「フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち」 マイケル・ルイス(著)

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超高速取引では不正が行われている!
大スキャンダルを告発した経済書にとどまらず、娯楽読み物としても高いクオリティを持つ本です。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

超高速取引に関心がある人。市場の取引の実態に関心のある人。

 

要約と注目ポイント

超高速取引の幕開け

2009年夏、ゴールドマン・サックスに勤務していたロシア人プログラマーがFBIに逮捕された。それと同じころ、シカゴ・マーカンタイル取引所のデータセンターと、ニュージャージー州カーテレットのナスダック証券取引所データセンターをケーブルで一直線につなぐため、秘密裏にトンネルが掘られていた。

2008年、ひとりの男が、回り道をする既存の通信回線を使わず、直線でマーカンタイルとナスダックを繋げば、すべての裁定取引で利益をあげられると閃いた。男は協力者を募り、2010年にケーブル工事を完成させた。

完成直前に、ウォール街にこのプロジェクトは売り込まれた。裁定取引を行う業者は400社。ケーブルの容量は200社分のみ。さらに契約には、ケーブル利用に際し自己勘定取引はできるが、ブローカー業務を行う顧客とはケーブルを共有できないという制限事項が盛り込まれていた。

自ら超高速取引を行う会社のみが、利益を得られる構図になります。

カナダ人株式トレーダー登場

株式市場の取引は、今では人間ではなくコンピュータが遂行している。2007年ごろより、ブラッドという名のカナダ人株式トレーダーが、市場で提示されているはずの価格で約定できないという問題を抱えていた。また取引所の数が増え、同じ銘柄を異なる手数料の体系で売買するようになっていた。

不可解な損失が続いていたそのころ、大手ブローカーによるダークプール(私設取引所)が数十も生まれていた。ダークプール内の売買取引は、公表されていなかった。2009年5月、証券取引所が、手数料を払う超高速取引業者に、他の業者より早く取引情報を知らせていることが明らかになった。

ブラッドはチームを組んで、調査を開始した。調べていくと、数々の謎がつながりだした。約定しない原因は、注文がそれぞれの取引所までに届く所要時間の差によるものだった。ミリ秒単位の差であった。

その差を利用し、超高速取引業者は他者の売買注文の先回りをしていた。誰かの買い注文を察知すると先回りして買い、そのあとで注文者に高く売りつけるのだ。

2000年代半ばより、超高速取引業者や大手投資銀行、ヘッジファンド、無名のプロップ・ショップ(自己勘定取引を行う会社)までが、取引所要時間を短くすることに血眼になった。金融業界への野心を秘めたひとりの技術者が、引っ張りだこでその仕事にあたっていた。

しかし技術職としてこき使われることに飽き飽きしていたその男、ローナンは、超高速取引の専門家を探していたブラッドに引き抜かれる。取引に通じたブラッドと、業界の通信システムを知り尽くしたローナンが出会ったことで、超高速取引業者の手口が明らかになった。

顧客の注文を処理するブローカーは、複数ある取引所にどのような順序でどれだけ発注されるか、普通は気にしない。そのため取引の際に、手数料を払うのではなく、報奨金(!)がもらえる、超高速取引業者が設立したダークプールに誘い込まれる。

その餌場であるダークプールで、ブローカーの注文の全体像を超高速取引業者は読み取る。他の取引所に先回りして該当する株式などを買い占め、直後にブローカーに高く売り渡す。

ひとりの株式トレーダーが、私設取引所の秘密を解き明かしていきます。超高速取引業者は、トレードしているすべての機関投資家や個人投資家から、広く薄くお金を巻き上げていました。

反撃

ブラッドは、投資家たちにこの現実を説明して回った。資産運用や投資信託の大手、フィデリティやバンガード、T・ロウ・プライスやジャナス・キャピタル、有名ヘッジファンド経営者のデイヴィッド・アインホーンやダン・ローブ、ビル・アックマンといったプロの投資家たちも、超高速取引で食い物にされていることを知らなかった。

2010年5月6日にフラッシュ・クラッシュが起こると、投資家たちの疑念はますます深まった。ダークプール内部での取引は、いっさい投資家に明かされていない。ダークプール内で、いったい何が行われているのか?

フラッシュ・クラッシュの数か月後、再び市場で奇妙な動きが始まった。その裏に、スプレッド・ネットワークスという会社が存在した。マーカンタイル取引所とナスダック取引所をケーブルで結んだ、あのプロジェクトの会社である。

そもそも、なぜこのような先回りの取引が認められるようになったのか。原因は、2007年に施行された全米市場システム規約にあった。ブローカーが顧客の利益を守るため、最も有利な価格を提示している取引所から順に、注文を送る義務を負うようになった。

だが、通常の投資家と、超高速取引業者が認識できる市場価格は異なっている。超高速取引業者はマイクロ秒単位の価格がわかるので、秒単位の価格を見て行動する投資家には常に勝てる。

超高速取引業者のやり方を知ったブラッドのチームは、対抗できる注文システムをつくった。どの取引所にも時間差なく発注するシステムで、ソーと呼ばれた。すでに投資銀行と超高速取引業者は、共犯関係になっていた。

大手投資銀行が支配する世界で、どうやって顧客の利益を守るのか。証券取引委員会、メディア、世論の動向を見ながら、ブラッドはひとつの結論に達した。投資家のために存在する取引所を、自分たちで設立する。

