「国家は破綻する」 カーメン・M・ラインハート/ケネス・S・ロゴフ(著)

 

過去800年間に世界で起こった金融危機を、徹底的にデータを集めることで分析します。世界の歴史で繰り返される金融危機は、驚くほど似通っていることを示します。

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対象読者層

金融危機の歴史を学びたい人。

 

要約

歴史上、世界で繰り返される金融危機は、似た特徴がある。
債務が過剰に積み上がると、金融システムが不安定化する。そのあと発生する金融危機は、次のようなものである。
①政府の債務不履行
②銀行危機
③通貨危機
④インフレ危機
⑤通貨の品位低下

 

危機の定義など

・国ごと、時代ごとにより、さまざまな危機が発生する。比較のため、定量的に定義する
政府の債務不履行は、政府が期日に元本や金利を返済しない、対外債務のデフォルトを伴う危機とする。また、国内債務のデフォルトも同様に含める。国内債務のデフォルトでは、銀行預金の凍結や、外貨預金の自国通貨への強制交換を伴うことがある。
銀行危機は、銀行の閉鎖や国有化につながる取り付け騒ぎが発生した場合とする。また、重要な金融機関の閉鎖、合併、政府による救済が発生した場合も含める。
通貨危機は、基軸通貨に対し年15%を超えて下落した場合とする。
インフレ危機は、インフレ率が年20%以上の場合とする。
通貨の品位低下は、金銀含有量が5%以上減った場合とする。また、現行通貨と新通貨の強制交換により、現行通貨が大幅に減価した場合も含める。

危機のたびに、「今回はちがう」シンドロームが生じている。
「今回はちがう」シンドロームとは、金融危機は我々以外のところで発生するもので、我々のファンダメンタルズは健全で、適切な政策や制度を実行しており、現在の好景気も技術革新や構造改革が進んだ結果であり、経済の安定はずっと持続する、と考えること。

国ごとに、債務への耐性は異なる。その国の返済実績とインフレの履歴が重要となる。過去の成績が悪い国は、債務への耐性が低い。ある国が繰り返しデフォルトするようになると、何十年、何百年と債務不耐性の状態が続きやすい。
国の債務不耐性を比較検討するため、インスティテューショナル・インベスター誌によるソブリン格付け(IIR)と、対外債務の対GNP比(または対輸出比)を指標とした。

金融データの情報源、資料元、収集、データベース構築などの説明。
物価、為替レート、通貨の金属含有率、実質GDP、名目GDP、輸出、政府財政、公的国内債務、対外債務、グローバル変数(国際商品価格や基軸通貨の政策金利など)。標本国66カ国について、これらのデータを収集した。

 

対外債務危機

・超国家的な法的枠組みがないので、債権者が債務国から取り立てる力には限界がある。債務国がデフォルトするかは、その返済能力より返済する意志があるかの方が重要である。デフォルトという選択もあるのに、たいていの債務国が返済しようとする理由は、以下のように考えられる。
政府は、継続的に資本市場にアクセスしたい。
債権者に国外の資産を差し押さえられるおそれがある。
貿易に支障を来す。
海外直接投資を受けにくくなる。
国家の評判を落とし、国際関係を悪化させる。
国内債務を継続して返済していると、戦費など巨額の資金を調達しやすい。
政府が税収を平準化し、信用市場の流動性を維持するために、公的債務は必要である。そのような社会契約の信頼を守りたい。

公的対外債務のデフォルトは、1800年以降で見ても常に発生している。デフォルトの少ない期間は10~20年間ほどしか続かない、凪の期間である。大きな戦争(ナポレオン戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦)の前後で、デフォルトは集中しやすい。

銀行危機と公的対外債務危機は、同時期に多く発生しやすい。国際商品価格や基軸通貨の金利も、デフォルトに影響する。商品価格サイクルは資本フローのサイクルと連動し、商品価格が下落すると新興国のデフォルトが増える。

・1800~1945年に発生したデフォルトの継続期間より、1945年以降に発生したデフォルトの継続期間は短い。第2次世界大戦後は、早く債務再編がなされ、すぐに次の借り入れを始めるようになった。

・過去800年間の歴史を調べると、ほとんどの国は新興国であった時期に、複数回デフォルトを経験している。1800年以降の66カ国の対外債務デフォルトをまとめて提示する。

 

国内債務のデフォルト

残されている公的国内債務のデータは乏しく、公的国内債務の研究はきわめて少ない。

・公的債務総額に占める国内債務の比率は、先進国では高い。新興国や開発途上国も、1914~1959年のデータでは長期債務で借り入れていた。1928~1946年のデータでは、国内で発行した国債と国外で発行した国債の金利はかなり近い。(金融抑圧はそれほど強くなかった。)外貨に連動する内国債のデータも確認できた。外貨建て債務への依存度が高い国は、脆弱である。

