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「新クリエイティブ資本論」 リチャード・フロリダ(著)

 

新しく台頭する階層を描き、大反響を巻き起こした「クリエイティブ資本論」を、10年ぶりに全面改訂!

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

現在の経済で主役となる階層に、興味がある人。

 

要約と注目ポイント

・経済や文化を変化させる、長期的かつ潜在的な力は何か。それは経済を成長させる力をもつクリエイティビティと、新たな社会階層「クリエイティブ・クラス」である。

・クリエイティブ・クラスにより、カジュアルなスタイル、柔軟な勤務体系、個人志向、多様性の尊重、実力主義といった価値観が社会に広まった。都市に求められる価値も、快適な居住性、清潔さ、緑の豊かさ、持続可能性などに変わった。

・本書の主張は、
「誰もがクリエイティブである。すべての人が持つクリエイティブな力を引き出そう。ひとりひとりのクリエイティビティを尊重し、育成する社会を構築しよう。それは開放性と多様性に満ちた社会だ。」
である。

クリエイティブな人々が、新たな階層として台頭してきました。これらの人々が、経済の形を変え、社会を革新します。

クリエイティブとは

クリエイティビティとは、役に立つ、意義のある、機能する、(それが作られるまで明確ではないが)何か新しい形態を作り出す能力である。多様なクリエイティビティを育成するには、それに適した多様性のある社会的・経済的環境が必要となる。クリエイティブな人材が集まることが大切なので、ビジネスではどの場所(都市)を選ぶかが大きな意味を持つ。

・報酬を何から得ているかで、階層が分かれる。(労働力比率と報酬比率はアメリカのデータ)
「クリエイティブ・クラス」は労働力の30%強で、知的および社会的スキルを使う頭脳労働で報酬を得る。賃金総額の半分以上を占め、他の2つの階層の倍近く稼いでいる。
「ワーキング・クラス」(労働力の約20%)と「サービス・クラス」(労働力の45%強)は、決まりきった仕事や肉体労働で報酬を得る。

クリエイティブ・クラスは、3つのTがある、大都市圏か中小規模の大学都市に集まる。3つのTは、技術(technology)、才能(talent)、寛容性(tolerance)である。

・クリエイティビティとは、知性も当然含むが、統合する能力のことである。また(他人の批判にへこたれないように)自信リスクをとる能力も含む。
多面的で経験的なものなので、長い時間をかけ修練し、集中し、多大な努力をする必要がある。協力者も要るので、他人をまとめて組織的に取り組む能力も含まれる。

・クリエイティビティは、収穫逓増の性質がある。誰かのクリエイティビティに手を加え改良し、新しい形態のクリエイティビティが複数生まれ、さらに蓄積されていく。

新しく価値のあるものを生み出す能力が、クリエイティビティです。クリエイティブ・クラスは頭脳労働者で、都市部に集まります。

 

クリエイティブ・クラスの特徴

・クリエイティブ・クラスと人的資本(学位)に相関関係はあるが、一致しているわけではない。クリエイティブ・クラスは賃金が高く、失業率は低い。またクリエイティブ・クラスが多く住む地域も、失業率が低くなる。

・ワーキング・クラスは減少している。退屈で単純な作業や、機械で制御された作業を行い、賃金は低めである例が多い。失業率は高く、景気後退局面で特に高くなる。サービス・クラスの労働人口は一貫して増加しているが、賃金は一番低い。失業率は高めである。

・クリエイティブ・クラスと、ワーキング・クラスおよびサービス・クラスとの間には、収入や経済的保障の格差だけでなく、ライフスタイルといった面でも差異があり、固定化している。

・政治学者のイングルハートは、世界的に価値観が、経済成長からライフスタイルを重視する方向へ変化していることを指摘した。このように変化した価値観は、クリエイティブ・クラスと共通するものである。クリエイティブ・クラスは、体制の内側にいる、社会の主流派なのだ。

・クリエイティブな人々の働く意欲をかきたてるのは、クリエイティブな仕事からの内発的報酬である。

クリエイティブ・クラスは増えており、収入も高いです。生活の質を大切にする価値観を持ちます。

 

クリエイティブな仕事への変化

労働者は、フリーエージェント化が進んでいる。良い面としては、労働の自由度が増し、時間帯や条件を選んで、充足感が得られる仕事に専念できる。悪い面としては、やりたいと思う仕事は競争が激しく、収入が低くて安定しない。

・非正規社員や派遣社員などの比率が上がり、会社は社員の人生のリスクを引き受けなくなってきている。今日の労働者は、自分の仕事や生活に、より自分で責任を負うようになった。

・クリエイティブな頭脳労働者には、カジュアルなドレスコード、柔軟な働き方、大学の学生寮のような楽しそうで相互作用的な空間、を用意することが求められる。
オフィス環境としては、共通の知識や関心を土台としながら、互いに異なる見解を提示できる人々が、相互に接触しやすい構造が望ましい。

・クリエイティブな労働者は、内発的報酬で動くので、長時間労働となりやすい。常に、新しく効果的な方法を迅速に考案し実行しようという、過酷なストレスがかかる。

クリエイティブ・クラスは、自由な働き方を望み、相互作用から成果が生まれます。ただし、何事も自己責任で、過重労働になりがちです。

 

高濃度な時間と経験を求める

・テクノロジーが進歩するほど、時間を管理しようとする圧力を受けやすい。高い技能を備え高収入の人ほど、忙しく時間に追われる感覚を持つ。時間を濃縮して過ごそうとする(商品を消費することから、経験を消費することへの移行)。

・クリエイティブ・クラスは、濃密でクオリティの高い、心がときめくさまざまな経験を求めている。自分で体を動かす、アクティブで本格的な経験を楽しむ。選択肢を自分でつくったり、幅広く選択できる本物の経験を、クリエイティブ・クラスは好む。

・クリエイティブ・クラスは、その土地に根を張った、その土地特有の有機的に発展してきた文化を好む。このようなストリート文化は、無数の小さな文化の集まりで、多種多様な人々が行き交い、多くの要素が折衷的である。クリエイティビティとは多くのものを合成する営みであり、ストリート文化の多様性、相互性、折衷主義がクリエイティブを刺激する。

クリエイティブ・クラスは、時間を有効に使おうとします。そのため、濃厚で質の高い経験を求めます。

 

クリエイティブ・クラスの考え方

・クリエイティブ・クラスでは、プロテスタントの労働倫理とボヘミアンの倫理が混じり合っている
近代工業社会が成立して以降、この2つの倫理は対立してきた。プロテスタントの倫理は、合理的で実利主義であり、保守的で勤勉を尊ぶ。ボヘミアンは仕事ではなくライフスタイルに基準を置く。
クリエイティブ・クラスは、勉強も仕事も一生懸命であり、遊びも一生懸命である。組織や規律と、自己や快楽とは両立している。

・資本主義社会では、経済面でブルジョアジーとプロレタリアートが対立し、文化面でブルジョアジーとボヘミアンが対立していた。ブルジョアジーはプロテスタント倫理を徹底することで、資本家階級となり、権力を握った。プロテスタント倫理では、人間の感受性や自由な行為、肉体的快楽の可能性を抑圧するので、ボヘミアンは反抗した。

・だがボヘミアンの価値観が存続できるのは、持続可能な経済的基盤があるときだけだ。シリコンバレーが開拓したクリエイティブ精神は、経済力を生む仕事世界と、自由と多様性を求めるボヘミアン的生活世界を、2つとも巻き込み混合させた。2つの倫理を同時に持つクリエイティブ・クラスが、今後の社会の方向性を決めていく。

クリエイティブ・クラスは勤勉かつ、開放的に遊びます。

経済成長とクリエイティブ・クラス

・クリエイティブ・クラスは、寛容で多様性があり、質の高い生活や経験が得られ、自分のクリエイティビティが発揮できて、クリエイティブ・クラスが集まっている場所に住みたがる。
知識主導型のイノベーション経済では、クリエイティブな人々が集まると、相乗効果が生まれる。集積により生産性が高まり、発展し繁栄していく。

・経済的に見ると、クリエイティブ・クラスが集まる地域は繁栄し、ワーキング・クラスが集まる地域は停滞し、サービス・クラスが中心となる地域は、人口と仕事が増えても低賃金のまま、という傾向がある。

・労働者のスキルには、身体的スキル、認知能力のスキル、目標達成のために人と協力する社会的スキルがあり、最後のものが一番大切である。認知能力を使って分析でき、社会的スキルを行使できる労働者は、高賃金が得られる。

・都市の真の経済成長は、人口の増加ではなく、生産性の向上によってもたらされる。人口の規模や密度ではなく、クリエイティブ・クラスの人口比率が高い場合、経済成長も高まる。すなわち、クリエイティブ・クラスにより生産性が高まっている。

・クリエイティブ・クラスを惹きつける場所は、3つのTのほか、4つめのT(territory)がある。これは、仕事や生活をするのにクリエイティブな環境であり、多様でクリエイティブな人々がいて開放的なので自分も参入しやすく、クリエイティブな活動が日々行われている場所である。場所の質が高いと言える。

クリエイティビティが経済を成長させます。場所の質が高いと、クリエイティビティが発揮されます。

都市環境と社会の絆

・従来のコミュニティ(社会資本)は弱体化している。教会、町会、政治団体、同好会などへの参加は減っている。だが今日では、これらの団体に参加したくないと考える人が増えている。
今日では、弱い絆の重要性が増している。強い絆はいくつかなら維持できるが、数が多くなると負担になる。弱い絆はたくさん持てるし、状況で使い分けられ、クリエイティビティにとって有効である。

場所の質が高いと、クリエイティブな人々という多様な労働力と、それを探す企業の厚みのある労働市場という、両方が存在する。良質のライフスタイルも得られる。場所では、多様性、その土地らしさ、シーンも重要。どこに住むかが、人のアイデンティティにもなっている。

・住民がその場所に愛着を持つのは、寛容性があり、社会からさまざまなものが豊富に提供され、建築物や緑地が美しいときである。

・クリエイティブ経済により、人口は都市へと回帰し、都心部へ向かう。郊外では、歩きやすい街が好まれる。快適性や安全性、自転車専用道路や公園など歩きやすさ、公共交通機関へのアクセス、エネルギー効率の良さといった点が望まれるようになった。

・クリエイティブ・クラス、ワーキング・クラス、サービス・クラスは、それぞれ非常に異なる種類の場所に住み、極めて異なる人生を生きる。働き方によって、日常生活の大部分は決まっている。階層間の対立、住む地域同士の対立が目立ち始めた。

・幸福度は、収入やクリエイティブ・クラスの比率と正の相関があり、ワーキング・クラスの比率と負の相関がある。喫煙や肥満などでみると、クリエイティブ・クラスが多く人的資本のレベルが高い都市が健康で、ワーキング・クラスが多い都市が不健康だった。銃による死亡率、歯科受診率などでも相関があった。

・アメリカでは、仕事の種類、収入、教育レベル、政治や文化、健康、幸福というすべての面で分断化され、不平等な社会になっている。貧困や不平等、階層間の分裂を解決するため、新しい制度が必要である。

・すべての人がクリエイティビティを発揮でき、クリエイティブ経済が実現するような、新しい社会契約を構築しなければならない。

経済格差と、それによる社会の分裂をどう解決するのか。アメリカだけではない、世界の深刻な問題です。

 

