「シフト&ショック 次なる金融危機をいかに防ぐか」 マーティン・ウルフ(著)

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世界的な金融危機は、再び起こるのか?
答えはイエス。
フィナンシャル・タイムズ論説主幹である著者が、2008年に起きた金融危機の原因を明らかにします。金融危機の再発、そしてそれを防ぐ金融システムについて、大局的な視点で考察します。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

2007年から始まった金融危機について考えたい人。金融システムに関心がある人。金融知識がないと、かなり難しい本です。

 

要約

・1970年代、1980年代から現在まで、金融の自由化とグローバル化が進んできた。それにより、経済は成長したが、金融危機も繰り返し発生するようになった

・主流派の経済学者は、その理論に基づいて行動すれば経済は安定し、外的ショック以外の理由では不況にならないと考える。
これは誤りである。安定な状況が、不安定を生む。資本主義経済において、不況は普通に起こる現象だ。不況は外的ショックだけでなく、システム内部から生まれる現象だと理解すべきだ。

・今も変わらず、市場経済は個人の自由を守るために必要なシステムである。現在問題なのは、金融と経済の不安定化、大量失業、格差の拡大だ。金融資本主義の暴走を正して、これらの問題に対処しなければならない。

今回の金融危機のポイント。
現在の金融システムの限界が露呈した。
これまでの経済理論や経済政策は続けられない。
銀行を国家が救済したので、金融自由化の時代は終わった。
金融危機後にとられた財政刺激策は正しかったので、大恐慌は回避できた。
負債を圧縮するため民間支出、消費、企業活動が急低下したので、それを補う政府の財政刺激策は正しい。
財政刺激策を2010年に財政緊縮策に変えたのは早過ぎた。
早過ぎる緊縮策で、失業と経済停滞が生じた。

ユーロ圏危機のポイント。
ギリシャのような国とドイツのような国を同列に扱う、制度設計に無理があった。
ユーロ圏の通貨同盟では、裁量的に通貨を管理できず、銀行同盟もなく、労働者の移動も不完全である。
共通の政策金利が適用される単一金融政策をとれば、財政赤字の国が生じるのは避けがたい。
ユーロ圏の支配者は債権国ドイツで、ドイツは自由競争と財政緊縮策に固執している。
景気が悪い過剰債務国は財政刺激策をとれないので、いつまでも景気後退が続く。
通貨同盟内の赤字国は、資金流入が突然止まると、経済危機に直結する。
黒字国から赤字国の中央銀行への信用供給が止まれば、赤字国はユーロ離脱に追い込まれかねない。
一国でもユーロから離脱すると、ユーロ圏崩壊という深刻な危機に至る可能性がある。
ユーロ圏危機の原因は経常収支の大きな不均衡であり、黒字国と赤字国の両方の調整が必要である。
黒字国(ドイツ)は、ユーロ圏危機の原因は財政収支にある、と誤った認識をしている。

新興国経済のポイント。
金融危機後も、新興国は堅調に経済成長し、中国をはじめとする新興国は大きく台頭した。
新興国が成長を続けられたのは、金融政策、公的債務、財政、外貨準備、経常収支黒字など、基礎的条件が良好だったおかげである。
新興国の成長は減速しつつある。その理由は、資本流入への依存、信用の膨張、コモディティブームの終焉、(特に中国で見られる)莫大な質の悪い投資などである。
高所得国(アメリカ)の金融政策が正常化すると、新興国から資本が流出し、通貨安となり、ドル建て債務の負担は重くなる。大量に発行された新興国債券を保有する投資家に、損失が生じる。
中国は、金融危機前は輸出で、金融危機直後は投資で成長した。これから生産能力は過剰となり、投資需要は急減し、拡大した信用には損失が発生するので、中国経済は減速する。
中国の需要によるコモディティブームは終わり、コモディティ輸出国は大打撃を受ける。

