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「暗号が通貨になる「ビットコイン」のからくり」 吉本佳生/西田宗千佳(著)

 

マウントゴックス破綻以来、日本では忘れられた感もあるビットコインですが、まだまだ健在です。ビットコインを使うベンチャービジネスも盛んです。キプロスやギリシャで実証済みなように、金融危機で力を発揮します。勉強しておく価値はあります。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

暗号通貨に関心がある人。ビットコインの基礎を知りたい人。

 

要約

現時点では断定できないが、ビットコイン(もしくは他の暗号通貨)は、技術として経済社会システムとして成立する可能性がある。ビットコインは資産運用対象、そして少額の国際決済手段となるかもしれない。本書では、暗号・情報技術と通貨制度の両面から暗号通貨について検討する。

ビットコインについての基本的な解説。

・現在の経済統計では、現金(紙幣・硬貨)と預金(当座・普通・定期など)が通貨である。他に流動性の高い国債なども通貨の機能を持つ。一般的な決済に使えるプリペイドカードやポイントも、通貨の機能がある。クレジットカードやデビットカードは、決済の補助手段なので通貨ではない。日本政府はビットコインを通貨とは認めず、実物資産としている。

ビットコインは、形態としては電子情報であり金融資産ではないので、本書では非金融・電子情報形態の通貨と扱い、「暗号通貨」と呼ぶ。ビットコインは、現金と預金では現金タイプであり、匿名性のある暗号通貨である。

ネット上で匿名の個人同士で決済を行うことは、経済上きわめて重要な行為である。クレジットカードは、少額の決済はあまり得意ではない。そのためネット上のコンテンツ流通ビジネスでは、無料コンテンツで広告収入を得る形が主流となった。携帯電話やスマホ、電子書籍など、新しいデバイスやメディアでは、コンテンツへの課金が成功した。

・アップルやアマゾンなど、決済手段を握るものがネットを制すことになる。また、音楽や映像配信で「月額固定料金で使い放題」のビジネスモデルが広がっているが、実は月一回の決済なので処理が楽である。決済手段はスクエアやビットコイン(匿名性有)のように、小規模・個人間で通用するような簡単な方向に進んでいる。

・マウントゴックスの破綻があったが、通貨の安全性と取引の安全性(取引所管理者の信頼性)は別である。

通貨を持つ動機は3つ。
①取引動機(一般の決済に使うため)。
②予備的動機(想定外の支出に備えておく)。
③投機的動機(資産運用のときに通貨で運用するために保持する)。

通貨の持つ機能とは。
①決済手段として使える。
②価値尺度となる。
③価値を保蔵する。(価値保蔵にも、少し目減りする保蔵、名目価値を100%保蔵、実質価値を100%保蔵、価値を増やしながら保蔵、などがある。)
ビットコインは①~③を部分的に満たしている。

・物々交換のなかから、価値保蔵の機能を持つものが通貨となった。また物々交換のときに一方が借用証を渡したとすると、これは金融となる。紙幣を発券する銀行がこの借用証を買い、対価として紙幣を渡すと、紙幣は市場に流通するようになる。通貨は、一定数以上の人が通貨として受け取ってくれるなら、通貨として機能する。

・現代の国家通貨の現金には、借用証(手形)のような裏付けはほとんどない。通貨量の9割以上は預金だが、預金にもすべてに担保などがあるわけではない。国家通貨に価値の裏付けはない。

・現金通貨を発行すると、発行に対し買い入れた金融資産の金利に相当する利益(シニョリッジ)がある。現実には保有する長期国債の金利に近い。ビットコインのシニョリッジは、マイニングによる発行金額からマイニング作業のコストを差し引いたものである。シニョリッジがあることで、暗号の強固さが維持されながらユーザー数が拡大する。ビットコインで利益を得たといわれる人は、マイニングで儲けたというよりは、時間経過で値上がりした投機の要因が大きい。

・国際決済では、アメリカ大手銀行のドル預金口座を経由するので、手数料がかなりかかる。ビットコインでの国際送金はコストが低い。少額国際決済では、クレジットカードとビットコインが競合する。

暗号通貨で大切なのは、複製されないこと。その対策には、暗号化とシステム化がある。
スイカなど一般のネットワークサービスは、サーバーが存在し、利用する場でクライアントが接続する。サービスの管理者がいて、サーバー上で決済され、サーバーのデータが通貨にあたる。
ビットコインでは、管理者は利用者全員となる。ビットコインの管理コストは、利用者全員がわずかずつ負担している。利用者のパソコンや回線上を他人の決済情報が流れていくので、改竄などを防ぐ信頼性の担保が重要である。信頼性を担保する手段がマイニングとなる。暗号化は公開鍵暗号という仕組みやハッシュ化などでなされる。

・ビットコインは決済の確認に10分かかることや、他の通貨との交換の規定がない。そのため、取引所を介して利用することになる。

・通貨制度はまだまだ不十分で、世界中でさまざまな状況のもと、便利に使える通貨など存在しない。政治や中央銀行が介入する国家通貨は堕落しやすく、ビットコインは信用が情報技術(システム)に支えられている点が優れている

中央銀行と国家財政の解説。

・単一通貨のメリットは、取引コストが低くなること。複数通貨のメリットは交換レートを調節できることで、デメリットは取引コストが高くなることである。ビットコインは取引コストが低いので、複数通貨としてビットコインが使われる利点は大きい。(複数通貨制の例として、江戸時代の日本。)

複数の暗号通貨と国家通貨が競争するモデルの考察。

 

書評

ビットコインのことはなかなか理解できず、本書のような入門書はありがたいです。著者が経済学者と技術系ジャーナリストということで、ビットコインにまつわる経済的な背景と技術的な背景をわかりやすく説明しています。

それでもビットコインには、実感がわかないところがあります。私は使ったことがないので、実際に利用してみないと気付かないこともあるのでしょう。本書の解説でも投機的な部分は興味が持てるのですが、暗号技術の部分は理解が及ばず眠くなります(これは私の問題ですが)。

本書でも強調されていますが、通貨には寿命があるのでビットコインが今後も生き残るかは不明です。(江戸時代の小判など、それ自体にはゴールドとして価値はあるが、通貨としてはもはや使えない。)しかしビットコインがもっと普及するかはともかく、暗号通貨には将来性があるので、その概念をざっくりとでも知っておくことは役に立ちそうです。

また、公共の図書館が電子書籍の貸出を始めているように、音楽や電子書籍のデータと所有権を結び付け、これらを安全に流通させるというビジネスが考えられます。ビットコインの技術と関連しますが、潜在的な市場は大きいでしょう。

ビットコインが好まれる理由として、供給量に上限が定められていることがあります。インフレにならない、保存していて実質価値が減らないと考えられるからです。アメリカや日本の金融緩和政策に反対する人たちは、急激なインフレが起こると批判していたのですが、今のところ起こりそうにありません。日本などは中央銀行による財政ファイナンスの領域にまで達していそうに思われるのですが、インフレになりません。ある限界を超え、そこに社会的ショックが発生すると、インフレになるのでしょうか。そもそも、マネタリーベースを増やしても民間銀行の融資が増えていないようなので、意味があるのでしょうか。日銀当座預金にお金が積み上がると、最終的にどのような現象が起こるのだろう。