私設取引所が数多く設立されたことが、超高速取引を生みました。実態に合わない金融規制が、超高速取引業者を跋扈させます。

新取引所と弱肉強食の世界

内向的なロシア人プログラマー、セルゲイがゴールドマン・サックスに採用されたのは、2007年だった。超高速取引が巨大市場となったにもかかわらず、ゴールドマンはあまり稼げていなかった。ゴールドマンのシステムが、古臭かったためだ。

2年間、セルゲイはつぎはぎだらけのシステムの改善に従事した。退職時に、自分が取り組んだソース・コードを自分あてにメールで送信した。

ブラッドは銀行を辞め、取引所設立の準備を始めた。出資を募るため投資家を回り、人材集めに奔走した。集まった人材はそれぞれの知恵を出し合って、いかさまができない公正な取引所の構築に力を尽くした。

だがそもそも、市場の取引の7割を占める大手投資銀行が、示し合わせて新しい取引所に注文を送らなければ、開設した取引所は失敗に終わる。超高速取引とダークプールで巨額の利益をあげる投資銀行が、顧客のために利益の見込めない取引所へ注文を送るだろうか?

新取引所設立前、そして設立後も嫌がらせは続いたが、驚きの反応もあった。ゴールドマンが、新取引所に好意的だったのだ。ゴールドマンは、超高速取引とダークプールの分野で、従来の株式市場ほどの力を発揮できないことに気付いていた。また、超高速取引とダークプールが、資本市場そのものを不安定にするのではないかとも心配していた。2013年12月19日、ゴールドマンが初めて大口の注文を流してきた。新取引所の未来が垣間見えた瞬間だった。

セルゲイの持ちだしたコードは、転職先では全く役に立たないものだった。用途もプログラミング言語もまるで違っていた。コードを転送した動機は、彼自身の言う通り、コードへの習慣的な興味のためとも思われた。コンピュータおたくが、自分の関心ごとだけを大事にするように。ではなぜ、ゴールドマンは急いでFBIに通報する必要があったのだろうか?

マイクロ波の信号は、光ファイバーの通信より1.5倍ほど速い。スプレッド・ネットワークス社が通した一直線の光ファイバー・ケーブルに沿って、今、38基の電波塔が立っている。

公正な取引所は、多くの人たちに恩恵をもたらします。しかし、強欲に支配された金融市場の性質は、簡単に変わるものでもありません。

 

書評

「世紀の空売り」を読んで、マイケル・ルイス氏の本は面白いなと思っていました。本作も面白いです。でも、読んだ後に少し嫌な気持ちにもなります。本当にこんなことが起こったのでしょうか。今はどうなのでしょうか。ウォール街では何でもありか、と思います。俺のものは俺のもの。顧客の利益も俺のもの。損失は顧客だけのもの。というジャイアニズムを感じます。

本書を読んで、超高速取引のフロントランニングという問題が、実は社会に重大な影響を与えているとわかりました。しかし、事態はかなり複雑です。私は全くの門外漢ですが、金融に相当興味を持っています。そのように興味のある人間でも、読んでいてなかなか事情が理解できませんでした。金融や経済に関心のない人は、本書の内容は全然わからないでしょう。

経済に興味がない大部分の国民は、超高速取引などどうでもいいと感じます。ところが、超高速取引業者が食い物にしているのは、大手の機関投資家です。大手の機関投資家というのは、年金や保険です。結局、一般国民の小口の掛け金や積立金の運用から、超高速取引業者は利益をあげていることになります。

超高速取引業者の必勝法は、だいたい以下のようなものらしいです。

公設の取引所に手数料を払い、普通の投資家より早く、売買注文や価格といった情報を入手します。投資銀行や証券会社に金をつかませ、彼らの顧客の注文を引き受けたり、情報を得たりします。さらに自身でダークプールを設立し、金で釣って注文を引きつけて情報をとります。こうして投資家の注文内容を推測すると、先回りして注文をします。投資家の買いの前に株を買い占め、差をつけて高く売りつけたり、投資家の売りの前に株を売り、安く買い戻します。

2014年に東京証券取引所が、大型株の呼値の単位を細かくしました。大義名分は、流動性を増やすことです。本書で指摘されていますが、超高速取引を正当化する最大の看板が、流動性の増加です。超高速取引業者は、呼値の単位が細かくなるほど喜びます。本来の投資家同士の売買に、割り込みやすくなるためです。東証の件が超高速取引と関係があるのか、よくわかりませんが。

ほとんどの人が関心を持たず、ほとんどの人に理解できない巨大システムが存在したとします。そのシステムに欠陥があり、その穴にシロアリが集った場合、永遠に巨大システムに寄生し続けます。

現代の社会はあまりに高度化し、複雑になったので、いろいろな分野で巨大なシステムが発生しました。それぞれのシステムが、それぞれの内部にいるほんのひと握りの人にしか理解できなくなっているのも、無理のないことです。システムの穴が塞がれるのは、シロアリ自身が改心して自浄作用を発揮するか、システム自体が崩壊するときだけでしょう。

アメリカ市場では、やることも非常にえげつないですが、自浄作用も内部から生じました。日本に存在する、多くの硬直したシステムではどうでしょう。巨大なシステムも、内部の一個人の行動から変えられると信じるかが、鍵のように思います。
(書評2015/01/25)

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