書評

ビジネス書だと思って読み始めたら、実際は社会学寄りの本でした。典型例で言うと、シリコンバレーで働き高収入を得るような人たちを、ビジネス的に分析する本と思っていました。確かにそういう人たちを扱っていますが、それらの人々が生まれた歴史的背景や社会的位置付け、社会への影響、価値観の変遷、階層としての特徴などを考察しています。

原著は2002年ごろに書かれており、この内容ならば出版時には衝撃的と思われます。反響は大きかったようです。本書は、それから10年後の改訂版です。本文中で著者も述べていますが、今読むと驚きはありません。細部はともかく全体としては、まあこのようなものだろうという印象を受けます。

高賃金で社会的地位の高い層に、本書で指摘するクリエイティブ・クラスが増えているのは事実でしょう。社会的影響力を持つ層では、主流派になりつつあるかもしれません。クリエイティブという概念は理解しにくいのですが、多様性のある都市部を好む、カジュアルなドレスコード、ゲイが住みやすい都市に多い、といった具体例の方が察しやすい感じです。これらの例だと、急成長するIT企業の活動的な社員というイメージです。

ですが本文では、意外と工場労働者の創意工夫みたいなものも、クリエイティビティとしています。ここはけっこう違和感がありまして、こういう工場で製品の改良に熱心に取り組む人たちって、都市部に住むか?という印象です。むしろ町工場的メンタリティじゃないですかね、これ。

思うに、経済格差があまりにひどくなったことを、著者が意識しているのではないでしょうか。クリエイティビティはすべての労働者が持っているし、それを発揮することで賃金も上がり、生活水準も上げられる、という結論に何としても持っていきたい意欲を感じます。

工場労働者でもクリエイティビティが発揮できるとしても、それは期間労働者のような人たちではないでしょう。高度経済成長期のブルーカラーのように、終身雇用でその職場にずっといて、職場に忠誠心もある人です。仕事が人生とかなり一体化しており、仕事の創意工夫に励む感じです。そして仕事に打ち込むことで、人生が報われることがかなり期待できた時代の話です。著者がクリエイティブな工場労働者の例として、一生懸命語るのも、1960年代の著者の父の話です。

しかし本書でワーキング・クラスの衰退を指摘しているように、現在の工場労働者は身分の安定したブルーカラーは少ないように思います。期間労働者ではクリエイティビティを発揮する機会もなく、報酬も得られません。

工場のカイゼン運動を例に挙げ、末端の労働でもクリエイティブだと述べます。しかし、その末端労働者がクリエイティビティを発揮したとして、それに十分な報酬を与えることができるのでしょうか。

著者は、末端の労働者階級からもクリエイティビティを引き出し、適切な報酬を与えてクリエイティブ経済に組み込め、と主張するのですが。その報酬の与える体系がよくわかりません。

本書は現在の経済構造、その上部に位置する階層を知る本として、有意義だと思います。クリエイティブな人々により、新たなビジネスが生まれ、経済成長するというのも納得します。クリエイティブ・クラスの価値観や生活スタイルも、こういう人々だろうなとうなずけるものです。

しかしそこから、すべての労働者がクリエイティブになれるし、格差を小さくできるという主張は、やはり相当楽観的と考えざるをえません。格差を縮小する方策や、労働者からクリエイティビティを引き出す方法を述べていますが、実現はかなり難しいと思います。

途中でよくわからない議論もありました。賃金格差は、クリエイティビティや教育、技能の有無が原因となる。しかしそれは収入格差に直結しないので、ワーキング・クラスやサービス・クラスの労働者も、クリエイティブ・クラスが集中する地域に住めば暮らしが良くなる、と述べていますが、これはちょっと理解できない主張です。

このように、クリエイティブ・クラスを通して、今日の経済構造、社会構造を考えるには有益な本です。その先どうするか。例えば経済格差の解消や、階層間の断絶を解決するにはどうすればよいのか、本書の分析や主張では不十分かと思われます。
(書評2015/10/23)

「僕たちが親より豊かになるのはもう不可能なのか」 リヴァ・フロイモビッチ(著)

 

今日より明日はよくなる。そう信じられる時代は終わったのか。28歳のウォールストリートジャーナル記者が書いたレポートです。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

金融危機後の、若者の雇用や生活に関心がある人。

 

要約と注目ポイント

・金融緩和政策により株価は上昇し、シリコンバレーでは成功した若者がすでに億万長者となっている。だが多くの若者は、雇用、賃金、教育、住宅、結婚などに悩まされている。1976~2000年生まれのY世代は、アメリカンドリーム、中流階級の生活を実現できるのか。

・1980年代以降、アメリカでは社会保障や教育への支出が削減され、若者が豊かになれるチャンスは減った。2007年からの金融危機で、それは決定的になった。自らの努力次第で親より豊かになれるという、アメリカンドリームという価値観が消えかけている。

・高い学資ローンを払って大卒となっても、スキルを必要とする賃金の高い仕事に就くのは難しい。低賃金で不安定な非正規の仕事に就かざるをえず、キャリアを蓄積できない。住宅を持てないので独立できず、親と同居し結婚にも支障がある。Y世代の労働の機会が失われれば、長年にわたり生産性は低下する。経済は低成長となり、社会保障費は重くなる。

・この30年間で格差が拡大してきた。規制緩和が進み、社会保障や政府支出は削減された。教育の公的支援も削減され、高所得の家庭と低所得の家庭の子供で、学業成績や学歴の差は固定化した。アメリカの主力産業は、製造業からITと金融に移り、一部の企業幹部に富が集中した。グローバル化が進んだため、多くの労働者は、職が減り賃金が低くなった。

・政府はこれらの事態を改善する責任がある。

若者の間にも、貧困と格差が広がっています。アメリカンドリームは消えてしまったのか、若い新聞記者が、世界の若い世代を取材します。

 

若者たちの実例

・なかなか仕事に恵まれず、高額の学資ローンに圧迫され続ける、アメリカの若者たちの実例。

・金融危機後、緊縮財政と増税のため失業者があふれ、仕事に就けないヨーロッパの若者たちの実例。

・一時的な短期雇用や、無給で正規採用が約束されていないインターンシップを何回も繰り返すが、安定した職をえられない若者たちの実例。

・高度な教育を受けた若者が、職がないため外国へ移住していく、頭脳流出の実例。

・未来のない先進国ではなく、成長する新興国で生活する若者たちの実例。新興国にはチャンスがあるが、問題も多々ある。

・アメリカでは政治的な理由から、緊縮政策が採用されている。そのため経済は低迷し、若者は困窮している。

・高い学費の負担軽減や、教育格差是正、若者の就労支援に取り組む、アメリカ国内のさまざまな実例。

・Y世代は新しい時代に対応し、自分の人生や生活を常に見直し、改善し発展させていく努力をしている。柔軟に小さなビジネスをつくり、生き抜いている。

世界各地に存在する貧困と格差を、若者の姿を通して表現します。また、その解決に向けた努力も描いています。

 

書評

移民の子であり、若い新聞記者であるという著者の経歴が、本書の主張に表れているように感じました。社会的な不公正に怒る、リベラル派の若者の論調です。

若い記者が勢いで書いた本なので、若干つじつまが合わないところもあります。ヨーロッパの若者が絶望して、アメリカに移住したらどうにかなったという例があります。でもそのあとには、アメリカにはもうチャンスがないので外国に行く、という例が出てきます。

そこは置いておいて、本書の主張は。

グローバル資本主義、金融資本主義が行き過ぎた。規制緩和が進み、富裕層や高所得層に有利な法制度、税制度となった。教育支援や社会福祉、公共投資の予算は削減され、低所得層が教育を受けて職を得る機会が減少した。学費が高額化し、学資ローンの負担が重くなった。

現在の若者は安定的な職に就けず、このためキャリアを積めない。低所得のまま一生を送るおそれがある。家庭も持てないので、子供もつくれない。社会階層は固定化し、経済は低成長となり、少子高齢化で社会保障費だけが増え、閉塞した社会になる。この時代に若者だった人たちは、人生を無駄にしてしまう。政府は政策を転換すべき。

ざっとこのような内容です。

このような主張は、もっともだと思います。あるべき政策、正しい政策を考えたり、その実現のために活動するのもよいと思います。ただ問題は、自分が考える正しい政策が実現するとは限らないし、実現しても10年後、20年後では意味がないということです。極端に言えば、政策や制度が変わるかは、(自分が活動したとしても)他人任せです。

そのため、正しい政策を考えるのとは別に、自分が生き残る方法も探した方が良いでしょう。今の時代で生きのびるにはどう行動すべきか、本書でも最後に少し書かれていますが、いくつか考えてみました。

借金はなるべくしない。特に高額な学費、車、住宅などのローンについては熟考する。
借金とも関連するが、若いときは身軽にしておく。失業、転職、引越し、家族構成の変化は想定すべし。
社会制度に関心を持っておく。利用できる制度は使い、該当する補助や支援は受ける。
経済や産業を常に観察しておく。景気循環や、成長しそうな産業、衰退しそうな産業を見ておく。いつ雇用が増えたり減ったりするか、どの業種で仕事が増えたり減ったりするか、想定する。
技能を複数持つ。柱になるスキルのほか、他のスキルも持ちたい。趣味的なスキル、知識、人脈も助けになる可能性あり。
社会構造の変化が速いので、オープンマインドで。いろいろな人に会い、多様な考え方を取り込む。
失敗したら教訓を学ぶ。だが失敗しても、くよくよしない。しつこくがんばる。

こんな感じかと思うのですが、こんなにうまくできそうにありません。しかも、本書に登場する若者は、ほとんどが私より積極的に行動しており、学歴も高いです。そんな彼らでもうまくやっていけないなら、どうすればいいのでしょうか。

しかし、やはりアメリカです。最後の章では、それでも前向きに柔軟にチャレンジする、アメリカの若者たちが出てきます。小さなビジネスを立ち上げたり、効率的に社会活動を運営したり。このオープンで前向きにがんばる姿勢は、真似したいと思います。
(書評2015/10/10)

「国家は破綻する」 カーメン・M・ラインハート/ケネス・S・ロゴフ(著)

 

過去800年間に世界で起こった金融危機を、徹底的にデータを集めることで分析します。世界の歴史で繰り返される金融危機は、驚くほど似通っていることを示します。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

金融危機の歴史を学びたい人。

 

要約

歴史上、世界で繰り返される金融危機は、似た特徴がある。
債務が過剰に積み上がると、金融システムが不安定化する。そのあと発生する金融危機は、次のようなものである。
①政府の債務不履行
②銀行危機
③通貨危機
④インフレ危機
⑤通貨の品位低下

 

危機の定義など

・国ごと、時代ごとにより、さまざまな危機が発生する。比較のため、定量的に定義する
政府の債務不履行は、政府が期日に元本や金利を返済しない、対外債務のデフォルトを伴う危機とする。また、国内債務のデフォルトも同様に含める。国内債務のデフォルトでは、銀行預金の凍結や、外貨預金の自国通貨への強制交換を伴うことがある。
銀行危機は、銀行の閉鎖や国有化につながる取り付け騒ぎが発生した場合とする。また、重要な金融機関の閉鎖、合併、政府による救済が発生した場合も含める。
通貨危機は、基軸通貨に対し年15%を超えて下落した場合とする。
インフレ危機は、インフレ率が年20%以上の場合とする。
通貨の品位低下は、金銀含有量が5%以上減った場合とする。また、現行通貨と新通貨の強制交換により、現行通貨が大幅に減価した場合も含める。