・国内債務をデフォルトする理由。
インフレで解決するより、銀行システムと金融部門に打撃を与える場合。
恐慌期のように、デフレの場合。

対外債務をデフォルトする前後で、国内債務も急増している例が多い。対外債務が対GDP比で低い段階で、新興国がデフォルトする理由のひとつになると考えられる。

政府がインフレを容認するのは、通貨発行益の最大化より、国内債務の大きさが重要な要因となっていると考えられる。

・国内債務デフォルト前の産出高は、対外債務デフォルト前の産出高と比べて、顕著に減少している。国内債務デフォルト前後のインフレ率は、対外債務デフォルト前後のインフレ率と比べて、かなり高い。国内債務デフォルトは、マクロ経済状況が相当に悪化したときに発生すると考えられる。

・国内債務デフォルトと高インフレにより国内の債権者が損害を受けるか、対外債務デフォルトにより外国の債権者が損害を受けるかは、時代により異なる。

・これまで公的国内債務のデータはほとんど整備されず、研究もされてこなかった。投資家が妥当なリスクプレミアムを求めることもできない。今後は公的債務統計の透明性を高め、学問的研究や政策研究で取り上げることを期待する。

 

銀行危機

銀行危機の発生率は、先進国、新興国、開発途上国いずれでも大差ない。先進国は公的債務の頻繁なデフォルトや高インフレは起こさなくなったが、銀行危機は発生させている。銀行危機前後では、不動産価格のサイクルが存在する。

銀行危機では、銀行救済コストより政府財政への悪影響の方がはるかに大きい。これは税収の急減、景気刺激策、リスクプレミアムの上昇などのためである。

・開発途上国や一部の新興国では、厳重な金融抑圧が徴税手段となっている。これらの国で銀行危機が発生すると、実質的な国内債務デフォルトとなる。

・先進国や新興国では、銀行は短期の預金を長期のローンとして貸し出している。このため銀行は、取り付け騒ぎにきわめて脆弱である。預金保険や銀行間の資金プールは防衛手段だが、一国の大半の銀行に波及すれば、金融システム危機となる。現代の金融システムでは、短期借り入れを高いレバレッジで運用していれば、銀行以外の金融機関でも金融システム危機をもたらす

・資本が国境を越えて自由に移動すると、国際的な銀行危機が発生する。金融自由化も、銀行危機を誘発させる。銀行危機の前に、資本流入がかなりの期間にわたり増加する。

・金融危機後には、住宅価格の低迷が長く続く。また、危機後に中央政府の債務が激増する。システミックな銀行危機は、長く深刻な不況を伴い、莫大なコストを必要とする。

 

通貨の品位低下

・紙幣が広まる20世紀より前は、統治者が貨幣の金属含有率を低下させて、通貨発行益を得ていた。中世から、王たちは戦費調達などのために、通貨の銀含有率を減らし続けている。インフレとデフォルトは、歴史的にありふれた現象だった。通貨の改鋳による品位低下は、紙幣の普及によるインフレへと形を変えた。

 

インフレ危機

・高インフレと為替レートの暴落は、高い関連性がある。これは政府の通貨発行権の濫用に、原因がある場合が多い。紙幣印刷機の普及により、20世紀に入りインフレ率が上昇する。ほとんどの国で、過去に高インフレを経験している。

 

通貨危機

・インフレ危機と通貨危機は、相関している。特に慢性的インフレが続く国では、為替レートの変化は顕著に物価に転嫁される。

・ナポレオン戦争期(1799~1815年)に、為替レートはきわめて不安定となった。第2次世界大戦後も、通貨暴落の発生率は高くなっている。

・高インフレが続いた国では、取引・価値の表示・価値の保存の手段に、ドルなどの強い外国通貨が使われるようになる。いったん外国通貨が使われると、高インフレが終わったあともその状態が続きやすい。

 

サブプライム危機と大収縮

・2007年から始まるサブプライム危機と大収縮は、大恐慌につぐ規模となった。アメリカへの資本の大量流入、金融規制の緩和、蓄積した家計部門の債務、住宅価格の異常な上昇。これらを原因として、グローバル金融危機に発展した。歴史の例にもれず、危機の前には「今回はちがう」という声が充満していた。

