「とてつもない特権 君臨する基軸通貨ドルの不安」 バリー・アイケングリーン(著)

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基軸通貨ドルの力と、その未来を考察します。世界は多極化したと言われますが、経済を考えるとき、まず見るのはアメリカです。アメリカの経済、金融、通貨、市場が世界を動かします。国際通貨を理解するために役立つ1冊です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

為替や通貨に興味がある人。

 

要約

ドルが国際通貨であることで、アメリカはとても大きな利益を得ている。
これは、アメリカが国際政治の主役になるパワーを持ったので、ドルが国際通貨の地位についた。その逆ではない。(ドルが国際通貨だからアメリカが国際政治のパワーを持つようになったのではない。)今後の国際金融市場は、ドルだけでなく他の通貨(ユーロや人民元)も国際通貨になっていく。

・19世紀末まで、ドルに国際通貨としての存在感はなかった。第1次世界大戦前後に、国際通貨としての役割は、ポンドからドルへと移行していった。しかし1930年代の大恐慌で、その動きは妨げられた。

第2次世界大戦後、国際通貨はドルであることが明白となった。
アメリカ以外の中央銀行では、外貨準備はすなわちドルとなった。アメリカの国際収支赤字は、アメリカにとって何の問題にもならなかった。アメリカは無から資金をつくって、外国の資産を買えたので、フランス財務相は「ドルのとてつもない特権」を非難した。

・アメリカがドルを他国に無制限に供給すれば、金とドルを固定価格で交換するという約束が疑わしくなる。だがドルの供給を拒めば決済通貨が不足し、貿易は停滞し世界経済は成長できなくなる。金ドル本位制は、崩壊する運命にあった。ニクソンは、ドルと金の交換を中止した。

ドル切り下げと変動相場制移行のあとも、ドルが外貨準備に占める割合は低下しなかった。産油国がドルを貯め込んだためだった。FRB議長ボルガ―が金利を引き上げると、ドルは持ち直した。ドイツのマルク、フランスのフラン、イギリスのポンド、日本の円、どの他国の通貨も、国際通貨のトップになるには力不足だった。

ドルと拮抗する通貨の候補は、ユーロである。ユーロは、歴史的・政治的な要請から生まれた通貨同盟であり、それが強みでも弱みでもある。ユーロがドルに並ぶには、ユーロ圏の統合を進める必要がある。

・サブプライムローン問題は、大恐慌以来の世界的な金融危機となった。規制のないデリバティブ取引が、危機を招いた。FRBの緩和的な金融政策も、投資家に過剰な自信を持たせ、過大なリスクをとらせて危機を拡大した。また新興国が外貨準備として、流動性のあるアメリカの国債を大量に購入し、アメリカの金利を低下させたことも一因になった。

・金融危機は、ドルが価値を保ち続けるのか、投資家や他国の中央銀行に疑念を生じさせた。しかし現在も、国際通貨はドルである。中国は、世界の準備金をIMFの特別引出権(SDR)に置き換えることを主張している。中国の実際の野望は、人民元を国際通貨にすることだ。将来、人民元は地域的準備通貨や補助的準備通貨になるだろう。だがすぐに、ドルに代わる支配的な準備通貨になることは考えにくい。

・ドルが準備通貨であり、それに続く候補はユーロ、人民元となる。ドルが急落し、基軸通貨の地位を失うシナリオはどのようなものか。
まず、米中の政治的紛争が考えられる。中国がアメリカ国債を売り、金融面から攻撃する。しかしこれは、中国にも多大な損害を発生させる。
財政赤字が制御不能となり、ドル急落と金利急騰の可能性もある。このようなシナリオは、突然発生するのが特徴である。

・ドルが支配的な国際通貨の地位を維持するためには、アメリカ経済が好調で成長を続け、財政が健全であるかにかかっている。

 

書評

国際金融について書かれた真面目な本ですが、割とくだけたところもあります。トリビア的な、豆知識的な話も出てきます。ドルの歴史的な経緯から始まりまして、17世紀に北米に入植してきたときは貝殻が通貨だったとか、ドル記号$は、スペインのコインのペソに由来するとか。

しかし全体は、国際金融通史の説明です。特にドル支配の移り変わりの解説なので、金融史の勉強になります。金融が好きな人は楽しめますが、興味がないと読みにくいかもしれません。

アメリカの威信が傷つき、中国や新興国の威勢がよかった2011年に書かれた本なので、論考も若干そういう傾向にあります。ただ解説自体は古びていないので、国際金融や通貨を勉強するのには役立ちます。

私は特に直近の金融事情に関心があるので、金融危機後の国際金融の部分が面白く感じました。中国は明らかにアメリカの覇権に挑戦しているので、アメリカ国債を売ってくるという事態も考えていました。そうなったらどうなるのか。

ですが意外にも、2015年8月に実現しました。中国がドル攻撃ではなく、人民元防衛のため、為替市場に介入してアメリカ国債を売りました。私はこのニュースを聞いて、かなりビビったのですが、ひとまず市場は落ち着いたようです。

ドルが急落するシナリオは、財政赤字の拡大も指摘しています。あと私が考えるのは、再度の金融危機です。危機ではドルが売られるのではなく、買われる気もしますが。2015年9月、FRBは利上げを再び先送りしました。何となく、量的緩和からの出口戦略に失敗するような、嫌な雰囲気が漂ってきました。量的緩和政策から抜ける前に、アメリカの景気循環が後退局面に入りそうな気がします。金融緩和全開で、緩和余地のない状態で景気後退が始まると、どうなるのでしょう。

そのほか、中国経済は元気がよい前提で書かれていますが、2015年9月の今、かなりヤバいです。「中国は為替市場への介入やドル負債を抱えた銀行への資金注入に、外貨準備の大半を使う必要があるとは考えにくい」と本文で述べていますが、今後、外貨準備を使って介入や銀行への資金注入が行われることもありえます。

日米欧の中央銀行が発生させた金融緩和バブルと、中国経済のバブルの行く末が、これからの世界の進路を決めそうに思います。
(書評2015/09/19)

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