危機のたびに、「今回はちがう」シンドロームが生じている。
「今回はちがう」シンドロームとは、金融危機は我々以外のところで発生するもので、我々のファンダメンタルズは健全で、適切な政策や制度を実行しており、現在の好景気も技術革新や構造改革が進んだ結果であり、経済の安定はずっと持続する、と考えること。

国ごとに、債務への耐性は異なる。その国の返済実績とインフレの履歴が重要となる。過去の成績が悪い国は、債務への耐性が低い。ある国が繰り返しデフォルトするようになると、何十年、何百年と債務不耐性の状態が続きやすい。
国の債務不耐性を比較検討するため、インスティテューショナル・インベスター誌によるソブリン格付け(IIR)と、対外債務の対GNP比(または対輸出比)を指標とした。

金融データの情報源、資料元、収集、データベース構築などの説明。
物価、為替レート、通貨の金属含有率、実質GDP、名目GDP、輸出、政府財政、公的国内債務、対外債務、グローバル変数(国際商品価格や基軸通貨の政策金利など)。標本国66カ国について、これらのデータを収集した。

 

対外債務危機

・超国家的な法的枠組みがないので、債権者が債務国から取り立てる力には限界がある。債務国がデフォルトするかは、その返済能力より返済する意志があるかの方が重要である。デフォルトという選択もあるのに、たいていの債務国が返済しようとする理由は、以下のように考えられる。
政府は、継続的に資本市場にアクセスしたい。
債権者に国外の資産を差し押さえられるおそれがある。
貿易に支障を来す。
海外直接投資を受けにくくなる。
国家の評判を落とし、国際関係を悪化させる。
国内債務を継続して返済していると、戦費など巨額の資金を調達しやすい。
政府が税収を平準化し、信用市場の流動性を維持するために、公的債務は必要である。そのような社会契約の信頼を守りたい。

公的対外債務のデフォルトは、1800年以降で見ても常に発生している。デフォルトの少ない期間は10~20年間ほどしか続かない、凪の期間である。大きな戦争(ナポレオン戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦)の前後で、デフォルトは集中しやすい。

銀行危機と公的対外債務危機は、同時期に多く発生しやすい。国際商品価格や基軸通貨の金利も、デフォルトに影響する。商品価格サイクルは資本フローのサイクルと連動し、商品価格が下落すると新興国のデフォルトが増える。

・1800~1945年に発生したデフォルトの継続期間より、1945年以降に発生したデフォルトの継続期間は短い。第2次世界大戦後は、早く債務再編がなされ、すぐに次の借り入れを始めるようになった。

・過去800年間の歴史を調べると、ほとんどの国は新興国であった時期に、複数回デフォルトを経験している。1800年以降の66カ国の対外債務デフォルトをまとめて提示する。

 

国内債務のデフォルト

残されている公的国内債務のデータは乏しく、公的国内債務の研究はきわめて少ない。

・公的債務総額に占める国内債務の比率は、先進国では高い。新興国や開発途上国も、1914~1959年のデータでは長期債務で借り入れていた。1928~1946年のデータでは、国内で発行した国債と国外で発行した国債の金利はかなり近い。(金融抑圧はそれほど強くなかった。)外貨に連動する内国債のデータも確認できた。外貨建て債務への依存度が高い国は、脆弱である。

・国内債務をデフォルトする理由。
インフレで解決するより、銀行システムと金融部門に打撃を与える場合。
恐慌期のように、デフレの場合。

対外債務をデフォルトする前後で、国内債務も急増している例が多い。対外債務が対GDP比で低い段階で、新興国がデフォルトする理由のひとつになると考えられる。

政府がインフレを容認するのは、通貨発行益の最大化より、国内債務の大きさが重要な要因となっていると考えられる。

・国内債務デフォルト前の産出高は、対外債務デフォルト前の産出高と比べて、顕著に減少している。国内債務デフォルト前後のインフレ率は、対外債務デフォルト前後のインフレ率と比べて、かなり高い。国内債務デフォルトは、マクロ経済状況が相当に悪化したときに発生すると考えられる。

・国内債務デフォルトと高インフレにより国内の債権者が損害を受けるか、対外債務デフォルトにより外国の債権者が損害を受けるかは、時代により異なる。

・これまで公的国内債務のデータはほとんど整備されず、研究もされてこなかった。投資家が妥当なリスクプレミアムを求めることもできない。今後は公的債務統計の透明性を高め、学問的研究や政策研究で取り上げることを期待する。

 

銀行危機

銀行危機の発生率は、先進国、新興国、開発途上国いずれでも大差ない。先進国は公的債務の頻繁なデフォルトや高インフレは起こさなくなったが、銀行危機は発生させている。銀行危機前後では、不動産価格のサイクルが存在する。

銀行危機では、銀行救済コストより政府財政への悪影響の方がはるかに大きい。これは税収の急減、景気刺激策、リスクプレミアムの上昇などのためである。

・開発途上国や一部の新興国では、厳重な金融抑圧が徴税手段となっている。これらの国で銀行危機が発生すると、実質的な国内債務デフォルトとなる。

・先進国や新興国では、銀行は短期の預金を長期のローンとして貸し出している。このため銀行は、取り付け騒ぎにきわめて脆弱である。預金保険や銀行間の資金プールは防衛手段だが、一国の大半の銀行に波及すれば、金融システム危機となる。現代の金融システムでは、短期借り入れを高いレバレッジで運用していれば、銀行以外の金融機関でも金融システム危機をもたらす

・資本が国境を越えて自由に移動すると、国際的な銀行危機が発生する。金融自由化も、銀行危機を誘発させる。銀行危機の前に、資本流入がかなりの期間にわたり増加する。

・金融危機後には、住宅価格の低迷が長く続く。また、危機後に中央政府の債務が激増する。システミックな銀行危機は、長く深刻な不況を伴い、莫大なコストを必要とする。

 

通貨の品位低下

・紙幣が広まる20世紀より前は、統治者が貨幣の金属含有率を低下させて、通貨発行益を得ていた。中世から、王たちは戦費調達などのために、通貨の銀含有率を減らし続けている。インフレとデフォルトは、歴史的にありふれた現象だった。通貨の改鋳による品位低下は、紙幣の普及によるインフレへと形を変えた。

 

インフレ危機

・高インフレと為替レートの暴落は、高い関連性がある。これは政府の通貨発行権の濫用に、原因がある場合が多い。紙幣印刷機の普及により、20世紀に入りインフレ率が上昇する。ほとんどの国で、過去に高インフレを経験している。

 

通貨危機

・インフレ危機と通貨危機は、相関している。特に慢性的インフレが続く国では、為替レートの変化は顕著に物価に転嫁される。

・ナポレオン戦争期(1799~1815年)に、為替レートはきわめて不安定となった。第2次世界大戦後も、通貨暴落の発生率は高くなっている。

・高インフレが続いた国では、取引・価値の表示・価値の保存の手段に、ドルなどの強い外国通貨が使われるようになる。いったん外国通貨が使われると、高インフレが終わったあともその状態が続きやすい。

 

サブプライム危機と大収縮

・2007年から始まるサブプライム危機と大収縮は、大恐慌につぐ規模となった。アメリカへの資本の大量流入、金融規制の緩和、蓄積した家計部門の債務、住宅価格の異常な上昇。これらを原因として、グローバル金融危機に発展した。歴史の例にもれず、危機の前には「今回はちがう」という声が充満していた。

・過去の大きな金融危機では、危機後に住宅価格は20~50%程度は下落し、低迷は5~6年と長く続いた。株価は40~70%程度は下落し、下落期間は2~5年ほど続いた。失業率は数%~十数%上昇し、上昇した期間は3~6年ほどだった。実質GDPは7%~20%強下落し、下落した期間は1~3年ほどだった。中央政府の財政赤字は激増し、国債の格付けは低下した。

・金融危機が国境を越え伝播していくとき、即刻伝染する激烈な影響と、徐々に波及する影響とに分けて検討できる。直接的なエクスポージャーの結びつきのほか、各国で同様の資本流入による信用ブームが同時期に発生していることが原因となる。多数の借り手が、同じ貸し手から借りていることもショックを大きくする。先進国の需要減少、出稼ぎ労働者の本国送金の減少、商品価格の暴落は、新興国経済に徐々に波及する。

・債務危機、銀行危機、通貨危機、インフレ危機を総合して判定すると、第2次世界大戦前には深刻な危機が頻発していたことが示される。第2次世界大戦後は、(先進国には)戦前ほど重大な危機は起こらず、1980年代からはボラティリティの低下した平穏な時代になった。2007年からのグローバル金融危機は、戦前に匹敵する深刻な危機となっている。

・大恐慌と今回の大収縮(サブプライム危機)を、株価、実質GDP、貿易、輸出、住宅建設、失業率、の推移で比較する。

・典型的な危機は、次のように進展する。
金融の自由化が進むと、そののち株式市場と不動産市場の暴落が発生、景気が低迷する。銀行危機に発展し、通貨暴落、インフレ率が上昇する。対外債務と国内債務のデフォルトが発生する。

 

金融危機への対策

・各国の債務など、長期的なデータを収集し、研究する必要がある。特に中立的な国際機関がデータを収集し、国際的なルールづくりに貢献すべきである。

・銀行危機の早期予測には、住宅価格の動向を調べるのが有効である。IIRを見ることで、経済的な安定性を推測できるかもしれない。

・「今回はちがう」シンドロームは繰り返されるので危機対応は難しいが、政府債務の全容の把握、現実的なシナリオに基づく分析、危機長期化の想定、慢心しないこと、が肝要である。

 

書評

本書は、出版時期がサブプライムローン危機と重なったため、大きな話題となりました。データ量が大変多い、大著です。サブプライムローン危機後の論評で引用されることも多く、影響力の大きな本でした。

本書と関連する事項として、2010年に発表された著者らの論文で、データ処理に誤りがあることが指摘されました。政府債務が対GDP比で90%を超えると、経済成長率が劇的に減速するという部分が、誤っていたそうです。そのため、本書の評価も落ちた印象です。

この本が発行された時期は、2010年のギリシャ問題と絡み、世界的に緊縮財政の動きが強かったです。本書は、財政再建派の人たちの拠り所となりました。

その後2013年に著者らの論文の誤りが判明し、また緊縮策ではまったく経済成長せず不満も高まったので、財政刺激派が盛り返しました。日本でもアベノミクスの序盤が好調だったため、リフレ派や上げ潮派の人たちが形勢を逆転しました。

ネット上の書評でも、それがうかがえます。出版直後は、本書を称賛したうえで、財政再建は大切という意見の人が多いです。2013年以降は、データ処理の誤りにアベノミクスの勢いが加わり、緊縮財政は愚策という意見が多くなります。

ところで本書を読みますと、とりあえず誤りのあった論文とは無関係です。本書のデータ処理が正しいのかは不明ですが、本書は金融危機の歴史的データをひたすら掘り下げています。

