごろから、ユーロ圏では高失業率と低成長、累積する政府債務がくすぶっています。決定的な破局は避けながら、かといって抜本的に解決するわけでもなく、ずっと先送りで取り繕っています。最後には、何か大きなことが起こりそうなのですが。

 

書評

マイケル・ルイス氏の本は読むのが楽しく、これも面白い本でしたが、本当にこんなことがあるのか、となります。

ギリシャでは誰も(国民も企業も)税金を払わないとか。国会議員全員が自宅の固定資産税を払っていないのもすごいですが、企業が(税金を払わないために)まず法人として登録されていないというところで笑いました。ドイツ人もキレますね。

同氏の著作「世紀の空売り」「フラッシュ・ボーイズ」に比べると、本書は馬鹿馬鹿しさが高濃度なので、へらへらしながら読めます。

それにしても欧州の経済は一向に改善せず、再びECBが金融緩和を始めましたが、解決するのでしょうか。異なる経済状況の国々が、同一の通貨を使い、同一の金融政策をとるというのは、やはり持続不可能なのでしょうか。

世界の大きなリスクに、欧州経済があげられます。欧州経済の不振は、欧州に社会不安をもたらすので、経済だけでなく政治面でも影響が大きいです。2015年も欧州経済は要注目です。
(書評2015/01/28)

「フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち」 マイケル・ルイス(著)

 

超高速取引では不正が行われている!
大スキャンダルを告発した経済書にとどまらず、娯楽読み物としても高いクオリティを持つ本です。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

超高速取引に関心がある人。市場の取引の実態に関心のある人。

 

要約と注目ポイント

超高速取引の幕開け

2009年夏、ゴールドマン・サックスに勤務していたロシア人プログラマーがFBIに逮捕された。それと同じころ、シカゴ・マーカンタイル取引所のデータセンターと、ニュージャージー州カーテレットのナスダック証券取引所データセンターをケーブルで一直線につなぐため、秘密裏にトンネルが掘られていた。

2008年、ひとりの男が、回り道をする既存の通信回線を使わず、直線でマーカンタイルとナスダックを繋げば、すべての裁定取引で利益をあげられると閃いた。男は協力者を募り、2010年にケーブル工事を完成させた。

完成直前に、ウォール街にこのプロジェクトは売り込まれた。裁定取引を行う業者は400社。ケーブルの容量は200社分のみ。さらに契約には、ケーブル利用に際し自己勘定取引はできるが、ブローカー業務を行う顧客とはケーブルを共有できないという制限事項が盛り込まれていた。

自ら超高速取引を行う会社のみが、利益を得られる構図になります。

カナダ人株式トレーダー登場

株式市場の取引は、今では人間ではなくコンピュータが遂行している。2007年ごろより、ブラッドという名のカナダ人株式トレーダーが、市場で提示されているはずの価格で約定できないという問題を抱えていた。また取引所の数が増え、同じ銘柄を異なる手数料の体系で売買するようになっていた。

不可解な損失が続いていたそのころ、大手ブローカーによるダークプール(私設取引所)が数十も生まれていた。ダークプール内の売買取引は、公表されていなかった。2009年5月、証券取引所が、手数料を払う超高速取引業者に、他の業者より早く取引情報を知らせていることが明らかになった。

ブラッドはチームを組んで、調査を開始した。調べていくと、数々の謎がつながりだした。約定しない原因は、注文がそれぞれの取引所までに届く所要時間の差によるものだった。ミリ秒単位の差であった。

その差を利用し、超高速取引業者は他者の売買注文の先回りをしていた。誰かの買い注文を察知すると先回りして買い、そのあとで注文者に高く売りつけるのだ。

2000年代半ばより、超高速取引業者や大手投資銀行、ヘッジファンド、無名のプロップ・ショップ(自己勘定取引を行う会社)までが、取引所要時間を短くすることに血眼になった。金融業界への野心を秘めたひとりの技術者が、引っ張りだこでその仕事にあたっていた。

しかし技術職としてこき使われることに飽き飽きしていたその男、ローナンは、超高速取引の専門家を探していたブラッドに引き抜かれる。取引に通じたブラッドと、業界の通信システムを知り尽くしたローナンが出会ったことで、超高速取引業者の手口が明らかになった。

顧客の注文を処理するブローカーは、複数ある取引所にどのような順序でどれだけ発注されるか、普通は気にしない。そのため取引の際に、手数料を払うのではなく、報奨金(!)がもらえる、超高速取引業者が設立したダークプールに誘い込まれる。

その餌場であるダークプールで、ブローカーの注文の全体像を超高速取引業者は読み取る。他の取引所に先回りして該当する株式などを買い占め、直後にブローカーに高く売り渡す。

ひとりの株式トレーダーが、私設取引所の秘密を解き明かしていきます。超高速取引業者は、トレードしているすべての機関投資家や個人投資家から、広く薄くお金を巻き上げていました。

反撃

ブラッドは、投資家たちにこの現実を説明して回った。資産運用や投資信託の大手、フィデリティやバンガード、T・ロウ・プライスやジャナス・キャピタル、有名ヘッジファンド経営者のデイヴィッド・アインホーンやダン・ローブ、ビル・アックマンといったプロの投資家たちも、超高速取引で食い物にされていることを知らなかった。

2010年5月6日にフラッシュ・クラッシュが起こると、投資家たちの疑念はますます深まった。ダークプール内部での取引は、いっさい投資家に明かされていない。ダークプール内で、いったい何が行われているのか?

