「新クリエイティブ資本論」 リチャード・フロリダ(著)

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新しく台頭する階層を描き、大反響を巻き起こした「クリエイティブ資本論」を、10年ぶりに全面改訂!

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

現在の経済で主役となる階層に、興味がある人。

 

要約と注目ポイント

・経済や文化を変化させる、長期的かつ潜在的な力は何か。それは経済を成長させる力をもつクリエイティビティと、新たな社会階層「クリエイティブ・クラス」である。

・クリエイティブ・クラスにより、カジュアルなスタイル、柔軟な勤務体系、個人志向、多様性の尊重、実力主義といった価値観が社会に広まった。都市に求められる価値も、快適な居住性、清潔さ、緑の豊かさ、持続可能性などに変わった。

・本書の主張は、
「誰もがクリエイティブである。すべての人が持つクリエイティブな力を引き出そう。ひとりひとりのクリエイティビティを尊重し、育成する社会を構築しよう。それは開放性と多様性に満ちた社会だ。」
である。

クリエイティブな人々が、新たな階層として台頭してきました。これらの人々が、経済の形を変え、社会を革新します。

クリエイティブとは

クリエイティビティとは、役に立つ、意義のある、機能する、(それが作られるまで明確ではないが)何か新しい形態を作り出す能力である。多様なクリエイティビティを育成するには、それに適した多様性のある社会的・経済的環境が必要となる。クリエイティブな人材が集まることが大切なので、ビジネスではどの場所(都市)を選ぶかが大きな意味を持つ。

・報酬を何から得ているかで、階層が分かれる。(労働力比率と報酬比率はアメリカのデータ)
「クリエイティブ・クラス」は労働力の30%強で、知的および社会的スキルを使う頭脳労働で報酬を得る。賃金総額の半分以上を占め、他の2つの階層の倍近く稼いでいる。
「ワーキング・クラス」(労働力の約20%)と「サービス・クラス」(労働力の45%強)は、決まりきった仕事や肉体労働で報酬を得る。

クリエイティブ・クラスは、3つのTがある、大都市圏か中小規模の大学都市に集まる。3つのTは、技術(technology)、才能(talent)、寛容性(tolerance)である。

・クリエイティビティとは、知性も当然含むが、統合する能力のことである。また(他人の批判にへこたれないように)自信リスクをとる能力も含む。
多面的で経験的なものなので、長い時間をかけ修練し、集中し、多大な努力をする必要がある。協力者も要るので、他人をまとめて組織的に取り組む能力も含まれる。

・クリエイティビティは、収穫逓増の性質がある。誰かのクリエイティビティに手を加え改良し、新しい形態のクリエイティビティが複数生まれ、さらに蓄積されていく。

新しく価値のあるものを生み出す能力が、クリエイティビティです。クリエイティブ・クラスは頭脳労働者で、都市部に集まります。

 

クリエイティブ・クラスの特徴

・クリエイティブ・クラスと人的資本(学位)に相関関係はあるが、一致しているわけではない。クリエイティブ・クラスは賃金が高く、失業率は低い。またクリエイティブ・クラスが多く住む地域も、失業率が低くなる。

・ワーキング・クラスは減少している。退屈で単純な作業や、機械で制御された作業を行い、賃金は低めである例が多い。失業率は高く、景気後退局面で特に高くなる。サービス・クラスの労働人口は一貫して増加しているが、賃金は一番低い。失業率は高めである。

・クリエイティブ・クラスと、ワーキング・クラスおよびサービス・クラスとの間には、収入や経済的保障の格差だけでなく、ライフスタイルといった面でも差異があり、固定化している。

・政治学者のイングルハートは、世界的に価値観が、経済成長からライフスタイルを重視する方向へ変化していることを指摘した。このように変化した価値観は、クリエイティブ・クラスと共通するものである。クリエイティブ・クラスは、体制の内側にいる、社会の主流派なのだ。

