「イノベーション・オブ・ライフ」 クレイトン・M・クリステンセン/ジェームズ・アルワース/カレン・ディロン(著)

 

「イノベーションのジレンマ」で知られる経営学の著名な研究者が、自身の人生を通して学んだ「生き方」を瑞々しく語ります。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

人生で幸せを感じるにはどうすればよいのか、考えたい人。

 

要約と注目ポイント

・どうすれば幸せになり成功できるのか。どうすれば最愛の人や周囲の人々と、幸せな関係を築けるか。どうすれば誠実な人生を送り、罪人にならずにいられるか。経営研究の手法を用い、これらの問題を考えることにした。

「自分の人生を評価するものさしは何か?」という問いに、本書が役立つことを願う。

・人生の難題に簡単な解決法などないし、求めるべきでもない。ただし、人生の状況に応じて適切な選択をする助けになるツールがある。それは理論だ。理論とは、「何が、何を、なぜ引き起こすのか」を説明する、一般則である。

・理論を使えば、「何を考えるべきか」ではなく「どう考えるべきか」がわかる。優れた理論であれば、分類と説明、そして将来の予測に役立つ。

人生の解答を、経営学の方法で探します。

 

仕事で幸せになる理論

・達成したいことにどうやって到達するか、を示すのが戦略である。

自分のキャリアの戦略では、自分の時間や労力、能力という資源をどう配分するかを決める。人は自分のキャリアをこうしたいという意図を持つが、予期しない機会や脅威が現れてくる。そのため、戦略として計画を立て、予期しない事態に遭遇したときより良い選択肢を見きわめ、戦略を修正しながら資源を適切に配分する、というプロセスを続ける。

人生でも、自分が持つ資源を適切に配分することが、幸せにつながります。

①優先事項について考える。

優先事項とは、意思決定を行うときの基本となる判断基準である。真の動機づけとは、人に本心から何かをしたいと思わせる。

仕事は、衛生要因で考える。(衛生要因とは、衛生状態が悪いと健康を害するが、衛生状態が良くても健康は増進しない事実からつけられた用語。)報酬は衛生要因であり、低かったり不平等だと不満を持つが、高くても不満を感じないだけで、仕事が好きになるわけではない。

自分にとってやりがいがある、貢献している実感がある、などの要因は真の動機づけとなり、仕事への愛情を生み出す。キャリアでは真の動機づけとなる要因を求め、優先事項として指針にせよ。

真の動機づけとなる要因が、仕事を好きにします。

②幸せなキャリアの計画と、予想外の事態のバランスをとる。

どのようなときに大好きな仕事を探す計画を進め、どのようなときに予期しない機会や脅威を創発的に受け入れるか。この戦略の選択が大切である。

戦略の選択肢には2つある。1つは、機会を予期し意図的に追及する戦略。もう1つは、意図的に戦略を進めると発生する問題や機会により、戦略を修正する創発的戦略である。

動機づけ要因(やりがいや自分の目的など)と衛生要因(報酬や職場環境など)の両方を満たす仕事に就いているなら、そのまま意図的戦略に基づき目標達成をめざそう。こうした条件に欠けているなら、創発的戦略で仕事をしていくべきだ。

戦略が成功するかは、どんな仮定の正しさが証明されればよいのか考える。いま検討している仕事で自分が幸せになるためには、どんな仮定が立証されなければならないのか?

想定外な人生の出来事に、どのような戦略を採るべきか、考えさせられます。

③戦略通りに資源を分配し、実行する。

戦略は資源が実際に配分されて、実行できる。自分の時間、能力、お金を、自分の意向に沿って使う。資源が分配されなければ、戦略は実行したことにはならない。

人も企業も、長期的な成功をもたらす取り組みよりも、目先の満足に飛びつく傾向がある。長期的な戦略を立てても、短期的に利益や結果が得られることに取り組んでしまう。人は資源配分プロセスを意識的に管理しなければ、心や脳のデフォルト基準で配分してしまう。

幸せな人生を送るためには、自分の資源を正しく配分しなければならない。資源配分を誤れば、不幸の原因となる。毎日の資源配分が、自分が実行したい戦略に合致していなければ、なりたい自分にはなれない。

 