金融危機の前後でどういったことが起こるのか、歴史を学ぶには良い本だと思います。著者らは本文で、「金融危機の古典的名著は存在するが、それらは物語的である。本書は、金融危機を定量的に分析したのが特長である。」というようなことを述べています。

データ処理でケチがついたので、「定量的」というところも微妙になりました。しかし、物語的に読めば、本書は金融危機の分析として有益です。ただし物語的にとらえると、「金融が緩和的になって信用ブームが起こり、リスク資産が高騰したあと暴落し、不良債権が積み重なり連鎖的に金融危機が起こる。危機の前は、今回はちがうと言ってリスクを忘れる。」という、既知で普通の教訓で終わってしまうのですが。

物語的に読めば、金融史の勉強になります。金融危機の教訓としても妥当です。定量的にデータ重視で読むなら、まあこういう研究もあるのかと、受け止めればよいのではないでしょうか。私には経済学の研究はよくわかりませんので。ただし、収集し読み取った世界中の歴史データは、とんでもない莫大な量です。この研究に費やした労力と熱意には、敬意を覚えます。
(書評2015/10/08)

「さっさと不況を終わらせろ」 ポール・クルーグマン(著)

 

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

停滞した世界経済を再び成長させるにはどうするべきか、考えたい人。

 

要約

本書では、金融危機のあとの不況から、どうすれば抜け出せるかを論じる。緊縮政策をやめ、政府支出を増やし、拡張的な雇用創出政策をとるべきだ。

 

誤った政策で続く不況による悪影響

・失業は人生にとって悲惨だ。
収入が激減して生活できなくなり、健康保険はなくなり、自尊心を失う。長期失業で、労働者としての技能や技術は低下する。若者の失業は、一生のキャリアに悪影響を及ぼす。

・不況が続いたことで、過去の平均成長で見込まれる水準より、低い成長軌道になった。二度と取り戻せない、失われた産出の累積損失は数兆ドルになる。将来に対する設備投資も不足している。

 

正しい政策(経済学)

・正しい政策がとられれば、現在の苦しい不況は発生しなかった。不況の悲惨さは大きいが、不況の原因自体はたいしたことではない。大きな需要不足が原因であり、その調整に失敗したことも原因だ。

・需要不足や調整の失敗が原因なら、お金の供給を増やすことで解決できる。だが今回は成功しなかった。流動性の罠にはまったためだ。ゼロ金利でも十分ではなかった。

・今の労働者の技能と、今の仕事で必要とされる技能にミスマッチがあるという説は誤りだ。政府が大量支出すれば、好況になる。

・ケインズの政府支出による雇用創出という政策は、正しいのにもかかわらず、政治的右派の人たちの敵意を受ける。金融危機に際しても、自由放任主義者、効率的市場仮説信奉者が誤った主張を行った。

・金融危機直後の金融政策は、おおむね肯定できる。FRBの政策により、金融システムの崩壊は回避できた。ただし、実体経済に対する財政刺激策は、方向性は正しいが、まったく不十分だった。その不十分さのために、財政刺激策に効果はないと、政治的右派から非難された。

・財政政策が不十分なのに、2010年ごろには追加の刺激策ではなく、財政赤字の抑制が議論されていた。財政赤字のせいで経済が危ないと言われたが、経済が低迷する限り金利が上昇することはないのだ。財政赤字に関しては、負債の実質価値が一定に収まるように注意すればよい。財政支出削減をすると、経済を縮小させ、長期的な債務負担能力を低下させる可能性がある。

・財政赤字と金融緩和により、激しいインフレが発生すると懸念する人たちがいる。しかし、インフレにはなっていない。好況にならなければインフレにならない。インフレ率が年4%のように今より高ければ、実質金利も下げられるし、負債の実質価値も圧縮できる。

・ユーロは、加盟国が共通通貨を使う。そのため、不況の国が通貨を切り下げられない。労働者が国を越えて移動することは少なく、財政統合されていない。制度に大きな問題がある。そのため不動産バブルが崩壊した南欧諸国などでは、長いデフレと低迷から抜けられない。国債の借り換えでも金利が高くなる。解決には、ECBがユーロ諸国の国債を買い、ドイツが財政刺激策をとってインフレ率を上げる必要がある。

・ユーロの失敗は、不況の原因が放漫財政だと信じていることにある。過去の贅沢で財政赤字が生じ、不況という罰を現在受けている、と道徳的に解釈する。2010年ごろから、緊縮財政によって経済は成長するという、奇妙な妄想が(前ECB総裁トリシェなど)エリート層に突然広がった。彼らは、経済が停滞し高失業で低インフレなときでも、金利を上げたがる。

・エリート層が、逆効果なのに緊縮策を好む理由は、おそらく心情的なものだろう。一般人には理解できないという知的優越性、緊縮による悲惨な事態を経ないと改善はないという道徳性、格差を是認する資本家の支持、を感じることができる。

 

金融危機の原因

・金融危機後に、忘れられていた非主流派の経済学者、ミンスキーのことを皆が評価するようになった。経済安定期には、資産や所得に対し負債が増え、レバレッジが高まる。しかしレバレッジの上昇は、そのあと経済を不安定にする。

・不況(恐慌)では、借り手が負債圧縮のため、資産を売ったり支出を減らす。するとデフレになって、経済は縮小し、さらに債務負担は重くなる。これを防ぐには、政府が支出を増やさなければならない。

・金融イノベーションや金融システムの規制緩和が、負債を増大させてリスクを高め、危機を招いた。規制緩和により、金融業界はリスクを極大にして利益を最大化し、損失が出れば顧客や納税者に押し付けるようになった。政治的右派は、危機の原因が規制緩和とは認めていない。

・アメリカでは1980年以降、所得がトップ1%の人たちと、それ以外の人たちの格差が急激に広がった。金融システムの規制緩和は、所得が最上位の人たちが推し進め、彼らの利益につながった。お金持ちは影響力が強い。お金持ちや政治家は、イデオロギー、経済的利益、人脈などの面から、問題のある現在の金融システムを維持しようとする。

 

不況の解決策

・政府支出を増やして雇用を創出し、経済を成長させ実質GDPを増大させる。セーフティネット整備などの困窮者対策を行う。

・中央銀行は過激なまでの決意をもって、次の政策を行う。長期債や民間債権を買う。減税分の国債を買う。金利を一定以下にすると宣言する。通貨価値を切り下げる。高めのインフレ目標を設定する。

・住宅購入者の債務負担を軽減する。

・現在の悲惨な停滞は、本書でここまで述べてきた、昔ながらの経済学の原理で解決できる。私たちは現実を知的にとらえ、政治的な意志を持ち、政策を実現させて不況を終わらせるべきだ。

 

書評

著者のクルーグマンは、ノーベル経済学賞を受賞した著名な経済学者です。私も有名な学者であると知っていましたが、主張(個性?)が強烈なので、ファンキーなニューヨークタイムズのコラムニストという印象でした。そのため少し敬遠していたのですが、売れた本でもあり、本書を読んでみました。

2012年に書かれた本で、現在が2015年10月なので、やや古いですが、それほど違和感のない主張のように感じました。実にリベラル派と言える内容ですが、2008年の金融危機についてよくまとまっています。世界経済を論じた本としては、くだけた文章でわかりやすく書かれています。内容は、実は易しくないですけど。

今思うと、中央銀行の超金融緩和策はまあ妥当で、破局を避けることができました。ただ、金融緩和だけでは限界があります。確かバーナンキ前FRB議長が、QE3が終わったころに、「金融緩和の効果は期待したほどではなかった(特に後半)」のようなことを言っていた気がします。

「シフト&ショック」などを読むと、金融緩和で恐慌を避けたあと、政府支出を拡大して生産性を高め、実体経済の成長率を高める努力をしておけばよかったのか、と感じます。本書でも、政府支出で教育投資やインフラ投資をしろと述べています。政府支出はさまざまな反対も出るし、金融緩和をやらせておくのが楽なので、政策として超金融緩和のみになってしまいました。「シフト&ショック」は2015年の本ですが、だいたい同じような分析と政策提言を、2012年の段階で述べています。クルーグマンさすがです。

あとちょっと意外だったのが、サマーズ元財務長官が2008年12月時点で、大きな財政刺激策に反対する経済的な助言を、オバマ次期大統領にしていることです。サマーズは現在、長期停滞論を唱え、インフラ投資など財政政策を行うよう主張しています。すごく頭のよい人でも、景気を見通すことは容易ではないのでしょう。

私個人はひたすら、株価や為替だけに関心があります。クルーグマンは中央銀行の政策も提言していますが、今の日銀とそっくりです。日銀の金融緩和策がかなり限界に近くなってきて、日本株も微妙になっています。これからどうなるのか、一生懸命考えているのですが、よくわかりません。クルーグマン的にはどうなのでしょう、金融緩和が不十分ということなのか?インフレ目標が2%では低く、4%ないと足りないのか?
(書評2015/10/04)

「上海36人圧死事件はなぜ起きたのか」 加藤隆則(著)

 

中国で事故や災害が起きても、犠牲者は見捨てられ、真相は隠される。それはなぜなのか。それは中国社会の何を示しているのか。中国を深く知る、読売新聞編集委員を務めた方のレポートです。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国社会に関心がある人。

 

要約

・2015年1月1日、上海の観光名所、外灘(バンド)で雑踏のなか36人が圧死するという惨事が起きた。しかし事件への関心は、時間の経過とともに急速に薄れていった。ビルからドル札に似たクーポン券が撒かれたため、事故が起きたという解説が流布した。だが、事実は異なる。

・犠牲者36人の、それぞれ個別の背景。
36人のうち、地方出身者(外地人)が27人。ほとんどが10~20代で、若い年齢層。上海の戸籍を持てない地方出身の貧しい若者が多い。学歴、職、人脈などで上海人より不利な立場にあり、都会にあって孤独を感じやすい。低い水準の給料から、実家の両親など家族へ仕送りしている。仕事に忙しく、消費を楽しむお金はなく、上海に帰属意識を持てない若者たちが、無料で上海の良い思い出がつくれると、カウントダウンイベントに集まったのも理解できるだろう。

・前年まで行われていた外灘のイベントは、2015年は行われていない。しかし、イベント中止の告知は不十分だった。イベントは上海市のブランド力を上げようと、市政府が後援してきたが、2015年は場所を移して、小規模に予定されていた。
市政府としては、毎年のイベントに箔をつけるため、2015年も楽しいイベントがあるかのごとく報道していた。だが実際は、関係者2000人ほどに限定されたイベントに変わっていた。チケットがなければイベント会場には入れず、一般大衆はチケットを手に入れる手段はない。そのような詳細は報道されていなかった。
また野次馬根性の強い国民性、携帯端末を通じた(誤った)イベント情報の拡散も原因となった。ネットによる情報の伝播は、習近平も世論操作の面から非常に重視している。

・例年なされていた交通規制や、地下鉄駅の閉鎖は行われなかった。関係者限定のイベント警備は厳重だったが、外灘の警備人員は少なかった。イベント縮小化の背景には、習近平指導部の反腐敗運動がある。何か行動すると批判される可能性があるので、今は官僚にリスクを避けたがる風潮がある。腐敗の摘発は、政治闘争として行われている。