先進国各国政府と中央銀行は、緩やかなインフレと超低金利を並行させ、国家債務の実質的削減を意図しているようです(金融抑圧)。それにしても長期間にわたり、そのような政策が本当に実行できるのでしょうか。
(書評2014/08/09)

「ヤバい日本経済」 山口正洋/山崎元/吉崎達彦(著)

 

アベノミクスも後半戦、終盤戦といった趣ですが、この先の日本経済についての対談集です。著者3人の見解は微妙に違うようですが、要約は3人の意見がごちゃ混ぜになっています。詳細は本書をお読みください。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

アベノミクスの今後や日本経済について考えたい人。

 

要約

2014年以降の数年は、日本経済に大きなチャンスが訪れそうだ。著者三様の切り口で日本経済と世界の行方を論じている。日本経済が大きく動くときに、個人が将来を予測し準備をして明るい未来を迎えられるよう、本書が指針となれば幸いである。

 

日本経済

エコノミストたちの予想を覆し、日銀の金融緩和政策でデフレを脱し、物価は上昇を始めた。期待に働きかける政策に効果はあった。アベノミクスの本質は資産価格誘導政策で、株価や地価を上げようとしている。

・公的資金(年金)による株価対策は、即効性はあるが一時的なものである。金融緩和は資産価格を上昇させるが、消費税増税の悪影響は大きい。株価よりも土地の価格が上がることが、経済を好転させるには重要だ。広い範囲で地価を上げるには、規制緩和をして外国人が土地を買うことも認めるべき。

・高齢化と人口減少は重大な問題だ。女性が就業したり高い地位についたりすることで、世帯の所得が向上し、経済成長に寄与する。

異次元緩和で国債が暴落するという事態は、すぐには考えにくい。銀行の自己資本に一定の基準を課すバーゼル銀行監督委員会が、2020年の前に規制を決める(バーゼルⅢ)。自国通貨建ての国債について、リスクウエイトをゼロのままとするか変更するかが決められる。この決定は日本の銀行に影響を与え、日本国債の動向も左右する可能性がある。

・化石燃料、通信機、医薬品、衣料品などの輸入増もあり、日本の貿易赤字は定着した。貿易赤字自体には善悪はない。日本の製造業には柔軟性があり力を維持している部分もあるが、製造業を国策の中心に据えるのはもはや難しい。日本の観光産業には改善の余地が大いにある。国家戦略特区はあまりうまくいきそうにない。カジノ特区は実現させ上手に運営してもらいたい。

 

アメリカ経済

アメリカ経済はとても好調である。リーマンショックの落ち込みはほぼ回復した。シェールガスも盛況だ。アメリカの金融緩和は終わろうとしているが、引き締めるわけではない。

ウォールストリートには過剰にレバレッジをかけたり、信用リスクをとりすぎてバブルの生成と崩壊を繰り返す体質がある。個人も住宅ローンを最大限まで借りている。不況時に金融政策を有効にするためにも、FRBは金融緩和終了後にバランスシートを縮小しなければならないが、それには非常に時間がかかる。

安倍内閣の安全保障政策は古い日米同盟人脈の流れ(アーミテージレポート)に沿っているが、現オバマ政権は全面的な米中対立を望んでいない。オバマ大統領はアメリカ国民に見放されており、TPP成立は危うい。2016年の大統領選はヒラリーが主役となる。

・シンクタンクやアドボカシー(多国籍企業が背後にいる)が世論に与える影響は大きい。ただウォールストリートの投資銀行の力は落ちている。世界で業界トップ2となる多国籍企業の力は強大だ。ハイテクセクターも強いが、アメリカは次々と経済の主役が変わる。シェールガスも有望で、アメリカ人のマインドを変えた。

 

中国経済

・高成長を続けてきた中国経済は、不動産の販売が鈍ったり中央政府と地方政府の方針が一致しないなど、2010年ごろに潮目が変わった。中国の企業会計には問題が多く、海外で上場している企業にもリスクがある。不動産は最後には連鎖的な投げ売りがみられるかもしれないが、海外への波及は小さいだろう。

・中国、ロシア、ブラジルなど新興国は急激に豊かになったので、社会的な不満も抑えられてきた。低成長となれば、育ってきた中産階級の不満は抑えられない。中国は高齢化が進むが年金など社会保障が安定しておらず、労働人口が減っていくという問題もある。

・海外に出るような中国企業の経営者は非常に有能。中国人経営者はモチベーションが高く合理的だが、最近の日本人経営者はがつがつしていない場合が多い。中国人を含めアジアの国民は、豊かになるため他国に移住することを厭わないが、日本人は海外へ行きたがらない。日本社会は平均に劣ることには敏感だが、マッチョな感覚はあまりなく、ほどほどで満足する価値観である。アメリカ人でも中国人でも、自己主張し続けることに疲れる人には日本は合う。

中国人の国民性は、資本主義的だが話し合いの文化はない。共産党と民衆の利害が一致しなくなれば、共産党体制は支持されない。中国政府の行き詰まりは、国家の分裂に至る可能性もある。

10年経って日中の力関係が完全に逆転したら、中国の眼中にあるのはアメリカだけで、日本の存在はない。交渉でも日本の立場は弱くなる。中国も歴史問題や尖閣問題に拘らなくなるのではないか。

アメリカや中国の市場原理主義企業と、日本のほどほど主義企業とがグローバル市場で競争すると、ほどほど主義企業は喰われる。中国企業に敗れる日本企業も多くなるだろうから、個人は割り切って自分を高く売れるように準備しておくべきだ。競争相手であるからこそ、中国のことは学ぶべき。

 

新興国経済

韓国経済は、外資引き上げリスクがある。また経済全体に対し、サムスンなど特定企業の比率が高すぎる。韓国はアメリカから離れ、中国に接近しすぎている。日韓関係は改善が望ましい。

BRICsの高成長は終わり。ロシアはロマノフ朝から革命を経て共産主義となり、資本主義を経験していない。そのためお金の稼ぎ方がわかっておらず、ロシアは希少資源は売れるが、付加価値をつけて売ることを知らない。ロシアは資源があって付加価値がつけられず、日本は資源がなくて付加価値がつけられるので、組むには相性が良い。

・インド人は数字に強く、商売にも熱心だ。ITも強いが、最近はインド人の経営者も多い。今後、インド経済が栄えるというよりは、インド人が栄えるというイメージ。

・インドネシアは市場も大きく、日本との関わりも深い。インドネシアで東南アジアはもっている。インドネシアが崩れるとシンガポールにも影響がある。タイは国王の後継問題があるが、自動車産業の集積は強み。シンガポールはバックオフィスにはよいが、人材の数が少ないので本社移転は無理。シンガポールは大国に囲まれ、資源も人口もないので政府は常に危機感を持っている。

 

個人のマネー管理

個人投資家はプロの真似をせず、個人のやり方で運用すべし。所得と支出のバランスが取れた生活をするのが大事。日本の医療保険や年金保険は必要ない。長期金利が2%を超えてくれば、インフレ対策を意識する。自分の資産の実質的な価値を、将来に残す方法を考える。

・巨額のローンを組んで住宅を買っている日本人は、早くローンを返すことを考える。住宅を買うときは、地価変動リスクや流動性リスクを認識し、値段を見て考慮する。不動産業者は、自分たちがいらない物件しか売らない。

 