フラッシュ・クラッシュの数か月後、再び市場で奇妙な動きが始まった。その裏に、スプレッド・ネットワークスという会社が存在した。マーカンタイル取引所とナスダック取引所をケーブルで結んだ、あのプロジェクトの会社である。

そもそも、なぜこのような先回りの取引が認められるようになったのか。原因は、2007年に施行された全米市場システム規約にあった。ブローカーが顧客の利益を守るため、最も有利な価格を提示している取引所から順に、注文を送る義務を負うようになった。

だが、通常の投資家と、超高速取引業者が認識できる市場価格は異なっている。超高速取引業者はマイクロ秒単位の価格がわかるので、秒単位の価格を見て行動する投資家には常に勝てる。

超高速取引業者のやり方を知ったブラッドのチームは、対抗できる注文システムをつくった。どの取引所にも時間差なく発注するシステムで、ソーと呼ばれた。すでに投資銀行と超高速取引業者は、共犯関係になっていた。

大手投資銀行が支配する世界で、どうやって顧客の利益を守るのか。証券取引委員会、メディア、世論の動向を見ながら、ブラッドはひとつの結論に達した。投資家のために存在する取引所を、自分たちで設立する。

私設取引所が数多く設立されたことが、超高速取引を生みました。実態に合わない金融規制が、超高速取引業者を跋扈させます。

新取引所と弱肉強食の世界

内向的なロシア人プログラマー、セルゲイがゴールドマン・サックスに採用されたのは、2007年だった。超高速取引が巨大市場となったにもかかわらず、ゴールドマンはあまり稼げていなかった。ゴールドマンのシステムが、古臭かったためだ。

2年間、セルゲイはつぎはぎだらけのシステムの改善に従事した。退職時に、自分が取り組んだソース・コードを自分あてにメールで送信した。

ブラッドは銀行を辞め、取引所設立の準備を始めた。出資を募るため投資家を回り、人材集めに奔走した。集まった人材はそれぞれの知恵を出し合って、いかさまができない公正な取引所の構築に力を尽くした。

だがそもそも、市場の取引の7割を占める大手投資銀行が、示し合わせて新しい取引所に注文を送らなければ、開設した取引所は失敗に終わる。超高速取引とダークプールで巨額の利益をあげる投資銀行が、顧客のために利益の見込めない取引所へ注文を送るだろうか?

新取引所設立前、そして設立後も嫌がらせは続いたが、驚きの反応もあった。ゴールドマンが、新取引所に好意的だったのだ。ゴールドマンは、超高速取引とダークプールの分野で、従来の株式市場ほどの力を発揮できないことに気付いていた。また、超高速取引とダークプールが、資本市場そのものを不安定にするのではないかとも心配していた。2013年12月19日、ゴールドマンが初めて大口の注文を流してきた。新取引所の未来が垣間見えた瞬間だった。

セルゲイの持ちだしたコードは、転職先では全く役に立たないものだった。用途もプログラミング言語もまるで違っていた。コードを転送した動機は、彼自身の言う通り、コードへの習慣的な興味のためとも思われた。コンピュータおたくが、自分の関心ごとだけを大事にするように。ではなぜ、ゴールドマンは急いでFBIに通報する必要があったのだろうか?

マイクロ波の信号は、光ファイバーの通信より1.5倍ほど速い。スプレッド・ネットワークス社が通した一直線の光ファイバー・ケーブルに沿って、今、38基の電波塔が立っている。

公正な取引所は、多くの人たちに恩恵をもたらします。しかし、強欲に支配された金融市場の性質は、簡単に変わるものでもありません。

 

書評

「世紀の空売り」を読んで、マイケル・ルイス氏の本は面白いなと思っていました。本作も面白いです。でも、読んだ後に少し嫌な気持ちにもなります。本当にこんなことが起こったのでしょうか。今はどうなのでしょうか。ウォール街では何でもありか、と思います。俺のものは俺のもの。顧客の利益も俺のもの。損失は顧客だけのもの。というジャイアニズムを感じます。

本書を読んで、超高速取引のフロントランニングという問題が、実は社会に重大な影響を与えているとわかりました。しかし、事態はかなり複雑です。私は全くの門外漢ですが、金融に相当興味を持っています。そのように興味のある人間でも、読んでいてなかなか事情が理解できませんでした。金融や経済に関心のない人は、本書の内容は全然わからないでしょう。