・クリエイティブな人々の働く意欲をかきたてるのは、クリエイティブな仕事からの内発的報酬である。

クリエイティブ・クラスは増えており、収入も高いです。生活の質を大切にする価値観を持ちます。

 

クリエイティブな仕事への変化

労働者は、フリーエージェント化が進んでいる。良い面としては、労働の自由度が増し、時間帯や条件を選んで、充足感が得られる仕事に専念できる。悪い面としては、やりたいと思う仕事は競争が激しく、収入が低くて安定しない。

・非正規社員や派遣社員などの比率が上がり、会社は社員の人生のリスクを引き受けなくなってきている。今日の労働者は、自分の仕事や生活に、より自分で責任を負うようになった。

・クリエイティブな頭脳労働者には、カジュアルなドレスコード、柔軟な働き方、大学の学生寮のような楽しそうで相互作用的な空間、を用意することが求められる。
オフィス環境としては、共通の知識や関心を土台としながら、互いに異なる見解を提示できる人々が、相互に接触しやすい構造が望ましい。

・クリエイティブな労働者は、内発的報酬で動くので、長時間労働となりやすい。常に、新しく効果的な方法を迅速に考案し実行しようという、過酷なストレスがかかる。

クリエイティブ・クラスは、自由な働き方を望み、相互作用から成果が生まれます。ただし、何事も自己責任で、過重労働になりがちです。

 

高濃度な時間と経験を求める

・テクノロジーが進歩するほど、時間を管理しようとする圧力を受けやすい。高い技能を備え高収入の人ほど、忙しく時間に追われる感覚を持つ。時間を濃縮して過ごそうとする(商品を消費することから、経験を消費することへの移行)。

・クリエイティブ・クラスは、濃密でクオリティの高い、心がときめくさまざまな経験を求めている。自分で体を動かす、アクティブで本格的な経験を楽しむ。選択肢を自分でつくったり、幅広く選択できる本物の経験を、クリエイティブ・クラスは好む。

・クリエイティブ・クラスは、その土地に根を張った、その土地特有の有機的に発展してきた文化を好む。このようなストリート文化は、無数の小さな文化の集まりで、多種多様な人々が行き交い、多くの要素が折衷的である。クリエイティビティとは多くのものを合成する営みであり、ストリート文化の多様性、相互性、折衷主義がクリエイティブを刺激する。

クリエイティブ・クラスは、時間を有効に使おうとします。そのため、濃厚で質の高い経験を求めます。

 

クリエイティブ・クラスの考え方

・クリエイティブ・クラスでは、プロテスタントの労働倫理とボヘミアンの倫理が混じり合っている
近代工業社会が成立して以降、この2つの倫理は対立してきた。プロテスタントの倫理は、合理的で実利主義であり、保守的で勤勉を尊ぶ。ボヘミアンは仕事ではなくライフスタイルに基準を置く。
クリエイティブ・クラスは、勉強も仕事も一生懸命であり、遊びも一生懸命である。組織や規律と、自己や快楽とは両立している。

・資本主義社会では、経済面でブルジョアジーとプロレタリアートが対立し、文化面でブルジョアジーとボヘミアンが対立していた。ブルジョアジーはプロテスタント倫理を徹底することで、資本家階級となり、権力を握った。プロテスタント倫理では、人間の感受性や自由な行為、肉体的快楽の可能性を抑圧するので、ボヘミアンは反抗した。

・だがボヘミアンの価値観が存続できるのは、持続可能な経済的基盤があるときだけだ。シリコンバレーが開拓したクリエイティブ精神は、経済力を生む仕事世界と、自由と多様性を求めるボヘミアン的生活世界を、2つとも巻き込み混合させた。2つの倫理を同時に持つクリエイティブ・クラスが、今後の社会の方向性を決めていく。