書評

サクサク読める手軽な対談集です。私は日本経済の先行き、アベノミクスの終わり方が気になって読みました。そのような日本経済の予測も書いてありますが、日本経済や世界経済について著者たちの考えがざっくばらんに語られています。日本経済をよくするにはこうしたほうがいい、といった提言的なものもあります。

相場の予測のヒントを期待したのですが、それについてはあまり書かれていないようです。誰にとっても市場の未来を予測するのは難しい、というように受け止めることにしました。最近はFRBが後手に回って、結局はバブルが生じるような気配もします。リスク管理は地道に個人でしておこう。

お金持ちの中国人に日本の土地を買わせてもいいんじゃね。とか、カジノいいっしょ、みたいな内容もあります。建前よりは実利という対談です。中国に関しては、歴史問題に寛容になるという見方はかなり疑わしく感じました。本書は自由主義的な感じなので、保守的な人が読むと気に食わないかもしれませんが、まあこんな見方もあるかと気楽に読んでください。
(書評2014/08/03)

「日銀、「出口」なし! 異次元緩和の次に来る危機」 加藤出(著)

 

本当に日銀の異次元緩和は成功するのか?失敗したらどうなるのか?私の人生に出口はありませんが、日銀にも出口はなかったというお話です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

日銀の金融緩和政策のその後を考えたい人。難易度は、経済紙のコラムレベルか?

 

要約

・金融危機以降、各国の中央銀行は金融緩和政策をとり、国債やリスク性資産を購入してきた。中央銀行が莫大な資産を保有している場合、売却時に景気を悪化させるおそれや、途中で評価損となる危険がある。また資産を売却しない場合には、資産バブルを起こしたり、マネタイゼーションとみなされたり、次の景気後退期に緩和策をとれなくなるおそれがある。このように中央銀行が資産を多く抱えることには問題があるが、他の中央銀行より日銀がGDP比で最も多く資産を保有している

・日本のデフレは緩やかで、大恐慌時のアメリカのようなデフレではない。緩やかなデフレに対して、日銀の金融緩和(インフレ目標)は急激すぎる。かえって消費や投資が萎縮するおそれがある。

・耐久消費財が値下がりしているなかでインフレ目標を達成するには、サービス料金や公共料金、食料費、医療費、教育費などが大きく値上がりしなければならない。インフレ目標を達成すると、消費税増税と合わせて3年で9%ほど物価が上昇することになる。日本は雇用を守るために賃金が低くなる傾向がある。また、中低所得層は機械化やIT化のため賃金が上がりにくい。中央銀行の金融緩和は、所得の不平等をさらに拡大させる。
国民はこのような状況に耐え難い。日銀は弊害を抑えるため、インフレ目標達成時期を柔軟に再設定した方がよい。

・日本経済は物価が上がりにくい。異次元緩和では、マネタリーベースを操作し、長期国債の大規模買い入れと年限の長期化を行い、リスク性資産(ETF、REIT、社債)を購入している。また日銀はインフレ期待が膨らむよう、強力にはたらきかけている。

・2014年3月にコアCPIはプラス1.3%になった。しかし主因は、円安による輸入物価の上昇と、公共事業による建築資材と工賃の上昇である。人手不足が喧伝されているほどには、賃金は上がっていない。直近では東大日次物価指数は上がっていない。また、金融緩和策としてのマネタリーベース目標は、経済を刺激する効果が疑わしい超低金利政策は期待されたほど効果はなく、長期的には弊害が大きい。

FRBなど中央銀行は、市場の期待を操作して金融政策の効果を高めようと、近年、意図的に情報発信を行ってきた。しかし、中央銀行も経済予測を誤るという危険性があり、また、市場のボラティリティが大きくなるおそれもある。もともとポートフォリオ・リバランスを狙う緩和策は効果が限定的なので、市場の期待を操作できなくなれば金融緩和の効果はなくなる

・歴史的に見て、財政赤字が巨大で中央銀行に独立性がないとき、高インフレが発生してきた。ひとたび財政の信認が失われると、それを取り戻すのは困難だ。財政の持続可能性を維持するため、中央銀行が政府の財政赤字をファイナンスする事態は避けなければならない。日本では、貯蓄が銀行を経由して国債を買い支えてきたので、金利が上昇してこなかった。そのため財政赤字に対し、国民も政治家も危機意識が低い。

・1931年深刻なデフレに襲われた日本では、高橋是清がリフレ政策をとった。日銀が国債を直接全額引き受けた。しかし同時に国債の売りオペレーションもとられたため、1935年までは日銀保有国債の増加はGNP比で限定的だった。
長期金利上昇で売りオペが機能しなくなるのをおそれ、高橋是清は、銀行が国債を購入したときは発行価格を帳簿価格とする制度を導入した。企業の合理化と円安により輸出が拡大し、日本経済は回復を始めた。しかし労働者の実質賃金は低下した。
高橋是清は、日銀の国債直接引き受けを金融危機対策の一時的なものと考えていたが、これは社会にモラルハザードをもたらした。敗戦後まで、日銀の国債直接引き受けは止められなかった。最終的にはインフレが急激に進み、政府債務の実質価値はなくなり、預金封鎖と新円切り替えが実施された。

日銀の大規模な国債買い入れにより、日本の国債市場は価格決定の機能が失われている。これは日銀の出口政策では、国債市場の機能の再構築が必要であることを示す。現在の国債利回りは不自然に低いので、インフレ率が2%になると多くの金融機関や投資家が信じるようになれば、国債が売られて長期金利が上昇してくるだろう。日銀の出口政策では、現在以上に国債を購入せざるをえなくなるとの予想もある。そのときは財政に対する信認が必須のものとなる。

現在保有する巨額の資産の出口政策については、FRBやBOEも困惑している。国債やリスク性資産を市場に売却することは、きわめて難しい。国債や証券は償還を待つ自然減で圧縮しようとしており、自然減すら遅らせようともしている。また出口政策としては、利上げを優先しようとしている。

日本の潜在成長率が低いのは、労働年齢人口の減少が原因である。高齢化のニーズを汲み取るビジネス、高技能の移民の受け入れ、ビジネスしやすい環境の整備、基礎学力と創造性をもたせる教育、中国をはじめとする新興国市場の取り込み、ブランド力やマーケティング力の向上など、地道な努力が必要である。

 

書評

前回はリフレ派の人の著作を紹介しましたが、今回は反リフレな感じの本です。日銀が異次元緩和を始めたときにみられた批判のエッセンスが、だいたい入っているような印象です。

経済の先行きを正確に予想することはできないので、起こりそうな事態をいろいろ考えておくことは大事かもしれません。そのなかで確率的に起こりやすそうな順番で、いちおう対策も想定しておくといいかと思います。ありうる事態を想像したり、全く予想外の出来事も考えて、常々リスク管理は怠らないようにしようと感じました。

高橋是清の金融政策はよく知らないので、なかなか勉強になりました。本書で東洋経済新報1933年2月21日号の内容が一部紹介されているので、引用します。こうなったら困るなあ。
「国民一般の購買力は、仕事も増さず所得も増さずに、ただ物価だけ上がって行っては、所詮は行詰りに逢着するの外あるまい」
「大インフレーション政策を実行しながら、低金利の永続を予想するは痴人の夢に類する」
(書評2014/07/26)

「資本主義の終焉と歴史の危機」 水野和夫(著)

 