経済に興味がない大部分の国民は、超高速取引などどうでもいいと感じます。ところが、超高速取引業者が食い物にしているのは、大手の機関投資家です。大手の機関投資家というのは、年金や保険です。結局、一般国民の小口の掛け金や積立金の運用から、超高速取引業者は利益をあげていることになります。

超高速取引業者の必勝法は、だいたい以下のようなものらしいです。

公設の取引所に手数料を払い、普通の投資家より早く、売買注文や価格といった情報を入手します。投資銀行や証券会社に金をつかませ、彼らの顧客の注文を引き受けたり、情報を得たりします。さらに自身でダークプールを設立し、金で釣って注文を引きつけて情報をとります。こうして投資家の注文内容を推測すると、先回りして注文をします。投資家の買いの前に株を買い占め、差をつけて高く売りつけたり、投資家の売りの前に株を売り、安く買い戻します。

2014年に東京証券取引所が、大型株の呼値の単位を細かくしました。大義名分は、流動性を増やすことです。本書で指摘されていますが、超高速取引を正当化する最大の看板が、流動性の増加です。超高速取引業者は、呼値の単位が細かくなるほど喜びます。本来の投資家同士の売買に、割り込みやすくなるためです。東証の件が超高速取引と関係があるのか、よくわかりませんが。

ほとんどの人が関心を持たず、ほとんどの人に理解できない巨大システムが存在したとします。そのシステムに欠陥があり、その穴にシロアリが集った場合、永遠に巨大システムに寄生し続けます。

現代の社会はあまりに高度化し、複雑になったので、いろいろな分野で巨大なシステムが発生しました。それぞれのシステムが、それぞれの内部にいるほんのひと握りの人にしか理解できなくなっているのも、無理のないことです。システムの穴が塞がれるのは、シロアリ自身が改心して自浄作用を発揮するか、システム自体が崩壊するときだけでしょう。

アメリカ市場では、やることも非常にえげつないですが、自浄作用も内部から生じました。日本に存在する、多くの硬直したシステムではどうでしょう。巨大なシステムも、内部の一個人の行動から変えられると信じるかが、鍵のように思います。
(書評2015/01/25)

「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」 マイケル・ルイス(著)

 

世界経済を崩壊の瀬戸際にまで追い込んだリーマンショック。しかし、その危機を事前に予測していた者たちがいました。常識に反し、巨大な金融機関に歯向かった人々のお話です。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

サブプライムローン危機に興味がある人。
金融システムに関心がある人。

 

要約と注目ポイント

危機の芽

1990年代に、アメリカの下位中流層に利益をもたらすものとして、サブプライム金融は誕生した。(高利の住宅ローンやクレジットカードローンの負担を、より金利の低いモーゲージ債へと誘導する仕組みをつくった。)

しかしこの初期のサブプライム金融は、ずさんな融資と高い延滞率、次々に発生する債務不履行により、1990年代後半に破綻した。

2002年、大手消費者金融業者によるサブプライムローン詐欺が発生した。しかし当局は動かず、事件は示談で終結する。ウォール街が貧困層と下位中流層を食いものにする事態はより深刻になっていく。

2000年代に入るとすぐに、サブプライム金融は膨張を始めていた。前回破綻時よりはるかに巨額のモーゲージ債が、より焦げつきやすい不明瞭な形でつくられ(前回のサブプライムローンは固定金利だったが、今回のサブプライムローンは変動金利で、返済額が借り手にもわかっていなかった)、バラバラに切り刻まれ組み直されて、大手投資銀行によって投資家に売り捌かれた。

危機を察知した投資家

サブプライム金融の規模が急拡大する後を追って、サブプライム・モーゲージ債を対象としたCDS市場が成立した。もっともこれは、サブプライム金融の破綻を確信した投資家が、まだ危険を察知していない大手投資銀行を焚き付けてつくったものだった。

投資銀行が気前よくサブプライム・モーゲージ債のCDSを売る間に、サブプライム金融の破綻に賭けた投資家たちは大量にCDSを買った。2005年後半から、サブプライム・モーゲージ債は焦げつき始める。

債務不履行の確率が高いトリプルBのモーゲージ債でも、それらの断片を組み合わせる操作を経ると、トリプルAになった。格付け機関の評価モデルには欠陥があり、投資銀行のトレーダーにとって、その穴を突くのは容易だった。

サブプライム・モーゲージ債のCDSは、トリプルA格を持つAIGが引き取っていた。AIGは格安の利率で、これらのCDSを売っていた。

投資銀行は、CDSを量産してAIGに売らせ、逆にCDSを自ら保有するかサブプライム・モーゲージ債をショートしたい投資家に買わせれば、巨額の利益が発生することに気付いた。

住宅バブルは終わりの始まり

2006年に住宅価格は天井に達し、下落を始めた。サブプライム・モーゲージ債の危険性に気付く人が少しずつ増えてきたが、それでも大胆に市場の破滅に賭ける投資家はほとんどいなかった。

