「日本の景気は賃金が決める」 吉本佳生(著)

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日本経済はなぜ停滞するのか。日本経済を成長させるにはどうするべきか。賃金から日本経済を考えます。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

日本経済について考えたい人。とりわけ、なぜ日本経済が停滞を続けるのか、どうしたら景気がよくなるのかを考えたい人。

 

要約

・日本の労働者の賃金には、属性で極めて大きな格差がある。
性別(男性⇔女性)、企業規模(大企業⇔中小企業)、雇用形態(正規⇔非正規)、勤続年数(中高年⇔若者)。このような、日本の属性での賃金格差は、先進国中では最大である。

・1998年以降、物価は下がってきたが、それ以上に賃金は下がってきた。特に、女性・中小企業・非正規・若者の属性に含まれる人の賃金が下落した。

・低所得層の方が、高所得層より消費する。(平均消費性向および限界消費性向は、所得が低い勤労者世帯ほど高くなる。)

・安倍政権はインフレ目標政策を導入したが、各種物価指数にはそれぞれ特徴があるので、どの物価指数を選ぶかは重要だ。

・世界の中ではましだが、日本の不況は深刻だ。内閣府と日銀は、需給ギャップをGDP2%(10兆円)と試算している。しかし、需要側の消費不足は、GDP10%はあると考えられる。

・2001~2006年の日銀の金融緩和が、国際的な資源価格とアメリカ住宅価格の高騰を招いた。
資源価格が上昇しても、日本国内の中小企業は価格に転嫁できず、人件費を削減して調整した。国内の労働者の大半は中小企業に勤めており、賃金格差と賃金デフレが大きくなった。賃金デフレが不況を深刻にした。

・国民や市場の期待(予想)に働きかける、インフレ目標政策は難易度が高い。どの物価が上昇するかで、局所的に困窮する国民が発生するおそれがある。

・金融緩和はバブルを引き起こす可能性があるが、海外で起きたバブルでは国内の賃金は上昇しない。どうせバブルが発生するなら、国内で適正な規模のバブルが起きるのが望ましい。

・GDPの6割を民間消費が占め、国民所得の7割を雇用者報酬が占める。労働者が賃金所得を稼ぎ、消費を拡大することが、日本経済を回復させる。

・非正規雇用を無理に正規雇用にしたり、最低賃金を上げたりする政策は、新しい既得権をつくり、あとから労働市場に入ってくる人を苦しめるので、やるべきではない。

・日本は第三次産業が中心だ。サービス業は稼働率が重要である。サービス業の稼働率が上がれば、派遣やアルバイトの求人も増え、賃金も上がる。特に、宿泊業と飲食サービス業の賃金が、上がることが望まれる。

・金融緩和による資産バブルは、国内の都市部で、不動産価格が安定的に上昇する形ならばよい。都市部の地価が上がれば、開発が行われ、カネと人が集まる。人口が集まると、サービス業の稼働率が上がる。(歴史的に、人口密度が高まり都市化が進むと、経済成長は高まる。)

・財政政策は、都市部に集中させるべき。地下鉄など公共交通機関を都市部に整備し、人口を集積させてサービス業を盛んにし、経済を活性化させる。高所得者には有給休暇を取得させ、サービス消費を増やしてもらう。

・日本の相対的貧困率は悪化しており、2000年代半ばのデータで、先進国中最悪の水準だ。
ひとり親で子育てしている世帯の、相対的貧困率は58.7%で、OECD加盟30国中30位である。
子どもの属する世帯の相対的貧困率は12.4%で、所得再分配後は13.7%となる。日本政府の社会保障政策は、子育て世帯の経済状態を悪化させている。日本政府の政策が、少子化を後押ししている。子育て世帯にとっての物価上昇を上回る、賃金上昇が必要だ。

・これまでの議論より、以下のおしくらまんじゅう政策を提唱する。
金融緩和での不動産価格上昇を利用して、都市部に人口を集め、サービス業の需要を増やし、賃金を上げて、日本経済を成長させる。
持家派が多い日本では、持家の帰属家賃が消費者物価指数の15.6%を占める。不動産価格の上昇分を、インフレ目標の2%分にあてれば、インフレによる国民生活の被害は少なくなる。

 

書評

労働市場が硬直的すぎて、大企業の中高年労働者(と公務員)が保護されすぎている。若者や出産と子育てのある女性が、非正規雇用など賃金が低く、キャリアも蓄積されない仕事に就かざるを得ない。当然少子化にもなるし、社会も衰退する。保護されている大企業の中高年が、グーグルやアップルやフェイスブックを生み出せるとは、到底思えない。

以上のような考えをもっていたのですが、データ的にこれを補強できるような本でした。

サービス業を重視して、都市部に人口を集積すること。都市部の地価を緩やかに上昇させること。これで都市部の女性や非正規の雇用を増やし、自然な形での賃金上昇を起こす。という本書の提言は考えたことがなかったので、興味深く読めました。

本書では、子どもの相対的貧困率のデータを提示しています。日本の子どもの相対的貧困率は、所得再分配前で12.4%再分配後で13.7%となります。
日本政府が社会保障政策を実施して、所得を再分配すると、相対的貧困率が上がります。
これを読んだときはかなり驚いて、出典の「平成23年版厚生労働白書 図表4-1-2子ども貧困率、当初所得と再配分後の比較」にあたってみました。本当でした。この事実を知っただけでも、私には本書を読んだ価値がありました。
(書評2013/06/29)

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