先進国の金利が上がらず、インフレ率が上昇しないことが謎でした。なぜあれだけ金融緩和してインフレ率が上がらない?本書の帯に、金利ゼロ=利潤率ゼロ=資本主義の死、とあったので、ここに謎の答えがあるかと読んでみました。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

世界経済について考えたい人。世界の歴史や社会構造について考えたい人。

 

要約

資本主義の終わりが近づいている。
資本主義は、「中心」が「周辺」(フロンティア)を広げることによって、「中心」の利潤率を高め、資本を自己増殖させるシステムである。もはや地理的な市場も、金融・資本市場にもフロンティアは残っていない。また、中間層が貧困化するために、資本主義を守るインセンティブが失われていく。

先進国の金利が極めて低くなっている。金利は資本利潤率とほぼ同じと言えるので、利潤率が極端に低下していることを示す。これは利潤を得られる投資機会がないということである。

・1970年代以降、近代資本主義が地理的に市場を拡大できなくなった。また資源価格が高騰し、利潤率は低下した。これを克服するため、アメリカは電子・金融空間を構築し、利潤を求めた。

・1990年代に国際資本の移動が自由となり、アメリカは金融帝国となったが、その新自由主義的制度のため貧富の差は拡大した。また資本の移動とレバレッジをかけた投資により、バブルの生成と崩壊が繰り返された。

グローバリゼーションは、「中心」と「周辺」を組み替える。はじめは途上国が「周辺」だったが、途上国が新興国になると、あらたな「周辺」がつくられる。あらたな「周辺」は、アメリカでいえばサブプライム層であり、日本でいえば非正規社員であり、EUでいえばギリシャやキプロスである。

民主主義は、価値観を同じくする中間層があって機能する。「中心」のなかに「周辺」をつくりだすと、中間層は没落し、民主主義は機能しなくなる。

・マネタリスト的な金融政策は、低金利下では有効ではない。(貨幣流通速度が一定という前提が成立しない。)金融緩和政策は、資産価格の上昇(バブル)を引き起こすだけである。

先進国が輸出によって、経済を再生させることはできない。新興国は自国の雇用のため、現地生産を行わせる。また地球の資源は有限であり、技術革新による成長も幻想である。アメリカはサービス収支が黒字のため、ドル高の方が好都合である。

バブルは崩壊すると、成長分を打ち消す信用収縮をもたらす。信用収縮対処のため公的資金が投入され、企業は人員整理を行うので、被害は全国民に及ぶ。信用収縮からの回復をめざし、成長のため金融緩和と財政出動することで、また新たなバブルが生成される。

・「周辺」である途上国が、新興国(BRICS)として近代資本主義市場に取り込まれた。新興国は基本的に輸出で成長してきたが、先進国がリーマンショック以降に輸入を減少させたので、成長は鈍化している。先進国の需要は回復しないので、これからは新興国の輸出型成長モデルは持続しない。

「価格革命」とは、供給に制限のある資源や食糧の価格が、従来の仕組みを超えて非連続的に上昇する現象である。16世紀の欧州で、食糧に「価格革命」が起きた。この原因は、人口増加と、異なる経済圏(地中海・英蘭仏独・東欧)の統合、貨幣価値の下落(新大陸の銀山の発見)である。

「価格革命」により、荘園制・封建制から資本主義・主権国家システムへ移行した。封建的生産様式が限界に達し、消耗した封建領主の権力は、絶対王政の国王(国家)へ集中した。国家は資本と一体化し、利潤を独占した。(労働者の実質賃金は16世紀から19世紀まで低くなった。)

21世紀も、経済圏の統合とマネーの創出(金融空間におけるレバレッジの高い投資)が起きた。それにより、資源価格(原油価格や食糧価格)が高騰している。また、資源価格の高騰により企業の利潤が減ったため、企業は人件費を削減し始めた。20世紀末から、労働者の実質賃金は低下している。

・16世紀の「価格革命」は、当時の新興国イギリスの1人あたりGDPが、先進国イタリアと並んだときに終わった。21世紀の「価格革命」は、中国の1人あたりGDPが日米に並んだころ(20年後?)に終わると推測される。

電子・金融空間で創出されたマネーが、新興国の過剰な生産設備を生みモノのデフレを引き起こす一方、供給力に制限のある資源価格は上昇させた。資本が国境を超える21世紀では、資本と国家(国民)の利益が一致しなくなった。

新興国の国民全員が先進国並みの生活を送ることは、残存する化石燃料の限界から不可能である。資本が国境を超えるため、これから先進国は国内で二極化が進む。新興国は国民全員が中流となる過程を経ずに二極化する。

中国では過剰な投資がなされており、バブル崩壊は必至である。中国の過剰な供給力は、今後デフレを招くだろう。資本主義は、過剰・飽満・過多を内在的に有するシステムである。エネルギーを無限に消費できることが近代資本主義の前提だが、その前提はもはや成立しない。近代資本主義システムが限界にある以上、そのシステム内における米国から中国への覇権国家の移行は起こらないだろう。

近代資本主義の限界に、最も早く突き当たったのが日本である。バブル崩壊と過剰設備、人件費削減とデフレ、ゼロ成長にゼロ金利が最初に日本で現れた。近代の危機は、金融緩和や積極財政では解決できない。構造改革は既存のシステムを強化するだけなので、既存のシステムの危機には通用しない。ゼロ金利は資本主義が成熟した印である。

成熟し資本主義の限界に到達したら、成長を追うのをやめるべきである。強欲や過剰を抑え、ゼロ成長でも維持できる均衡した財政制度をつくるべきだ。

ユーロは政治同盟であり、欧州債務危機は西洋文明の歴史的危機である。英米は海の国であり市場を支配(資本の帝国)したが、独仏は陸の国であり欧州の統合(領土の帝国)を志向した。主権国家システムを超える形態として、ユーロ帝国の可能性がある。これは共通の価値観に基づく政治組織の下に、複数の国家や地域の権威が連なる秩序である。
グローバル化した資本主義に国民国家は無力で、ユーロとしてこれに対抗しようとしたが、対応できていない。ユーロ帝国も近代の限界を超えられないおそれがある。

ヨーロッパ精神の基本概念は「蒐集」である。帝国は諸国・諸民族を集めたコレクションである。ノアの方舟の蒐集に始まり、中世キリスト教は魂を蒐集し、近代資本主義はモノとマネー(利潤)を蒐集してきた。資本主義は最も効率的に蒐集を行うシステムである。ユーロは理念によって領土を蒐集する帝国である。

・歴史的に「時間」と「知」は神の所有であった。利子は時間に値段をつける行為であるが、12世紀に利子が成立し、時間は神から人間の手に移った。大学の出現と宗教改革により、知は人間の所有となった。

蒐集は資本主義を生み、資本主義は中心と周辺をつくり、中心は周辺から富を蒐集した。超低金利時代で利潤が得られなくなれば、蒐集はできなくなる。

資本主義は少数の人間が利益を独占するシステムである。これまでは先進国(全世界の人口の15%)が利益を享受してきた。先進国と新興国の経済的な壁がなくなったため、あらゆる国の中に周辺が生まれ、格差が拡大している。世界に周辺を見つけられないため、資本主義の論理から周辺が生み出され、システムの矛盾が大きくなっている。資本主義は資本の自己増殖のプロセスであるから、ゴールはない。ゴールがなく、利潤ゼロの世界で利潤を求め続ければ、システムは破綻する。