CDSは実質的に金融オプションだが、オプションの基本はブラック=ショールズ方程式にある。ところがブラック=ショールズのモデルには、長期のオプションの価格設定に難点があった。

長期の不合理なオプション価格を収益源としていた投資家も、サブプライム金融の崩壊直前に、サブプライム・モーゲージ債のCDSに接近してきた。

2007年1月になると、投資銀行がCDSの販売を渋るようになる。市場参加者が危険を感じ、徐々に逃げ始めていた。

サブプライム・モーゲージ債の闇の深さは不明だったが、投資家のショートの標的は、モーゲージ・オリジネーターと住宅建設会社、格付け機関、そして巨大投資銀行へと広がった。

バブル崩壊

経営者も把握していなかったが、大手投資銀行はサブプライム・モーゲージ債に裏付けされた巨額のCDOを保有していた。

2007年後半から、大手投資銀行は数十億ドル、数百億ドル規模の損失を次々に発生させ、連鎖的に沈んでいった。アメリカ、そして世界の金融システムを、崩壊の瀬戸際にまで追いやる事態に進展した。

その原因の芽は、どのような手段を用いても巨利を求め、利益はすべて自分のものとし、損失は社会という他者に押し付ける、ウォール街の行動規範にあった。

繰り返されるバブルの構図です。貸してはいけない人たちに、大量に融資をする。住宅市場や株式市場が高騰する。強欲な投資家が殺到し、リスク資産の価格がさらに上昇する。持続不可能な価格水準でバブルが破裂し、借金をした人や投資家が破産する。金融危機が発生する。人間は痛い記憶をすぐに忘れるので、定期的にバブルしてしまいます。

 

書評

サブプライムローン危機で大儲けした人と言えば、ジョン・ポールソン氏やデイビッド・アインホーン氏などが有名です。本書でもそういう人が出てくるのかと思っていたら、違いました。

名声を高めた彼らよりさらに早くサブプライム金融の破綻を予測した、よりアウトローで一匹狼の投資家たちが存在しました。本書では、無名ですが、金融エリートに先駆けて孤立無援な戦いを始めた人々を、一級のノンフィクションとして描いています。

まず驚いたのが、1990年代にすでにサブプライム金融が存在し、2000年代の失敗と同じ原因で破綻していたという事実です。1990年代後半に破綻するのですが、数年後に全く同じモデルで、はるかに巨額のモーゲージ債を再び売り始めます。結末はリーマン・ショックでした。

なぜそんなバカなことが起きるのかと思いますが、それはウォール街のビジネスの仕組みにあったわけです。

ウォール街の当事者にとって、リスクを取れるだけ取って取引をすると、成功した場合は莫大な成功報酬が得られます。失敗した場合は、損失を投資家に押し付けるだけです。ですから、成否がどうかを考えるよりは、リスクを極限まで取ることにインセンティブが働くことになります。

しかしその強欲のために損失が大きくなり過ぎ、危うく世界恐慌になりかけました。合理性に欠ける取引が行われていても、すぐには発覚しないことが被害を大きくしました。

これは意図的に隠蔽したためでもありますが、複雑すぎて当事者もリスクを認識していなかったこと、融資から債務不履行まで時間差があったことなども原因です。

サブプライムローン危機は100年に1度の危機と表現されましたが、表向き嵐は去ったように見えます。しかしまだ、その影響は残っています。恐慌回避のため、世界中の中央銀行が超金融緩和策をとっているので、金融市場が歪んできています。異常な低金利とディスインフレが常態化しつつあります。

市場に歪みが生じても、それが表面化するまでは、ほとんどの人は異常を感じません。サブプライムローン市場に尋常ではない(米国の巨大投資銀行をすべて消滅させたほどの)歪みが蓄積していても、発覚するまでは皆平然としていました。

本書を読んだ理由は、アベノミクスの最期のときに参考になることはないか、と思ったためです。GDP500兆円の国で、中央銀行が国債を200兆円買い、さらに毎年80兆円買い増していったら、最後はただでは済まないと感じます。とはいえ、とんでもないことになりそうですが、正直、何が起こるかはわかりません。

素直に考えれば、円安、株安、債券安です。しかし私が考えることは皆も考えるでしょうから、予想がつきません。日頃からの情報収集と準備が必要になりそうです。
(書評2014/12/30)

「リスク・テイカーズ 相場を動かす8人のカリスマ投資家」 川上穣(著)

 

日経新聞の記者が、アメリカの旬な投資家8人を取材した本です。バフェットは旬ではないですが。投資手法や運用方針、投資家の人柄をまとめた読み物です。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

アメリカの成功した投資家に興味がある人。

 