・現場では、一般人の危険回避の行動や救助などの美談があった。しかし市政府の責任は、現場の区政府担当者に限定され、それ以上メディアで追及されることもなかった。報道は制限され、犠牲は地方出身者が多かったので公的な追悼行事も行われなかった。国家指導者の面子に関わる事案では、責任追及や原因の報道がなされることはない。事故に際し、教訓を汲み取るよりは政治的利益が優先される。

・犠牲者の遺族が抗議したり陳情したりするのを防ぐため、公安が遺族を監視する。司法も党の指導下にあり、行政の責任を司法で明らかにすることも不可能だ。習近平は、公安部門の責任者だった周永康を粛清している。周永康時代より治安が悪化することは許されず、外灘圧死事故もなかったことのように黙殺された。江沢民、胡錦濤、習近平の最高指導者たちは、反腐敗運動の摘発範囲などで、一定の取引があると思われる。

・習近平は大国を意識し、ソフトパワーを高めることに力を入れている。世界で存在感を増し、国際的なルール作りにも参画しようとしている。だが現在の党の正当性は、軍事力により建国した歴史と、大きくなった経済力という、ハードパワーに頼っている。ソフトパワーには、公平性、開放性、透明性が必要である。習近平の掲げる「中国の夢」は、国家が個人に優先されており、公平性や透明性を欠く。

・死傷者が出る雑踏の転倒事故は繰り返され、そのたびに公衆道徳の向上が叫ばれる。中国人の行動原理は、制度やルールを守ることではなく、複雑な人間関係や面子にある。自律した個人の権利と責任を尊重する社会でなければ、公共心は広がらないだろう。しかし習近平は、国民が成熟した主体的な公民になることを望んでいない。

・経済大国化した自信、西洋文化が浸透することへの反発、格差という社会不安の増大から、伝統(儒教など)に回帰する動きもみられる。腐敗の蔓延は当初、西洋資本主義の悪弊のためとみなされたが、最近は中国の政治体制に原因があるとの認識も生じてきた。そのため、ますます中国独自の優越性を強調せざるをえない。
中国共産党では、政治体制が動揺する時期に「敵対勢力」のレッテル貼りが行われやすい。習近平体制では、「敵対勢力」への言及が増えている。

・歴史的に上海は、日本と交流の深い都市である。最近は訪日観光の中国人が増えるのに対し、上海を訪れる日本人は減っている。上海駐在の日本人の仕事も、中国の低賃金労働力を目的とした投資から、中国市場を相手にしたビジネスへと変わってきている。中国は各地方で大きな差異があるので、その多様性を理解することが重要である。

・2015年3月、全人代での李克強首相の活動報告。事前原稿にはない、習近平の方針に沿った文言が加えられた。その直前、李克強と習近平が会話を交わした。権力が習近平に集中していることは明白だ。メディアを使い、強い指導者かつ庶民派というイメージ構築に余念がない。
習は毛沢東の手法をまね、党と国家の統治体制を死守しようとしている。中国の国家指導者の任期は10年だが、習の長期政権説も囁かれている。その前哨戦として、盟友である常務委員の王岐山が、定年の慣行を破り常務委員を続けるかに注目が集まっている。
反腐敗運動は経済の停滞を招き、恨みを買い敵も増やす。その対策のひとつが国威発揚だが、社会問題の解決にはならないし、台頭してきた中間層にはあまり効果がない。

 

書評

前回、「習近平の権力闘争」を紹介しましたが、今回も現代中国事情の本です。こちらも非常に興味深い内容です。私は読売新聞を読んでいないので著者のことは知らなかったのですが、著者の序文から引き込まれました。

36人圧死事件について、「中国は人が多いし、事故も頻発するのでよくあることだ」程度の関心しか持たれないのではないか、と危惧しています。この惨事に、表向き心を痛めているといったポーズをとらず、いきなり直球勝負で来ることに感心しました。

上海在住の日本人ですら、クーポン券原因説をそのまま信じ、何の疑問も興味も持たないことに、著者は懸念を表明します。インターネットを洪水のように情報が流れるなか、本当のことに関心を持たない。日本人は、中国への関心や理解力を失いつつあるのではないか、と。高杉晋作が幕末に上海を訪れて以来、戦前戦中に、数多くの知識人や文人が上海を訪れています。現在は羽田から3時間ですが、戦前ほどにも中国を理解できていないのではないか。序文にある著者の危機意識の高さで、ぐっと引きつけられました。ひとつひとつの小さな事象を分析することで、うしろに中国の政治が浮かんできます。

私もこの事故について、そんなこともあったな、としか記憶していませんでした。原因にも関心はなく、本書をきっかけに、クーポン券がどうとか言っていたな、と思い出した程度です。実際には、例年とイベントの形式が変わったこと、交通規制や警備がなかったこと、などは習近平指導部の反腐敗(倹約)運動の影響を受けていました。偶発的に見える事故にも、国家の政治方針が関係していることが印象深いです。

「習近平の権力闘争」にも書かれているのですが、習近平は通例の10年を超えて、長期政権を狙っているという説があります。私は、これから中国経済はかなり停滞すると考えています。権力闘争の内実はわかりません。ですが、今までのように高成長で社会の矛盾を隠せないときに、習近平が権力を維持できるのか。けっこう危ういことが起こる予感もします。嫌中の雰囲気があっても、中国のことは横目で見ておこうと思います。
(書評2015/10/01)

「習近平の権力闘争」 中澤克二(著)

 

21世紀の超大国に台頭した中国。その最高権力者は何を考えているのか。激しい権力闘争を勝ち抜いた、習近平の実像に迫ります。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

中国の最高実力者、習近平に興味がある人。中国の権力構造に関心がある人。

 

要約と注目ポイント

・最高権力者となった習近平は、どのように権力を手にし、何をめざしているのか。
中国をアメリカに並ぶ地位に上げることで、毛沢東には及ばないものの、鄧小平レベルの格の指導者になろうとしている。そのためには政敵を叩き、党史の創作と世論操作も辞さない。

江沢民を封じる

2015年3月の全人代。習に運ばれてくるお茶を、警護要員がずっと監視していた。この事例に象徴されるように、習は暗殺を恐れている。軍や公安の内部の腐敗を、徹底的に摘発したためだ。

反腐敗をキーワードにして、習は権力闘争を仕掛けている。地方視察で鎮江を訪れたことにも意味がある。江を鎮める、すなわち江沢民を抑えるという隠喩である。それまで有力者たちは、江沢民に遠慮して鎮江を訪問したことはなかった。

江は反撃に出る。海南島の東山嶺に行き、肉声を発した。これは東山再起の故事を暗示する。江蘇省の王朝(江沢民)が、陝西省の王朝(習近平)に戦いで勝利した故事である。さらに、東山嶺に流刑になった無錫出身の将軍(周永康)が、都に戻るという故事も含めている。

江沢民は胡錦濤時代に院政を敷いた。引退後の安泰を願って、海南島に巨大な観音像も建立していた。反腐敗の虎狩りで習は攻め、江派は防戦に努める。党内抗争で不満も鬱積している。

だが習も、江一族を直接叩く意思はない。周永康を無期懲役にとどめることで、習指導部と長老たちの間にも、一定の手打ちがあった。

周永康・薄熙来を倒す

2012年3月18日。胡錦濤の側近、令計画の息子がフェラーリで事故死するというスキャンダルが起きた。このスキャンダルを江沢民は最大限利用し、2012年11月の人事では、最高指導部7人の過半を江派が占めるという、大勝利を収めた。また令計画は、習近平の昇進を阻止しようとしたことがあり、この事故は2014年の令計画の失脚にもつながる。

薄熙来の父の力添えで、令計画は出世した。令計画は薄一族に恩があり、習近平より薄熙来に権力を持ってもらいたかった。その薄熙来は、習近平との抗争に敗れ、2012年3月15日に重慶市書記を解任された。2012年2月6日、薄熙来の腹心の王立軍が、成都のアメリカ総領事館に逃げ込むという事件が起きていた。王立軍は薄熙来の秘密を知る男。薄熙来を粛清したい胡錦濤や習近平と、薄熙来を守りたい周永康で、王立軍の身柄を確保しようと争った。

2012年3月19日。中国の権力中枢である中南海で、銃声が響いた。周永康側の武装警察と、胡錦濤側の軍が対峙したとの情報が流れた。胡錦濤、温家宝、習近平らとの対決に敗れた周永康・薄熙来は失脚した。

当局と何らかの取引をしたと推測される、周永康や王立軍は死刑にならなかった。薄熙来は全面否認したため、さらし者の裁判となり無期懲役となった。判決時、薄熙来は大声で無罪を主張した。これも、死後に歴史に名を残そうという、中国人独特の思考によるものだろうか。

過去の最高指導者や有力者を、闘争によって退ける習近平氏。

権力掌握への道

2012年9月、習近平は約2週間、謎の入院をする。腹腔鏡手術を受けたとされるが、入院期間を利用し、多くの太子党と会って密談していた。のちに軍内部の腐敗を摘発していく、下準備である。

習近平が信頼し要職に充てるのは、古くからの「お友達」が多い。反腐敗運動を指揮し、実質的に政権No.2の実力者の王岐山をはじめ、党や軍の重要ポストには信頼のおける長い付き合いの人間を置く。

習は毛沢東の手法をまね、権力を自身ひとりに集中させてきた。鄧小平のつくった集団指導体制の伝統が、崩されつつある。習はメディアを最大限利用し、世論操作を試み、まるで皇帝のようにふるまうこともある。これは、一刻も早く権力基盤を確立したいという、習の焦りでもあろう。

習は左派の手法で統治している。共産党一党独裁を永遠のものとするため、自由な言論は徹底的に封殺される。南方週末事件、ネットの検閲、憲政など7つの禁句、天安門事件の抹消、民主派の弁護士や知識人の弾圧、四川大地震の被害実態の隠蔽。

習の父は、副首相を務めた党幹部だが、文化大革命の影響で一時失脚している。習近平は、父の人生を教訓としている。本音を隠して権力をとり、手段を問わず権力を固める。正直は大切だが、正直だけでは最後に敗れる。

地方幹部から国家のトップまで昇りつめた習近平だが、地方にいる間は爪を隠していた。血筋と性格が良く、凡庸で扱いやすい人物として、江沢民と曽慶紅に引き上げられたのだ。

数十年前の地方幹部時代から、最高権力者をめざしていた習近平氏。ついにその地位に昇りつめました。

悲願の覇権国家と、障害となる米国

習は、中国をアメリカと並び立つ国家にしたい。既存の国際秩序を崩し、アメリカと新しい形の大国関係を築く。東シナ海、南シナ海への進出は、その第一歩である。習近平は衝突を恐れてはいない。現在、外交上の決断は、習単独によってなされると言われる。

東への進出は、アメリカが邪魔になる。そこで、新シルクロード構想やアジアインフラ投資銀行(AIIB)で、西にも進む。明の臣、鄭和の艦隊が15世紀にアフリカまで往来した事実を、海のシルクロード構想と絡めて宣伝する。ここで人民元を国際通貨としたい。中国を中心とする秩序づくりで国力を高め、アメリカと対等になろうとしている。香港と台湾の支配にも、力を背景に自信を深めている。