積極財政、時価会計、化石燃料の消費は、未来世代からの収奪である。資本主義が破滅をもたらす前に、ソフト・ランディングを考えなければならない。ハード・ランディングのシナリオには、中国の過剰バブル崩壊がありうる。中国のバブル崩壊後は、世界中で過剰設備となり、デフレの低成長・低金利時代となるだろう。ソフト・ランディングするには、G20が資本主義にブレーキをかけなければならない。ゼロ成長の定常状態を維持できるシステムが必要となる。

 

書評

2008年の金融危機以降、先進国にはもはや中成長の時代が訪れないのではと感じていました。十年単位でずっと低成長ではないのか。それは、世界が生産過剰となって(あるいは人件費の安い国に生産が移転し)モノが安くなり、生産活動による利益があがりにくくなっていることが理由です。しかし、資本主義下では企業は利益を上げねばならず、近年それは主に人件費の削減により達成されています。しかし人件費の削減は中間層を没落させ、中間層の消費により利益を得ていた企業をますます苦しめるものです。そして中間層の貧困化は社会不安を招き、民主制度に危機を生じさせると考えていました。本書の主張は漠然と持っていた考えと重なるものでした。

しかし考えが異なる部分もあります。

疑問のひとつは、本当に異例の低金利が続くのかということです。本書の中に、14世紀以降の経済覇権国の金利という図がありますが、17世紀以降だいたい金利は2~6%です。日米英で金利が10%を超えたのは、1970~1990年頃だけです。逆に第二次大戦後の高成長の時代が異常と考えたらどうでしょうか。

2015年以降に米国が利上げを始めて、米国の長期国債が3~4%になれば、歴史的には普通の水準になるのではないでしょうか。オーストラリアやニュージーランド、イギリスあたりは金利が3%前後ですし、利上げを始めている国もあります。

ほかの疑問は、自由貿易や規制緩和をすべての悪影響の原因としていることです。諸悪の根源をすべて新自由主義に押し付けるのは、やはり少し無理があって、そのほかの要因も丁寧に見ていくべきかと思います。

例えば日本の非正規雇用の問題ですが、確かにバブル崩壊後の過剰人員を削減し、生産調整を容易にする過程で増えてきました。しかし非正規雇用という身分より、同一労働同一賃金でないことの方が問題ではないかと思います。パートやアルバイトという非正規雇用者を切って、新卒の採用を抑制するという経営努力をした後でないと、正社員の解雇はできないという判例が確立しています。給与においても、福利厚生においても、退職後の年金においても圧倒的に保護されている正社員を守るために、非正規雇用者を削減してよいとされているのが現在の日本の制度です。

景気の波で就職状況は一変しますが、自身の責任ではない就職時(新卒時、あるいは10代20代)の景気によって、その後の人生が左右されるというのは公正ではないと思います。一度非正規雇用となって技能を蓄積する職に就けないと、その後ずっと待遇の良い職に移動できないという雇用流動性の低さが、希望を失わせ社会の閉塞感につながっているように感じます。

また、福島第一原発事故の原因も資本主義の限界に求めていますが、私は日本社会の風土がもたらした人災の要素が強いと考えます。どちらかというと、資本主義よりは第二次大戦での日本軍に見られた失敗の本質の方が、原発事故の原因かと思います。

規制が強く成長せず流動性のない低位安定の社会は、生まれながらに不遇な環境な人や失敗した人には、一生浮かび上がれない社会ではないでしょうか。バブルは弊害が多いですが、いいところが一つあるとしたら成り上がりのチャンスがわずかにあるということです。底に沈んで絶望している人も、バブルという熱狂に染まった世界や流動性の高い世界なら、わずかに抜け出す機会があるでしょう。もちろんほとんどはうまくいきませんが。

このような新自由主義的な希望がダメとなれば、現実の世界に正しく対応できる極めて難易度の高い社会システムが必要となります。近代資本主義は人間の欲望に根差しており、一度知ってしまった欲望を忘れることはできません。人間の欲望と並行して存在する近代資本主義を超えるなら、とてつもないシステムが求められるでしょう。資本主義と共産主義、社会民主主義を超克するシステムを構築しなければなりません。しかし、そのようなシステムは人智の及ぶものではないようにも感じます。
(書評2014/05/06)

「国債リスク 金利が上昇するとき」 森田長太郎(著)

 

今のやり方ではもはや日本の財政は持続不可能と、素人の私は思っているのですが、実際はどうなのか。本書では日本国債と財政について考察します。読むと国債暴落の確率は3.1%ということで、あら意外と低いのねと感じたのですが、さらに読み進めていくと……

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

日本の財政について考えたい人。

 

要約

・本書のシミュレーションは2020~2030年頃、または2025~2035年頃を想定している。

日本経済の将来シナリオと発生確率。
財政再建達成:7.5%
財政は緩やかな悪化継続:53.7%
財政悪化が加速:20.1%
財政が劇的に悪化:15.6%
財政が劇的に悪化しデフォルト:1.0%
ハイパーインフレーション:2.1%
「国債暴落」とは、「財政が劇的に悪化しデフォルト」と「ハイパーインフレーション」が相当する。

日本の国債暴落はあり得ないテールリスクとされるが、アベノミクス以降わずかに確率が高まった(ファットテール)と思われる。著者は、予測可能な時間軸内では国債暴落は起きないと考えている。しかし、日本の財政問題が「新たなフェーズ」に入ったかもしれないとも感じている。

・1999年のゼロ金利政策以降、日本銀行は量的緩和政策において、中央銀行のとりうる政策をほぼやりつくした。そして2013年4月、日銀は「異次元の金融緩和」を決定した。

・国債についての一般的な説明。
考え方によって国の借金の額は異なるが、日本が最も深刻な財政状況の国のひとつであることは事実。

財政問題の議論では、ストックとフローの概念を明確にしなければ正しく理解できない。家計、企業、政府、海外の4つの経済主体のフローを認識すること。4つの資金収支は合計するとゼロになる。
1990年代からの政府部門の赤字に対して、民間部門が資金を供給し埋め合わせることができた。1997年の金融危機以降、日本は好況、不況にかかわらず民間部門の資金需要が小さく金余りであった。

過去15年ほどの資本収支動向では、海外(経常黒字)は安定的に推移、政府は劇的に悪化、家計の黒字は縮小、企業の黒字は拡大した。

・家計の金融資産が政府の債務を支えている、というイメージが世間にはある。しかし1990年代後半から、家計の金融資産(貯蓄)はあまり増加していない。
日本の国債は家計が直接・間接に保有しているだけではなく、日銀や公的資金、社会保障基金も大量に保有している。また企業も間接保有額を大きく伸ばしている。

1990年代末から、企業のフリーキャッシュフローが増大した。(企業の手元にお金が貯まりだした。)
企業に資金余剰が発生している理由は、人件費などのコストが削減された結果と考えられる。日本の長期的な成長期待が低下したことや、企業の海外生産が増えたことは主な理由とは考えにくい。

・企業が余剰キャッシュをもつことは、銀行の貸出減少につながる。銀行の貸出減少は、銀行の国債購入を増加させる。人件費削減によって家計の所得を抑制し、政府の財政赤字を支える所得移転のメカニズムが存在するとみなせる。

・銀行の民間部門への貸出は減少し、公的部門への資金提供(国債購入)は増加してきた。しかし民間部門への貸出では信用調査のノウハウを必要とするが、国債購入にはノウハウは必要ない。(国債はリスクフリー。)
では銀行が自らの信用により預金を集め、リスクフリーの国債を購入する意義はあるのか?