クリエイティブ・クラスは勤勉かつ、開放的に遊びます。

経済成長とクリエイティブ・クラス

・クリエイティブ・クラスは、寛容で多様性があり、質の高い生活や経験が得られ、自分のクリエイティビティが発揮できて、クリエイティブ・クラスが集まっている場所に住みたがる。
知識主導型のイノベーション経済では、クリエイティブな人々が集まると、相乗効果が生まれる。集積により生産性が高まり、発展し繁栄していく。

・経済的に見ると、クリエイティブ・クラスが集まる地域は繁栄し、ワーキング・クラスが集まる地域は停滞し、サービス・クラスが中心となる地域は、人口と仕事が増えても低賃金のまま、という傾向がある。

・労働者のスキルには、身体的スキル、認知能力のスキル、目標達成のために人と協力する社会的スキルがあり、最後のものが一番大切である。認知能力を使って分析でき、社会的スキルを行使できる労働者は、高賃金が得られる。

・都市の真の経済成長は、人口の増加ではなく、生産性の向上によってもたらされる。人口の規模や密度ではなく、クリエイティブ・クラスの人口比率が高い場合、経済成長も高まる。すなわち、クリエイティブ・クラスにより生産性が高まっている。

・クリエイティブ・クラスを惹きつける場所は、3つのTのほか、4つめのT(territory)がある。これは、仕事や生活をするのにクリエイティブな環境であり、多様でクリエイティブな人々がいて開放的なので自分も参入しやすく、クリエイティブな活動が日々行われている場所である。場所の質が高いと言える。

クリエイティビティが経済を成長させます。場所の質が高いと、クリエイティビティが発揮されます。

都市環境と社会の絆

・従来のコミュニティ(社会資本)は弱体化している。教会、町会、政治団体、同好会などへの参加は減っている。だが今日では、これらの団体に参加したくないと考える人が増えている。
今日では、弱い絆の重要性が増している。強い絆はいくつかなら維持できるが、数が多くなると負担になる。弱い絆はたくさん持てるし、状況で使い分けられ、クリエイティビティにとって有効である。

場所の質が高いと、クリエイティブな人々という多様な労働力と、それを探す企業の厚みのある労働市場という、両方が存在する。良質のライフスタイルも得られる。場所では、多様性、その土地らしさ、シーンも重要。どこに住むかが、人のアイデンティティにもなっている。

・住民がその場所に愛着を持つのは、寛容性があり、社会からさまざまなものが豊富に提供され、建築物や緑地が美しいときである。

・クリエイティブ経済により、人口は都市へと回帰し、都心部へ向かう。郊外では、歩きやすい街が好まれる。快適性や安全性、自転車専用道路や公園など歩きやすさ、公共交通機関へのアクセス、エネルギー効率の良さといった点が望まれるようになった。

・クリエイティブ・クラス、ワーキング・クラス、サービス・クラスは、それぞれ非常に異なる種類の場所に住み、極めて異なる人生を生きる。働き方によって、日常生活の大部分は決まっている。階層間の対立、住む地域同士の対立が目立ち始めた。

・幸福度は、収入やクリエイティブ・クラスの比率と正の相関があり、ワーキング・クラスの比率と負の相関がある。喫煙や肥満などでみると、クリエイティブ・クラスが多く人的資本のレベルが高い都市が健康で、ワーキング・クラスが多い都市が不健康だった。銃による死亡率、歯科受診率などでも相関があった。

・アメリカでは、仕事の種類、収入、教育レベル、政治や文化、健康、幸福というすべての面で分断化され、不平等な社会になっている。貧困や不平等、階層間の分裂を解決するため、新しい制度が必要である。

・すべての人がクリエイティビティを発揮でき、クリエイティブ経済が実現するような、新しい社会契約を構築しなければならない。

経済格差と、それによる社会の分裂をどう解決するのか。アメリカだけではない、世界の深刻な問題です。

 