2000年代から、大規模な反日デモが数回発生した。世界2位の経済大国になった自信、反日教育、海洋進出という国策が原因となっている。中国の歴史研究は、外交戦、宣伝戦の一環にすぎない。権力者にとって、中国の外交は内政の延長上にある。安倍と習の日中首脳会談も、北京APEC成功の一部分である。中国の夢を語る習は、偉大な指導者として名を残すつもりである。

反腐敗キャンペーンは、権力闘争でもある。周永康を超える、次の大虎はいるのか。江沢民の側近、曽慶紅がターゲットとされる。曽は、習近平を中央に取り立てた恩人でもある。2017年の党大会人事が注目される。

当初、習と総書記の座を争うとも見られた李克強首相。2015年3月全人代での演説中の訂正で、李は習に屈服したことが明白となった。だが李の出身母体、共青団も2017年の人事で巻き返しを狙うはずだ。

巨大国営企業の腐敗を摘発し、人事に介入するのは、最高指導部内の経済閥への牽制である。経済閥の最終的な親分は、江沢民になる。

国家主席の任期は最大10年。総書記も慣例では10年。習近平は、前例を破り長期政権を狙っているのではと囁かれている。自らを皇帝になぞらえることがある。人事制度も都合よく変更されている。次の最高権力者は誰になるのか。

毛沢東、鄧小平と並ぶ絶対権力者を狙っている習近平氏。中国経済減速と米国の妨害のなか、中国を世界一の国家とし、皇帝のように君臨する日は訪れるのでしょうか。

 

書評

本書に出てくるエピソードのいくつかは、日経新聞の連載記事にありました。記事がかなり面白かったので、この本を買ってみました。中国の政治権力はどのように動いているのか、少し知ることができました。

それにしても、江を鎮めるとか、海南島に一族で行って故事を暗示するとか、いかにも中国らしい話で楽しめました。しかし、薄熙来の仕掛けた政変の話あたりは、死人が出まくっているし、怖すぎです。(本書ではあまり書かれていませんが、薄熙来は重慶にいたとき、無実の人をガンガン死刑にしたらしいです。)令計画の息子の事故死も、政変の時期に重なっているし、フェラーリは誰かに尾行されていたらしいとか、陰謀てんこ盛りです。

李克強首相の演説が、事前原稿と異なっていたという事例も非常に興味深いものです。事前原稿では、習の路線をあえて無視していたのですが、演説直前に李首相がひよって、習におもねる部分を口頭で付け加えたそうです。共産圏の政治指導部の権力構造の分析って、このようにするのかと思いました。

21世紀前半は、覇権国家のアメリカと、新たな覇権国家を目指して台頭してきた中国の勢力争いになりそうです。超大国2国による、ジャイアニズムの競演になるのですが、とりあえず世界一の覇権国家は、最低でも民主主義国家であってほしいものです。

アメリカ大統領選挙は、世界最大の権力闘争と言えます。しかし共和党予備選で、トランプさんがトップでご機嫌でも、少なくとも死人が出たり、誰かが軟禁されたり死刑判決を受けたりはしません。大統領選もネタにされるくらい、余裕があって成熟している国が超大国だといいです。中国もそのように成熟してくれればいいのですが。
(書評2015/09/30)

「嫌われる勇気」 岸見一郎/古賀史健(著)

 

どうすれば、人は幸せに生きられるのか。
その答えを示す、2014年ビジネス書の大ベストセラーです。本書では、アドラー心理学を対話形式で解説していきます。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

人生に行き詰まっていると感じる人。対人関係の悩みがある人。

 

要約

・アドラー心理学は、フロイトやユングと並んで影響力がある。これは、ギリシア哲学の同一線上にある思想である。

・世界はシンプルである。
人は、自らが意味づけをした主観的な世界に住み、自ら世界を複雑なものとしている。自分が変われば、世界はシンプルになる。

・アドラー心理学は、「現在の人生における問題は、過去に原因(トラウマ)がある」という原因論を否定する。「何らかの(隠れた)目的があり、その目的のために、問題となっている感情や行動がつくり出されている」と考える。アドラー心理学は、トラウマを否定する。(例:引きこもりの事例。怒りの感情。)

・自分の人生は、過去の経験で決定されるものではない。過去の経験にどのような意味を与えるか、どう解釈するかで、人生を決定している。客観的な事実は動かせないが、主観的な解釈は動かせる。前提として、人は変われると考える。

・何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかに注目する。アドラー心理学は、所有の心理学ではなく、使用の心理学。

・アドラー心理学では、思考や行動の傾向(性格や気質)を、ライフスタイルと呼ぶ。「世界をどう見ているか」、「自分をどう見ているか」がライフスタイルである。
自分のライフスタイルは、自分で選んだものである。今不幸であるなら、それは自分が「不幸であること」を選んでいる。

・人は変わりたがらない。ライフスタイルを変えることは不安で、変えない方が楽なので、人はライフスタイルを変えないようにしている。ライフスタイルは、勇気を持てば自分で選びなおすことができる。

・ライフスタイルを変えれば(世界や自分への意味づけを変えれば)、世界との関わり方や行動も変わらざるをえなくなる。過去は存在せず、今後の人生は、今ここにいる自分が決める。

・自己評価が低い例。自分の短所ばかり見るのは、対人関係で傷つくことを怖れているから。はじめから、自分が他者と関わりを持たないように仕向けている。

・対人関係で傷つかない、ということはありえない。人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである。価値があるかどうかという問題も、最終的には対人関係に還元される。

・劣等感は努力するきっかけとなるが、劣等感を言い訳に使ってはいけない(劣等コンプレックス)。「~だから~できない」というのは、言い訳(見かけの因果律)に過ぎない。また劣等感を補償するため、権威に寄りかかる態度をとることもある。不幸を武器にすることもある。

・健全な劣等感は、他者との比較ではなく、理想の自分との比較から生じる。対人関係の軸に他者との競争があると、対人関係の悩みが生まれ、不幸になる。競争を意識し、勝ち負けを常に考えていると、他者全般、そして世界を敵だと認識するようになる。

・競争の意識から解放されると、他者の幸福を素直に祝福できるようになる。他者が自分の仲間だと実感できるようになれば、世界の見え方は変わる。

・他者から罵られて腹が立った場合、相手が力を示したいという目的で、権力争いを挑んできていると考える。権力争いに敗れた相手は、別の機会に復讐してくることもある。権力争いを挑まれても、乗ってはならない。怒りというコミュニケーションの手段を使わず、他の方法でコミュニケーションする。議論ではあくまでも論理を重視し、自分の正しさを確信しないこと。

・アドラー心理学では、人生の目標(タスク)を掲げている。
行動面では、
①自立すること。
②社会と調和して暮らせること。
心理面では、
①「私には能力がある」という意識をもつ。
②「人々は私の仲間である」という意識を持つ。

・人生のタスクは、対人関係により3つに分けられる。
①仕事のタスク
対人関係の距離と深さでは、最も簡単である。仕事という共通の目標を通じて結ばれた関係。
②交友のタスク
個人的な友人関係。
③愛のタスク
恋愛関係と家族(親子)関係。対人関係の距離と深さでは、最も難しい。

・人生のタスクを回避したいという(隠れた)目的があると、適当な口実(人生の嘘)をつくりだす。人生のタスクに正面から向き合うかは、勇気の問題だ。

・アドラー心理学では、他者の承認を求めることを否定する。他者の期待を満たすために、生きているのではない。

・問題があるとき、それは誰の課題なのかを考える。自分と他者の課題を分離し、他者の課題には踏み込まない。課題を負っているのは、選択して、その結果を引き受ける人である。他者の課題へは、介入はせずに援助する。他者の課題を切り捨てることで、対人関係の悩みはなくなる。

・自分の課題に専念する。他者が自分をどう評価するかは他者の課題なので、考えない。他者の視線や評価を気にする生き方は、不自由である。他者からの視線ばかりを気にする生き方は、自己中心的なライフスタイルだ。他者からの評価を気にせず、他者から嫌われることを怖れない生き方が、自由である。

・対人関係のカードは、常に自分が持っている。自分が相手に対しどう行動するかは、自分の課題。それに応じて相手がどうするかは、相手の課題。

・対人関係は、課題の分離がスタート。他者を仲間とみなし、自分の居場所があると感じることが共同体感覚で、共同体感覚を持てるのがゴールである。自分は世界の中心にいるのではなく、共同体の一部と認識する。

・自分は共同体の一部なので、自分から共同体へコミットする必要がある。共同体にコミットするとは、具体的には人生のタスクに立ち向かうことであり、それによって共同体に所属する感覚が得られる。小さな共同体に所属感を持っていても、さらに外側に大きな共同体が存在することを知っておく。

・課題の分離から、共同体への所属感に至るためには、横の関係を持つ。横の関係とは、同じではないが対等と考える関係性。人の上下関係(操作や介入)を意識しているのが、縦の関係。縦の関係ではダメ。

・横の関係で他者を援助するのが、勇気づけ。勇気づけは、感謝や喜びの言葉、お礼の言葉が相当する。感謝の言葉を聞いたときに、人は他者に貢献したことを知る。

・自分に価値があると思えたときだけ、人は勇気を持てる。自分に価値があると思えるのは、他者に貢献できている、自分は共同体に役立っている、と自分の主観で思えるときだ。横の関係を築き、他者に関心を持って勇気づけすると、他者に貢献しているという感覚につながり、自分の勇気になっていく。

・出発点として、存在していることで貢献していると考える。

・対人関係は、縦の関係か横の関係か、どちらかしか取れない。(ある人とは横の関係で、別の人とは縦の関係というのは無理。)誰とでも意識の上では対等という、横の関係のライフスタイルをとること。

・共同体感覚を持つには、自己受容、他者信頼、他者貢献の3つが必要。
自己受容は、ありのままの自分を受け入れ、そのうえでどう進んでいくか考えること。自分にできることと、できないことを見極める。
他者信頼は、一切の条件をつけず、他者を信じること。他者が仲間だと思える。
他者貢献は、他者に役立つことで、自分に価値があると感じること。自分に価値があると思えると、共同体感覚を持てる。

・全体のうち、うまくいかない部分にだけ焦点を当てて全否定するのは、人生の調和を欠いた生き方だ。誤ったライフスタイルである。

・他者に役立っているという貢献感を持てれば、人は幸福になることができる。主観的な貢献感が持てれば、幸福になれる。誰でも幸福になることはできる。原理的に、貢献できたかはわからない。他者の承認はいらない。

・特別な存在になりたいと思う必要はない。普通であることに勇気を持て。

・人生は、特別な存在をめざす一本の線ではなく、「いま、ここ」という点の連続である。人生には「いま、ここ」しかない。「いま、ここ」だけを真剣に生きろ。

・人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ。

・誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。私の助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。

 

書評

本書はたいへん売れた本です。皆さん、人生や人間関係に悩んでいるのでしょうか。私もくよくよ悩みがちです。本書ではアドラー心理学を使って、対人関係や世界をシンプルにとらえ、悩みを解消し幸福になるよう導きます。

アドラーは、フロイトなどの原因論を批判します。原因論は、過去に問題があって、その影響が現在に及び、良くない事態が生じたと考えます。例えば、子供時代に親から愛情を受けなかったため、そのトラウマで今結婚できないというように。