なぜ金融危機が繰り返されるのか。
銀行は、リスクをとって信用を創造し、利益を追求する事業者である。
1970年代後半から、金融の規制が撤廃され、自由化されてきた。
銀行が経済のマネーと信用の大部分を供給しているため、銀行が安全でなくなると、金融システムが崩壊する。
バブルが始まると、人々は借金、投資、消費の規模を拡大させ、リスクを忘れ慢心する。
金融の自由化は、政府より市場が正しいという風潮をもたらした。
経済のグローバル化により、資金調達の規模はグローバル化し、銀行の大きさもグローバル化した。
金融工学の発達により複雑な金融商品が開発され、そのリスクを理解しない世界中の投資家が、巨額の資金で購入した。
規制のかからないシャドーバンキングが、さまざまな資産を証券化して、従来の銀行システム以上に資金を供給した。
シャドーバンキング経由の投資には、極めて大きいレバレッジがかかっていた。
シャドーバンキングは不透明で、そのうえ相互の結びつきが強く、パニックが発生するとすぐにシステム全体に波及した。
金融機関は、誤ったリスクモデルでリスクを計算していた。
金融機関では単年の業績で評価され報酬を得ていたので、インセンティブが短期志向になった。加えて、有限責任会社ではダウンサイド・リスクに下限があるので、経営者や社員は最大までリスクをとりにいき、その結果発生した損失は納税者の負担になった。
規制当局は規制を緩めすぎて、金融機関が過剰なリスクをとるのを放置した。
中央銀行は、インフレが安定すれば経済が安定するという、誤った考えを持っていた。

金融危機の原因となった、マクロ経済の問題は何か。
経済収支の不均衡は、金融危機前までに拡大していた。大幅な資本純輸出国は、①中国とアジア新興国、②高齢化の進む高所得国(日本とドイツ)、③産油国。資本純輸入国は、アメリカとヨーロッパ周縁国。
経済収支の不均衡は、マクロ経済を不安定にする。
金融危機の根本原因は、世界的な貯蓄過剰(投資不足)にあった。
世界の需要不足をアメリカが引き受けたので、金融緩和政策をとる必要が生じた。
貯蓄が過剰であれば、利子率か生産・所得を通じて調整される。
不況になると消費と貯蓄が減少し、貯蓄意欲が高まり、経済は縮小し続ける。
実質金利の低下は、経済の長期の実質リターンが低下する前兆であり、はじめに長期資産の価格が上昇する。
実質金利が低下すると、短期的には資産価格が上がり、中期的には信用ブームが起こり、長期的には住宅価格が暴落して金融危機となる。
多くの高所得国で家計の負債が膨張しており、民間の負債の焦げ付きは、公的債務危機を発生させる。

なぜ経済学は間違ったのか。
新古典派経済学は、金融抜きのマクロ経済理論を構築した。金融論は、マクロ経済学抜きのファイナンス理論を構築した。マクロ経済とマネーの相互作用を理解しなかった。
これまでの理論では、信用の拡張は中央銀行が利上げで防ぐ。しかし、資産価格の上昇と信用の拡張がインフレと密接な関係になければ、中央銀行は信用危機を防げなかった。
ケインジアン、ポストケインズ派、オーストリア学派、シカゴ学派、それぞれの理論の検証。

金融の規制改革。
これまでの金融の規制では、危機は繰り返し起こる。現在検討されている規制改革案は、既存のシステムの延命策である。そのため、大規模な金融ショックを予防することはできない。
レバレッジの上限を定めることと、自己資本を大幅に積み増すことを、銀行に強制する必要がある。
裁量の余地の小さい、自動的に実施されるようなマクロプルーデンス政策が必要である。

マクロ経済の持続可能な均衡を取り戻すには。
危機後の停滞した経済を成長の軌道に乗せることと、民間の貯蓄過剰を解消することが必要となる。
2010年に緊縮財政策へ転換したのは早過ぎた。財政政策の比重を高め、金融政策の比重を下げた方が良かった。高所得国は需要不足により、停滞に陥っている。
過剰な負債に対処するため、需要を拡大し、金利を下げ、負債の再編・削減をする戦略が求められる。
金融の自由化で格差が拡大し、多くの人の実質所得が下がり、そのため需要不足が生じた。需要不足は信用ブームで代替したが、信用ブームは崩壊し、政府が最後の支出者となり、公的債務が積み上がった。これらは、経常収支の不均衡と関係している。
資本輸出国が為替レートに介入して、経常収支が不均衡となっている。純貯蓄が黒字国から新興国・途上国に流れるように、グローバルな改革が必要である。
高所得国の構造的な需要不足には、政府が通貨を創造し、刷るお金の量を中央銀行が制御するという、財政ファイナンスも戦略として検討できる。