要約と注目ポイント

ダニエル・ローブ

サード・ポイントの創業者。投資先の経営改革を求めて派手に活動する、敵対的なアクティビスト。イベントに乗るイベント・ドリブン戦略を得意とする。

投資には、たくさんのことを知っているより、その時々で最も重要なことは何かを察知できる能力が必要、と語る。アベノミクスを契機に、ソニー、ソフトバンク、IHIに投資した。アクティビストにより、日本企業の体質も変化するか。

デイビット・テッパー

アパルーサ・マネジメントの創業者。倒産した、もしくは破綻寸前の企業の格安な株式や債券を買い、経営が持ち直したあとの高値で売るディストレスト戦略を好む。近年ヘッジファンド報酬ランキングでトップになっている。

数学や会計の能力も優れているが、今、最も大切なことは何か、という一点に集中し、本質を見抜くことができる。そしてリスクを取り、誰よりも早く行動できる。徹底した楽観主義者だが、好機をじっと待つことを厭わず、規律も重んじる。

デイビッド・アインホーン

グリーンライト・キャピタルの創業者。綿密な企業分析からの空売りが有名。サブプライムローン危機では、リーマン・ブラザーズの空売りを公言し利益をあげた。しかしバフェットを尊敬しており、株式市場は長期では上昇しやすいと考えているので、厳選した銘柄を買ってもいる。

日本のりそなホールディングスにも投資している。しかし日本そのものについては、将来的な金利上昇を不可避と見て、日本売りのポジションを取っている。

ビル・アックマン

パーシング・スクエア・キャピタルを率いるアクティビスト。経営者に強い圧力をかける、敵対的な手法を取る。大変な自信家で、株主が企業のオーナーであるべきとの信念を持つ。

多くの投資で成功するが、JCペニーへの投資では大きな失敗を犯す。またその個性の強烈さから、ハーバライフの投資をめぐって、有力なアクティビストのダニエル・ローブやカール・アイカーンと衝突した。

ジム・チェイノス

空売り専門のキニコス・アソシエイツを創設。証券会社のアナリストとして働き始めるが、初めて担当した企業に売り推奨を出した。この成功を機に、投資家に転身する。その後は着実に成功を重ねる。エンロンの不正会計にいち早く気付き、空売りで大きな利益をあげる。

空売りは買いより運用面で不利で、さらに人々から嫌われやすい。それでも空売りにこだわるのは、空売り投資家が企業の不正を最初に感知し、市場に警告を与える役割を果たすと考えるからだ。現在は中国の不動産バブルに対し、売りポジションをとっている。

レイ・ダリオ

世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエーツの創業者。グローバルマクロ戦略をとる。40年間成功を重ね、運用資産は1500億ドル規模に達した。その成功の秘訣として、経済は機械のように動く、と語る。知性を結集して歴史に学べば、規則的に動く経済を予測できると信じている。

独特の投資「原理」を確立し、ブリッジウォーター社員には「原理」を熟読することを求めている(「原理」はブリッジウォーターのホームページで誰でも読めるとのこと)。特異な社風を持つブリッジウォーターだが、世界中の大手機関投資家を顧客としており、その顧客向けレターはFRBも必読の資料だという。

カイル・バス

ヘイマン・キャピタル・マネジメントを創業。日本売りの急先鋒として有名。サブプライムローン危機を察知しての売り、さらにはそれに続く欧州債務危機での売りで成功する。

税収に占める国債の利払い負担が10%超で、公的債務の合計が歳入の5倍以上の国家は財政破綻のリスクがあると語り、次の標的を日本に定めている。

ウォーレン・バフェット

世界一のバリュー投資家である、バークシャー・ハザウェイのCEO。財務を徹底的に分析し、企業の本質的価値を見抜くことで、長期にわたり成功を続けている。バークシャー・ハザウェイは全米屈指の大企業となった。

オマハで開かれる祭典のような株主総会や、バフェットの人柄を慕う多くの人の姿は、米国のバリュー投資の深い伝統を感じさせる。バフェットの高い能力、そして投資への情熱と集中力は、常人の及ぶところではない。バフェット後のバークシャー・ハザウェイの進路はいかなるものになるか。

さまざまなタイプの投資家がいます。派手な要求をするアクティビスト、暴落の底で買うバリュー投資家、企業価値を分析しての空売り投資家、時代を読む投資家。
共通するのは、時代や市場の本質をとらえる、ずば抜けた能力です。個人投資家も、市場の表面的な動きに惑わされず、自分独自の投資の基準を守ることが大切です。

 

書評

とても深く掘り下げたという内容ではありませんが、いろいろな人を取材し集めた材料で構成されています。8人の著名な投資家の特徴がつかめる、読みやすい本です。ちょっと面白いエピソードも挿入されています。

個人的には、ジム・チェイノス氏が新米アナリストとしての最初の仕事で、売り推奨を出した話は笑いました。カイル・バス氏が5セント硬貨を集めている話(銅とニッケルの含有量から5セントより実質的に価値がある。デフレ・インフレ両方への対策だそうです。)も、そこまでするかという感じです。レイ・ダリオ氏の「経済は機械のように動く」という動画も紹介されています(ネット上で日本語版も視聴できます)。