アドラーの主張する目的論では、今結婚できないのは、他者と深く関わり合うことを怖れているためで、その言い訳で子供時代が持ち出されている、のようになります。

原因論のような考え方だけで生きてきた人には、本書は目からウロコになるかもしれません。私はネチネチ考える性質なので、目的論的な見方は今までもしてきました。それでも改めて本書で指摘されると、痛いところです。

地道な努力をしたくない。他人と深く付き合うのを避けたい。対人関係で傷つきたくない。自分の能力の低さを直視したくない。失敗して他人に笑われたくない。馬鹿にされたくない。自分を特別扱いしてもらいたい。責任を負いたくない。

このような隠れた目的のため、言い訳をつくってきました。自分はがんばってもできないという劣等コンプレックスを持ち出す。自分は短所の多いダメな人間だと言い、人を避ける。自分の無能さが明白になるのを避けるため、努力して勝負することから逃げる。人に配慮してもらうために、不幸な事柄をアピールする。

本書では、こういった心理を解説しています。薄々は自分でもわかっていますが、これらは自分にもあてはまります。自分の口実の裏に、逃げまくっている真の目的が隠れているわけです。

この隠れた目的をあぶり出し、ライフスタイルを変えれば、事態は改善します。ライフスタイルを変えるには勇気が必要で、自分に価値があると思えれば勇気が出ます。自分に価値があると思えるのは、他者に貢献している実感があるときです。他者に貢献している感覚は、自分の課題に専念し、他者を勇気づけることで得られます。

課題の分離、他者に承認を求めないこと、「いま、ここ」だけを大切にすることといった概念は、私には納得できます。結局、勇気ですか。「いま、ここ」で勇気をもち、人生のタスクに立ち向かうかが問われているわけです。一瞬、一瞬、自分が選んでいるのです。

苦しいときは、「いま、ここ」で自分の課題に集中すること。そして、(思い込みでもいいですが)自分は他者の役に立っており、自分にも価値があると感じること。確かに、これで少し楽になれます。アドラー心理学的な生き方ができるようになるには、長い時間がかかるそうです。「いま、ここ」で勇気を持って真剣に生きる、うん、怠けたくなったら思い出そう。
(書評2015/09/27)

「とてつもない特権 君臨する基軸通貨ドルの不安」 バリー・アイケングリーン(著)

e88

 

基軸通貨ドルの力と、その未来を考察します。世界は多極化したと言われますが、経済を考えるとき、まず見るのはアメリカです。アメリカの経済、金融、通貨、市場が世界を動かします。国際通貨を理解するために役立つ1冊です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

為替や通貨に興味がある人。

 

要約

ドルが国際通貨であることで、アメリカはとても大きな利益を得ている。
これは、アメリカが国際政治の主役になるパワーを持ったので、ドルが国際通貨の地位についた。その逆ではない。(ドルが国際通貨だからアメリカが国際政治のパワーを持つようになったのではない。)今後の国際金融市場は、ドルだけでなく他の通貨(ユーロや人民元)も国際通貨になっていく。

・19世紀末まで、ドルに国際通貨としての存在感はなかった。第1次世界大戦前後に、国際通貨としての役割は、ポンドからドルへと移行していった。しかし1930年代の大恐慌で、その動きは妨げられた。

第2次世界大戦後、国際通貨はドルであることが明白となった。
アメリカ以外の中央銀行では、外貨準備はすなわちドルとなった。アメリカの国際収支赤字は、アメリカにとって何の問題にもならなかった。アメリカは無から資金をつくって、外国の資産を買えたので、フランス財務相は「ドルのとてつもない特権」を非難した。

・アメリカがドルを他国に無制限に供給すれば、金とドルを固定価格で交換するという約束が疑わしくなる。だがドルの供給を拒めば決済通貨が不足し、貿易は停滞し世界経済は成長できなくなる。金ドル本位制は、崩壊する運命にあった。ニクソンは、ドルと金の交換を中止した。

ドル切り下げと変動相場制移行のあとも、ドルが外貨準備に占める割合は低下しなかった。産油国がドルを貯め込んだためだった。FRB議長ボルガ―が金利を引き上げると、ドルは持ち直した。ドイツのマルク、フランスのフラン、イギリスのポンド、日本の円、どの他国の通貨も、国際通貨のトップになるには力不足だった。

ドルと拮抗する通貨の候補は、ユーロである。ユーロは、歴史的・政治的な要請から生まれた通貨同盟であり、それが強みでも弱みでもある。ユーロがドルに並ぶには、ユーロ圏の統合を進める必要がある。

・サブプライムローン問題は、大恐慌以来の世界的な金融危機となった。規制のないデリバティブ取引が、危機を招いた。FRBの緩和的な金融政策も、投資家に過剰な自信を持たせ、過大なリスクをとらせて危機を拡大した。また新興国が外貨準備として、流動性のあるアメリカの国債を大量に購入し、アメリカの金利を低下させたことも一因になった。

・金融危機は、ドルが価値を保ち続けるのか、投資家や他国の中央銀行に疑念を生じさせた。しかし現在も、国際通貨はドルである。中国は、世界の準備金をIMFの特別引出権(SDR)に置き換えることを主張している。中国の実際の野望は、人民元を国際通貨にすることだ。将来、人民元は地域的準備通貨や補助的準備通貨になるだろう。だがすぐに、ドルに代わる支配的な準備通貨になることは考えにくい。

・ドルが準備通貨であり、それに続く候補はユーロ、人民元となる。ドルが急落し、基軸通貨の地位を失うシナリオはどのようなものか。
まず、米中の政治的紛争が考えられる。中国がアメリカ国債を売り、金融面から攻撃する。しかしこれは、中国にも多大な損害を発生させる。
財政赤字が制御不能となり、ドル急落と金利急騰の可能性もある。このようなシナリオは、突然発生するのが特徴である。

・ドルが支配的な国際通貨の地位を維持するためには、アメリカ経済が好調で成長を続け、財政が健全であるかにかかっている。

 

書評

国際金融について書かれた真面目な本ですが、割とくだけたところもあります。トリビア的な、豆知識的な話も出てきます。ドルの歴史的な経緯から始まりまして、17世紀に北米に入植してきたときは貝殻が通貨だったとか、ドル記号$は、スペインのコインのペソに由来するとか。

しかし全体は、国際金融通史の説明です。特にドル支配の移り変わりの解説なので、金融史の勉強になります。金融が好きな人は楽しめますが、興味がないと読みにくいかもしれません。

アメリカの威信が傷つき、中国や新興国の威勢がよかった2011年に書かれた本なので、論考も若干そういう傾向にあります。ただ解説自体は古びていないので、国際金融や通貨を勉強するのには役立ちます。

私は特に直近の金融事情に関心があるので、金融危機後の国際金融の部分が面白く感じました。中国は明らかにアメリカの覇権に挑戦しているので、アメリカ国債を売ってくるという事態も考えていました。そうなったらどうなるのか。

ですが意外にも、2015年8月に実現しました。中国がドル攻撃ではなく、人民元防衛のため、為替市場に介入してアメリカ国債を売りました。私はこのニュースを聞いて、かなりビビったのですが、ひとまず市場は落ち着いたようです。

ドルが急落するシナリオは、財政赤字の拡大も指摘しています。あと私が考えるのは、再度の金融危機です。危機ではドルが売られるのではなく、買われる気もしますが。2015年9月、FRBは利上げを再び先送りしました。何となく、量的緩和からの出口戦略に失敗するような、嫌な雰囲気が漂ってきました。量的緩和政策から抜ける前に、アメリカの景気循環が後退局面に入りそうな気がします。金融緩和全開で、緩和余地のない状態で景気後退が始まると、どうなるのでしょう。

そのほか、中国経済は元気がよい前提で書かれていますが、2015年9月の今、かなりヤバいです。「中国は為替市場への介入やドル負債を抱えた銀行への資金注入に、外貨準備の大半を使う必要があるとは考えにくい」と本文で述べていますが、今後、外貨準備を使って介入や銀行への資金注入が行われることもありえます。

日米欧の中央銀行が発生させた金融緩和バブルと、中国経済のバブルの行く末が、これからの世界の進路を決めそうに思います。
(書評2015/09/19)

「奴隷のしつけ方」 マルクス・シドニウス・ファルクス/ジェリー・トナー(著)

 

貴族が奴隷をどう扱ったか、その実例から2世紀前後のローマ帝国を見ていきます。興味深い題材で、入り込みやすいローマ史の案内書です。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

ローマ史に興味がある人。

 

要約と注目ポイント

・本書では、古典学研究者である著者が、仮想の貴族の語りを通じてローマ帝国の社会を解説する。貴族は奴隷をどのように見てどう扱ったか、貴族の奴隷管理からローマ社会をわかりやすく説明していく。

・ギリシャ人は、生まれながらの素質として、自由人と奴隷は異なると考えた。ローマ人は、生まれながらに自由人と奴隷が違うとは考えず、社会慣習であるとした。(ローマはどんどん拡張し、異国人を取り込んでいった。)

・ローマ共和制のころ、入植地を富裕層が手に入れ、買った奴隷に農作業をさせた。奴隷は子供が多かった。そのため、奴隷が増えた。

・主人たる家長は、ファミリア全体を維持し繁栄させるため、奴隷管理もしっかり行う必要がある。家という単位にとって、奴隷は基本要素である。ただし、奴隷は主人に絶対服従させる。しつけの行き届いた奴隷が多くいる主人は、格が上がり見栄が張れる。

古代ローマの世界を、ケンブリッジ大学の古典学研究者が貴族の語りを通し、面白く説明します。

奴隷の評価や売買について。

そもそも奴隷は、奴隷商人などにさらわれるか、貧困のためか、戦争で捕虜になったために奴隷になる。

どのような奴隷が売られているのか、家長はどのような性質の奴隷を買うべきか、どういった仕事をさせるのか。

奴隷は基本的に高額商品である。奴隷の購入は、農場では労働力にするための投資になるが、都市の富裕層では顕示的消費と言えるかもしれない。

奴隷を活用するために。

奴隷には、早く奴隷という身分に慣れさせよ。主人は上に立つものとして、奴隷を公正に扱うべし。

仕事に応じて、指導や訓練を行う。奴隷には適量の食事、仕事、罰を与える。良い働きには良い待遇を与え、長年の労働には、家族をもつことを許可したり、解放で報いる。

役割分担と責任をはっきりさせる。農場管理人など、奴隷を管理する奴隷は注意深く選ぶ。

主人は定期的に領地を視察して、奴隷の堕落を防ぐべし。

奴隷の性について。

主人が女奴隷と性的関係をもつのはOK。主人が青年や少年の奴隷と関係をもつのもOK。女奴隷が主人の子を産んだ場合、奴隷として嫡子の世話係にするのもOK。

働きによって、奴隷同士の婚姻も認めるのが良い。奴隷同士の子は家内出生奴隷となり、ファミリアに貢献する奴隷となる。

現代の観点からすれば性的虐待は多発しており、奴隷の精神に有害だったと考えられる。奴隷は強く解放や自由を願っていたようで、自意識や自尊心があったと推測される。

奴隷は資産ですが、人間です。その矛盾が、現代から見ると奇妙な慣習を生みます。

奴隷という存在について。

共和制のころは、主人が家長で奴隷は家人という、ひとつの世帯とみなす感覚もあったようだ。帝政期に贅沢も極まってくると、奴隷は完全に卑しい存在となった。

ストア派など一部の人は、奴隷の内面を重視し、奴隷に対し道徳的にふるまうべきと考えた。ただし社会全体では、高潔な主人がよく指導すれば、奴隷も優れたふるまいをする、という程度の認識だった。

