「7大企業を動かす宗教哲学」 島田裕巳(著)

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日本の特色ある7企業を、宗教学者が分析します。7つの企業の変遷を通して、日本経済の移り変わりも見ることができる1冊です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

日本企業の体質に興味のある人。新書なので、ビジネス書としても気楽に読めます。

 

要約

・終身雇用、年功序列、企業内組合という特徴が、日本企業に共同体としての性格を持たせた。経営哲学や理念が、共同体としての企業組織を動かす。また、経営哲学や理念は、組織に体現される。組織として、企業と宗教教団には類似性がみられる。

 

松下電器産業(現パナソニック)

松下幸之助の人間観は、徹底した人間中心主義である。万物いっさいをあるがままに認め、容認する「人間道」を提唱し、楽観的な宗教哲学を展開した。

「生産者の使命は、貴重な生活物資を水道の水のごとく、無尽蔵たらしめることであり、量を多くして無代に等しい価格をもって提供することである。こうして貧は除かれ、悩みは除かれ、物資を中心とした楽園に、宗教の力による精神的安心が加わって人生は完成する。」という水道哲学を松下幸之助は唱えるが、ここには天理教の影響があった。また、企業経営を聖化し、労働の意義を明らかにする態度は、プロテスタントの天職の考え方に通じる。

ただし天理教だけでなく、松下幸之助には多くの密教・神道・新宗教との接点があった。

松下電器は事業部制をとるが、これは町工場から事業が発展したためであり、松下電器の本質は町工場の集合体である。小さな組織から巨大な組織へと成長すると、その発展のメカニズムから事業部制をとりやすい。創価学会も事業部制に近い。松下は各事業グループで龍神を祭るが、これは密教の教えの影響がある。

松下幸之助の水道哲学は、製品価格を低下させ利益を減少させる。これを防ぐために、小売店をナショナルショップとして組織化し、メーカーが販売価格を決定しようとした。(この点で次のダイエーと対立する。)

 

ダイエー

中内功は、生産者ではなく販売業者が価格決定権を持つこと(流通革命)をめざした。チェーンストアが、単品を大量に計画的に売ることでシェアを大きくし、価格決定権を生産者から奪い返そうとした。

ダイエーは創業時、生産者の販売する商品の大きな単位を、消費者が買いやすい形に「商品化」することを始めた。(従来の小売店は、例えば30kgの大袋から砂糖を客に量り売りしていたが、ダイエーは1kgの袋詰めで売った。)この販売方法は、高度経済成長と中間層拡大という社会状況に適応した。

スーパーマーケットという業態を確立するため、チェーンストア協会を設立し、流通革命へと突き進んだ。流通革命の戦術論として、毛沢東思想を援用した。

中内功個人は、全く財務が理解できない人間だった。これはダイエー破綻の原因となったが、この経理を全く考えないで突進する行動が、限界を極め流通革命を成し遂げる推進力となった。

 

トヨタ自動車

トヨタ生産方式(かんばん方式)は、在庫を持たず、生産過程でのムダを極限まで減らすことで名高い。ムダを減らし生産性を高め、品質を向上させることの追求が、トヨタの経営哲学である。
この経営哲学の原点は、豊田佐吉の日蓮主義と報徳思想にある。日蓮主義から、国家のために産業を興すべきという意識が生まれた。また報徳思想では、勤勉で禁欲的な生活が推奨され、実際の生活を改善し組織を立て直す仕法が掲げられるが、これはトヨタのムダを排し、改善を重視する考えにつながった。

トヨタでは、改善、見える化、自働化、ジャストインタイムなど、特有のトヨタ語が用いられる。宗教団体でも、特有の用語が多用される。
トヨタで働き、トヨタ生産方式を理解するためには、トヨタ語の体系的な理解が欠かせない。宗教団体でも、特別の修業を積み教団特有のことばを学び、これらのことばを自由に操れる人物が、教団の指導的地位に立つ。

ムダを省くジャストインタイムの思想は、工場と本社が近接することを求める。そのためトヨタは一貫して、挙母(豊田市)に工場と本社を置き続けた。トヨタは特定の土地から離れることはできず、トヨタには土地に根付いた共同体の性格(村社会)が色濃く残る。

