「原油暴落で変わる世界」 藤和彦(著)

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原油価格の暴落は、資源国経済とアメリカのシェール経済に大打撃を与えます。本書では、この打撃が想定外の金融クラッシュを招きかねないと指摘します。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

原油と世界経済に興味がある人。

 

要約と注目ポイント

原油価格の推移

・原油価格は3つの要素で決まる。
①需要と供給。
②地政学的リスク。
③金融市場。
近年は金融市場の影響が最も大きい。

・2014年後半から原油価格が急落した原因は、
①OPECで減産合意できず、サウジアラビア、イラク、リビアなどが増産していること。
②米国が量的緩和の終了を決めたこと。
③米国の原油生産量が増加していること。

現在の原油価格は、金融市場にふりまわされています。

原油価格下落の影響

原油安は産油国から原油輸入国への富の移転であり、輸入国(日本)の経済成長を押し上げる。産油国の経済にはマイナスとなる。

・原油安の恩恵を受けるのは、輸送、化学、建設などの業界。打撃を受けるのは、石油元売り、総合商社、エンジニアリング、鉄鋼などの業界。

原油安による消費増は世界経済にプラス。産油国の経済停滞は世界経済にマイナス。オイルマネー(政府系ファンド)の資金引き上げが、金融市場に動揺を及ぼす可能性も。また、シェール企業とその低格付け社債、資源関連ファンドなどの破綻が金融危機を招くおそれもある。

技術の向上により原油の可採埋蔵量は増えており、原油価格を押し下げている。2000年代に起きたシェール革命は、アメリカの原油生産量を増大させ、多くの雇用を生んだ。ただし、シェールオイルの採算性には疑問もある。

原油先物市場に大量の資金が流れ込むようになり、価格の高騰と急落の原因となった。

・中国経済の本格的な減速により、原油の需要はさらに減少する可能性がある。

・原油価格の低下で、石油産業に巨額の評価損が発生する。また設備投資が大幅に抑制されるので、経済成長を減速させる。

・シェール企業は規模が小さく、原油安が続けば破綻が続くという見方もある。しかし生産分を市場でヘッジしているため、当面は生産を続けるとも推測される。

原油価格の低下は日本経済にとってプラス、という声が世間では多いです。しかし原油や資源の価格低下は、資源国や新興国に大ダメージです。

原油暴落と金融危機

シェール関連債券の構図は、サブプライムローンと酷似している。

・原油価格の下落でオイルマネーは縮小し、世界の商品市場の指数も安値をつけている。世界経済にデフレ圧力がかかっている。過度な引き締めや緊縮財政は、不況や社会不安を招きかねない。金融緩和により市場はバブル化しているが、金融市場は複雑系なので、崩壊を予測することはできない。

・原油安のためロシア経済はマイナス成長が予想され、ルーブル安ともなっている。しかし当面は、デフォルトなどの事態は考えにくい。

原油や資源の価格低下はデフレの兆候であり、金融危機の原因となる可能性があります。

原油安と日本の安全保障

・歴史的には、ロシアからウクライナや欧州へ安定して天然ガスが供給されてきた。天然ガス価格下落に伴う値下げ交渉、ウクライナ紛争、複数のパイプライン計画などにより、このところ問題が生じている。

・ウクライナ紛争を受けた、ロシアと欧州の相互の経済制裁は、両者の経済に悪影響を与える。ロシアは中国に対し警戒心を持っているが、欧米の強硬な姿勢が続けば、中ロ接近という副作用も考えられる。

・原油安は産油国間の立場に亀裂を生じさせた。またサウジアラビアなどでは、内政にも動揺を与えている。サウジアラビアは、将来の王位をめぐる王族内の争い、国民の不満、反サウジのISILやイエメンの武装勢力など、内憂外患である。

・アラブの春は挫折し、中東に混乱をもたらした。ISILの目的は、イスラム圏の国民国家体制を解体し、ひとつのイスラム共同体を建設することである。この主張は、イスラム原理主義者に対し訴求力がある。

・アメリカは北米や中南米で原油の調達のめどがつくようになり、中東へ関与する意欲が低下していくかもしれない。

・アメリカのシェールガスは採算がとれていない。日本は原発が停止し、政治的に不安定な中東にエネルギーを依存する状態となっている。日本はサハリンとの間で、天然ガスのパイプラインを建設すべきである。

・中国は急増する原油輸入の安定化のため、東シナ海と南シナ海の制海権を確保しようとしている。中国は対外強硬路線をとる可能性があり、日本には戦略的な行動が必要となる。

日本国内の対ロ感情はとても悪いです。しかし著者は、戦略的な思考を勧めます。中国への対抗策に、対ロ関係の再構築も考えられます。

 

書評

本書は前半が金融市場と原油の関係、後半はエネルギー資源と国際政治、安全保障の話となっています。どちらも興味深いものですが、私は専ら、相場への関心から読みました。

金融市場の話の肝としては、原油安が金融危機の原因になりかねないということです。世界的に金融緩和政策がとられ、低金利・カネ余り状態のため、審査の甘い融資が行われています。

シェール革命のブームに乗って、アメリカで多くのエネルギー企業が、多額の借金をしたり低格付けの社債を発行しています。これは高い原油価格を前提にしているので、原油安が続けばシェール企業は破綻します。

この破綻が、融資した銀行やジャンク債の買い手に損失を発生させます。サブプライムローン危機で発覚したように、デリバティブ取引の損失はどこまで波及するのかが不明です。

また原油安は、産油国のオイルマネーを縮小させ、事態が長引けば政府系ファンドが市場から資金を引き上げるかもしれません。これらの要因が金融市場にショックを与え、危機を招くおそれがあるということです。

バーナンキ議長が量的緩和の終わりを口にしただけで株価が急落したように、市場はアメリカの金融引き締めを気にしています。リーマンショック以降の7年ほど、世界中で歴史的な金融緩和政策を続けてきました。

バブル相場はいつでもそうですが、緩和政策が続いてリスク意識が低下することから発生します。好景気が続き、お金を借りる方も貸す方も気が緩んでくると、期待リターンと貸し倒れのリスクが釣り合わない状態になります。

融資にしろ株価にしろ、経済的に理屈に合わない事態がそのまま進行すると、あるときその歪みが逆回転を始めます。

そんなわけで、次の金融危機が原油安を起点に発生するというシナリオがあります。本書ではそのあたりの事情を解説しており、よくわかります。シェール革命や世界の原油市場の事情なども、簡潔な説明があるので勉強になります。

後半は地政学的な話ですが、中国がこれから覇権国家として、東アジアを支配下に置きかねない事態を検討しています。こういう話を読むと、(日本の独立が危うい、列強の植民地にされるという)幕末のような危機感を感じます。戦略的思考が必要になるのですが、日本の戦略的思考の弱さは70年前に実証済みなので、心配になります。
(書評2015/04/17)

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