家族や友人との関係を幸せにする理論

・結果がすぐに出る仕事に資源を配分しがちだが、キャリアは人生の優先事項の中のひとつに過ぎない。すぐに結果は出ないが、長期的に大切な優先事項は家族、友人、健康、信仰などであり、意識してこれらに時間と労力を費やすべきだ。忍耐強く努力を続けて、幸せな関係を育もう。

①家族や友人に対し、今から継続して時間と労力を使うこと。

新規事業の初期段階では、少ない資金でなるべく早く実行可能な戦略を見つけることが大切だ。初期段階で大金を使い、急速な成長をめざすと失敗する。有効な戦略が見つかれば、資金を使って利益より速い成長をめざすべきである。つまり企業は、主力事業が好調なうちに気長に、あまり資金をかけず新規事業に投資しておくのが良い。

人生でも、家族や友人と愛情に満ちた関係を築くという意図的戦略があるのだから、時間と労力を継続的に使う必要がある。将来に向け、今から資源を配分すべきだ。今忙しいので資源を投資しなくても、あとでまとめて時間を使えば埋め合わせられる、と考えるのは間違いだ。

人間関係では、長い目で見た資源配分が幸せを生みます。

②相手の片づけるべき用事を理解し、献身的に片づけを手助けする。

顧客は、自分の用事を片づけたいので製品やサービスを買うのだ。生活の中で「用事」ができ、「用事」を片づけるために、製品やサービスを「雇う」。企業は、顧客の「用事」を理解することが大切だ。

夫婦の関係でも、相手の抱えている用事と、自分が想像している相手の抱える用事は、ずれている場合が多い。これは夫婦間の不幸になる。片づけなくてはならない用事をお互いに理解し、確実にうまく片づける夫婦は、結婚生活が円満となる。大切な人が、何を大切と思っているか理解することが重要だ。

大切な人が大切だと思っていることのために、献身的になることは、相手への愛情も深める。

相手の「用事」を知ることは、相手の気持ちを理解することにつながります。

③子育てでは、問題に挑戦させ自力で解決させよう。そして価値観は、親が自分の行動で示そう。

企業が業務をアウトソーシングするとき、能力という概念を理解しておく必要がある。将来に必要な能力、社内にとどめるべき能力、重要度の低い能力、これらを区別する。能力は、資源、プロセス、優先事項の3つに分かれる。

子育てでも、資源、プロセス、優先事項の能力モデルを応用する。

資源(知識や習い事)はたくさん与えがちだ。だが、責任を持って問題に取り組む、解決のため試行錯誤する、他人と協力するなど、プロセスを学ばせることが大事である。

子供が人生で何を最も優先させるかが、優先事項になる。優先事項は価値観であり、これは親が自分の行動を通して、子供が学ぶ準備ができたときに示す必要がある。

④子供が人生で必要な能力を養えるような経験を、繰り返し計画して与える。

人材登用では、経歴の素晴らしい人が有能だと考えがちだ。しかし、仕事で適切な経験を積み、大きな利害のかかるストレス下の状況で対処する方法を学び、スキルを磨いてきた人が能力を発揮する。能力は、さまざまな経験や、失敗や成功を通して開発され、形成される。

子供にも、将来成功のため必要になりそうな経験を考え、それと似た経験をさせるのだ。人生で必要となる能力を養うのに役立つ経験を洗い出し、それらの経験を与える機会をつくろう。

良い経験を積むことは、子供の成長に役立ちます。

⑤良い家庭文化を意識的に築き、子供に正しい行動をとらせる。

困難な状況でも、子供が選択肢を正しく評価し、賢明な選択を行うようになって欲しい。そのためには、子供の優先事項を正しく設定してやる必要があり、ここで家庭の「文化」が重要な役割を果たす。

企業にも「文化」はあり、共通の目標に向かって協力して取り組む方法である。頻繁に用いられ成功する方法なので、従業員は自律的に文化に沿って行動する。文化は、プロセスと優先事項が組み合わさったものと言える。

家庭でも、自分たちにとって大切なことを意識的に選び、それを強化する文化を設計できる。家族でどのような活動をするか、どのような成果を達成するかを考え、実行するのだ。家族一緒に物事に繰り返し取り組むことで、どうやって問題を解決するか、何が大切かという共通の理解が生まれる。