・過去の大きな金融危機では、危機後に住宅価格は20~50%程度は下落し、低迷は5~6年と長く続いた。株価は40~70%程度は下落し、下落期間は2~5年ほど続いた。失業率は数%~十数%上昇し、上昇した期間は3~6年ほどだった。実質GDPは7%~20%強下落し、下落した期間は1~3年ほどだった。中央政府の財政赤字は激増し、国債の格付けは低下した。

・金融危機が国境を越え伝播していくとき、即刻伝染する激烈な影響と、徐々に波及する影響とに分けて検討できる。直接的なエクスポージャーの結びつきのほか、各国で同様の資本流入による信用ブームが同時期に発生していることが原因となる。多数の借り手が、同じ貸し手から借りていることもショックを大きくする。先進国の需要減少、出稼ぎ労働者の本国送金の減少、商品価格の暴落は、新興国経済に徐々に波及する。

・債務危機、銀行危機、通貨危機、インフレ危機を総合して判定すると、第2次世界大戦前には深刻な危機が頻発していたことが示される。第2次世界大戦後は、(先進国には)戦前ほど重大な危機は起こらず、1980年代からはボラティリティの低下した平穏な時代になった。2007年からのグローバル金融危機は、戦前に匹敵する深刻な危機となっている。

・大恐慌と今回の大収縮(サブプライム危機)を、株価、実質GDP、貿易、輸出、住宅建設、失業率、の推移で比較する。

・典型的な危機は、次のように進展する。
金融の自由化が進むと、そののち株式市場と不動産市場の暴落が発生、景気が低迷する。銀行危機に発展し、通貨暴落、インフレ率が上昇する。対外債務と国内債務のデフォルトが発生する。

 

金融危機への対策

・各国の債務など、長期的なデータを収集し、研究する必要がある。特に中立的な国際機関がデータを収集し、国際的なルールづくりに貢献すべきである。

・銀行危機の早期予測には、住宅価格の動向を調べるのが有効である。IIRを見ることで、経済的な安定性を推測できるかもしれない。

・「今回はちがう」シンドロームは繰り返されるので危機対応は難しいが、政府債務の全容の把握、現実的なシナリオに基づく分析、危機長期化の想定、慢心しないこと、が肝要である。

 

書評

本書は、出版時期がサブプライムローン危機と重なったため、大きな話題となりました。データ量が大変多い、大著です。サブプライムローン危機後の論評で引用されることも多く、影響力の大きな本でした。

本書と関連する事項として、2010年に発表された著者らの論文で、データ処理に誤りがあることが指摘されました。政府債務が対GDP比で90%を超えると、経済成長率が劇的に減速するという部分が、誤っていたそうです。そのため、本書の評価も落ちた印象です。

この本が発行された時期は、2010年のギリシャ問題と絡み、世界的に緊縮財政の動きが強かったです。本書は、財政再建派の人たちの拠り所となりました。

その後2013年に著者らの論文の誤りが判明し、また緊縮策ではまったく経済成長せず不満も高まったので、財政刺激派が盛り返しました。日本でもアベノミクスの序盤が好調だったため、リフレ派や上げ潮派の人たちが形勢を逆転しました。

ネット上の書評でも、それがうかがえます。出版直後は、本書を称賛したうえで、財政再建は大切という意見の人が多いです。2013年以降は、データ処理の誤りにアベノミクスの勢いが加わり、緊縮財政は愚策という意見が多くなります。

ところで本書を読みますと、とりあえず誤りのあった論文とは無関係です。本書のデータ処理が正しいのかは不明ですが、本書は金融危機の歴史的データをひたすら掘り下げています。

金融危機の前後でどういったことが起こるのか、歴史を学ぶには良い本だと思います。著者らは本文で、「金融危機の古典的名著は存在するが、それらは物語的である。本書は、金融危機を定量的に分析したのが特長である。」というようなことを述べています。

データ処理でケチがついたので、「定量的」というところも微妙になりました。しかし、物語的に読めば、本書は金融危機の分析として有益です。ただし物語的にとらえると、「金融が緩和的になって信用ブームが起こり、リスク資産が高騰したあと暴落し、不良債権が積み重なり連鎖的に金融危機が起こる。危機の前は、今回はちがうと言ってリスクを忘れる。」という、既知で普通の教訓で終わってしまうのですが。

物語的に読めば、金融史の勉強になります。金融危機の教訓としても妥当です。定量的にデータ重視で読むなら、まあこういう研究もあるのかと、受け止めればよいのではないでしょうか。私には経済学の研究はよくわかりませんので。ただし、収集し読み取った世界中の歴史データは、とんでもない莫大な量です。この研究に費やした労力と熱意には、敬意を覚えます。
(書評2015/10/08)

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