読んで驚いたのは、レバレッジをかけない投資家が結構いることです。ダニエル・ローブ、デイビット・テッパーの各氏はレバレッジをかけていないそうです。バフェット氏もレバレッジをかけていないので、意外とレバレッジをかけずに投資で大成功する人がいるようです。

またジム・チェイノス氏は空売りしかしていないのですが、運用資産は60億ドルです。空売りだけで勝ち続けて、そこまで到達するというのは凄い。

ところで、レイ・ダリオ、ジョン・ポールソン、デイビット・アインホーン、カイル・バスなど、そうそうたる投資家たちが金(ゴールド)を買っているそうです。極端な金融緩和策を取る各国中央銀行に、それだけ不審を抱いているということです。緩和の出口でまた波乱があるかもしれません。

日本でヘッジファンドなど投資家の話をすると、いまだにバフェットやソロスといったところで終わってしまいます。日本の金融担当記者が、やや新しい世代の影響力のある投資家を取材し、良くまとまった著作に仕上げたことを、素直に歓迎したいと思いました。
(書評2014/11/19)

「ヘッジファンドⅠ・Ⅱ 投資家たちの野望と興亡」 セバスチャン・マラビー(著)

 

巨額の資金を縦横無尽に動かすヘッジファンド。ヘッジファンドの誕生から現在までを知ることができ、金融や投資の勉強にもなる本です。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

ヘッジファンドに興味がある人。
トレード手法を知りたい人。

 

要約と注目ポイント

第二次世界大戦後に生まれた、数々のヘッジファンドとその創業者たちの物語である。

A.W.ジョーンズ

ヘッジファンドというシステムの原型を、初めて創り出した。

個別銘柄と市場との相関性の計測、銘柄ごとのボラティリティ、ポートフォリオ全体でのリターン追及とリスク管理、ロングショート戦略、利益に比例するファンドマネジャーの報酬など、画期的な概念を独自に生み出した。

M.スタインハルト

通貨量の分析と金利予測に基づくトレード。そしてなにより、大口取引の仲介業者として立場を確立することで、(インサイダー情報を利用し)巨額の利益を稼いだ。

1994年にグリーンスパンが金利を引き上げたとき、債券にレバレッジをかけ過ぎていて大損害を喫した。

コモディティズ・コーポレーション

計量経済学によるファンダメンタル分析にとどまらず、トレンド追随モデルを採用することで、商品市場と為替市場で大成功した。

G.ソロス

フィードバックループという再帰性理論を掲げて、プラザ合意前後のドル売りで大成功する。そしてブラックマンデー。

J.ロバートソン

独創性はなかったが、株式投資で大いに能力を発揮した。また自身の人間的魅力により、多くの有能なマネジャーやアナリストを集めた。

P.T.ジョーンズ

心理的な駆け引きと、制度的なアノマリーを見抜く観察眼に優れていた。トレンドに乗るのがうまく、ブラックマンデーの暴落と日本のバブル崩壊というチャンスを、完全にものにした。

G.ソロスとS.ドラッケンミラー

ソロスに似たスタイルのドラッケンミラーは、ソロスの実質的な後継者となり、1990年代に大成功した。冷戦終結後のドイツマルク買い、ポンド売りに勝利した。

しかし1997年のアジア通貨危機の際、ソロスはポンド売りのように通貨を売れば利益が明らかにもかかわらず、逆に通貨を買い、損失を出した。これは投機家ではなく慈善家であろうとした、ソロスの二面性によるものかもしれない。

LTCM

金融工学を駆使するクオンツたちは、債券の裁定取引と収斂取引により大きな利益をあげた。

彼らは後年批判されるように、リスクを軽視していたわけではない。むしろ詳細にリスクを検討し、最大損失額を計算していた。

だがそれでもすべてのリスクは想定できず、ロシアのデフォルトを機にポジションは逆回転を始めた。レバレッジもかけ過ぎだった。

LTCM破綻後も、複雑になるばかりの金融取引に当局の規制は対応できず、危機は繰り返されることになる。

ドットコムバブル

有力なヘッジファンドはハイテク株がバブルであることを見抜いていたが、市場は熱狂していた。

ある者はハイテク株を空売りし、またある者は途中からトレンドに飛び乗り、あるいはハイテク株を無視しオールドエコノミーの株を買った。しかし異常な急騰と突然の暴落により、ヘッジファンドは軒並み大打撃を受けた。

D.スウェンセンとT.ステイヤー

ヘッジファンドは自身の利益を追求するために生まれてきたが、社会的影響も大きくなった。機関投資家がヘッジファンドに投資するようにもなった。イェール大学はヘッジファンドの手法により、78億ドルを得た。