銀行預金には、定期性預金(定期預金)と流動性預金(普通預金や当座預金)がある。以前は定期性預金が多かったが、低金利やペイオフ解禁のため、現在は流動性預金の方が多くなっている
銀行は巨額になった流動性預金の運用を迫られるが、短期国債の購入で対応している。さらに長期間引き出されないと考えられる流動性預金(コア預金とよばれる)については、長期の国債で運用している。
デフレ下での有利な実質金利のため、預金者は流動性預金にお金を預けてきたが、インフレに転換したときの預金者の行動は予測不能である。銀行のリスク管理モデルによる長期の国債運用と、預金者の行動とに齟齬が生じるおそれがある。

・数年から数十年の期間でみた、日本の政府債務の持続可能性についての考察。
ドーマーの条件、IMFの試算、将来の政府債務残高の割引現在価値の試算、財政運営スタンスの分析など。

・1990年代になされた日本の財政破綻の予測は外れた。クラウディング・アウトは起こらなかった。政府が財政赤字を拡大させても、資本は不足せず金利は上昇しなかった。過剰な貯蓄は投資にまわらなかった。

デフレが政府債務の持続可能性を強化している現状を認識しなければならない。

・「高齢化により成長率・貯蓄率が低下し、経常赤字が発生して国債消化を海外に依存するようになり長期金利が上昇する」という予測には疑問がある。
経常赤字が即座に国債消化の海外依存につながるのか?高齢化が経常赤字に直結するのか?企業の過剰貯蓄がこのまま続く可能性は?

・日本の政府歳出、官僚機構、公共投資は諸外国と比較して過大とは言えない。日本の財政悪化の主因は行政コストではない。
現在の日本は低受益、超低負担の所得再配分機能不全の状態にあり、受益と負担の不均衡が財政赤字の原因である。
政治家は、国民間の受益と負担の関係を広く社会に問い、財政再建を計画すべきだ。

・投資家が損失を被る状況は?
日本の財政悪化が進んだときのリスクは、狭義のデフォルトのほか、ハイパーインフレーション、超法規的な資産課税、大幅な通貨安、年金の不払いがある。
財政危機の際は、公的年金の積立金が財政赤字の補填に使われる可能性が全くないわけではない。

・国際通貨システムが不安定化した時期に、国家のデフォルトは起こりやすい。

日銀の「異次元緩和」は短期的には成功した。しかし中期的(1~2年)、長期的(3~10年超)な成果は疑わしい。
中期的には、2年で2%のインフレ率目標の達成は難しい。そして「異次元緩和」は、日本の国債市場の機能(流動性と価格発見機能)を低下させた。これらの機能は大きな環境変化が起き始めたときに必要な機能である。
長期的には、「異次元緩和」はマネタイゼーションとみなされる可能性がある。これは日銀の政策により、日本政府の行動が財政規律を失う方向に変化するかにかかっている。政府が財政支出拡大に抵抗感をもたなくなり、かつ民間の資金需要が増えれば、インフレ率が上昇し日本経済の構造が変わるかもしれない(ただし当初は好況というポジティブな評価になるだろう)。

・長期的にインフレ率が高まってきたときに有事が発生した場合、劇的な結果(ハイパーインフレーション等)をもたらす可能性がある。歴史的にマネタイゼーションやハイパーインフレーションは、それを招きうる法制度や経済環境下で有事がきっかけ(触媒)となって起きてきた。

日本国債の悲観シナリオ。
日本政府が国債を償還できない「狭義のデフォルト」は、容易には発生しない。ハイパーインフレーションという「広義のデフォルト」の方が、生起確率は高い。
ハイパーインフレーションに至る経路には、戦争や石油ショックのような有事が触媒となる可能性が高く、その経路の最後の政策選択に中央銀行の国債購入がある。

日本国債のテールリスクに個人投資家が対処するには?
危機時には、分散投資の効果は失われ、流動性も枯渇する。
危機に陥ったときの投資対象は、米国債(米ドル)と金(ゴールド)、スイスフランなどの逃避通貨、ドイツなどのユーロ建て国債(主要先進国通貨)となる。
リスクヘッジをするタイミングは、テールリスクが若干上昇したが、まだテールと認識されている間に、少しずつ始めるのがよいだろう。

 

書評

財政問題の議論はすぐに政治色を帯びるので、なかなか冷静に行われません。私は経済について素人で、各エコノミストも言うことがバラバラなので、本書の内容の妥当性は正確にはわかりません。国債の専門家の意見として、ただなるほどなあと受け止めました。

著者は財政赤字を考えるときに、ストックとフローを見ろと述べています。家計資産が1500兆円なので国債発行額がそれを超えたら破綻するとか、日本人が90%の国債を保有しているから破綻しないなどといった主張には誤解があると解説しています。著者は本書を金融関係者だけでなく、一般国民を対象と意識して執筆しています。わかりやすく書こうという努力の跡がみられるので、詳細は本書を読んでいただければと思います。(それでもちょっとわかりにくさはあります。各章にまとめをつければよいのになと感じました。)

本書では、日本経済の将来シナリオを確率ごとに分岐させています。例えばハイパーインフレーション発生シナリオは2.1%ですが、それは各分岐(以下の①~③)の和になります。

①実質GDP成長率が3%以上で景気過熱(発生確率10%)
×消費者物価指数3%以上でインフレ加速(発生確率30%)
×2020年時点での消費税率10%で財政再建停滞(発生確率30%)
×日銀が国債購入継続(発生確率40%)
≒0.4%

②実質GDP成長率が-1%~1%で景気低迷(発生確率30%)
×消費者物価指数3%以上でインフレ加速(発生確率10%)
×2020年時点での消費税率15%でノーマルな財政再建(発生確率20%)
×日銀が国債購入継続(発生確率50%)
=0.3%

③実質GDP成長率が-1%~1%で景気低迷(発生確率30%)
×消費者物価指数3%以上でインフレ加速(発生確率10%)
×2020年時点での消費税率10%で財政再建停滞(発生確率80%)
×日銀が国債購入継続(発生確率60%)
≒1.4%

これは高校数学のやさしい確率の問題みたいで、予測シナリオとしては非常に不正確と思われます。そもそも10~20年先の経済予測は不可能ですから、このような経路をたどればこういう結末が起こりうるという心構えとして、理解しておけばよいでしょう。

最後に著者は、広義のデフォルトが起こるには、有事が触媒となり中央銀行の国債引き受けがそれを決定づけると強調しています。この点は、国民各自が注意する必要があります。
(書評2014/03/09)

「日本の景気は賃金が決める」 吉本佳生(著)

 

日本経済はなぜ停滞するのか。日本経済を成長させるにはどうするべきか。賃金から日本経済を考えます。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

日本経済について考えたい人。とりわけ、なぜ日本経済が停滞を続けるのか、どうしたら景気がよくなるのかを考えたい人。

 

要約

・日本の労働者の賃金には、属性で極めて大きな格差がある。
性別(男性⇔女性)、企業規模(大企業⇔中小企業)、雇用形態(正規⇔非正規)、勤続年数(中高年⇔若者)。このような、日本の属性での賃金格差は、先進国中では最大である。