奴隷への罰と拷問について。

奴隷への体罰はまったく通常の行為だ。ただ罰を限定的にしようという意識はあった。重罪を犯した奴隷は、酷使されたり処刑されたり猛獣刑(ライオンに食われる)になるのが当然だった。奴隷の処罰の判断が、皇帝に委ねられることも多かった。逃亡奴隷は重罪である。

奴隷を拷問にかけるのは、裁判で証言させるときだ。奴隷は道徳的に劣るので、拷問にかけないと真実を言わないからだ。このほか、主人が殺されたとき、そばにいたのに助けようとしなかった奴隷も、拷問にかけたうえで処刑される。

奴隷の楽しみについて。

奴隷の楽しみや息抜きとなったのは、年に1回のサトゥルナリア祭で、はちゃめちゃな無礼講だった。都市部の家内奴隷は、祭りを大いに楽しめただろう。

奴隷は奴隷ですけど、人間です。意志も人格もあるのに奴隷扱いでは、収まらないこともあるでしょう。

奴隷の反乱について。

奴隷は敵となるということを、主人は心構えとしておかなければならない。シキリア島の反乱、そして大規模なスパルタクスの反乱の例がある。いずれも、奴隷所有者の残虐な使役が原因となっている。

また反乱ではなくても、家内奴隷による主人殺しや、主人を告発するといった反抗もある。仕事をさぼったり、主人の悪い噂を流すということはよくある。家内奴隷の管理には、細心の注意を払うべきだ。

奴隷の解放について。

奴隷が解放される手段は主に3つ。主人が死んだときの遺言、主人が生きている間の主人の判断、奴隷が自分のお金で自分を買い取る。奴隷解放には法的な取り決めがあり、契約書を作成するのがよいだろう。

奴隷は解放後、解放奴隷となる。主人が保護者、解放奴隷が被護者として、関係は継続する。家内奴隷の方が解放されやすく、農場の奴隷は解放されにくかったと推測される。奴隷は5~20年ほど働くと解放されたらしく、好ましい人物とみなされればローマ市民になれた。

解放奴隷は、成り上がろうと野心を持つ者が多い。そして実際に、富豪となる解放奴隷の例もみられる。皇帝の奴隷や解放奴隷には、皇帝の側近として力を手にした者もいた。

キリスト教徒と奴隷について。

キリスト教徒は慈悲と施しを説くが、キリスト教徒も奴隷の扱い方は変わらなかったようだ。初期のキリスト教では、奴隷は不道徳な行いをすると考えていたし、奴隷制を批判することもなかった。

奴隷は人間ですから。人間みたいに感じ、行動しますよ。人間だもの。

 

書評

ローマ帝国における権力者、富裕層といった人々が、どうやって奴隷を管理したか。この観点からローマ社会を解説していきます。これだけでもかなり、読者の興味を引くためにエンターテインメント色が強い感じがします。ですがさらに、当時の貴族が書いた本という形態をとっており、「つかみ」を意識しているようです。

そんなわけで、気楽にガツガツ読み進められます。小ネタとなるエピソードも満載です。私は歴史に弱いので判断できないのですが、著者は古典学者なので、内容に大きな誤りはないのでしょう。ゆるい気持ちで、ローマ社会史・生活史の入門書として読めます。

本書は仮想の貴族の語りと、著者の解説の二本立て構成です。解説部分には参考文献が記載されているので、さらに詳しく勉強もできます。

私はもうちょっと硬い形式で書かれていても、気にならないのですが、今は読者が読みやすいように学者も配慮する時代なのでしょう。

逆に真面目な人は、エンターテインメント色や、ややブラックな味付けが気にかかるかもしれません。まあ肩に力を入れずに読めば、どういう立場の人でも、ローマ史の読み物として楽しめるでしょう。

なお本書は、人をどう動かすか、目的のために人をどう使うか、という経営論やリーダーシップ論の視点からも書かれています。

ローマ社会史入門とリーダーシップ論を、同時に読みたいという人がいるのでしょうか。焦点をローマ史だけに合わせるか、古代に学ぶ経営論だけとするのか、両方盛り込むのか、この点でも好みがわかれるかもしれません。
(書評2015/09/15)

「40兆円の男たち」 マニート・アフジャ(著)

 

世界で今もっとも活躍し影響力のある、ヘッジファンドのマネジャーの素顔に迫ります。成功する投資家の戦略を学べる本です。

成功しているヘッジファンドマネジャーは十人十色ですが、共通点もあります。

強い目的意識、優れた管理能力、向学心、何になぜどのように投資するかを深く考える、持続可能な形で他人と違うことをする、不快な感情に対応する、失敗から学び軌道修正する、といった特徴を9組のインタビューから発見できるでしょう。

おすすめ

★★★★★★☆☆☆☆

 

対象読者層

市場に勝ち続けてきたヘッジファンドマネジャーに興味がある人。

 

要約と注目ポイント

市場に勝ち続け成功している、特別な存在となった、ヘッジファンドマネジャーの投資人生を紹介する。

レイ・ダリオ

グローバルマクロ戦略を採る、世界で最も大きく最も成功したヘッジファンドがブリッジウォーター・アソシエイツである。レイ・ダリオが創設した。

「失敗や大変な経験から学ぶ」、「真実を追及する」、「自分自身を進化させる」、「現実に対処する」ことに断固として集中する。

彼のレポートは、各国の中央銀行や国際機関、大企業、年金基金等で読まれており、強い影響力を持つ。

マーケットと無相関のアルファを追求し、運用ではアルファとベータを分離する。

歴史から学ぶことで、普遍的な投資法や危機管理の原則を確立する。

環境が変わると、各マーケットのベータはそれぞれ異なった影響を受ける。

複数の相関性のないアルファをポートフォリオに入れることで、期待リターンを保ったままリスクを減らす。

リスクパリティと呼ばれる手法を、理論的に構築する。(ポスト・モダン・ポートフォリオ・セオリー)

ピエール・ラグランジュとティム・ウォン

マン・グループとGLGパートナーズの合併により誕生した、世界最大級のヘッジファンドの主要幹部である。

長期の結果を重視し、大きなトレンドから利益を得る。

リスク管理が重要で、勝率を高めることと資金を守ることが基本である。

優秀なマネジャーの自主性を尊重するが、投資のプロセスやリスクは管理する。

ジョン・ポールソン

イベントの裁定取引を基本事業とする。

一流ファンドとなることをめざし、キャリアを積み、好業績を続けてファンドを成長させた。リスクとリターンが不釣り合いな、有利な取引を一貫して追求してきた。

そしてその経歴が、名高いサブプライム市場の空売りにつながった。150億ドルの利益をもたらしたサブプライム証券の空売りで、一躍トップに立つ。その後も大規模な裁定取引を続ける。

マーク・ラスリーとソニア・ガードナー

破綻のおそれがある企業や再建後の企業などの、過小評価された債券や株式に投資するディストレス戦略を行う。

豊富な経験と保守的な運用で、有力なディストレス戦略ファンドに拡大する。その冷静な投資戦略は、金融危機後のフォードの取引でも発揮され、2009年には60%のリターンをあげた。

デビッド・テッパー

信用アナリストとして出発し、ゴールドマン・サックスで債券部門のトレーダーとして大きな利益をあげる。

独立後は、他社に先駆けた積極果敢な投資で、好パフォーマンスを連発する。これは、市場がパニックに陥ったときにも冷静でいられるので、誰よりも早くリスクをとって投資ができるからだ。

ウィリアム・A・アックマン

有力なアクティビストとして知られる。投資先の企業に働きかけ、長期的な企業価値を高めることで利益を得る。

楽天主義者であり、自信満々な態度のため、攻撃的ととられることも多い。

ロックフェラーセンターへの投資、シアーズへの投資、ウェンディーズやマクドナルドへの投資、破産したリートへの投資などで成功する。しかし、検事や証券取引委員会に目をつけられ、取り調べを受けたこともある。

ダニエル・ローブ

自信家で自己主張が強いことで有名である。アクティビストというイメージがあるが、債券取引や裁定取引、ディストレス戦略やイベントドリブン戦略などもこなす。

金融危機前のサブプライム市場の空売りと、2009年の大底での大胆な投資に成功する。ヤフー経営陣へ、積極的な提案も行った。

ジェームズ・チェイノス

空売り専門のファンドマネジャー。早くから、大企業だったエンロンやタイコの巨額不正会計に気付く。決算書を読み込むファンダメンタル分析を核に、ボトムアップの手法をとる。

企業の年次決算書を3回読んでも理解できないときは、詳細を調査せよ。逆に買いの投資家なら、逃げること。

流動性のある大型株か中型株で、空売りを行う。

アナリストは調査に専念し、ポートフォリオマネジャーやパートナーが投資判断を下す。

決算が改竄される可能性はかなりあるので、知的好奇心や疑問を持つことが大切だ。

バブルのような過剰評価や、ある流行がいつまでも続くといった誤認のあとに、空売りのチャンスが生まれる。

2011年以降、中国に対し最大の空売りポジションをとっている。

ボアズ・ワインシュタイン

若くしてドイツ銀行の幹部となり、自己勘定取引で利益を出し続けていた。独立後も、金融危機のさなかに大きな利益をあげる。デリバティブ取引を得意とする。

登場する投資家は、皆すごい能力を発揮し、抜群の成績を残しています。長年の研究、実践、経験。すぐにまねできることはないです。ただ凡人であっても、日々経済と市場を冷静に観察し、勉強するのはムダではないでしょう。

 

書評

成功しているファンドマネジャーにインタビューする本ということで、「マーケットの魔術師」に似た企画です。勝ち続けるファンドマネジャーから学びたいと考え、読んでみました。

ただ登場する人たちが凄すぎるので、個人投資家のトレードや投資には、それほど役立たないような気もします。

素人の意見ですが、私は2007年から始まった金融危機を境に、その前と後では世界が変わったと考えています。リーマンショックに象徴される危機は去ったような風潮ですが、後始末は済んでいないと思います。

日米欧の中央銀行が金利をゼロにして、それでも足りずに莫大なリスク資産を買いっ放しです。危機から7~8年経ちますが、金利を上げることも、買い入れた資産を処分することも、とてもできそうにありません。

中央銀行や政治家が、あからさまにマーケットに介入し、リスク資産の価格形成に関与しています。そういった意味で、金融危機前後でゲームの進め方が少し変わったように感じます。

ですから投資の本では、金融危機後の内容まで含んだものを読みたいと思っています。優秀な成功している投資家が、金融危機後の世界をどのように見て、どう考えているのか、それを知りたいからです。

本書は、金融危機のあとで超トップレベルのマネーマネジャーが何を考えているか語るので、有意義な本だと感じました。

とはいえインタビューは2012年ごろまでに行われたようです。アメリカの利上げ、中国経済の減速とそれに伴う新興国の低迷という、2015年現在の重大事項をどう見ているのか、教えてほしいものです。

「続マーケットの魔術師」「リスク・テイカーズ」などを読んで楽しめる人には、面白い本でしょう。
(書評2015/09/12)