「ヤンキー化する日本」 斎藤環(著)

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前回の「ヤンキー経済」に続いてヤンキー批評です。前回はマーケティングの本でしたが、今回はヤンキー文化論です。ヤンキー概論および著者と6人の著名人との対談集になっています。

おすすめ

★★★★★☆☆☆☆☆

 

対象読者層

日本社会をヤンキーから考えてみたい人。

 

要約

・現代に生きる誰もが、ヤンキー文化のエッセンスを持っている。一般的にヤンキーは、周囲に威圧的で一目置かれたがる非行少年少女というイメージである。本書ではそれだけでなく、ヤンキーが体現している文化について論じるその特徴は、バッドセンスな装いや美学、立ったキャラとコミュ力、ノリと気合い、リアリズムとロマンティシズム、角栄的リアリズム、ポエムな美意識と女性性である。

バッドセンスとは、キッチュで傾いたセンスである。具体的には改造車やデコトラ、成人式の純白な羽織袴から、戦国武将の兜や博多祇園山笠の山車にまで通じる。

ヤンキーに親和性が高い人々はコミュ力が高く、キャラが立っている。お笑い芸人が典型的だが、島田紳助やエグザイルのHIRO、白洲次郎などにヤンキー性が認められる。日本社会では、地頭の良いキャラの立ったヤンキーは無敵である。キャラが立っているヤンキーは、キャラの相互確認という情報量の低い会話を永遠に続けることができる。この無限に続けられる会話(毛づくろい的コミュニケーション)こそ、最強のコミュ力となる。キャラとコミュ力は相互に補強する。

ヤンキー美学の特徴は、「アゲアゲのノリで気合いがあれば、まあなんとかなる」である。気合い(精神力)があれば、限界を超えられるというものである。冷静な分析や思索はなく、結果は問われることはなく、勢いや意気込みを重視する。日本人は全員、気合い主義と無縁ではない(誰でもがんばれと口にする)。気合い主義は、個人がその能力以上の力を所属する(中間)集団のために発揮することを求める。

ヤンキー文化は政治的に保守に親和性が高く、生存のために最適化された価値観である。また道徳性も含むため、秩序維持の力も持つ。思春期の反社会性はヤンキー文化に吸収され、一定の様式化を経て、絆や仲間そしてフェイクな伝統を重んじる保守へ至る。

ヤンキーは反知性主義だが、実利を重んじる現実主義者で実学志向でもある。彼らはポエムを好むが、夢は実現可能範囲内にとどめるリアリストなのだ。日本社会はヤンキー的価値観で大半が構成され、地頭の良いヤンキーがその中で覇者となり、再帰的にヤンキー文化が強化される。

・「俺の目標は、年寄りも孫も一緒に楽しく暮らせる世の中をつくること」と語ったという田中角栄は、最もヤンキー的な政治家である。知的に構築された理想に興味はなく、実利を気合いで追及する行動力。人間はホンネでぶつかればなんとかなる、というホンネ主義。ヤンキー的価値体系の構造を維持するための、表層的な変革志向。これらはヤンキー文化に基づくものである。

・ヤンキー文化は、「ホンネ」や「ありのまま」な相田みつをの詩と相性が良い。ヤンキーはポエムが好きだが、ポエムは知性や論理とは無関係に肯定的な感情をもたらし、共感を呼ぶ。ヤンキーは知性に基づく判断や行動を軽蔑し、自分の好きなことを気合いでアツくやるという感性に基づく行動を賛美する。ヤンキーポエムが内容空疎な名調子となるのは必然である。

ヤンキー文化の倫理感では、原理より関係性が優先される。関係性優位の集団は女性性であり、つながりや関係を志向するのは母性優位を示す。

・ヤンキーにとって真実を担保するのは常に行動であり、気合いやノリといった身体性に依拠する。ヤンキーが重視するのは個人ではなく家族や地元仲間といった中間集団であり、そこは言葉がいらない阿吽の呼吸で通用する世界である。ヤンキーは思想が感覚可能な身体性を超えられないので革命は起こせず、関心領域が親密圏どまりなのでファシズムにも歯止めがかかると思われる。

・ヤンキーには歴史意識がなく、常に連続する今を生きており、あらゆる非日常を祭り的に消費する。

・アーティストの村上隆氏との対談。

・作家の溝口敦氏との対談。

・放送プロデューサーのデーブ・スペクター氏との対談。

・歴史学者の與那覇潤氏との対談。

・作家の海猫沢めろん氏との対談。

・建築家の隈研吾氏との対談。

 

書評

ヤンキーの定義は難しく、著者がかなり広くまでヤンキー性を認めているので、やや議論が散らばる印象はあります。ただヤンキー性を限定的に絞った考察では、かなり面白く読めました。

キャラが立つと、キャラの相互確認という無意味な会話を永遠に続けられコミュ力で優位となる。反知性で感性重視だが、実学志向なため地頭の良いヤンキーは成功者となれる。原理より関係性が優位で、結果より行動や意気込みが重要である。これらは日本社会にあるなと感じます。

ただヤンキーはアメリカが好きというような議論もされていますが、私の感覚ではヤンキーはやや反米ではないかと思います。ヤンキーはグローバルスタンダード的なことは嫌うでしょう。中国の台頭を考慮し、地政学的戦略論からリアリズムに徹した政策をとろうなどとも考えないと思われます。ヤンキーは、チェスや囲碁のように最終局面から逆算して、論理的に現在の政策を選択するなんてしないでしょう。

ヤンキー性は日本社会に根深くあるとは思いますが、日本だけにあるものかはわかりません。日本に独自の文化か、あるいは閉鎖的空間ならば世界中でみられる文化かどうか、もっと勉強してみようと思います。
(書評2014/06/22)

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