・1998年以降、物価は下がってきたが、それ以上に賃金は下がってきた。特に、女性・中小企業・非正規・若者の属性に含まれる人の賃金が下落した。

・低所得層の方が、高所得層より消費する。(平均消費性向および限界消費性向は、所得が低い勤労者世帯ほど高くなる。)

・安倍政権はインフレ目標政策を導入したが、各種物価指数にはそれぞれ特徴があるので、どの物価指数を選ぶかは重要だ。

・世界の中ではましだが、日本の不況は深刻だ。内閣府と日銀は、需給ギャップをGDP2%(10兆円)と試算している。しかし、需要側の消費不足は、GDP10%はあると考えられる。

・2001~2006年の日銀の金融緩和が、国際的な資源価格とアメリカ住宅価格の高騰を招いた。
資源価格が上昇しても、日本国内の中小企業は価格に転嫁できず、人件費を削減して調整した。国内の労働者の大半は中小企業に勤めており、賃金格差と賃金デフレが大きくなった。賃金デフレが不況を深刻にした。

・国民や市場の期待(予想)に働きかける、インフレ目標政策は難易度が高い。どの物価が上昇するかで、局所的に困窮する国民が発生するおそれがある。

・金融緩和はバブルを引き起こす可能性があるが、海外で起きたバブルでは国内の賃金は上昇しない。どうせバブルが発生するなら、国内で適正な規模のバブルが起きるのが望ましい。

・GDPの6割を民間消費が占め、国民所得の7割を雇用者報酬が占める。労働者が賃金所得を稼ぎ、消費を拡大することが、日本経済を回復させる。

・非正規雇用を無理に正規雇用にしたり、最低賃金を上げたりする政策は、新しい既得権をつくり、あとから労働市場に入ってくる人を苦しめるので、やるべきではない。

・日本は第三次産業が中心だ。サービス業は稼働率が重要である。サービス業の稼働率が上がれば、派遣やアルバイトの求人も増え、賃金も上がる。特に、宿泊業と飲食サービス業の賃金が、上がることが望まれる。

・金融緩和による資産バブルは、国内の都市部で、不動産価格が安定的に上昇する形ならばよい。都市部の地価が上がれば、開発が行われ、カネと人が集まる。人口が集まると、サービス業の稼働率が上がる。(歴史的に、人口密度が高まり都市化が進むと、経済成長は高まる。)

・財政政策は、都市部に集中させるべき。地下鉄など公共交通機関を都市部に整備し、人口を集積させてサービス業を盛んにし、経済を活性化させる。高所得者には有給休暇を取得させ、サービス消費を増やしてもらう。

・日本の相対的貧困率は悪化しており、2000年代半ばのデータで、先進国中最悪の水準だ。
ひとり親で子育てしている世帯の、相対的貧困率は58.7%で、OECD加盟30国中30位である。
子どもの属する世帯の相対的貧困率は12.4%で、所得再分配後は13.7%となる。日本政府の社会保障政策は、子育て世帯の経済状態を悪化させている。日本政府の政策が、少子化を後押ししている。子育て世帯にとっての物価上昇を上回る、賃金上昇が必要だ。

・これまでの議論より、以下のおしくらまんじゅう政策を提唱する。
金融緩和での不動産価格上昇を利用して、都市部に人口を集め、サービス業の需要を増やし、賃金を上げて、日本経済を成長させる。
持家派が多い日本では、持家の帰属家賃が消費者物価指数の15.6%を占める。不動産価格の上昇分を、インフレ目標の2%分にあてれば、インフレによる国民生活の被害は少なくなる。

 

書評

労働市場が硬直的すぎて、大企業の中高年労働者(と公務員)が保護されすぎている。若者や出産と子育てのある女性が、非正規雇用など賃金が低く、キャリアも蓄積されない仕事に就かざるを得ない。当然少子化にもなるし、社会も衰退する。保護されている大企業の中高年が、グーグルやアップルやフェイスブックを生み出せるとは、到底思えない。

以上のような考えをもっていたのですが、データ的にこれを補強できるような本でした。

サービス業を重視して、都市部に人口を集積すること。都市部の地価を緩やかに上昇させること。これで都市部の女性や非正規の雇用を増やし、自然な形での賃金上昇を起こす。という本書の提言は考えたことがなかったので、興味深く読めました。

本書では、子どもの相対的貧困率のデータを提示しています。日本の子どもの相対的貧困率は、所得再分配前で12.4%再分配後で13.7%となります。
日本政府が社会保障政策を実施して、所得を再分配すると、相対的貧困率が上がります。
これを読んだときはかなり驚いて、出典の「平成23年版厚生労働白書 図表4-1-2子ども貧困率、当初所得と再配分後の比較」にあたってみました。本当でした。この事実を知っただけでも、私には本書を読んだ価値がありました。
(書評2013/06/29)

「クルマは家電量販店で買え!価格と生活の経済学」(文庫版) 吉本佳生(著)

「スタバではグランデを買え!価格と生活の経済学」の続編です。身近なところから経済が学べる本です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

対象読者層

経済やビジネスに関心のある人。
気楽に読みながら勉強になる系の本かと思います。
一般人向けですから、わかりやすさ重視で書かれています。

要約と注目ポイント

以下の内容を具体的に説明しています。

同じ商品なら同じ価格という一物一価が原則だが、現実には取引コストがあるため価格差が生じる。

大量に生産する工業製品は、生産量が多くなるほどコストが下がる。

企業の戦略としては、各消費者が支払える金額に応じ、各商品の価格設定をして利益を最大化する。

経営上、料金設定のときに重要となるのは稼働率である。

価格差は、裁定取引によって縮小する。

オークションの仕組みや囚人のジレンマの説明。それをふまえて、企業や製品が競合する場合の価格の決まり方について考える。

経済やビジネスにおいて、値段がとても重要であることがわかります。さりげなく商品についている価格の裏には、深い意味がありました。

書評

要点だけ見ると素っ気無いですが、具体例をあげながら解説しているので、ふーむなるほどと読めます。著者の考察(主張)が、すべて正しいかはわかりませんが、経済学的な論理の組み立て方は勉強になりました。

京セラの稲盛会長の言葉に「値決めは経営である」というものがありますが、価格をどのような考え方で決定するかは、極めて重要なんだなと感じました。
(書評2013/04/15)

「投資家が「お金」よりも大切にしていること」 藤野英人(著)

 

投資成績も好調な、ひふみ投信を創設された藤野英人氏の本です。投資に対して、新たな視点を持てる1冊です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

著者は、未来ある若者と、お金について真面目に考えていない頭の固いタイプの日本国民に、読んでもらいたいようです。

 

要約と注目ポイント

お金を使って何をするか考えるということは、どう生きるか考えることと同じである。人生において重要である。

日本人はお金の話をしない。お金に否定的な態度をとるが、実際はお金そのものは大好きである。(預貯金に偏った資産、寄付をしない行動など。)

日本人は人を信じていない。お金しか信じていない。(誰かに投資したり、寄付したりしない。)

日本人はお金について真剣に考えていない。(日本資本が外国へ投資することは肯定し、外資に日本企業が買収されることはハゲタカなどと罵って拒否する。)