こうした村社会では、突出した社員(スターとなる社員)がいない。傑出したカリスマは存在しない。トヨタの取締役会は、出席者全員が活発に真剣に議論するが、村社会における全員一致の原則が想起される。

豊田喜一郎は、業務の文書化を徹底し、仕事の仕方を仕組みとして確立した。あらゆる事柄を文書化して、暗黙知を形式知として表現することを、トヨタはめざしてきた。二宮尊徳の報徳運動の影響が感じられる。

トヨタには上役率先という考えがあり、上司は率先してあらゆる重要事項の処理にあたる。

トヨタ生産方式を導入しても、失敗に終わる企業も多い。これは、トヨタ生産方式が生産システムにとどまらず、それに関わる人間の態度にも変革を要求するからではないか。
トヨタでは、常にムダを省くための改善に取り組み続け、工夫を続けなければならない。改善や上役率先を実践するには、社員は自発的にそれを行い、満足感を得ることが必要である。これは、社員がトヨタという企業組織と一体となることである。トヨタ社員となるには、トヨタ生産方式を支える宗教哲学を受け入れることが必要なのだ。

 

サントリー(サントリーホールディングス)

サントリーのルーツは大阪道修町にあるが、道修町は薬種業者が集まり、同業者の結束が固いギルド的性格を持っていた。信仰に熱心な地域で、創業者の鳥井信治郎も神仏への信仰心が強かった。

信仰心の篤さは、恩という要素を重視する姿勢にもなる。鳥井信治郎は、「利益は人様のおかげで、利益の三分の一は社会に還元し、三分の一は客と得意先にサービスとして返し、残りの三分の一を事業に充てる」という利益三分主義を唱えた。

また鳥井信治郎は、広告や宣伝戦略に先進的だった。広告重視の姿勢は、サントリーの伝統ともなる。一方、愛国主義的傾向もあり、洋酒報国、舶来品駆逐を掲げた。これは、企業の振興が国家を発展させるという、トヨタと共通する思想がある。

二代目経営者の佐治敬三は、研究所を設立したり、雑誌を刊行したりするなど、経営には事業と道楽が混在していた。また、文化的側面も重視した。この経営方針は、仕事だけでなく道楽にも精を出す、船場の旦那衆の生き方とも共通する。

 

阪急電鉄(現阪急阪神ホールディングス)

鉄道には多額の建設資金が必要なため、私鉄では特に採算が重要である。このため、鉄道の起点は、通勤通学客や買い物客が見込める都市の中心部となり、終点は参拝客が来る神社仏閣となることが普通であった。だが、阪急電鉄の終点には神社仏閣がなかった。

創立者の小林一三は、少年期より芝居や演劇に傾倒した。小林一三には、宗教の影響はみられず、演劇が強い影響を与えた。ただし、芝居を見る観客の様子を詳しく観察するなど、興行主としての意識も持っていた。

こうした要因が、阪急電鉄終点の宝塚における、宝塚歌劇団の成功に結実した。また、小林一三は「乗客は鉄道が創造する」ということばを残したが、沿線の多面的な開発に取り組んだ。
沿線の土地を住宅地として開発し、中産階級に分譲した。これは住宅地販売の収益に加え、乗客増の戦略であった。ほかにも沿線には、劇場、百貨店、遊園地、動物園や植物園等を設立し、学校を誘致した。
これにより、沿線はステータスの高いイメージが喚起され、エンターテイメント化された。

このような経営哲学は、小林一三の文学青年としての経歴、派手に遊んだ経験から生まれたものである。また、自ら多数の脚本を書くなど、歌舞伎などの伝統的演劇から近代演劇へと、演劇界を刷新しようという考えも存在した。

 

セゾングループと無印良品

西武鉄道創立者の堤康次郎の事業は分割され、鉄道事業(西武グループ)は堤義明に、流通事業(セゾングループ)は堤清二に受け継がれた。

堤清二は経営者でありながら、詩人で文学者という異色な存在である。経営者は組織を運営する人間であり、文学者は組織から離れた人間である。二つの矛盾した立場が、一人の人間に共存していることになる。