 

書評

インフレ率を低く抑えて、金融を自由化すれば、経済は永続的にうまくいく。
著者はこのような主張を、本書で批判します。この主張は、今までの経済学者や当局者の主流でした。揺らいではきましたが、現在でも、主流派に位置しているようです。

1997~1998年のアジア金融危機などを見ると、主流派は金融危機の起こった国に対して、厳しい態度をとります。金融危機で資金が流出するなど、経済が厳しくなった国に、緊縮政策をとって財政を黒字化するよう求めたりします。金融危機の続くギリシャに対するドイツのように。ギリシャへのIMFの対応を見ると、最近は少し変わってきたのかもしれませんが。

金融危機が起きている国に、個別の事情を考えず、一律に金融引き締めを求める。金融危機が発生したのは、経済水準をはるかに上回る身の程知らずな生活を、借金によって続けてきたからだ。
あらゆる国に、個別の事情や経済の成長段階を考慮せず、金融の自由化を求める。すべての国が金融を自由化し、グローバルに結合すれば、すべての国が経済成長する。
金融自由化が達成され、中央銀行がインフレ率を低く維持できれば、経済はずっと安定し成長を続ける。

これまでの経済学の主流派は、このようなかなり傲慢で独善的な理論で、政策を進めてきました。効率的市場仮説も、この流れにあるのかと思います。市場に任せると、すべてのことがうまくいく。

私は統制経済がうまくいくとは思いません。
しかし、ITバブル崩壊のショックから回復するため金融緩和し、そのためサブプライムローンのバブルが発生しました。サブプライムローンなどの不動産バブルは、世界的な金融危機に発展しました。この金融危機から回復するため、世界中の中央銀行が、歴史上例のない、超金融緩和を続けました。そして今、超金融緩和を少しだけ減速する(FRBのみが1回利上げする)動きだけで、世界経済は相当ふらついています。(運の悪いことに、ちょうど同じころに、20年以上続いた壮大な中国のバブルも崩れそうです。)

金融自由化とグローバル化で、莫大な投機的資金が過剰なリスクテイクをし、巨大なバブルをつくったあと崩壊し、金融危機が起こり、危機対応で金融緩和する。
過剰な資金 → バブル発生 → 崩壊 → 金融危機(社会不安) → 金融緩和 → 過剰な資金 → バブル発生 …
これまでの経済学者と当局の主流派は、5~10年で回転する、バブルの無限ループを回してきたわけです。それも、だんだん危機の規模が大きくなっているという。

本書はこのような認識で、これまでの金融政策と、これからあるべき金融システムを考察します。本書の特徴としては、フィナンシャル・タイムズ論説主幹という、これまでの主流派に属する人が、謙虚に反省しながら書いています。もともと資本主義を憎んでいた左派のような人が、資本主義は終わりだ、のように書いていないので、建設的です。

私が読みたいなと思いつつ、大著なので読んでいない、「国家は破綻する」「21世紀の資本」などのような、最近の押さえておくべき本は、すべて内容に反映されています。(参考文献になっています。)
著者の分析や考察、提案、主張がすべて正しいかはよくわかりませんが、穏健な内容と広い目配りの本です。本書1冊で、2000年あたりから現在までの金融の動向を考えることができるので、コストパフォーマンスに優れているともいえます。ただ、かなり難しめではあります。金融に興味はあるものの単なる素人である私には、難しかったです。(勉強になりますが、真面目な本なので眠くなりました。)金融に詳しい人は簡単に読め、価値のある本といえるでしょう。
(書評2015/08/27)

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