日本人は、金持ちは汚いことをして儲けたんだという、ゆがんだ「清貧の思想」を持っている。

アメリカのヒーロー(スーパーマン・バットマンなど)は民間人だが、日本のヒーロー(ウルトラマンや大岡越前・水戸黄門など)は公務員。日本人は、公的サービス(社会的事業)は民間ではなく国や公務員がやるべきと考える。

人は生きているだけで価値がある。自分の消費活動は誰かの生産活動につながる。(赤ちゃんでも経済主体、労働だけでなく消費も価値ある行動。)

自分の消費にも意識を向けるべき。(ブラック企業がはびこるのは、消費者が過剰なサービスを要求し、結果としてサービス業の従業員に負荷がかかるのも要因。)

調査によると、日本人は仕事や会社が嫌いである。仕事や会社は、目的を同じくする仲間と協力しながら、新しい価値を生み出して社会貢献をし、利益をあげてお金を稼ぎ、自分の人生を豊かにするものだと考えるべき。

日本の会社(特に大企業)は不真面目である。自社がどうあるべきかを(建前でなく本気で)語らない。

投資とは、人を信じて未来を良くしようとエネルギーを投じる行為だ。

お金のことを真剣に考えると、自分の生き方を違う角度で見るようになります。こういう言い方は、共感されにくいですけど。また、アメリカのヒーローは民間人という指摘も面白いです。お上が好きな人は日本に多いですから。

 

書評

著者の主張には、まあそうだよねとそれほど違和感はありません。著者は若い人に読んでもらいたいようなので、学生が気楽に読んでみればいいかなと思います。あと残念ですが、金持ちは汚いと信じきっている人は、本書を手に取らないでしょうね。

私は個人的には、金持ちを蔑視し批判する人は、実はとてもお金持ちになりたい人なのではと思います。嫉妬とかルサンチマンってやつではないか、と思われます。
(書評2013/04/04)

「経済学に何ができるか 文明社会の制度的枠組み」 猪木武徳(著)

 

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

書評

経済学が専門で経済学に明るい人は、読む必要はないかなあ。対象読者は、学生や一般社会人などと思われます。

多くの古典を引用しながら、経済学の存在意義を考えていく王道の新書。

税、貨幣、経済成長、富の分配、貧困、格差、自由、消費、人間の行動の合理性、理論、政治、幸福、倫理、正義。経済学は人間が生きるということをよく理解するための学問であり、その意義と限界について語っています。

教養を読者に与えるという、新書の古典的役割を体現した本です。読んだからすぐに何かに役立つ、ということはありません。でもまあ、教養ってもんはそういうことでしょ。教養を深めたい、これから経済学も学んでみたいという人には良いかと。
(書評2013/02/27)

「機械との競争」 エリック・ブリニョルフソン/アンドリュー・マカフィー(著)

産業の機械化や自動化により、今まで中流階級として働いていた人々の職が失われるのではないか?という疑問がある方にはおすすめの本です。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

書評

まず、装丁に特色有り。人文系の本だとこだわったりする本はありますが、これは社会科学系というか、基本的にはビジネス書と思ったので珍しいかなと。カバーもゴテゴテしているし、ページも油汚れ的な茶色です。外見の印象はプロレタリア文学風味というか、セメント樽から血糊が付着したまま出てきた感じです。

で、あと、文字が大きい。そんなにページが大きくないので、ページあたりの字数が少ないような。少ない?少ないってどれくらい?中谷彰宏先生くらい!
ですので、全体量としても薄めの新書程度かなあ。カバーとページが硬いので、ちと読みにくい。

それで肝心の内容ですが、アホな私が要約すると以下のようになります。

米国の雇用情勢が回復しない。その主因は、汎用技術(情報通信技術)の発展に伴う雇用の喪失である。テクノロジーの発展に伴い、それまで人間がしてきた仕事を、機械(コンピュータ)が取って代わって行うようになった。この動きは産業革命以降続いてきたが、これまでは技術が革新し経済が成長することで新しい職が生まれ、失業者を吸収してきた。しかし、あまりにもテクノロジーの進歩が加速し、人間の価値観や社会制度が追いつかなくなってきた。

現在、あらゆる分野で人間の仕事が機械に置き換わろうとしている。機械には無理と考えられてきた、パターン認知や複雑なコミュニケーションが必要な仕事にも、その波は押し寄せている。例えば自動車の運転、翻訳、これらは技術的に完成されつつある。情報通信技術の指数関数的な速度で進む拡大は、まだ途上であり、今後さらに社会生活と雇用に重大な影響を与える。人間に残された仕事は、問題解決や創造性など極めて高い認知能力が必要な分野と、配管工や給仕係のような肉体労働(これらの仕事は実は高いパターン認知能力が必要で、かつロボットは繊細な動きが苦手)である。

このような社会環境では、勝者が利益を総取りする傾向が強まる。こうした急激な変化への対処法を著者は2つ提示している。勝者以外の、多くの普通の人々が社会生活を営めるよう、機械と人間が直接競争するのではなく(人間に勝ち目はない)、機械と協力しながら仕事を進めるように組織の革新を行うこと。また、教育への投資を増やしたり有能な人材を自国へ呼び込む政策をとったりして、人的資本を強化(スキル向上)すること。ただ、著者は効果の限界も述べている。

以下は本書の主張に対する愚考です。
あと、どうでもいいですが、原著のタイトル、Race against the machineでした。買うまで気付かんかった。

確かに近年、経済成長しても雇用が増えないことは、グローバル化などと関連して指摘されてきた。特に日本を含めた先進国で。しかし、新興国は比較的明るい未来が語られていたと思う。

日本は人口が減少するが、新興国では若者や生産年齢人口がこれから増大し、人口ボーナス期だとよく言われる。確かに消費市場は拡大するだろうが、雇用は人口に対応するほど増えるだろうか。現在も中国では大卒者の就職率が悪くて、アリ族だのネズミ族だのが存在する。インドでも若者は就職難らしい。依然として南欧方面の雇用情勢も最悪である。これらますます増える世界人口に対応するほどの雇用が、将来生まれるか?

社会学者ジグムント・バウマンの「新しい貧困」によると、産業革命以降に大量に工場労働者が必要となったため、長時間低賃金で働くように仕向ける労働倫理が発生した。この労働倫理とは、成人男性が完全雇用の状態にある社会が正常で、働けるのに働いていない人間(特に成人男性)は労働意欲や自己管理能力が不足しており、そのため失業し貧困にあるものは自己責任とするものである。
すなわち、人口ほどに職が用意されず失業者が全世界で大量に生じるが、完全雇用がめざすべき正常な状態、という人々が抱いている価値観はそのまま残り、失業は本人の努力や意欲の不足によるものとされた場合、どうなる?世界中で深刻な社会不安が蔓延するのでは?

最後に、凡庸な私が、本書で少し希望を感じた部分を紹介する。
本書では、機械と協力して成功する例として、チェスの例が挙げられていた。人間が全くコンピュータに勝てなくなったので、チェスのゲームとして、人とコンピュータが組んだチーム同士で戦う競技ができた。ここで優勝したのは、グランドマスターのいるチームや、強力なコンピュータを擁するチームではなく、アマチュアプレーヤーと並のコンピュータの組だった。優勝チームはコンピュータを操作して学習させる能力が高く、これが決め手になったと考えられている。つまり、[弱い人間+マシン+より良いプロセス]が、[強力なマシン]や[強い人間+マシン+お粗末なプロセス]に勝利したのである。
(書評2013/02/20)