J.シモンズとD.E.ショー

超一流の数学者たちが、数学的アプローチで市場のシグナルとアノマリーの発見に挑んだ。経済学やウォール街とは無縁の、暗号解読や機械翻訳、人工知能の研究経験を持つ科学者たちが、従来のヘッジファンドを打ち負かした。

K.グリフィン

社会的影響力が増したヘッジファンド業界では、すべての投資戦略を機動的に統合する、規模の大きなマルチ戦略ファンドが台頭した。

破綻した巨大なヘッジファンドを、別の巨大なヘッジファンドが救済できるほどに、ヘッジファンドは力をつけていた。ヘッジファンドは、市場の営みを円滑にするような働きを持つようになった。

サブプライムローン危機

サブプライムローン市場がバブルであることに、世界中の巨大銀行や投資銀行は気付いていなかったが、ヘッジファンドは気付いていた。

逆張りを得意とするジョン・ポールソンは、モーゲージ証券の空売りとサブプライム債の保険購入で150億ドルの利益をあげた。

しかしクレジット市場の危機は、ヘッジファンドを巻き込んだ。そのあとに訪れたリーマン・ショックにより、ヘッジファンドも苦境に陥った。

第二次世界大戦後、ヘッジファンドという組織を創ったA.W.ジョーンズから、サブプライムローン危機までを概観します。金融取引がどんどん複雑化し、巨大化していく様子が見てとれます。

 

書評

ヘッジファンドは悪評がつきまとうことが多いのですが、本書では中立か、やや好意的に描かれています。ヘッジファンドは忌み嫌われるが、実際は市場に流動性をもたらし、市場を安定させる、という立場で記述されています。

サブプライムローン危機も、大きすぎて潰せない巨大金融機関がリスクをとりすぎたことを指摘しています。

国民の税金で救済されることがわかっている巨大金融機関の幹部たちは、リスクをとればとるほど得になるのでした。

リスクをとれるだけとって成功すれば、巨額の報酬は自分たちのもの。失敗したら報酬を受け取って退職し、金融機関の損失は税金で埋め合わせます。

ところがヘッジファンドの経営者たちは、救済されないことがわかっているからこそ、リスクを徹底して管理しています。

成功すれば利益は自分のものですが、失敗したなら損失はすべて自分が被ります。サブプライムローン危機の前、かけるレバレッジは巨大金融機関で高く、ヘッジファンドの方が低かったそうです。

ヘッジファンドの幹部たちというと、理数系の博士出身で、投資銀行の業務を経験したあと転職し、人を人と思わず傲慢で、莫大な報酬を受け取り、富をひけらかすような派手な生活をするイメージがあります。

確かにそういう男たち(本書には男しか出てきません。ヘッジファンド創業者は偏執で攻撃的な傾向の人が多いので、性別も偏るのかもしれません。)が多く出てきます。この手の人々はあまり好きになれません。

ただそれとは少しずれた人たちも存在し、人間性に興味を持ちました。それにしても本当に無数の人々が、莫大な富を求め、考えつくありとあらゆる方法で市場に勝とうとしてきたことがわかります。

投資の方法論がどのように進化してきたかを知る読み物としても使えます。
(書評2014/10/19)

「リーマン・ショック・コンフィデンシャル」 アンドリュー・ロス・ソーキン(著)

 

おそらく第二次世界大戦後で最も深刻だった、金融危機の話です。当時何が起こったのか、経済書としても読める一級のエンターテインメントです。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

2008年の世界的な金融危機に興味がある人。

 

要約と注目ポイント

サブプライムローン危機

サブプライムローン危機は、ベア・スターンズのヘッジファンド破綻とBNPパリバのマネー・マーケット・ファンドの返金凍結という形で、2007年8月に姿を現し始めた。

物語は、2008年3月のベア・スターンズ破綻とJPモルガン・チェースによる救済で幕を開ける。ウォール街には不穏な空気が漂っていた。

アメリカ5大投資銀行のうち、最小規模のベア・スターンズは退場した。市場の標的は、次に小さいリーマン・ブラザーズとみなされた。

本書はニューヨーク・タイムズの金融専門記者による、世界金融システムがまさに崩壊しようとしていた日々の記録である。綿密な取材により、危機に肉薄した当事者たちの行動と、極限状態へと追い込まれていくその感情をありありと描いている。

リーマンショック

市場に会社の存続を疑われ、株価が下落しているリーマン・ブラザーズでは、幹部たちが必死の、だが独善的な戦いを続けていた。戦況は一進一退だったが、しかし確実に敗色は濃くなっていった。

またリスクを忘れ巨額の利益を貪っていた巨大な金融機関、メリルリンチ、AIG、ファニーメイ、フレディマックにも猛火は迫っていた。

彼らは危機の直前まで、リスクのことはほとんど気にも留めていなかった。あるいは危険性に途中で気付いた者もいたが、もはや引き返せないところまで事態は進んでいた。

連日の株価下落で追い込まれたリーマンは、めぼしい金融機関すべてと交渉し、FRBにも掛け合い、金策に奔走する。部門売却、合併、買収、スピンオフ、ウォール街の主要金融機関による協調支援。しかし策の尽きたリーマンは、ついに2008年9月15日に破産申請する。