書評

ビジネス書だと思って読み始めたら、実際は社会学寄りの本でした。典型例で言うと、シリコンバレーで働き高収入を得るような人たちを、ビジネス的に分析する本と思っていました。確かにそういう人たちを扱っていますが、それらの人々が生まれた歴史的背景や社会的位置付け、社会への影響、価値観の変遷、階層としての特徴などを考察しています。

原著は2002年ごろに書かれており、この内容ならば出版時には衝撃的と思われます。反響は大きかったようです。本書は、それから10年後の改訂版です。本文中で著者も述べていますが、今読むと驚きはありません。細部はともかく全体としては、まあこのようなものだろうという印象を受けます。

高賃金で社会的地位の高い層に、本書で指摘するクリエイティブ・クラスが増えているのは事実でしょう。社会的影響力を持つ層では、主流派になりつつあるかもしれません。クリエイティブという概念は理解しにくいのですが、多様性のある都市部を好む、カジュアルなドレスコード、ゲイが住みやすい都市に多い、といった具体例の方が察しやすい感じです。これらの例だと、急成長するIT企業の活動的な社員というイメージです。

ですが本文では、意外と工場労働者の創意工夫みたいなものも、クリエイティビティとしています。ここはけっこう違和感がありまして、こういう工場で製品の改良に熱心に取り組む人たちって、都市部に住むか?という印象です。むしろ町工場的メンタリティじゃないですかね、これ。

思うに、経済格差があまりにひどくなったことを、著者が意識しているのではないでしょうか。クリエイティビティはすべての労働者が持っているし、それを発揮することで賃金も上がり、生活水準も上げられる、という結論に何としても持っていきたい意欲を感じます。

工場労働者でもクリエイティビティが発揮できるとしても、それは期間労働者のような人たちではないでしょう。高度経済成長期のブルーカラーのように、終身雇用でその職場にずっといて、職場に忠誠心もある人です。仕事が人生とかなり一体化しており、仕事の創意工夫に励む感じです。そして仕事に打ち込むことで、人生が報われることがかなり期待できた時代の話です。著者がクリエイティブな工場労働者の例として、一生懸命語るのも、1960年代の著者の父の話です。

しかし本書でワーキング・クラスの衰退を指摘しているように、現在の工場労働者は身分の安定したブルーカラーは少ないように思います。期間労働者ではクリエイティビティを発揮する機会もなく、報酬も得られません。

工場のカイゼン運動を例に挙げ、末端の労働でもクリエイティブだと述べます。しかし、その末端労働者がクリエイティビティを発揮したとして、それに十分な報酬を与えることができるのでしょうか。

著者は、末端の労働者階級からもクリエイティビティを引き出し、適切な報酬を与えてクリエイティブ経済に組み込め、と主張するのですが。その報酬の与える体系がよくわかりません。

本書は現在の経済構造、その上部に位置する階層を知る本として、有意義だと思います。クリエイティブな人々により、新たなビジネスが生まれ、経済成長するというのも納得します。クリエイティブ・クラスの価値観や生活スタイルも、こういう人々だろうなとうなずけるものです。

しかしそこから、すべての労働者がクリエイティブになれるし、格差を小さくできるという主張は、やはり相当楽観的と考えざるをえません。格差を縮小する方策や、労働者からクリエイティビティを引き出す方法を述べていますが、実現はかなり難しいと思います。

途中でよくわからない議論もありました。賃金格差は、クリエイティビティや教育、技能の有無が原因となる。しかしそれは収入格差に直結しないので、ワーキング・クラスやサービス・クラスの労働者も、クリエイティブ・クラスが集中する地域に住めば暮らしが良くなる、と述べていますが、これはちょっと理解できない主張です。

このように、クリエイティブ・クラスを通して、今日の経済構造、社会構造を考えるには有益な本です。その先どうするか。例えば経済格差の解消や、階層間の断絶を解決するにはどうすればよいのか、本書の分析や主張では不十分かと思われます。
(書評2015/10/23)

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