良い家庭の文化をつくると、子供は自然と正しい行動をとるようになります。

 

犯罪をおかさないための理論

①倫理的ルールでは、一度たりとも妥協しない。
ある市場を支配する大企業が、破壊的だが資本の乏しい小さい新規参入企業と競合した場合、2つの考え方がある。1つ目は新規参入者に対抗し、まったく新しいものをつくる方法で、総費用で表される。2つ目が既存資産を活用する方法で、限界費用と限界収入で表される。

このとき圧倒的に限界費用が総費用より安いので、大企業は既存資産を活用する方針を取りがちだ。しかし限界費用を意識した方針では、いつの日か競争力を失い、市場そのものが奪われるときが来る。

人生においても、決めたルールを一度だけ破るのは、大した問題ではないように思える。一度ルールを破る限界費用は、ほとんどないように感じる。しかし一度ルールを破ると、一度では済まなくなり、最後には総費用以上の、すべてを失うことになる。

人間は弱いので、一度ルールを破ると止められません。はじめの気持ちが大切です。

 

目的を持つことの大切さ

偉大な企業は、目的を持っている。

企業の目的には、自画像、献身、尺度という、3つの部分がある。自画像は、企業が最終的な目的地にたどり着いたときのイメージである。献身は、その目的を実現するために経営者と従業員が深い献身をもつことである。尺度は、経営者や従業員が進捗を測るために用いるものさしである。

人生でも、目的を持たなければならない。目的は明確な意図をもって構想、選択し、管理しなければならない。そして目的に向かう道は、創発的である。自力で自画像を描き、自分がなりたい人間になるために献身し、自分の人生を評価する尺度を理解することだ。

人生の目的は、自分で探して自分で決めよう。著者クリステンセンの後押しです。

 

書評

超有名な経営学者である著者が、実に青い誠実な「生き方」の本を書くことに少し驚きました。ビジネスの世界の研究で長い年月を過ごし、合理的な思考に浸かり、名を成した人が、このように(良い意味で)青い考えを説くのは意外でした。

何と言うか、熱い理想に燃える若者のような、それでいて人生の深淵を歩いてきた老人が書いたような、さわやかでしんみりとした人生指南書です。

いきなり驚いたのは、エンロンでとんでもない粉飾をしたCEOのスキリングと、ハーバードビジネススクールの同級生だったことです。同級生のころは、そのような違法行為を行う人間ではなかったと言います。

そのほかにも、年月を追うごとに、素晴らしい能力を持って輝かしい私生活を送っていたはずの何人かの同級生が、仕事や家庭に深刻な問題を抱えているのを著者は目撃します。

なぜこうなってしまったのか。著者はその疑問を、冷静な知性と温かい誠実さで解こうとします。

人生の幸せに役立つという本書の理論ですが、キリスト教の道徳観が強く反映されていると感じました。当然ですが著者の価値観通りに、自分が生きる必要はありません。ただ経営学の教授らしく、理論は合理的に語られ、わかりやすく提示しているので、すっきりしていて理解しやすいです。人生に悩んだときの、ひとつの道しるべとして参考になります。

なお、本書の邦題は「イノベーション・オブ・ライフ」ですが、原題は「How will you measure your life?」です。おそらくは、原題が忠実に著者の考えを表しています。

「自分の人生を評価するものさしは何か?」という問いに、自分で考えて答えることが、自分にとっての幸せにつながるのでしょう。

それにしても著者のクリステンセンという人は、面白いと思いました。若手教授だったときに、インテルの会長から直接話を聞きたいと言われ、喜び勇んでインテル本社に行ったエピソードなどはいいです。

会長に「問題が発生したから10分しか時間を取れない、10分でインテルに何が必要か説明してくれ」と言われても、「アンディ、それはできない、まず理論を知る必要がある」と返し、理論、そして無関係の他の業界の話をしていくところは楽しいです。忙しい会長が苛立っても、「アンディ、それはできない」と二度突っぱねるところは面白いです。

無関係の業界の話のあと、インテルがどういう戦略を採るべきかについて、会長が自分で完璧に思いつくところなど素敵です。「イノベーションのジレンマ」は未読ですが、読んでみようと思いました。
(書評2015/10/26)

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