堤清二は日本共産党に入党していた経歴を持ち、共産主義から受けた影響も少なくない。一貫してソ連やロシアへの関心を保っていた。

これらの思想的背景が、美術館、書店、出版、文化事業に特徴を与えた。堤清二は消費社会であるアメリカや日本に批判的であり、商品を記号として消費することへの批判が、奢侈な商品の対極となる、反体制的な無印良品を生み出した。

また、パルコという店舗において、周囲の空間、街全体を舞台として仕立て上げることをめざした。

しかし、堤康次郎であれ、息子の義明と清二であれ、だれも一度も西武沿線に住むことはなかった。これは自分の開発した沿線に居住し、墓もある小林一三や五島慶太とは異なる。
康次郎は経営者であったが、衆議院議長まで務めた政治家であり、本業は政治にあったかもしれない。清二の事業も文化的側面が強く、経営者より文学者としての意識を強く持っている傾向がある。

結局、沿線の住みやすさなど、客(人間)には強い関心を持たず、自分の人生を懸けて経営にのめりこむことはなかった。自分の事業に没入することはなかった。西武グループやセゾングループにおいて、経営自体が他人事という印象はぬぐいがたい。

 

ユニクロ(ファーストリテイリング)

柳井正は1949年生まれで、典型的なノンポリ学生として学生生活を送った。同年生まれの村上春樹の小説世界では、音楽や料理は詳しく描写されるが、ファッションについてはほとんど描かれない。これはカジュアルが徹底しているので、描かれるものがないためであるが、このカジュアルさの徹底ぶりは両者に共通する。

柳井正は学生時代、そして卒業後もしばらくはぶらぶらしていた。(短期間ジャスコで働いている。)しかし、父の洋品店を引き継いで猛烈に働くと、商売の面白さを感じるようになった。仕入れ、品出し、在庫管理、接客、経理、社員の採用、掃除にいたるまで、店の業務のすべてを経験した。

店舗経営の経験から、柳井正は「自分で考えて自分で行動する。これが商売の基本だと体得した。」という経営哲学に到達した。

しかし、衣料品店の経営について柳井正がすべてを知り尽くしたことは、ユニクロ社員のだれも、柳井の知識や経験に対抗できないことを意味する。

ユニクロは試行錯誤の結果、オリジナル商品を製造委託し、生産管理のみ自社で行い、展開する自社の店舗網で販売する、というビジネスモデルに至った。これでカジュアルウエアのトップブランドの地位を確立する。

ユニクロは製造や物流は外部委託しており、外部に頼らないのは販売のみである。これは洋品店から発展したユニクロにとって、必然であった。したがって、柳井正は店長を重視することになる。ユニクロ社員は入社後、かなり早い段階で全員が店長となる。

店長は責任が重大で、仕事の結果は売上や利益として数字ではっきり表れる。これは相当な重圧である。社員に店舗を運営させることによって、柳井正は自身と同様の実践をさせようとしている。社員が実際に店長にならなければ、身に付かないことであり、究極のOJT(on the job training)といえる。

しかしこれは、柳井正が社員に求める水準が、過去の柳井自身のレベルであることになる。柳井が店長に求めるのは、サラリーマン的な精神ではない、自立した経営者のマインドと行動である。ただ、これほどの人材であれば、独立しているであろう。つまり、ユニクロ社内に柳井の求める人材は存在しない。ユニクロの経営の仕組みは、柳井の経験から柳井が独力で築き上げたものであり、柳井以外には遂行できない。

 

書評

宗教教団の研究は難しいそうです。教団は外部に対し閉鎖的であり、内部の調査は困難です。調査が許可されても、信者のインタビューや資料にはバイアスがかかっており、客観的な事実の情報が得にくいとのことです。
企業研究にも同様の問題はあり、私は本書で取り上げた企業の社員ではないので、実際どうなのかは、よくわからないところもあります。

しかし、綿密な調査と事実の論理的な積み上げから、宗教教団を研究することはできますし、企業の研究も可能です。企業の経営哲学を知ることもできるでしょう。

現在の日本で、消費者に受け入れられ成長している企業が、特徴のある経営哲学を持っているとすれば、それは日本社会の何かを表現していると考えられるでしょう。日本社会が持つ何かが、その企業の経営哲学と呼応しているのだと思います。
(書評2013/06/16)

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