金融危機

すでに瀕死であったAIGにも、リーマンの破綻により審判のときが訪れた。流動性はきわめて逼迫し、残された時間はもうなかった。AIGが生き残るためには、翌日までに500億ドル以上を調達する必要があった。

恐るべきことに、AIGは世界中のクレジット・デフォルト・スワップを3000億ドル以上保護し、1.9兆ドルの生命保険証券を発行していた。市場は疑心と恐怖に包まれ、金融当局の介入は避けられなくなった。

一方、リーマンの次に市場に狙われることが明らかな投資銀行第3位のメリルリンチは、バンク・オブ・アメリカとの合併交渉を進めていた。メリルリンチとバンク・オブ・アメリカの経営者たちは、合併は有益で意味のある行動だと考えていた。

しかし功に逸り、交渉の詰めが甘くなった。帳簿の調べの不正確さは、バンク・オブ・アメリカを窮地に追い込むことになる。

5大投資銀行のうちすでに3行が消滅し、危機は第2位のモルガン・スタンレーにも飛び火した。金融システムが目詰まりし、資金を必要とするヘッジファンドがモルガン・スタンレーに償還を求めていた。モルガン・スタンレーは1800億ドルの資金を確保していたが、24時間で200億ドル以上も引き出された。

市場はモルガン・スタンレー、そしてゴールドマン・サックスの破綻をも想定し、動いていた。これらが実現すれば、金融システムは完全に崩壊し、世界大恐慌の再来となるだろう。

モルガン・スタンレーは最後の救済先と目される、中国の政府系ファンドCICとの交渉に臨んでいた。CICの提示した投資条件はきわめて不利なものであったが、すでに流動性残高は400億ドルとなっていた。そのとき、三菱UFJより接触があった。

介入

月曜早朝にリーマンが破綻した激動の一週間が終わろうとしていたが、事態は全く改善していなかった。

財務省と連銀は週末、力ずくでもモルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスをどこかの銀行と合併させ、銀行持株会社にして破綻を回避しようとしていた。そして恐慌を防ぐ最後の策として、不良債権を7000億ドルで買い上げる法案を準備した。

三菱UFJがモルガン・スタンレーに90億ドル、ウォーレン・バフェットがゴールドマン・サックスに50億ドル投資することで、2行の危機はひとまず遠ざかった。

しかし、ワシントン・ミューチュアルが破綻し3000億ドルの資産が差し押さえられ、ワコビアがウェルズ・ファーゴに買収されるなど、市場の動揺は続いた。そのようななか、財務省の法案が下院で否決され、株式市場は暴落する。

財務省の救済法案は修正され、取り込み工作で何とか成立したものの、株式市場は安定せず、なお下落していた。金融システムを維持するため、当局はついにすべての金融機関への強制的な資本注入を決断するのだった。

よくぞここまでと言うほど、しっかり取材されています。それでも、世界に波及した金融危機の全体を理解するのは、かなり難しいです。金融危機の歴史的評価も、これからです。

 

書評

精緻な取材と調査、読ませる構成力はさすがプロフェッショナルです。面白い。

私は経済のことは、よくわかりません。しかし2008年当時はさらにわかっておらず、リーマン・ショックで何が起こっているのかさっぱり理解できませんでした。ただひたすら社会の底が抜けたような、不安と興奮を感じていました。

あのころを思い起こすと、毎日、日経平均株価が1000円上下していたような気がします。もう少し正確に言うと、一歩進んで二歩下がる塩梅で、日経平均が15000円から7000円になっていました。

百年に一度の危機だと言われ、それはちょっと言い過ぎのようでもありましたが、現在も世界経済は低迷しています。

サマーズ元財務長官が主張するように、米国や先進国は長期停滞に陥っているのかもしれません。リーマン・ショック以前の、投資をすればするほど儲かるという感覚がもう夢のようです。

リーマン・ショックが歴史的転換を示したとすると、私たちはリーマン・ショック後の世界を生きることになります。それは、将来が今より豊かになることはないと考えながら、慎ましく生きる世界です。

ひっそり慎ましく、経済成長なく変化なく生きていく。と予想しつつも、金融危機の後始末はまだ終わっていないようにも思われます。

借金をしてレバレッジをかけて今を豊かに生きることは、将来につけを回していることと同義です。まだつけを払い終わっていないようです。

欧州にデフレが迫っていますが、これはユーロの構造的欠陥でしょう。中国の不動産バブルは、清算のときが近づいているようです。日本の財政は、現在の形では持続不可能です。

どれをとっても、巨大なショックをもたらす問題です。金融危機は去ったような空気もありますが、そう遠からず再び現れるのでしょう。
(書評2014/10/04)